錬金の勇者
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8『竜使いの少女』
前書き
見たらいきなり総合Pが78Pになっていた……49から78ですよ!?びっくりさせるにもほどがある……とりあえず、お気にいり登録・評価してくれた方、ありがとうございました!
シリカは、アインクラッドでは珍しい《ビーストテイマー》だ。だった、という表現が正しいのかもしれないが。その証である使い魔モンスターは、もういないのだから。
ビーストテイマーは、システム上に規定された職業やスキルの名前ではない。ランダム発生するイベントによって、モンスターの飼いならしに成功した、ごく少数のプレイヤーに、賞賛とわずかなやっかみを込めて、いつの間にか誰かが使い始めた呼称だった。
テイミングの発生はごくまれだ。発生するのは小動物系のモンスターのみ、さらに同種のモンスターを殺しすぎていると発生しないらしいことが分かっている。モンスターに好物となる食べ物を上げると、ごくまれに赤色のカラー・カーソルが黄色に変わり、そのモンスターは《使い魔》としてプレイヤーの支えになってくれる。基本、モンスターはプレイヤーと敵対している攻撃性なので、意図してビーストテイマーになろうとしたら、同種のモンスターと遭遇しては逃げるという非常に困難で面倒くさいプロセスが必要となってくる。
その一点に関して、シリカは途方もなく幸運だったと言えた。気まぐれで降り立った下層のフィールドダンジョンで、敵対するはずのモンスターがなぜか友好的に近寄ってきて、しぐさがかわいかったから何とは無しにおやつに買っていたナッツを与えたらたまたまそれがそのモンスターの好物だった、と言うわけだ。
ふわふわしたペールブルーの体毛に身を包んだその小型ドラゴンモンスターの種族名は《フェザーリドラ》。そもそもがめったに出現しない超レアモンスターだった。シリカがそのドラゴンを肩にのせて、ホームタウンである第八層主街区フリーベンに戻ると、たちまち反響を呼んだ。早速フェザーリドラのテイミングに挑んだプレイヤーたちがいたらしいが、ついぞ成功したという話は聞かない。
シリカはそのドラゴンに、《ピナ》という名前を付けた。現実世界で飼っていた猫と同じ名前だ。使い魔モンスターは全て小動物系。つまりは戦闘能力系にはいわゆる「雑魚モンスター」なのだが、フェザーリドラがそれなりに優秀なモンスターであることも相まって、ピナは使い魔モンスターにしてはなかなか強力なモンスターだった。索敵・バブルブレス、そして少量のヒール。どれも便利な能力だったが、それ以上にシリカにとって大切なものとなったのは、ピナによってもたらされる安心感だった。
シリカはわずか十二歳でこのデスゲームにとらわれた。不安で押しつぶされそうだった毎日に、ピナと言うぬくもりがやってきたことによって、まるで現実世界のピナが来てくれたような気分になった。そこからやっと、この世界で生活する、という意味でのシリカの《冒険》ははじまったのかもしれない。
以来、シリカとピナは順調に経験値を積み、中層プレイヤーの中では結構レベルの高いプレイヤーになっていた。主ボリュームゾーンを形成する中層プレイヤーの中で有名になることは、アインクラッドのアイドルプレイヤーの仲間入りをすることである。その事実に、少し舞い上がっていたのかもしれない。
きっかけは、些細な公論だった。所属していたパーティーが、《迷いの森》から帰還しようとしたところで、パーティーメンバーの一人がこんなことを言ったのだ。
――――今日のアイテム分配だけどさ。あんたはそのトカゲが回復してくれるんだから、結晶アイテムはいらないわよね。
あざけるような言い方も気に入らなかったが、何よりピナをただのトカゲ呼ばわりしたことが気に入らなかった。
――――そっちこそ後衛でうろちょろしてるだけで大したダメージを負ってないじゃないですか。回復結晶ならあなたもいらないでしょう?
