| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

錬金の勇者

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

6『ビーター』

 2022年12月4日、午前10時。SAO正式サービス開始から、あと三時間余りで丁度一か月になる。

 ヘルメス/水門が茅場晶彦本人から、フルダイブシステムと魔術の融和の為に《錬金術師》としてSAOにダイブすることを依頼されたのは、2022年11月初めのこと。その時に、すでに茅場からSAOデスゲーム化のことは聞いていた。同時に、できそこないの錬金術師でしかない水門の、唯一といっていい「勝者としての舞台」であるSAOへの招待状も受け取った。茅場はあの時に、戸籍上は曾祖父という事になっている、永遠の命を得た化け物――――ヘルメス・トリメギストス一世とも会話を交わしていたらしい。水門は翌日、何の弊害もなく茅場の元へ行くことを許可された。

 正式サービス開始の日、午前中のうちに茅場からβテスター並みの知識を与えられた。同時に《錬金術》を可能とするSAOソフトと、特殊な改造の施されたナーヴギアも。

 茅場晶彦は、ファーストコンタクトの際に、「君は誰よりも死のリスクを背負うことになる」と言った。今なら、その意味が分かる。SAOでは、《痛覚遮断機能(ペイン・アブソーバー)》が働いて、純粋な痛みという物は感じないようになっている。しかし、ヘルメスのナーヴギア、ひいてはSAOでは、それがうまく起動しない。敵の攻撃を受けた時、決して大きくはないが、しかし小さくはない痛みを感じるのだ。茅場が注意したのは、痛みでショック死しないように、という事だったのだろうが、実際の所ほぼ毎日これと同等、もしくはそれ以上の痛みを感じて成長してきたヘルメスにとって、ペイン・アブソーバーの機能不全は大した問題ではなかった。

 それともう一つは、恐らく「ソードスキルが使えない事」に関する注意でもあったのだろう。ソードスキルは、この世界におけるプレイヤーの『切り札』だ。どんなピンチからでも、ソードスキルがあれば逆転することも不可能ではない。だが、ヘルメスはそれが使えない。

 代わりに、ヘルメスには、決して得意ではないがそれなりに慣れ親しんだ《錬金術》が与えられている。義兄から鍛えられた錬成武器による戦闘によって、並みのプレイヤーよりはうまく戦えている自身がある。

 この世界でなら、自分は『強者』でいられるのだろうか。『できそこない』と言われた現実世界で、ただひとつ常に『強者』であった、ゲームの世界でなら。実際、この世界でならレベルが上がれば上がるほど、現実世界であれほど「出来ない」と言われた《錬金術》もできるようになってくる。

 ――――いや。違うだろう、と思う。この世界はゲームではない。もう一つの現実なのだ。だから、この世界で自分がどう生きて、どう『強者』に変わっていくのか。それを考えていかなければならない。

 とにかく、まずは今日の、アインクラッド第一層ボス攻略に集中するべきだ。


 2022年12月4日、午前11時迷宮区到着。正午、最上階到着。ディアベルが組織したレイドは非常にバランスがとれており、道中で遭遇したモンスターとの戦闘では一切の傷を負わずに、無事ボス部屋の前まで来ることができた。

「みんな、突然だけど――――ありがとう!今日ここに、全パーティー45人が集まった!」

 ディアベルが、モンスターを呼び寄せない限界の音量で言う。

「今だから言うけど、俺、実は一人でも欠けたら今日の攻略を中止にしようと思ってた。けど、そんな心配、みんなへの侮辱だったな。俺、スゲー嬉しいよ……こんな最高のレイドが組めて!……まぁ、上限にはちょっと足りないけどさ!」

