魔法少女リリカルなのは ~優しき仮面をつけし破壊者~
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A's編 その想いを力に変えて
A's~オリジナル 日常編
52話:士とシャマルのお料理教室(笑)
前書き
遅くなりました。申し訳ありません。
季節は夏を通り越し、木葉が赤く色づき始める秋へ。
秋と言えば、皆さんはどのような事を考えるだろうか。
スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、食欲の秋。皆さんそれぞれ、思い思いの秋を思い描くだろう。
スポーツを楽しむのもよし、絵を鑑賞するのもよし。小説を読んだり、食べ物をわんさか食べたりするのが、楽しい季節である。
そんな楽しい秋の一時に―――事件は起きた。
「士君!しっかりして士君!」
「士、気を確かに!」
「マズいよ、士君目開けないよ!?」
そう言って士をゆするのは、なのはにフェイト、そしてはやて。八神家の床に倒れているのは、我らが主人公、士。彼の顔色は、どう見ても普通の人間のものじゃなかった。
三人は士の体を動かし、仰向けにする。すると部屋の照明の光が効いたのか、ゆっくりと瞼を開ける。
「つ、士!」
「大丈夫!?」
「気ぃしっかり!」
三人の呼びかけに、士は虚ろながら、あぁ…と答える。
「三人ともぉ……すげぇぞ…あんな綺麗な川、見たことねぇ…泳いだら、気持ちいいだろうな~…」
だが返ってきた返答は浮世離れした言葉だった。虚ろな目には光はなく、焦点が合っていなかった。
「だ、ダメだよ士君!その川渡っちゃ!」
「それ三途の川!渡ったら終わりだよ!?」
「戻ってきて士君!」
なんだよもぉ…、と力なく横たわる士は再び目を閉じようとした。
「ダメだって!寝ちゃダメ!目を閉じないで!」
「寝たら死んじゃうよ!逝っちゃダメだよ!」
二人がかりで士の肩を掴み、体をブンブンと揺り動かす二人。それでも士は永遠の眠りに入るかのように瞼を閉じた。
「「士(君)!?」」
「二人とも、士君立たせて!」
そんな士を見て大慌てするが、そこへ先程から姿が見えなかったはやてが、こちらも慌てながら戻ってきた。
それを見てなのはとフェイトは言われるままに士を立たせて、倒れそうな体を背中から支える。
「いい加減に…起きんかぁぁ!!」
バチィ、バチィ、バヂィィン、と物凄い音が何度も響いた。
「し…死ぬかと、思った…」
はやてのおかげで一命を取りとめた俺の第一声は、こんなんだった。
死にかけた俺は、はやての作り上げたハリセン君二号(クリスマスパーティー時のハリセンを強化したもの)の攻撃を何回も受けて、ようやく意識を三途の川から戻したらしい。まぁあんま覚えてないんだけど、頬がものすごく痛いからおそらくそうなんだろう。
今の状況に至るには、少し時間をさかのぼる必要がある。
今日は俺もなのは達三人も、時間は違えど管理局へ仕事に出かけていた。
それぞれ一日掛かっていたり、簡単な雑務で終わったり。しかしそれらが終わった時間が皆だいたい同じだった為、途中で合流して地球に戻ることになった。と言っても、その時間は地球でだいたい十時近くになっていたが。
それぞれがそれぞれの家へ戻って遅めの夕食を食べる、というのは難しい時間帯だったので、八神家にて皆で夕食を食べて、それから帰る事にしようと話し合って決めた。
だが帰ってみたらどうだ。八神家の食卓にはいくつかの惣菜が並んでいた。そして側にはエプロン姿のシャマルさんが。
どうやらシャマルさんは俺達よりも早く仕事から戻ってきていたらしく、さらには俺達が遅く帰ってくるのを読んでか、軽めの惣菜を作ってみたとのことだった。
「ふふ…どうぞ?」
「「「「………」」」」
そう、シャマルが作った惣菜なのだ。
確か、シグナムとヴィータがシャマルさんの料理について『訳ありだ』と言っていたのを覚えていた。
それを見たはやては静かに冷や汗をかき、それを察してか、なのはもフェイトもそれらに手を出さないでいた。
見た目は……まぁ、普通だ。上手そうに見えなくもないし、これが訳ありの料理とは見えない。
そういえば、と八神家のリビングにあるソファーを見る。その端には狼状態のザフィーラが居座っていた。
「あちらのザフィーラさんは?」
「あぁ、私と一緒に仕事終わって、一緒に帰ってきたのよ」
なるほど、だからあそこで休んでるんだ。
しかし、いつもならはやてが入ってきた時点で玄関近くまでやってくる筈なんだが…まぁ、疲れてたのかな?
