SAO-銀ノ月-
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第六十一話
レプラコーン領《ミスマルカ》。リズと別れて買い出し係を頼まれた俺は、まずは防具を揃えるところから始めることにした。流石は鍛冶妖精の町ということか、さほど苦労せずに目当ての防具――というか服を見つけることが出来、さっさと初期装備の防具からお別れを告げた。
……もう使うことも無いだろうと、売却して金にしようかとも思ったものの、店主曰く「汚くて引き取り不可」だそうだ。やはりサラマンダー部隊との戦いは初期装備には荷が重かったようで、このままバグアイテムとともにアイテムストレージの肥やしとなることだろう。
つつがなく買い物も終わり、さっさとリズが作業している工房に行こうと思ったところで、リズから「あたしの分もよろしく」などというメールが届いたことにより、もう一度店に引き返すこととなった。そのせいで大分時間がかかったのは言うまでもなく。
……そもそも男にそんなものを頼むな、と言いたくなったが、確か買いたいものがあったら言ってくれと言ったのは、かく言う自分自身だったような気がする。
そんなこんなでリズ用の女性防具を買うという、ある意味拷問のような時間が過ぎていった後、予想以上に疲れながらリズとの待ち合わせ場所に向かったのだった。
「あ、ショウキ! こっちこっち!」
ランダム生成のアバターの影響で、子供のような体格になってしまっているリズが、人混みに紛れながらピョンピョンと跳ねて、自らの場所を証明する。……体格に精神まで引っ張らてるんじゃあない。可愛いけども。
確かにファンタジーにおいて、鍛冶に携わることが多いドワーフ……それもドワーフの女は、子供のような体格だと評判らしいので、あのリズの姿はレプラコーンらしいと言えばらしいのだが。
「悪い悪い、ちっちゃくて分からなかった」
「むぅ……うるさいわよ、お坊っちゃん」
リズにそう言われて近くにあった鏡を見ると、当然ながら貴族のお坊ちゃまのような姿をした自分の姿が写り込み、少々落ち込んでしまう。ランダム生成のアバターについて、リズと二人でしばし嘆きあったが、数分後に無駄だと悟る。
「……そういや、あのおっさんはどうした?」
リズが興味本位九割情報収集一割で参加した鍛冶大会で、赤銅色のハンマーを制作して、リズに勝利して優勝した、職人姿のレプラコーン。リズの腕を見込んで工房を貸す代わりに、強化に関わらせて欲しいと言って来た、とリズからのメッセージで聞いたので、了承した筈だったが。
「工房の中。なんか、鍛え直すとか言ってたわ。……で、強化したのがコレ」
リズがシステムメニューを操作するとともに、俺の手の中に黒光りする鞘に入れられた日本刀が現れる。筋力値が劣る自分には、相変わらず感じるずしりと重い感触が懐かしい。状態や名称をタッチすると、まずは日本刀の名前が目についた――《銀ノ月》、という名前がだ。
「リズ、これは……」
アバターと同じようにランダムで決まるはずの武器の名前が、ゲームを超えて同じ名前になるとは考えにくい。リズが強化途中で何かやってくれたのだろう。
「ふふん、驚いたでしょ? レプラコーンのスキルで、自由に名前がつけられるみたいでね……やっぱりあんたの刀は、この名前じゃなきゃね」
自信満々に(なくなった)胸を張るリズに感謝しつつ苦笑しながら、試しに鞘から刀身を抜いてみることにする。――瞬間、鈍い銀色の光が俺の視界を遮るほどに輝き、奇妙な紋様が刻まれた銀色の刀身が現れる。確かこの紋様は、あのレプラコーンが作っていた赤銅色のハンマーに彫ってあったもので、調べてみると刻んだ物体のステータスを上げるもの、らしい。
「……振り心地も上々……ん、流石はリズ。良い刀だな」
「でしょー! 個人的にも良い出来……なん、だけど……」
最初の上機嫌から、どんどん言葉尻が下がっていくリズ。彼女が言わんとしていることは何となく分かる。
確かにこのALO版《銀ノ月》はかなり良い出来であり、使う当人からすれば文句などない。だがこの日本刀はリズ一人で造った訳ではなく、あのレプラコーンの協力があってこそ造れたもの。自分一人では造れなかった、と証明されているようなもので、手放しに喜べるようなものではない――
――などということは関係はない。いや、それも少しはあるのかもしれないが、そんなものより重要な要素があった。
『……このスイッチと引き金は何だ(かしら)……』
俺とリズの台詞がほとんど重なる。そう、何故かこのALO版《銀ノ月》には、柄に謎のスイッチと引き金が装着されているのだった。あまり気にしたくなかったがそういう訳にもいかないが、リズも知らないらしく、十中八九あのレプラコーンの手によるものだろう。しかし、何故日本刀にスイッチと引き金がつけたのか……?
