SAO-銀ノ月-
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第六十ニ話
「リズ、飛んだことないなら先に言ってくれ……」
「ごめん……」
レコンの申し出を受けた俺とリズは、スパイ疑惑のあるシルフがいる場所までレコンに案内してもらうことになったものの、そこで一つだけ問題が生じた。……リズがまだ、まともに空を飛んでいなかったという問題だ。
ALOをプレイし始めてすぐ、先の鍛冶大会に飛び入り参加したために試験飛行をすることもなく、始める前に悠長に説明書を読むような性格でもなかったリズは、飛び方を知らないのだった。そんな有り様で、良くこの調査を手伝うなどと言えたものだが。
幸いにも、リズは補助コントローラーがあれば人並みには飛行が出来たようで、移動するのには問題ないレベルにはすぐに到達した。その飛行の指導役が、ベテランであるにもかかわらず空中戦が苦手な、まだ補助コントローラーを使うレコンと、補助コントローラーは大破し、随意飛行は実戦で学んだ為に速度はともかく微妙なコントロールが出来ない俺、というおおよそ指導役には向かない面子だったが。
そのせいでパーティーのメンバーが、空中戦に不慣れな俺と補助コントローラーの二人、ということになってしまい、空中戦に慣れた相手には何とも相性が悪いこととなっている。
そんなこんなでリズの飛行に対して一悶着あったものの、何とか飛行しながら、そのシルフがいるという《ミスマルカ》近くの巨大な森林公園《ラズルカ》へとたどり着いた。
レプラコーンたちが木材を使うような作業の時に、ここから材料を取るための森であるらしく、結構な数のレプラコーンが狩りをしている。天然の森林地帯であったシルフ領とは趣が違い、道路が舗装されているなど、レプラコーンらしく管理されている森林公園のようだ。
「へぇ……結構良い木材が取れるみたいね」
リズが鍛冶屋の性か辺りをキョロキョロと観察しながら、それぞれのアイテムを値踏みしているのを横目に見つつ、レコンの先導で森林公園《ラズルカ》の入口へと入っていく。モンスターもおらず人も木も多くて、少しぐらい妙なことをしようともバレなさそうなこの森林公園は、レコンの言う密談には恰好の場所であるが……
「レコン、そのシルフの反応っていうのは、細かい位置まで分かるのか?」
「うん。僕の闇魔法なら細かい位置まで分かる……まだレベルは低いんだけど」
ショウキとリズにも慣れてきたのか、口調が素になっているレコンの手元には、補助コントローラーの他には鏡のようなものが握られている。先の対サラマンダー戦でも使った闇魔法の一種らしく、それでシルフの位置と様子が分かるらしい。……それで会話まで聞ければ良かったのだが、レコンの闇魔法はそこまでのレベルではないとのことだ。
「結構、奥の方にいるみたい」
「それはまた……怪しいな」
舗装されている道路の上を飛びながら、ますます怪しくなっているシルフのことと共に、このゲームのことを思う。……ここはたかがゲームに過ぎないのか、それとももう一つの現実なのか。
デスゲームと化していたアインクラッドでは、ゲーム内であろうと『もう一つの現実世界』として結論づけて、そこでも自分を含んだ人々は日々を暮らしていた。……ならば、アインクラッドと同じような空間で、これだけ人を魅了しているこの世界は、どちらなのだろうか……?
そして両親にも秘密にしつつ、デスゲームと同じ舞台に、何故自分は来ることになったのだろう……?