そう思いながら、はやてに目配りをした。すると、はやても恐る恐るといった風に俺の方を見てきた。その目には、少しばかり不安の色が見えた。
……行くしか…ないのか…
「う、うまそうだな。いただきます…」
そう言って、箸を手に取り惣菜の一つへ伸ばす。
その瞬間、はやてがあっという表情になったのに、俺は気づけなかった。
そして―――
「あ~…ん…」
俺の意識は一気にブラックアウトした。
とまぁ、俺があわや三途の川を渡りかけたのは、こんな経緯だ。うん、あれは危なかった。ていうか二度目の死とかシャレにならんよ。
因みにリビングにいあたザフィーラ。あれも実は三途の川を見かけていたらしい。
シャマルさんと一緒に帰ってきたザフィーラは、少しの間離れた隙に作られたアレらを食し、俺と同じように意識を落としていた、とのことだ。
そんなシャレにならない体験をした週の日曜。朝日も真上を目指して上り始め、誰もが眠気に襲われながら行動を開始する時間帯。
「そ、それじゃあ…よろしく、お願いします」
「こちらこそ、シャマルさん」
八神家のキッチンにて、シャマルさんは俺に頭を下げていた。
今日は俺もシャマルさんも午前中は仕事がない為、俺はシャマルさんの料理の指導をすることになった。
いや、アレを食わされた身として…そして料理をする者として、アレをそのままにするのは非常にマズいと判断したのだ。少なくとも、人体に影響がないようにしなくては、と。
それを八神家の全員がいる時に話したら、シャマルさんは両手を上げて喜んだが……
「まぁ、がんばってな」
はやてにはこう言って見放してしまった。ある意味酷い。
だが、ここまでされると逆に燃えてくる。そうじゃなきゃ、漢じゃない。
「なのは達も昼頃戻るって言うから、昼飯代わりに作ろうと思うんだが…」
「はい!」
「……うん、まぁその勢いが空回りしない事を願って…。今日はカレーを作ろうと思う」
お昼に食べるには、少し重いかもしれないが、一番オーソドックスで定番な料理だ。
食糧を用意して、切って、煮込んで、味付けして出来上がり。これならどこで間違えるか、見ていれば必ずわかる。
「それじゃあ、まずは米を洗って、炊くところからやろうか」
「はい!」
元気のいい変なことで……
炊飯器の鍋部分を取り出し、シャマルさんに差し出す。
シャマルさんはまずそれを受け取り、一度台所に置く。米の入ってる袋と計量カップを取り出し、
「来るのはなのはちゃんにフェイトちゃん、はやてちゃんと私と…」
「俺も食うから、だいたい五合…だと多いから四合半でいいだろ」
計量カップで米を入れ、そこへ水を入れる。そして……
「ストップ」
「え…?」
シャマルさんは次に、どの家庭にでもありそうな食器用洗剤を入れようとしていた。
「でも…士君『お米を洗う』って」
「なんて基本的でベタな間違えしてんだよ」
まぁシャマルさんのキャラならありか。どっか抜けてるところあるし。
はぁ、とため息を一回吐いて、俺は指を伸ばす。
「ごめん、ちゃんと言うな。米を『研ぐ』とは、お米の表面のぬかを落とす事だ。それによってご飯がおいしくなる。それは洗剤を使わなくてもできる」
そう言って内釜を手に取り、軽くかき混ぜる程度の感じで研ぐ。
「ぬかを落とす、と言っても、あんまりガシャガシャやってもダメなんだ。そうすると米粒が割れて、おいしい成分が出ちゃうから」
「は、はい…!」
落とされたぬかによって濁った水を一度流し、また水を入れる。
そこでシャマルに目配りをして、今度はシャマルにやらせる。流石に簡単な作業なので、困ることはなかった。
「で、炊飯器に戻して…スイッチを入れて」
ピッ、と電源を入れて炊飯器を動かす。後はこれで自動的に飯はできる。
「さて、次は食材を切ったりしていこう」
冷蔵庫から取り出すのは、予め用意しておいた野菜。人参に玉ねぎ、後ピーマンとジャガイモに豚肉。
二つのまな板を用意して、俺とシャマル同時進行で作業を進めるようにする。
「これらを好きな大きさに切るんだ。ただし大きすぎると火が通り難くなるし、食べにくくなるから注意な」
「はい」
緊張しているのか、恐る恐るといった感じで最初に手に取ったのは…玉ねぎ。
皮を剥いて、両端を包丁で切る。そしてここからが本番、といった雰囲気で表情を引き締めた。なるほど、玉ねぎ特有のあの現象に備えている訳だ。
「因みに玉ねぎを切る時に出る涙は、玉ねぎの成分が鼻を刺激するからだそうだ。だから口で息をすると涙が出にくいらしい」
それを聞いた瞬間に実行するシャマルさん。その効果が意外によかったのか、玉ねぎを切りながら喜んでいた。
因みにこれは長時間やり続けると効果がなくなり、涙が出てくることがあるから、早めに切り終えるといい。
そして次はピーマンだ。ピーマンはそのまま切るんじゃなくて、先に種を取らなきゃならない。まずヘタのある方を切って、そこから二つに切って、後は手で取り出す。