「リズ、何か聞いてないか?」
「……ピンチの時に使え、とか言われたんだけど……」
そう製作者に言われようとも、ピンチになった時にどうなるか分からないものなど使えるはずもなく。あまり現実にはなって欲しくないものの、なんとなく結果が予想出来なくもない引き金から試してみることにする。
「……リズ、離れてろよ」
「え、ええ……」
二人で意味もなく緊張してゴクリと唾を飲んだ後、日本刀を上空に向けながら、柄にある謎の引き金を引く。すると――
――ズドン、という強烈な音とともに刀身が頭上に吹き飛んでいき、その数秒後に、重力を伴って刀身が落下してくる。そのまま、俺の気に入らない金色の前髪に掠って数個散らしながら、自由落下で道路の縁石を砕きながら突き刺さる。
反応出来なかったということではないが、避けられなかった。動きが止まってしまった……いきなり刀身が吹き飛んで銃弾になるという、日本刀を馬鹿にしてるようなギミックを前にして。
いきなりの出来事に呆然としていたが、飛んでいった際の衝撃と今現在道路に突き刺さった刀身を見ると、ただのドッキリではない威力を秘めていることが分かる。しかも刀身が無くなった柄からは恐ろしいことに、新たな刀身がニョキニョキと生え出て来ていた。
レプラコーン驚異のメカニズム。
「想像以上だったわね……」
「……スイッチの方押すのが怖いんだが……」
冷や汗を流した俺とリズとの話し合いの結果、スイッチの方は押さないように気をつけることに決定した。俺もリズも鍛冶屋というか鍛冶スキルを上げている者同士、このALO版《銀ノ月》に興味がない訳ではない。むしろ興味津々と言った方が確実に正しい。
だが、あの刀身の弾丸を見た限りのドッキリではない威力、そして引き金よりも何が起こるか分からない、スイッチというのが非常に不気味だった。……自爆スイッチの可能性だって充分にある。
流石にそんなスイッチを押す度胸は俺にはなく、そのまま俺が買ってきた防具に話は移った。
「しっかしあんた、SAOの時と同じ服買ってきたのね」
スイッチを押さないように、注意深く日本刀《銀ノ月》を腰に差していると、リズが俺の服を見上げながら呟いた。確かに俺が買ってきて装着した防具は、SAO時と同じような和服の上に黒いコートという――ただし、シルフだからかところどころに緑色の光沢があるが――出で立ちである。
自分としてはあまり服装には頓着していないし、否が応でもSAOのことを思い出してしまう服だが……あのデスゲームを生き延びたのだから、ゲン担ぎにはこれ以上ないものだろう。
……彼女から貰ったコートではないにしろ。
「まあ、な……それより、お前の服とか俺に頼むなよ」
「買うものがあったらメッセージ、って言ったのあんたじゃない?」
正論すぎて何も言い返せないまま、買ってきたリズ用の防具と代金をトレードする。代金などいらないと思ったが、リズにそれを求めても結果は変わらないだろう、ありがたくトレードしよう。
「さーって、ショウキはどんな服を買ってきたのかしらー?」
リズは鼻歌を歌いながら近くにある服屋まで歩いていき、さっさと着替えて服屋から戻って来る。なにせボタンを数回押すだけだ、そんな時間も手間もあるわけがない……が、戻って来るリズはちょっと不満げな視線を向けてきていた。
「……なんであたしもSAOの時と同じ服なのよー……」
リズの姿は初期用の皮の服から、俺が買ってきた『出来るだけアスナがコーディネートしたものと同じエプロンドレス』へと変わっていた。
「しかもこれ、ちょっとサイズ違うんだけど」
「おかしいな、ちゃんと子供用サイズ買ってきたのに……」
「それが原因だし絶対わざとでしょー!」
もちろんわざとではあるが、今のリズの体格では子供用サイズでなくては何を買えば良いのだろうか。そして、俺も子供用サイズのエプロンドレスをプレイヤーが経営している店で買う、という苦行を行ったのだからおあいこだ。
「あーあ、せっかくショウキの服のセンスを試そうと思ったのに……」
「そういう魂胆か……!」
ちなみに自分の服装のセンスとしては、理由があるとはいえこんな格好を現在進行形で行っているのと、元々無頓着なのもあいまってお察しくださいということである。
「それでショウキ、これからどうするの?」
閑話休題、そろそろまともに行こう。久々にリズとこうして、自分でも気づかずにテンションが上がっていたのかも知れない。
