錬金の勇者
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7『シルバーフラグス』
「お願いだよ……あたしを一人にしないでよ、ピナ……」
その表情は、あまりにも現実世界で最も近かった人に似ていた。
***
2024年2月。SAOが開始されてから、一年と少しが経過した。最前線は五十二層。ヘルメスはホームであるアインクラッド第二十七層のねぐらから、主街区へと繰り出す。
「よう、錬金術の」
「……イゾルト」
第五十二層主街区の転移門から出ると、そこには一人の男性プレイヤーが立っていた。黄色を基調としたシャツの上に、銀色のライトアーマーを装着した槍使い。彼の名はイゾルト。SAOで、ヘルメスのことを知るプレイヤーの中では彼のことを《詐欺師》と呼ばない数少ない人物である。実力は攻略組に匹敵するのに、なかなか最前線に出てこない、ヘルメスの同類のような男だ。
あの日――――第一層の攻略が終わった日、ヘルメスは自らがSAOの真実を知る茅場晶彦の《共犯者》であるとした。実際の所、そこまで詳しくSAOのことを教えられていたわけではないのだが、βテスターやほかのプレイヤーを排除しようとする動きを止めることだけはできたはずだ。その後もしばらくは《詐欺師》ヘルメスの名が広まっていたのだが、現在のSAOではヘルメスのことを知らないプレイヤーも多くなった。
だが、攻略組や前線プレイヤーの多くは、いまだヘルメスを《詐欺師》と呼んで嫌っている節がある。それに関して何か不満があるかといえばそうでもないのだが、自分をその名前で呼ばないプレイヤーと話すときは何かすっきりとした気分になる気がする。
「どうしたんだ、最前線なんかに出てきて。お前はいつも下層でゴロゴロしてるだけじゃないか」
「失礼なこと言うなよ。……いや、何。俺もあいつが心配になってな……」
ああ、と呟いて、イゾルトと共に転移門の脇を見る。
そこに跪いていたのは、一人の男性プレイヤーだった。年齢は二十代半ばほどか。地味な顔立ちに、地味な服装。御世辞にも高級とは言えない装備だ。彼は泣きながら、お願いだ、お願いだ、と何度も何度も繰り返していた。
「もう二日になるのか……」
「ああ……アイツらには俺も世話になったことがあってな……何とかしてやりたいんだが……」
転移門のそばで泣き叫んでいる男性プレイヤーは、中層で活動している《シルバーフラグス》と言うギルドのギルドマスターだ。いや、「活動していた」「ギルドマスターだった」という表現が正しいか。なぜならば、彼の率いるギルドはもうないのだから。
二日前のことだった。彼の率いるギルドに、「体験入団させてほしい」と言ってきたプレイヤーがいた。一週間ほどそのプレイヤーと狩やらをして過ごした、ある日。三十八層のダンジョンを攻略中に、疲労して休んでいた《シルバーフラグス》を、突然十人近くのオレンジプレイヤーが襲ったのだ。結果、ギルドはリーダーを残して壊滅してしまった。
《オレンジプレイヤー》と言うのは、このSAOで犯罪者を表す言葉だ。プレイヤーは全員頭上にカラー・カーソルがあるが、窃盗や傷害と言った犯罪を犯すと、このカーソルがグリーンからオレンジに色を変えるのだ。オレンジカーソルのプレイヤーだから、オレンジプレイヤー。
「ゲームでの死が本物の死になる世界……そんな世界で人殺しをする奴らは、きっと腐ってるんだと思う」
ヘルメスの脳裏には、大嫌いな父と曾祖父の顔が浮かんでいた。あいつらの根性は腐っていた。だからきっと、あいつらと似たような存在である犯罪者プレイヤー達は腐っているに違いない。
……もっとも、その腐った一族の血を継いだ自分も腐っているのだろうが。
――――だから腐りきらないようにするんだ。そう言った義兄の顔が思い出される。
「なぁ、錬金術の。お前はどうするんだ」
「……俺は詐欺師だよ。どうするかなんて聞いて、その答えを信じたら終わりさ」
「なるほどね」
イゾルトは苦笑すると、じゃぁな、と言って転移門から別の階層へと移動していった。
「……さて」
ヘルメスはSFsリーダーの方を向いた。イゾルトにはああ言ったものの、ヘルメスはSFsリーダーを助けるつもりでいた。そのために昨日一日を掛けて、消費していたアイテムなどを買い込んだのだから。
「お願いだ、頼む、仲間たちの敵を討ってくれ……」
「なぁ、あんた」
ヘルメスが声を掛けると、SFsリーダーは弾かれたように顔を上げて、まるでNPCの様に同じ言葉を繰り返した。
「……大まかなことは聞いている。詳しい情報を教えてくれないか?」
「わかった……ありがとう」