上手い人だとヘタを切った後に状態で種を取り出せるが、シャマルにそれを要求するのはあまりに酷な話だ。
その後、二つに切ったピーマンを並べ、好きな大きさに切っていく。ここはシャマルも種抜きに苦戦しただけで、そこまで苦労せずにこなす。
お次は人参とジャガイモ。俺は包丁を手に取り、人参は玉ねぎと同じように両端を切ってから、皮を剥いていく。
「え、え~っと…」
シャマルの方は、少し難しいようだ。確かに野菜の皮むきは難しいからな~。特にジャガイモなんかは。
「ま、これ使えばすぐだ」
と言って俺が差し出したのは、皮むきの時に重宝するピーラー。俺も包丁に慣れていなかった頃の野菜の皮むきは、だいたいこいつに頼ってきた。
「い、いえ!今日は頑張るつもりなので、楽なやり方はしたくないです!」
「っ……そうか」
少し感心。意外と本気で気合入ってて、これはこれでいい。
五、六分して、シャマルさんはすべての人参の皮むきを終えた。シャマルの剥いた人参やジャガイモは、どれも形が歪になってしまっていた。
「うぅ…ちょっと失敗しちゃった…」
「そんなことねぇよ」
涙目のシャマルに、笑みを浮かべながらシャマルの剥いた人参の一本を手に取る。
「確かに形は歪だ。でも、これはシャマルさんが頑張って剥いた証拠になる。見栄えがいいというのは、確かに必要かもしれない」
だけど、とそこで一旦区切ってから人参を置いて、鍋を取り出す。
「同じ手順で同じように作った料理で、おいしさに差を出すのは二つ。密かな隠し味と、料理する人の気持ち。さらに同じ隠し味を使ったとしたなら、相手の為にどれだけ頑張ったか。相手に対する気持ちが、料理をよりおいしくする。俺はそう思うよ」
オリーブオイルを用意して、これで炒める準備は完了。後は肉を切ればすぐに炒め始められる。
そこでちらりとシャマルさんの顔を見ると、なんだかキラキラと輝いているように見えた。
「そういう事だから…まぁ、頑張りましょう」
「はい!」
皮を剥いた人参を切ったら、今度は豚肉。まぁこれは一口サイズに切っていくだけなので、ピーマンよりも楽だ。まぁ切りにくいという事もあるが、それもそこそこ。苦労する点ではない。
その後すぐに食材を入れて炒めていく。これはシャマルさん一人でもできるので、焦げない事を注意してから、俺は再び冷蔵庫の中を覗く。
流石はやてだ。色々な食材がある。今回使うのは…ケチャップにウスター、後はちみつ。俺個人で特別にリンゴジュースとブイヨンキューブを持ってきているから、それも使うとして……
「け、結構色んな物を使うですね」
「ん?あぁ、まぁ普通は市販のルーやカレー粉だけでいいんだけどさ…やっぱり料理は『おいしい』って言ってもらえた分、楽しくなっていくもんだから、最初ぐらいはな」
シャマルの質問に笑いながら答え、取り出したものを台所へ。
丁度火が通ったようなので、水を入れてさらにリンゴジュースとブイヨンを入れるんだが……
「ここはシャマルさんに任せるよ」
「ふぇ!?」
「味を決めるのは料理人。思いっきり甘くするも、また別の味にするも、シャマルさん次第」
そう言って俺はリンゴジュースとブイヨンをシャマルさんに渡す。
渡されたシャマルさんは少し慌てたが、すぐに頷いて二つを受け取った。
受け取った二つと水を入れ、味を調えていく。しばらくすると一度頷いてから、少し見てくださいと言わんばかりにこちらを見てきた。
まぁ別に確認するぐらいなら、と思い、おたまを使って少し口にしてみる。
………ん、まぁ…あれだ。
「料理が下手な理由が、シャマルさんの舌じゃないことだけはわかった」
「えっ…!?」
その後は俺が用意した調味料や食材を調理し、俺の監視の元で行われた為、そこまで不都合な事が起こることもなく、カレーが完成した。
なのは達も八神家に到着し、皆でお昼を食べることになった。
「す、凄い…!シャマルの料理がこんなにおいしくなるなんて…!」
一口食べて感動の涙を流したはやて。まぁ色々大変な事もあったのだろう。
なのはもフェイトも、おいしいと言って食べてくれたので、シャマルさんは大喜び。これで少しは自身に繋がっていけばいい。
後は最後に、『料理に決まった手順はないが、それでも最低限の作り方は存在する』という事をシャマルさんに伝え、今回の料理教室(笑)は終わりを迎えた。
―――その数日後、学校ではやてに、シャマルさんのその後の調子を聞いてみると、
「シャマルさんの料理で、ヴォルケンリッターの鉄槌の騎士と烈火の将が気絶しかけた」
という報告をされた。
まぁ……三途の川を見なかっただけ、マシだろう。
後書き
ギャグ回にするつもりが、いつの間にか料理回になってしまっていた……
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