「止まって!」
レコンのいつになく語気が強い言葉に考え事を中断し、近くの木の幹に着陸して翼をしまい込む。薄い緑色のその翼は、黒色のコートに溶け込まずに、違和感を放ってはいたが。
「どうしたの?」
「今、ショウキさんが立っている木の奥にいる。だから、ここからは落ち着いて行動して」
なんだか活き活きしてるようにも見えるレコンに苦笑いしつつ、そのシルフがいるという木の奥を見たものの、森林が深く奥まで見ることは適わない。しかし、ところどころ赤い飛行物体が飛んでおり、記憶が確かならばあれは……サラマンダーのサーチャーだ。
「ねぇ、あの浮かんでる変なトカゲはなに?」
「サラマンダーのサーチャー。敵が近づくと、プレイヤーに知らせる……だっけか?」
俺と同じように木の幹に着地したリズの質問に答え、レコンもそれに「うん、そうだよ」と肯定の意を示す。遠目で見るだけでもかなりの数が展開されており、見つからずに行くことは出来そうにない。
「レコン、どうするの?」
「ここは僕にお任せだよ。ちょっと待って」
レコンは少し長めの魔法の詠唱をすると、完了するとともに、三人に薄いマントのような物がファサりと音をたてて頭にかかり、身体に吸い込まれていくように消えていく。
「これは?」
「《ホロウ・ボディ》っていう隠蔽魔法の、パーティーにも使えるバージョン。大きな音をたてない限り、サーチャーにもバレないよ」
効果が絶大なだけあって長めの詠唱だったものの、闇魔法や武器に仕込んだ毒による暗殺がメイン、というレコンには必須かつ好きな魔法なのだろう。レコンは自信満々にそう答えてみせた。
「便利なもんねぇ……」
「……リーファちゃんには、良く悪趣味って言われるけど……それじゃ、付いてきて」
リズの言葉とリーファが言ったらしい言葉、二つ共に同意しながら、先を行くレコンについて行く。開けた場所を飛ぶとサーチャーにぶつかってしまうため、木々の枝の隙間をすり抜けるように飛んでいく。補助コントローラーだろうとベテランなレコンはともかく、俺もリズも数回木にぶつかりそうになったものの、何とかレコンについて行くことに成功する。
サーチャーこと空飛ぶトカゲと目があった時には肝が冷えたが、レコンの《ホロウ・ボディ》は伊達ではないらしく、平気でそのまますり抜けていき――木々が開けた場所に出る。
……木々が一定の空間になく、開けた広場のようになっている場所。そこには、軽装甲のシルフのプレイヤーが二人と、赤い鎧をつけたサラマンダーが三人たむろしていた。……軽装甲のシルフたちはともかくとして、サラマンダーたちの装備は、昨夜壊したばかりなので見覚えがある。
「……レコン、間違いないか?」
大きな音をたててしまうと、レコンの《ホロウ・ボディ》の効果が消えてしまう。出来る限り小声でレコンに確認を取ると、そのまま小さくコクリと頷いた。
――どうやらビンゴらしい……!
広場を構成する大木の裏側に着地し、サラマンダーたちの密談を伺い始める。現場を見たところで、証拠と何をやろうとしているのか見抜けなくては、それこそなんの意味もない。
ここまで来た立役者とも言える、レコンの《ホロウ・ボディ》とはいえども、近づきすぎてはその効力を失ってしまう。よって、遠くからその様子を伺うことになるのだが……
「……良く聞こえないわね」
聴力の高いケットシーでもいれば話は違ったかも知れないが、ここにいるのはシルフが二人にレプラコーンが一人。聴力が低いリズは聞き取れず、決して聴力が低い方ではない俺とレコンも、断片的なキーワードしか聞き取れない。
「……もうちょっと近づくしかないか……レコン、任せられるか?」
ここまで接近してしまえば、後はスニーキングに慣れているレコンに任せるしかない。レコンもそう思っていたらしく、翼を展開せずにゆっくりとシルフたちへと向かっていく。足跡も足音もないという素晴らしい手際だったが、サラマンダーたちに行動があった。
パーティーメンバー以外からは見えないはずのレコンの方を向き、サラマンダーが魔法の詠唱を始めたのである。……その魔法の詠唱とレコンに向ける手に危機感を感じ、俺は《ホロウ・ボディ》が消えるのにも構わず、大きな声を出してしまう。
「避けろレコン!」
しかし俺の声は、結果としてレコンに届くことはなかった。魔法によって、サラマンダーの手から火炎放射が発せられ、俺の声と時を同じくしてレコンを襲ったからだ。
「うわっ!」
幸いにもサラマンダーと戦ったことのあるレコンは、詠唱の内容だけでサラマンダーの使用する魔法が分かったようで、《ホロウ・ボディ》の解除とともに飛び退くことによって事なきを得る。そのまま火炎放射は俺たちが隠れていた木に直撃し、その木をそのまま灰にしてしまう。
「よう、レコン。良く避けたな」
同じパーティーにいたという軽装のシルフが、馴れ馴れしげにレコンへと挨拶をする。対するレコンは苦々しい顔をしながら何も言わなかったが、言外に『何故バレたのか』と言っていた。
「リーファに介入されると厄介なんで、腰巾着のお前にもサーチャー付けといたが……こんなとこまでご苦労なこった!」
レコンの後ろから緑色の鳥が飛来し、軽装シルフの肩に乗って消えていく。恐らくあの鳥はシルフ用のサーチャーであり、いつからは分からないが、最初からレコンは見張られていたらしい……!