SFsリーダーはヘルメスに、犯罪者プレイヤーの親玉であるとみられるその「仮入団」しに来たプレイヤーの情報をいくつか教えたのち、ストレージから一個の群青色のクリスタルを取り出した。
「……回廊結晶か?」
「ああ。頼む。これであいつらを監獄送りにしてくれ……」
ヘルメスはほっと息をついた。殺してほしいという依頼だったら、受けるかどうか迷うところだった。いや、「腐りきらない」ために依頼受諾を断ったかもしれない。
「わかった。俺はヘルメス。お前は?」
「フラッド。ありがとうヘルメス。頼んだよ」
そう言って、ヘルメスはSFsリーダー・フラッドから依頼を引き受けたのであった。フラッドは何度もありがとう、ありがとうと呟いていた。
***
それからの一週間近く、ヘルメスはひたすら《シルバーフラグス》を襲った犯罪者集団について調べ続けた。それによって分かったのは、彼らが《タイタンズハンド》と呼ばれるオレンジギルドで、過去にも似たような事件を起こしているという事だった。ロザリアという名前の女がリーダーで、構成人数は十数人。グリーンプレイヤーであるロザリアが獲物を見繕い、稼げると判断したらそれとなく事前に決めたスポットに獲物を誘導し、《タイタンズハンド》のプレイヤーが強襲、PKしているらしい。
SAOが始まってから一年たったころに、《笑う棺桶》という殺人ギルド――もちろんSAOのプレイヤーに『レッド』などと言う分類は無い――が結成されて以来、殺人を行う者達が公から見ても増え始めた。さすがに殺人を専門とするギルドはラフコフ以外にはできていないように見えるが、窃盗や恐喝などの結果として、相手を殺してしまうオレンジも多く出現している。
ヘルメスはロザリアが中層のとあるパーティーを次の標的としたようだという話を、情報屋のアルゴから聞いた。彼女は一体どのような伝手があるのかこういった情報にもかなり詳しい。早速そのパーティーが普段活動しているという三十五層《迷いの森》へと向かうことにした。
《迷いの森》での捜索は困難を極めた。なぜならばこのダンジョン、その名の通りプレイヤーを《迷わせる》からだ。
《迷いの森》はいくつかのエリアに分けられている。それぞれのエリアの端には、別のエリアとつながる道が存在しているが、この道は一定時間が経つと別のエリアに繋がってしまうのだ。簡易マップでは自分のいるエリアしか表示できないため、どのエリアとどのエリアがつながっているのかはそこそこの値段で売っている地図を見ないと分からない。
当然ながらお目当てのパーティーがどこにいるのかもわからず、ヘルメスはいったん帰還するか、と地図を広げ、次のエリアへと踏み出した。
そして――――そこで、いきなり剣戟の音を聞いた。プレイヤーとモンスターが戦っているらしい。ヘルメスは走り出す。
剣戟の音がどんどん近くなっていく。視界が開けた時、そこで見たのは――――
水色の小龍が、少女を守って消滅するところだった。恐らく彼女は《ビーストテイマー》と呼ばれるプレイヤーだ。死んでしまったのは使い魔モンスターだろう。ヘルメスはとっさに相手のモンスターを確認する。
「ドランクエイプ……」
《迷いの森》で最強の通常モンスター、ドランクエイプ。大型の猿モンスターで、武器は棍棒など。中層では強い方だが、そこまでと言うわけでもない。しかしこのモンスターがこのダンジョン最強たるゆえんは、その特殊能力に有った。
ひょうたんの様なものを持っている。あれの中に入っているのは、かなり強力な回復剤だ。ドランクエイプはHPがレッドゾーンに陥ると、スイッチして場所を入れ代わり、傷ついた仲間が回復するまでの時間稼ぎをするのだ。
しかも今少女の目の前にいるのは三体。延々とローテーション回復される、最悪の布陣だ。
「マズイ……」
ヘルメスは背中から剣を抜き放つ。ソードスキルは使えないが、代わりにヘルメスには高性能な武器と、義兄に鍛え上げられた戦闘術がある。
今ヘルメスの使っている白銀の剣は、周辺で取れるインゴットの中では相当強力なものを、第一層から使い続けているモノと融合させて作り上げた錬成武器だ。性能は《魔剣》と呼ばれるSAO最強クラスの物に匹敵し、さらにまだ強くなるというおまけつき。
一閃。ドランクエイプたちを爆散・消滅させる。
「……すまない。君の友達を助けてあげられなかった」
ヘルメスが少女に言うと、彼女の眼からこらえきれない涙があふれ出した。
「お願いだよ……あたしを一人にしないでよ、ピナ……」
後書き
お待たせしました。『錬金の勇者』SAO編第七話です。次回はヘルメスこと水門のリアルの話が少しだけでてくる予定です。
最前線の階層に修正を加えました。
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