 ディアベルの言葉に、攻略に集まったプレイヤー達が手をたたく。中には、昨日のサボテン頭――キバオウの姿もあった。ディアベルは剣を抜き放つと、叫んだ。

「みんな!俺から言えることはあと一つだけだ!―――――勝とうぜ!!」

 ディアベルがボス部屋のドアを開き、その中に駆け込むと同時に、プレイヤー達も一様にときの声を上げて突入する。


 広い。ヘルメスは、まずそう感じた。左右の幅は二十メートルほど、奥行きは百メートルほどだ。迷宮区の今までのどの部屋よりも広い。

 暗闇に沈んだ部屋の横に、ぼっ、ぼっ、と不吉な音と共に明かりがともっていく。そしてその奥は次の層へと続く階段、それを塞ぐ二枚扉が設置されている。

 そして、その扉の前に設けられた玉座に、堂々と座る一体の巨大な犬面人(コボルド)……。

「ヴロォォォオオオ!!」

 コボルドは叫ぶと、ズシン!と大地を大きく揺らして着陸した。再びの咆哮。ボスの頭上に、真っ赤なカラーカーソル。その色は、少し黒みがかっていた。武器は大型の盾と戦斧。腰に差し渡し一メートル半はあろうかというほどの大きさの湾刀(タルワール)。カーソルの下に表示された名前は、《イルファング・ザ・コボルドロード》。情報にあったのと同じ、第一層ボス。

 そして、その周りに出現した、鎧を身に付けた複数体の中型コボルド。《ルイン・コボルド・センチネル》という名前の、ボスの取り巻きだ。武器は粗雑な小型棍棒(メイス)。キリト・ヘルメス・アスナパーティーが相手をするのも、このモンスター達だ。

「……行くぞ!」

 ディアベルの叫びに合わせて、うおおぉ、という再びのときの声。

「行こう」
「ええ!」
「了解っ」

 キリトの言葉に、アスナ、ヘルメスも頷く。キバオウ率いるE隊のプレイヤー達に続いて、《ルイン・コボルド・センチネル》に向かっていく。

 
 ボス攻略戦が、始まった。


 *+*+*+*+*+


 ヘルメス、と名乗る少年と、俺ことキリトが出会ったのは、ソードアート・オンラインが悪夢のデスゲームへと変貌したその日の真夜中のことだった。俺は今右手に握られている《アニールブレード》を手に入れるために《ホルンカの村》へと赴き、そこで出会ったコペルというプレイヤーにMPK……モンスター・プレイヤー・キルを仕掛けられた。結局コペルは脱出に失敗し、俺だけが助かった。

 《ホルンカの村》へ帰還し、《アニールブレード》を入手して、村を後にしようとした俺が出会ったのが、あの銀色の髪の少年、ヘルメスだった。彼がクエストをクリアするまで共に戦い(なぜか俺は「もう一度MPKをしかけられる可能性」を考えなかった)、そこで想定外のボス級モンスターとも戦った。

 ヘルメスは戦いの後、彼以外が知らない秘密を一つ教えてくれた。それは、ヘルメスがこの世界で恐らく唯一の《錬金術師》であること。

 目の前で《錬金術》とでも言うべき光景を見せられた跡では、それが嘘だとは言えない。ネットゲーマーは自分にはない力に対して異様な嫉妬や恨みを感じる人種だが、俺は不思議とそれを感じなかった。

 《錬金術》は、ヘルメスの為だけにこの世界に存在する。そんな印象を受けたからだった。

 今ヘルメスが《ルイン・コボルド・センチネル》を一人で相手にしてまだ余裕があるのは、彼の持つ《錬成武器》の性能によるところもあるだろう。もっとも、彼自身の武術の腕前が相当なものであるという事もあるのだろうが……。ちなみに、センチネルどもの戦闘力は現在のトッププレイヤー2人分ほどの水準となっている。つまり、弱い相手ではないのだ。それをヘルメスは巧みにさばいていく。

 コボルドのメイスが振り下ろされる。剣をかませて、そのまま流れるように回避。剣を引き戻して、後ろから切りつける。攻撃をそらすのも、回避するのも、自分が打ち込むのもうまい。現実でも何か武術をしていたのだろうか……。

「スイッチ!」

 響いた軽やかな声で、俺は戦闘に引き戻された、フードで顔を隠した細剣使い(フェンサー)、アスナとは、昨日迷宮区で出会った。彼女は今にも死にそうなすれすれの戦いをしていたが、今は初心者らしかぬ完璧な戦い方を見せていた。