最初から見張られていれば《ホロウ・ボディ》も意味をなさないし、レコンもサラマンダーではなくパーティーメンバーにサーチャーをつけられているとは、予測していなかった筈だ。
ならばこの場所は、計画が終わるまで邪魔者を置いておく為の場所。他のサラマンダーたちは、ゆっくりと俺たちを取り囲む位置へと移動して来ており、どうやら俺たちをここから逃がす気ではないらしい事からも、恐らくその予想は間違っていない。
「俺たちの仲間になって、リーファも引き込んでくれれば、見逃してやらんでもないが……?」
そう言いながら自分の得物であるのだろう、スリングショットとも呼ばれるパチンコを実体化させ、レコンに条件を出しながら近づいてくる。近づくとは言っても、レコンの短剣に攻撃されるより早く、スリングショットで攻撃出来る位置は確保していたが。
「リーファちゃんが目的なら……絶対に御免だ!」
サラマンダーが3人とシルフ1人が俺たちが逃げられないように周囲を取り囲んでいる、という状況であるにもかかわらず、レコンは強気に啖呵をきってみせる。そんなレコンの返答に、スリングショットを持ったシルフは芝居がかった態度でため息を吐いた後、まだまだレコンへの説得を続行した。
「もしかして、死んだら領主館に戻れば良い……なんて考えてないよな?」
そう言いながらシルフはポケットから矢を取り出し、レコンに自慢げに見せてみせる。その矢は素人目の俺から見ても、通常の矢とは違う異質な矢であり、レコンが反応したところを見ると恐らく……毒矢。
アインクラッドでも良く見られた手段の一つで、麻痺毒で行動不能にさせた後、誰かが見張って継続的に麻痺させることで、プレイヤーを行動不能にさせるという手口。どうやら何処だろうと、考えることは同じらしい。
やはり芝居がかった態度を取りながら、その毒矢をスリングショットへと装填する振りをしつつ、そのシルフはレコンに対してニヤリと笑った。
「リーファ以外の仲間を連れてるとは予想外だったが……お仲間ごと、ちょっと眠ってもらおガハッ!?」
――台詞を最後まで言い終わることもなく、芝居がかったシルフはスリングショットを取り落としながら近くの木に当たるまで、猛烈な勢いで吹き飛んでいく。レコンともう一人の見覚えのないシルフしかいなかった筈が、突如として現れた――ように敵には見えただろう――レプラコーンのメイスによる改心の一撃によって……!