「ああ、とりあえず《スイルベーン》にいるキリトに合流して、世界樹に向かうつもりだ」
もう少ししてからだが、シルフ領近くの海辺に行く船……つまり俺がこのレプラコーン領に来る原因となった船が出る時間になる。そこからスイルベーンに向かって、リーファの先導の下、キリトと共に世界樹に――
「……あ」
そこまでリズに説明したところで思い出す。自分と一緒にこのレプラコーン領行きの船に乗ったはずの、気弱なシルフのことを。
「ショウキさーん!」
「あ、ってどういうことよ……って、え?」
空中から俺を呼ぶその声で完全に彼のことを思い出す。リズの間の抜けた声とともに、小柄な風妖精――レコンが、空中から羽根をたたみながら着地する。
「すいません、あの船がレプラコーン領に出航するって知らなくて……」
挨拶より早く、レコンはまず俺に向かって頭を下げる。今まで忘れてしまっていたので、少なからず俺もレコンに申し訳無いのだが……
「あ、ああ……別に良いさ。おかげで友達にも会えたんだ」
いきなり現れたレコンに、「ほ、本当に飛べるのね……」などと呟きながら目を白黒させているリズを指差しながら、レコンに顔を上げるように促した。
顔を上げたレコンは、そのまま誘導に従うように俺の指を追い、リズの方へと向き直る。レコンも他のウルフに比べると小柄だったものの、リズはさらに小さいので見下げる形になりながら。
「え……っと。レコンって言います。この前ショウキさんに助けられて……」
「あたしはリズベット。ショウキは……前にいたゲームで友達になったの」
見ての通り気弱そうなレコンに毒気を抜かれたのか、若干人見知りで緊張する癖のある――お姉さんぶらなければの話だが――リズも友好的に挨拶を返す。
「そろそろスイルベーン行きの船が出る時間だろ、レコン。どうしたんだ?」
前にいたゲームってどんな名前ですか、などと尋ねられる前に質問をする。せっかくリズもごまかしてくれたのだし、流石にあのデスゲームにいた、などとは言えまい……
「ええっと……その、ショウキさんは、スイルベーンに戻る予定ですか?」
レコンは言いにくそうにして俺の質問をはぐらかし、俺に新たな質問を返す。レコンとの付き合いは短いどころか一日にも満たないが、そのレコンらしくない態度に違和感を覚えながらも、俺はこれからの予定を話し始める。
リズと船に乗ってスイルベーンへと行き、向こうにいるキリトという仲間と合流する。そして、リーファの案内で世界樹に向かう――ところまで行くと、レコンは反応する。当然だろう、自分のパーティーメンバーが知らぬ間に世界樹へと行くことになっているのだから。
しかしそんな俺の予想に反し、レコンが言うことは違うことだった。
「……リーファちゃんに会うなら、伝えて欲しいことがあるんです。僕は――」
「待て、落ち着けよ……一旦こっちに説明してくれ」
何故かは分からないが慌てているレコンの肩をつかみ、落ち着くように促す。レコンもそう言われて、自分がいかに慌てていたか分かったようで、ばつの悪そうな顔をして落ち着いた。
「す、すいません。実はシクルド――今のパーティーのリーダーなんですけど、そのシクルドの部下をさっき、このレプラコーン領で見て……」
そのままレコンの話を聞くと、先日俺がレプラコーン領に来る原因となった――そして、キリトがリーファと出会った――サラマンダー部隊との戦いで、俺に出会う前にシクルドというリーダーに出会い、そのまま散り散りになって別れていたらしい。だが、その時に別れていたシクルドの部下であるパーティーメンバーを、先程このレプラコーン領で見たのだと言う。これだけならば、気づかずに一緒の船に逃げていて、そいつもこのレプラコーン領に来たというだけで済んだのだが……
「そいつが、昨日戦ったサラマンダー部隊と一緒にいて……」
サラマンダーとシルフは共に世界樹攻略に肉薄しており、ライバル関係にあってとても仲が悪い……といった話は、始めてから二日の俺ですら聞いたことのある話だ。故にスイルベーンのガーディアンは厳しく、サラマンダーもシルフとケットシーを狩る部隊がいるのだという。
そんな相手とスイルベーンとは真逆のレプラコーン領で、しかも先日戦った相手となると……レコンは、スパイなのかと疑ったのだという。俺やリズからすれば、スパイなど大げさな話だったが……思い返してみれば、あのデスゲームでもそう言った事件はあった。