 アスナも、ヘルメスも、まだまだ強くなる。いずれは、この世界の頂点に至る存在になれる――――。

 そう考えながら、俺はソードスキルを起動させた。《ソニックリープ》の剣閃が、放射線を上げいてセンチネルを切り裂き、爆散させる。

「キリト!こっちも終わったぞ!」
「了解!」

 ヘルメスの声に答える。同時に、フィールドの向こう側で歓声が上がった。そちらに目を向けると、ボスのHPバー最後の一段がとうとう半減していた。

「下がれ!俺が出る!」

 そこで、レイドリーダーたる《騎士(ナイト)》ディアベルが、剣と盾を構えて単身突撃した。本来ならばこの場面は、ボスを囲んで一斉に攻撃するべきではないか……そう考えたその時。

 ディアベルが、一瞬だけ俺に向けた視線に――――俺は、凄まじい違和感を感じた。その眼は、俺に「残念だったな」とでも言いたげだった。

 俺の脳裏に、一つ思い当たることがあった。

 俺は数日前から、一人のプレイヤーに愛剣《アニールブレード》を買い取りたいというメッセージを、《鼠》のアルゴ経由で受け取っていた。1000コル払って彼女に教えてもらった、取引相手の名前は、今俺達と共に戦っている、サボテン頭の男、キバオウ。しかし彼の武器はアニールブレードと(第一層限りではあるが)同等の性能を持つ剣であった。

 そして彼は、俺がβテスト時代に、ボスのラストアタック・ボーナス……通称LAボーナスを取りまくったプレイヤーであることを知っていた。キバオウは反βテスターで、彼自身も恐らくはβテスターではないだろう。アルゴは絶対にβテスターにかかわる情報だけはポリシーを曲げて……ある意味では守って売らないので、俺はずっとキバオウがどこからその情報を仕入れてきたのか疑問に思っていたのだ。

 恐らくは――――キバオウは、ディアベルにそれを教えられたのだ。ディアベルは恐らく元βテスター。仲間、そしてキバオウには恐らくそれを隠していたのだろう。ディアベルは俺が姿は違えど、β時代にLAを乱獲したキリトと同一人物であることを知っていたのだ。そして、俺から《アニールブレード》を取り上げて、俺を弱体化させ、しかる後にボスのLAを取るつもりだったに違いない。LAボーナスによって手に入れられるアイテムは唯一無二の高性能品の為、今後ボス攻略レイドを指揮するに至って、必須アイテムといってもいいに違いない。

 だが、なぜだ……?なぜ、そんな回りくどい方法で……。

 そう疑問に思ったその時、俺は、ボスが腰から湾刀(タルワール)を引き抜くモーションを見た。そして、驚愕にあえいだ。

 ボス、《イルファング・ザ・コボルドロード》が引き抜いたのは、湾刀ではなく――――野太刀だった。つまりあれは、《曲刀》の武器ではなく、その上位のモンスター専用スキル……

「だ……ダメだ!全力で後ろに跳べぇぇぇ―――――――ッッ!!」

 《(カタナ)》専用ソードスキル《浮舟(ウキフネ)》が、ディアベルを吹き飛ばした。幸いなことにダメージは小さい。ディアベルもソレを見て「大丈夫」と判断したのか、空中での戦闘態勢に移行する。だが、うまく剣が振れない。あまり普段は意識しないことだが、剣を振るモーションなどは、基本地面に足をついているから可能なことなのだ。それが不可能である今、ディアベルは剣をうまく振ることができない。

 そしてこの場で、恐らく俺だけが知っている。ディアベルの判断が、根本から間違っていたことを。《ウキフネ》のダメージが小さいのは当たり前なのだ。なぜならあれは、続く大技までの時間稼ぎでしかないのだから。

 高速の三連撃が、ディアベルを襲った。刀専用ソードスキル《檜扇(ヒオウギ)》。

「ディアベルはん!」

 キバオウが叫ぶ。ディアベルを切り裂いたイルファングが着地し、咆哮。ターゲットがディアベル以外のプレイヤーに向かったのだ。同時に、どさり、とディアベルが地面に落下する。