「ふふん、どんなもんよ!」
そう、まだリズにはレコンの《ホロウ・ボディ》が生きており、敵のシルフたちにまだその存在は知られていなかった。一緒に来ていた俺が《ホロウ・ボディ》を解除したことで、敵は勝手にこちらを『レコンとシルフ一人』と勘違いし……結果として、遠心力のたっぷり乗ったリズの一撃が、シルフに直撃したのだった。
レコンと周囲のサラマンダー部隊が事態についていけない中、リズはその翼をはためかせながら、木にぶつかったシルフを追撃する。まだ木にぶつかった衝撃から回復してないシルフに、さらにメイスを振りかぶるものの、敵のシルフも翼を展開しつつ木を蹴ってその場で軽々と一回転。
その一回転でメイスを空中へと行きつつ避けながら、自分の手元には短剣を展開する。その鮮やかな手口に戦闘職ではないリズは反応出来ず、メイスを地表に当てて空中のシルフに隙を晒してしまう。
「……このガキがっ、調子に乗んなっ!」
……しかし、その芝居がかった態度の欠片もないシルフの空中からの一撃は、リズに届くことはなかった。なぜなら、もはや彼に空中を自由に舞う権利はない。シルフも空中で身動きが出来ない事を不信に思い、反射的に翼を見て驚愕する。
「……なんだこりゃあ!?」
弦楽器のような美しい音を鳴らすシルフの翼には、漆黒のクナイが貫通しており、直前にぶつかった木にまで深々と突き刺さっている。翼がクナイによって、背後の木に縫い付けられている、といった状態だった。
もちろんそのクナイを投擲した持ち主は俺であり、久しぶりでも何とか腕は落ちていないことの再確認ともなった。そしてそのクナイの製作者は、目をキラりと輝かせながら、身動きの出来ないシルフにメイスを構える。
「誰、がっ、ガキ、よ!」
リズのメイスの四連撃を軽装甲のシルフが受けきられる筈はなく、あっさりとそのHPを散らしてリメインライトとなる。あまりにも哀れなシルフの末路へな同情と、スッキリした表情のリズに苦笑しつつ、とりあえず合流しようとしたところ――
「ショウキさん、危ない!」
――レコンの警告が俺に響く。リズにタコ殴りにされたシルフの救出はとうに諦めていたらしく、重装甲のサラマンダー三人による、突撃槍での空中からの同時攻撃。
てっきりリズを狙うとばかり思っていたが、まさかこちらに来るとは。予想が間違っていたことに舌打ちしつつ、新生《銀ノ月》の柄に手を添える。
「……《縮地》!」
瞬時に相手との間合いを詰めたり、相手の死角に入り込む体捌き――それにより、相手はこちらを『消えた』と錯覚し、まさに距離を縮めるように移動する技術。アインクラッドと同じようなこの場所なら、やはり問題なくその技術は発動し、サラマンダーの死角に回り込む……だけではない。
SAOにはなくALOにはあるこの翼。縮地によって移動した後に、即座に翼を広げて飛翔することにより、結果として上空から襲って来たサラマンダーの、さらに上空へと移動することとなる。
「こっちだ……!」
そのままこちらに気がつく前に、サラマンダーの一人の頭に《縮地》と飛翔の重さが乗ったかかと落としが炸裂する。そして彼には悪いが、ここで新生《銀ノ月》の試し斬りをさせてもらうとしよう……!