「思い返してみれば、シグルドの様子も昨夜はおかしくて……だから、リーファちゃんに伝言を頼みたいんです」
パーティーメンバーが……ひいては、パーティーリーダーがスパイの可能性があるから、レコンは証拠か自分の勘違いかレプラコーン領に残るということ。事を大事にしたくないので、メッセージは使わないということ。……ずっと連絡が無かったら、連絡不能にさせられていると思うので、シルフの領主館に連絡をして欲しい、ということ。
それが、レコンが俺たちに頼んだリーファへの伝言だった。
「メッセージで連絡したら、リーファちゃん、多分怒ってこっちに飛んで来ちゃうので……よろしくお願いします」
「ねぇ、ちょっと。あんた……レコン、だったわよね」
直情的なリーファのことを苦笑いしながら語るレコンに対し、俺より先にリズが沈黙を破る。話の途中では、一人だけレプラコーンかつ初対面ということもあり、沈黙を保っていたが……彼女ならば、言うことは決まっている。
「そのスパイがどうか調べるのって……あたしたちも手伝えない?」
「ええっ!?」
リズの突然の申し込みに、レコンは目を見開くように驚いた。まさか初対面のレプラコーンに、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
「相変わらず、リズはお人好しでお節介焼きだな」
「ふふん。あんたもでしょ、ショウキ」
照れくさくてちょっと皮肉混じりの口調で話しかけたものの、リズには簡単に真意を看破されてしまう。そんな現実にため息をつきながら、俺もレコンに対して申し出た。
「リズに先は越されたけど……レコン。俺だって魔法やこの世界には詳しくないが、知っての通り戦闘は出来る。護衛ぐらいにはなるはずだ」
護衛とはまた、あのデスゲームを感じさせる懐かしい単語だ。……しかしこれでは、リズに言われたから俺も言ったように感じられて、少し不満足である。
「ありがたいですけど……お二人には関係な――」
「俺もシルフだからな。関係ないことはない」
レコンの言葉に先んじて、コートの緑色の部分を指す示す。すぐ世界樹に向けて出発するので、シルフ領が関係ないと言えば関係ないのだが、シルフ領に何かあれば、リーファの案内も無くなってしまうだろうし。
……最初から手伝う気なのに、こうして理由を捻り出すのは悪い癖か。
「それに、これであなたに何かあったら、そのリーファって子にも申し訳が立たないし……ね」
「でも、その……リズベットちゃんは戦えるの?」
その、ある意味予想していなかったレコンの一言に俺は吹き出し、リズは口をあんぐりとした顔で固定させた。……驚いて言葉が出ないということだろうか。
「ちゃ、ちゃん!?」
まさか高校生にもなって、ちゃん付けされて呼ばれるとは思っていなかったようだが、残念ながらリズの今の体格では、ちゃん付けされるのも仕方ない面もある。……何せ、子供用サイズの服に身を包んでいることだし。
「誰がちゃんよ、誰が!」
「……ごご、ごめん!」
「実際戦闘職じゃないだろ、リズベットちゃん」
元々レプラコーンは鍛冶妖精という名前の通り、シルフとは違って戦闘には向かない種族で、レコンの心配も無理はない。
「あんたも乗っからないの! ……確かに、ショウキと同じで魔法とかは使えないけど、防戦ぐらいなら」
「リズの言ってることは本当だよ、レコン……こんな体格でも」
フロアボス戦は経験していないとはいえ、リズとてあのデスゲームを生き延びた者の一人なのだ。空中戦や魔法戦がメインのこのALOでは分が悪いだろうが、彼女の言う通り防戦ぐらいなら出来るだろう。
「……分かりました。僕一人じゃ、危ないって思ってたんです」
俺の助け舟を受けても、レコンはまだ心配そうに俺たちを見ていたが……俺たちの申し出を受けるという決断となった。自発的にスパイ捜査をと決心するのだから、レコンにはそれを可能とする技能があるのだろう。ならば後に必要なのは、人手と荒事になった際の戦力――つまり、俺たちだ。
「よろしくお願いします! ……ショウキさん、リズベットちゃん」
「だーかーら……!」
リズによる怒りの一撃がレコンに炸裂するのは、それから数秒後のことだった。
後書き
言い訳は呟きにて……
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