「ディアベル!」

 俺はディアベルの元に駆け寄った。至近距離で初めて《騎士》を見た時、俺は先ほどと同じ違和感が駆け抜けるのを感じた。

 ――――俺は、このプレイヤーを知っている。

 βテスト時代に、恐らく当時は名前が異なっていたのであろう彼と遭遇し、言葉を交わし、もしかしたら剣も交わしている。パーティーを組んだこともあるかもしれない。

「キリトさん……」
「待ってろ、今回復を……」
「もういい……。俺は、多分助からない」

 ディアベルのHPバーは、彼の言葉どおり、もう真っ赤に変わっていた。減少スピードはかなり速く、ポーションを飲ませても回復が始まる前にHPがゼロになる。SAOのポーションは即時回復ではなく時間回復なのだ。即時回復結晶は、まだ上の層に行かなければ現れない……。

「頼む、キリトさん。ボスを、倒」

 ぱりぃん。

 そこまで言って、ボス攻略最初のレイドリーダーである、《騎士(ナイト)》ディアベルは、永遠に仮想世界からも、現実世界からも退場した。

 うわぁぁぁぁ、というような悲鳴が、ボス部屋に響いた。


 *+*+*+*+*+

 
 ディアベルが死んだ。それは、攻略プレイヤーに大きな混乱を招いた。ボスの攻撃にさらされ、HPがどんどん減っていく。

 そんな中にあって、キリトの《刀》スキルに対する知識は頼もしかった。キリト、アスナ、そしてヘルメスは、着実にボスのHPを減らしていった。途中でボスの攻撃に不意を突かれ、キリトがHPを大きく減らすアクシデントがあったが、エギルがその間ボスの攻撃を防いでくれた。

 そして……ついに、ボスのHPが、レッドゾーンへと突入した。

「アスナ!ヘルメス!最後の攻撃、一緒に頼む!」
「了解!」
「まかせろ!」

 キリトがソードスキルを発動させ、ボスに肉薄する。アスナもそれに続いた。アスナのフードがはだけ、輝かんばかりの美貌があらわになる。ソードスキルが使えないヘルメスはその後を追う形で、全速力で走る。

「うぉぉぉ!!」
「やぁぁぁ!!」

 キリトとアスナのソードスキルが、イルファングのHPを大きく削り……そして、二パーセントほどを残して止まった。

「しまっ」

 ニヤリ、とボスが笑った気がした。コボルド王は、大きく飛び上がると最後の最後で大技を決めるつもりなのか、今までにないモーションを取った。

「しまった!《紫電(シデン)》……」

 キリトが恐らくそのソードスキルの名なのであろう技名を呟くが、状況は変わらない。ものすごいスピードでコボルド王の突進攻撃が始まる。それはキリト達を吹き飛ばさんとスピードを上げ……

「オォォォッ!!」

 ヘルメスによって、止められた。

 ヘルメスは、ただでさえバランスブレイカーな《錬成武器》を使うために、筋力値を優先的にあげている。加えて、レベル17と、この場にいるプレイヤーの中では恐らくレベルが一番高い。「無茶」と言ってもいい激しいレべリングのたまものだった。さらに、現時点ではありえない能力値の錬成武器。

 それがヘルメスをブーストし、ボスの武器を押さえつける。しかし、少しずつ、少しずつ、ヘルメスが押される。

「ヘルメス!?」
「キリト!今のうちに大技の用意をしておけ!!」

 キリトがこくりとうなずく。ヘルメスはグルルル……と唸るボスの顔を真正面から睨み付け、ぎしぎしと音を立てる錬成武器から、片手を離した。とたんに、野太刀が押し込まれてくる。

 いちかばちか。茅場晶彦が《錬金術》に搭載した性能が、自分の能力をより高めてくれることを願うのみ。

「……《等価交換(Equivalent exchange)》――――ッ!」

 瞬間。ボスの刀が、白銀の輝きを放って、半ばから消滅した。代わりに、ヘルメスの手に握られていたのは、黒銀色のインゴット。ボスの手に残っているのは、柄の身になった野太刀。