「抜刀術《十六夜》!」
勢い良く鞘から抜かれた高速の斬撃は、サラマンダーの重装甲をものともせずに切り裂くと、その内側の脆い生身へと到達する。斬撃の手応えを感じながら、そのままさらに一回転し、回し蹴りを放ってリズがいる方向へと蹴り飛ばす。
「リズ、パス!」
「任せときなさい……よっと!」
回し蹴りを食らったサラマンダーは、そのまま勢いと慣性に従ってリズの方に吹き飛んでいき、リズのメイスによる追撃をもらう。新生《銀ノ月》に切り裂かれた重装甲に、リズのメイスの一撃は耐えることは出来ず、鎧が自壊すると共に、本体もリメインライトとなって消失する。
残るはサラマンダーが二人にシルフが一人。サラマンダーたちはあからさまに俺から距離を取り、シルフは先程からその姿を見せない。
「おい、増援を呼べ!」
残った二人の内のリーダー格が部下に命令すると、魔法を詠唱し始める。先程の火炎放射よりかは早く詠唱が終わると、小さな火炎弾が複数乱射された。
散弾銃のような広がりを見せるその火炎弾だったが、比較的中距離だった為に、その攻撃は無理せずとも避けられる。しかし、その火炎弾が連続して炸裂し、意地でも増援とやらが来るまで近づかせたくないらしい。
「ショウキ!」
特大の火炎弾が分裂して散弾銃になる、といったバリエーション豊かな火炎弾にリズの心配する声が上がるが、随意飛行の自由度もあって何とか避け続けられている。しかし、この魔法の対象がリズに向かっては……まずいことになる。
「……大丈夫だ、リズは近づくな!」
さて、魔法には魔法で対抗するのが、このゲームの常識なのだろうが……初期に魔法を選択したきりで、全く使用していない俺には魔法で対抗することは出来ず、近づかせない遠距離魔法には途端にジリ貧となる。地上ならば《縮地》で無理やりくぐり抜けられるが、残念ながら今は空中戦であるし、こちらのクナイではサラマンダーの重装甲を突破出来ない。
何発目か分からない火炎弾が俺の翼をかすめて飛んでいき、そろそろ避けるのが限界になって来た俺は、サラマンダーに対し新生《銀ノ月》を銃のように構えた。あまり使いたくはないのだが、四の五の言ってはいられない。
「何の真似だ!?」
……俺がサラマンダーの立場だったらそう言っただろう台詞とともに、サラマンダーの手のひらから特大の火炎弾が発射される。……確かあれは、数秒後に爆散して火炎弾を撒き散らすタイプ。
「……頼む!」
サラマンダーが放った特大の火炎弾に対し、新生《銀ノ月》の刀身が、俺が引き金を引くとともに、弾丸のようなスピードで吹き飛んでいく。そのまま分裂するより早く火炎弾に直撃し……火炎弾を消滅させながらサラマンダーに飛来した。
「ハアっ!?」
敵のサラマンダーだけではなく、俺やリズの驚きの声が重なりながら、俺の手の中の新生《銀ノ月》の刀身がひょっこりと生えてくる。もはやこの新生《銀ノ月》関係で、何が起きようとも驚かないことと、決して残るスイッチを押さないことを誓った。
「……くっ、このっ!」
刀身が飛来したサラマンダーは、流石にリーダー格というだけあってか、驚愕に包まれながらも刀身の弾丸を避けて見せる。だがギリギリかすったらしく、胴の部分の装甲が削り取られていた。
……そして、それを狙いすましたようなタイミングで攻撃する人物がいた。シルフの短剣を使い――レコンだ。再び《ホロウ・ボディ》を使ってリーダー格に接近――警戒されていたようで、遅くはなったが――しており、刀身の弾丸が削り取った装甲の内側に、その短剣を突き立てた。
「えいっ!」
非力なアバターに加えて短剣自体の威力も低く、サラマンダーのHPゲージは僅かしか削れないが――代わりに、そのHPゲージが異常を示すグリーンに点灯する。
「麻痺毒、か……」
自らが受けた攻撃のことについて理解した、リーダー格のサラマンダーが飛行を保てなくなり墜落する。そこまでの高さではない以上、墜落によってHPゲージが全損することはないだろう。
よって追撃と行きたいところだが……それより先に、俺はレコンの前へと飛んだ。先程増援をメッセージで呼んでいた――ひいてはレコンに火炎放射を発射した――サラマンダーが、かなり上空でレコンに対して手をかざしていたからだ。
「ショウキさん……あっ!?」
レコンは俺が飛んで来たことで、ようやくそのサラマンダーに気づいたらしく、何かは分からないものの魔法の詠唱を始める。しかし間に合うはずもなく、俺とレコンに対してバーナーのように火炎放射が発射された。
「消し飛べ!」
その自信からサラマンダーに行える最大火力のようで、それに違わない規模の火炎放射の連射。良く見ればサラマンダーのHPゲージが減っており、ただの魔法ではないような雰囲気を発している。
「さて……」
耳元では慌てふためいたレコンが、恐らく防御用の魔法の詠唱を噛んでいるが、まずは落ち着いて火炎放射を眺めよう。図らずもこの戦闘は、俺の戦い方や道具や技術がALOでも通用するか、といったテストに相応しいこととなっていたが……せっかくだから最後までテストに使わせてもらう。
まだ試していないことは斬り払い。俺がアインクラッドを生き抜く上で、地味ながらも《縮地》よりも多用した技術。……刀身の弾丸は魔法の火炎弾を打ち消したが、斬り払いはどうなのか……!