そこから先は売り言葉に買い言葉で、パーティーリーダーの制止も聞かずに、シリカはそのパーティーを飛び出してきてしまった。
直後に公開することになる。《迷いの森》のダンジョンは、一定時間が経過するごとにエリアごとのつなぎ目が変更されてしまう。本来なら必要な地図は、パーティーリーダーしか持っていなかった。それでも何とかして脱出しようと、何度もエリア転移を繰り返していた時。
突然、ピナが警告音を発した。視界に表示されるレッドカーソル。出現したのは、《ドランクエイプ》と言う名の大柄な猿型モンスターだった。このダンジョンに出現するモンスターとしては最強クラスの強さだったが、中層プレイヤーはそれこそ最前線の《攻略組》よりも安全マージンの確保に敏感である。そのため、シリカのレベルなら難なく倒せるはず――――だった。
シリカは知らなかった。ドランクエイプに厄介な特殊能力があることを。以前戦った時はパーティーで戦い、しかもものの数分で殲滅してしまったために《ソレ》を見る機会がなかったのだ。
ドランクエイプは、持っているひょうたん状の壺から、HPを回復させるアイテムを取り出すのだ。御世辞にもおいしくなさそうなそのアイテムを食べるたびに、ドランクエイプのHPは見る見るうちに回復していく。しかも、出現した個体は三体。一体が傷つくともう一体が、その個体が傷つくとさらにもう一体が、それが大ダメージを負うころには、最初の一体が完全回復しているという、最悪の布陣だった。
消耗させられていったのはシリカの方だった。HPがいつしか注意域へと入り、死を覚悟したその時――――ピナが、ドランクエイプの攻撃からシリカを守ったのだ。
使い魔モンスターのHPは貧弱だ。ピナはドランクエイプの攻撃を受けて、「きゅるる……」という悲しげな鳴き声を残し、消滅してしまった。使い魔モンスターのAIには、自らモンスターに立ち向かうという物は無い。だからこの行動は、ピナの一年間にわたるシリカとの生活で芽生えた、本物の《友情》の証だという事だ。
惜しむらくは、それによってピナが死んでしまった事―――――
「あぁぁぁぁぁっ!」
シリカは無我夢中てピナを殺した個体を追い詰める。しかし、敵の見事な連携に逆にこちらが追い込まれてしまう。HPは危険域へと追い込まれ、死がすぐそこまで迫ってきているのを感じた。
「(ピナ、ごめんね……)」
目をつむって、ドランクエイプの攻撃を受け入れようとする。しかし、いつまでたっても衝撃は襲ってこなかった。
目を開けた時、そこに立っていたのは、鮮やかな銀色の長剣で、ドランクエイプを一刀のもとに斬り伏せる、銀髪の男だった。
「……すまない。君の友達を助けてあげられなかった」
男が言う。すると、ピナはもういないのだという悲しみがこみあげてきて、涙があふれてくる。
「お願いだよ……あたしを一人にしないでよ、ピナ……」
しかしその場に残っていたのは、物言わぬ羽根一枚だけだった。
*+*+*+*+*+
「……もう一度あやまらせてくれ……すまなかったな」
「いえ……私がバカだったんです……助けて下さってありがとうございました」
嗚咽を飲み込みながら、どうにかそれだけを言う。銀髪の男は、少しだけこっちに歩み寄ってくると、ピナの遺した水色の羽根を見て、小さく首をかしげると、ああ、と呟いて言った。
「その羽根、アイテム名が記されてるか?」
「え……?」
普通、モンスターが消滅した時には一切のアイテムを残さずに消滅するのが普通だ(シリカは見たことは無いが、プレイヤーは死亡時にメイン装備アイテムをいくつかその場にドロップするらしい)。なので、羽だけが残っていることがたしかに不自然に感じられた。タップすると、アイテム名が出現する。
《ピナの心》――――その文字を見た時、再びシリカは泣き出してしまいそうになった。すると、男があわてて言う。
「ま、待った待った!泣くな!確か心アイテムが残ってると、蘇生の可能性があるって話を聞いた気がする」
「ほ、本当ですか!?」
思わず声を荒げてしまう。男がびっくりした表情を取る。至近距離で見つめる形になった彼の顔立ちは、こっちがびっくりしてしまうほど整っていた。銀色の髪の毛と青い眼が非常によく似合う。もしかしたら混血児なのかもしれない。
「ああ……ちょっと待って」
男はメニューウィンドウを何度か操作すると、しばらく表示された画面を凝視したのちに、大きくうなずいた。
「《思い出の丘》っていうダンジョンが四十七層にあってな。そこのてっぺんに咲く花が、使い魔蘇生アイテムらしい。最近分かった話で、まだあんまり知られてないんだよな……使い魔をなくしたプレイヤー本人が行かないと肝心の花が咲かないって言うのもあるんだろうけど。あのダンジョン一回行ったことあるんだけどさ。地味なんだよな……」