「せやッ!」
気合い一閃。新生《銀ノ月》は、火炎放射の第一波を切り裂くことに成功する。その理由はショウキには知り得ないことであるが……
このALOでは魔法属性を持つ技は、同じ魔法属性を持つ技で打ち消すことが可能である。代わりに、物理属性である筈のただの武器では斬れない筈だが……新生《銀ノ月》には魔法属性しか効かない敵への対策として、少量ながら魔法属性が入っている。持ち主であるショウキも、魔法属性が入っていることは承知しているものの……それが特異なこととは、認識していない。
そして魔法の『当たり判定』がある中心部に直撃させることにより、その魔法を斬り払うことが可能となる。高速で移動して炸裂する魔法の中心部を狙って斬る、ということは言うまでもなく困難だが……ショウキは第一波の火炎放射を斬り払い、『出来る』と確信する。
――唯一の誤算は、火炎放射の数が多すぎてとても斬り払える数ではなかったことか。
「あつっ!」
第一波の火炎放射は斬り払うことに成功したものの、続く第二波が早くも飛来したことにより、斬り払う暇もなく火炎放射がコートをかすめる。
「ショウキさん、どいて! ……シールド!」
一回噛んでやり直したレコンの魔法の詠唱が終わり、ショウキと場所を入れ替えて風のシールドを張る。火炎放射の連打を防げるほどのシールドではなかったが、シールドが耐えている間に、レコンとショウキは火炎放射が降ってこない安全圏まで避難する。
「逃がすか!」
しかし、火炎放射を連射しているサラマンダーに発見されてしまい、火炎放射の照準を変更されてしまう……が。
「食らいなさいっ!」
唯一火炎放射の連射に巻きこれていなかったリズは、迂回してサラマンダーの上空へと回り込んでおり……メイスの一撃がサラマンダーに炸裂する。
「畜生……!」
どのようにかは知らないが、HPすら犠牲にしながら火炎放射を乱射していた影響で、サラマンダーのHPはもう残り少なく。リズのメイスの一撃により墜落していき、大地に着くとともにHPは全損することだろう。
いつまでも翼を展開していると時間制限に引っかかってしまうため、三人で近くの止まり木へと着地する。辺りを見渡してみるが、回りにはもうサラマンダーとシルフの姿は見えない。
やはり軽装シルフを一人取り逃してしまったようだが、レコンが麻痺させたリーダー格のサラマンダーが一人残っている。そいつから、何を話していたのか詳しく話を聞くことに――と、思っていた矢先。
リズに墜落させられたサラマンダーは、その身体をリメインライトに燃やしながらも地表に落ちており、なんとも隕石のようであったが――その隕石が、麻痺毒で動けなくなっている、リーダー格のサラマンダーに直撃した。
「あっ」
「えっ?」
取り逃したシルフ一人とレコンが麻痺させたリーダー格を除き、なんだかんだでほとんど倒した、今回の立役者ことリズの疑問の声とともに、隕石がリーダー格のサラマンダーに直撃した。リーダー格は、先の火炎放射の流れ弾にも当たっていたようで、二人まとめてリメインライトとなって消失した。
「…………」
これで彼らは何を話していたか、聞くことも出来ずに迷宮入りとなったのだった。
「えっーと……ゴメンね?」
「……いや、リズのせいじゃない。不幸な事故だ、きっと」
そういうことにしておこう。隣のレコンも苦笑いで肯定してくれていることだし。
「――それより、早く《スイルベーン》に戻って領主館に言わないと!」
スパイ疑惑があるとシルフの領主館に駆け込む。そうする事が出来れば、シルフでないリズ以外はとりあえず安心できる。確かに今から急げば、スイルベーン行きの船には間に合うかも知れないが……それは悪手だろう。
「落ち着けレコン。今からスイルベーンに戻ろうとしたら、何回敵に会うか分からない」
リメインライトとなって消失した敵がどこに行ったかは分からないが、レプラコーンの首都《ミスマルカ》で復活したならば、俺たちは船に乗るまでに必ず復活した彼らと鉢合わせることになる。
よしんば《スイルベーン》行きの船に乗れたとしても、その近くの森林地帯はシルフとサラマンダーの庭同然。彼らのテリトリーで勝てるとは、敵の数も分からないのに勝てるとは思えない。
「じゃあどうするのさ!」
「……《蝶の谷》」
レコンからの問いに、突如として俺が言い放った地名のような言葉に、リズは何を言っているか分からずに首を傾げた。
「《蝶の谷》?」
「あいつ等が密談してる時に、こう言ってたんだ。……知ってるか、レコン?」
あの時の密談でレコンが近づいて火炎放射を受ける前、俺とレコンで聞くことが出来たのは数単語。『蝶の谷』『襲撃』『装備』――その程度しかない。だが、何の手がかりも無いよりはマシだろう。
「確か……向こうのダンジョンを超えたところにある、シルフ領に近い谷、かな」
頭をひねって思いだしたらしい、レコンが指差した《蝶の谷》の方向は――世界樹。巨大な山よりもさらに巨大な、この世界の中心部にあるラストダンジョン。
……そして、アスナの手がかりがあるかも知れない、とりあえずの目的地でもある。
「《蝶の谷》ってとこで何をするかは知らないが……スイルベーンに行くよりは……」
「その《蝶の谷》に行って、企みをメッセージで領主館に送れば良い、ってことね!」
俺の台詞を奪ってリズが元気良く言い放ってくれる。そこは最後まで言わせて欲しいところだったが。
「……一応、僕も領主館のフレンドに何があるかメッセージしておくよ。……世界樹の方に行けばリーファちゃんにも会えるし……そうしよう!」
……台詞の途中に割り込んで来た、男としての下心に突っ込んであげないのが、優しさというものだろうか。
そうしてサラマンダーたちの増援が来る前に、俺たちは《蝶の谷》へと飛翔を始めた。……図らずも俺たちはキリトと同じく、世界樹にも向かうこととなったのだった。
……そしてショウキたち三人が飛び去った後。彼らが『取り逃した』と勘違いしていた、どこからともなく軽装シルフが姿を現した。
トリックも答えも簡単。使ったのは彼らと同じように《ホロウ・ボディ》である。初心者であるショウキとリズはともかく、同じ使い手のレコンならば気づいてもおかしくはなかったが、《彼》の隠蔽スキルの方が上を行っていたのだろう。
《彼》は《ホロウ・ボディ》で姿を隠しながら、現実世界におけるカメラのような物で、三枚の写真を撮っていた――もちろん、撮った人物はショウキを始めとする三人である。
《彼》はシステムメニューによって、ALO内の掲示板のような場所を開いた。雑談やレアアイテムの在処など、今日も賑わっているその掲示板に、《彼》はおもむろにその撮影した三枚の写真をアップした。そしてこの後、掲示板を見ているプレイヤーに向けて、クエストを発注したのだ。
『今からこの三人のプレイヤーが《蝶の谷》に向かう。それより早く、このパーティーをキルしたプレイヤーに、一人50万コルを与える』――と。
無名のプレイヤーを狩るだけで――レコンは腰巾着としては少し有名だが――破格の報酬設定だったが、それだけではガセだと思う掲示板のプレイヤーは動かない。だが、そのクエストの受注欄に張られていた、シルフ領の紋章……それは、本当の依頼だと証明出来る何よりの証拠だった。
白熱してくる掲示板を興味なさげに閉じると、ショウキたちが去って行った空を見つめて《彼》はニヤリと笑って呟いた。
「……It`s show time」
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