銀髪の男が言う。
「四十七層……」
その言葉を聞いて、希望の光がまた雲に隠れてしまう気がした。SAOでは、基本的に安全マージンはその層の数字+10、最前線では15以上が普通だ。シリカの今のレベルは44なので、最低でも55レベルほどにならなければいけない。
「情報だけいただけただけでありがたいです。強くなって、いつかきっと……」
「いや、それがな……使い魔が死んでから三日以上たつと、心アイテムが《形見》アイテムに変化して、蘇生ができなくなるらしい……と、ここに書いてある」
「そんな!」
レベル55になるためには、あと11レベル上げなくてはならない。三日、実際の攻略も考えると二日でこのレベルまで達するのは不可能に近い。
再び悲しみと絶望がこみあげてくる。悔しさに涙があふれる。
「……君は、その装備から見ると主武装は《短剣》、か?」
「え……あ、はい」
シリカが答えると、男はう~ん、としばらく唸って、
「これから見ることを誰にも言わないって約束してくれ」
アイテムウィンドウを開き、いくつかの金属素材を取り出す。どれもが一見してわかる高級品だ。が……
「あの……それ、どうするんですか?」
「良いから、見ていて」
男はそれらを手に持つと、流れるような口調で呟いた。
「《等価交換:短剣》、《等価交換:軽鎧》、《等価交換:アクセサリ》、《等価交換》……」
すると、いったいどうしたことか。インゴットたちが白銀の輝きと共に、それぞれ武器や鎧に姿を変え始めたではないか。アイテムが全て完成すると、男はそのうち短剣と鎧に、さらに新たなインゴットを加えていく。
「よし……これでいいか」
「あの……今のは?」
アイテムを別のアイテムに変えるなんて、聞いたことがないスキルだった。そんなものが、このアインクラッドにあったのだろうか……。
「ああ……《錬金術》って言ってな。まぁ、ユニークスキルみたいなもんなんだが……」
「へぇぇっ!」
素直に驚きの声を上げてしまう。ユニークスキルは、現在世界に持ち主が一人しかいないと言われている希少なスキルの総称だ。明らかになっているのは、攻略組最強、つまりはSAO最強と言われているギルド、《血盟騎士団》団長のヒースクリフという男の持つ《神聖剣》。もちろん、シリカは実物を目にしたことは無い。
「まぁ、攻略組は大半が知ってるんだけどな。このスキル。あんまり中層プレイヤーの人たちには見せたくないんだ……結構問題があってな……」
「ああ……何か分かります」
シリカも、ピナをテイミングしたばかりの頃は憧れや賞賛の言葉だけでなく、恨みや妬みの言葉なども随分かけられた。きっと最前線プレイヤーも大変なんだろう。
「とりあえず、この武器があれば5~6レベルは上乗せできるだろう。特にダガーはこの先でも使える性能にしてある。俺も付いていくから、何とかなると思うよ」
「あの……何でそんな親切にしてくれるんですか?」
思わず聞いてしまった。SAOでは《甘い話には裏がある》のが定石だ。彼もそれを感じ取ったのだろう。数瞬ほど迷ったようなそぶりを見せてから、小さくつぶやいた。
「……から」
「え……?」
「君が、その……姉に似てるから」
「お姉さん、ですか……?」
シリカはどう見ても彼より年下だ。下手をすれば五歳以上離れているかもしれない。妹ならばわかるが、なぜ姉などと……。
「ああ。義姉なんだが……さっきの君みたいな表情を、昔彼女がしたことがあってな……どうしても放っておけなかった。わ、笑うなよ。シスコンじゃないぞ。断じて違うからな!」
どうやらシリカは笑ってしまっていたらしい。男は今までの冷厳な気配を崩れさせて狼狽した。
「ありがとうございます。あの……こんなのじゃ、全然足りないと思うんですけど……」
シリカは全財産をトレードウィンドウにのせる。すると、男は首を振って、
「いや、いいよ。もともと今のインゴットは余っていたものなんだ。ウィンドウに寝かせておいてもどうにかなるモノではないしな……」
男はトレードウィンドウを消去してしまう。
「すみません。何から何まで……あの、あたし、シリカって言います」
「俺はヘルメス。よろしく」
《錬金術師》と《竜使い》の少女との出会いだった。
後書き
次回はヘルメスの家族について、より詳しい話が出てきます。
感想・ご指摘等待っています。
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