 《錬金術》の特殊能力の一つである、《無差別錬金》。この世界では錬金術の練度はスキル熟練度だけでなくレベルでも左右されるらしく、ヘルメスはボスの武器を半分融解させるのが限界だ。それに、人前ではあまり《錬金術》を使いたくなかった。

 だが、今ここではそんなことを考えている場合ではない。ヘルメスが動かなければ、みんなが死ぬのだ。

「今だ!キリト――――ッッ!!」
「うおぁぁぁっ!!」

 キリトが全力のソードスキルを放つ。硬直したボスはその攻撃を防御できずに、もろに受けた。V字を描いた《バーチカル・アーク》が、ボスのHPをついに削り取り、その四肢を爆散・消滅させた。

 きらきらとボスの体を構成していたポリゴン片が振ってくる。ボス部屋を照らしていた禍々しい光が消え、代わりに穏やかな灯りがともされる。

「Congratulations。見事な剣技だった。この勝利は、あんたたちの物だ」

 エギルがキリト達に賛辞を送る。それにつられたかのように、プレイヤー達も拍手を始めた。ヘルメスも拍手をしようと掌を広げた、その時。

「なんでや!!」

 ボス部屋に、大声が響いた。声の方向を見ると、キバオウが座り込んでいた。

「なんでや!何でディアベルはんを見殺しにしたんや!」
「見殺し……?」

 アスナが怪訝そうに呟く。

「そうや!ジブンはボスの使う技知っとったやないか!あれを伝えとけば、ディアベルはんは死なずに済んだはずや……」
「それに……」

 そしてキバオウのつくった流れに乗る形で、確かディアベルの腹心の一人だったはずの茶髪の男性プレイヤーが進み出た。

 男はヘルメスを指さすと、

「お前!さっきの……ボスの武器を金属に変えたあれは何だったんだ!あんなの……あんなのみたことがないぞ!あれを最初から使っておけば、ディアベルさんは……ディアベルさんは……!!」

 くしゃり、と顔をゆがめた。

「そういえば……」
「あんなスキル、情報屋のガイドブックになんかあったっけ……」

 しまった……ヘルメスはあまりにも遅まきながら、《錬金術》を使ったことを後悔していた。ディアベルの死という状況であれを見せれば、この場にいるプレイヤー達に火をつけてしまうのは明らかだったのに……。

「あははははははっ!」

 作ったような笑い声が響いたのは、その時だった。キリトがゆっくりと立ち上がると、進み出た。

「元βテスター?あんな奴らと俺を一緒にしないでくれ」

 キリトはキバオウの前まで歩みを進めると、話を続けた。

「いいか?SAOβテストは、ものすごい抽選倍率だったんだ。その中に本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。そのほとんどが、レべリングのやり方も知らない初心者だった……今のあんたらの方がましなくらいさ」

 そこでキリトは、きっ、と顔を上げると、精いっぱいに邪悪めいた表情を作って(少なくともヘルメスにはそう見えた)言った。

「だが、俺は違う。俺はβ時代、他の誰もたどり着けなかった層まで進んだ。ボスの刀スキルを知っていたのは、ずっと上の層で刀を使うやつと散々戦ったからだ。ほかにもいろいろ知ってる。情報屋なんか目じゃないくらいに、な」
「……()もだ」

 ヘルメスは、意を決して前に進んだ。

「俺はβテスターではない。だが……俺は、キリトなんかより、情報の面で言えばずっとずっと多くのことを知っている。なぜなら……俺は、直接茅場晶彦からこのゲームの全てを聞いているからだ。《錬金術》も奴の共犯者としてもらったものさ……これで、満足したか?」

 ――――なんだよ、それ……

 誰かが、呟いた。

「そんなの、もうβテスターどころじゃないだろ……」
「チートだ。チーターだ。ベータのチーターだ。ビーターだ!!」
「失せろよ!詐欺師!!」

「ビーター……いい名前だなそれ」
「詐欺師、か。センスがいいなあんた。本物の錬金術師は、《詐欺師》以外の何者でもないよ」

 キリトは獲得したばかりと思われる、真黒いコートを装備した。ヘルメスは《等価交換(Equivalent exchange)》と唱えると、かつてボスの刀だった金属を、一本の片手剣へと錬成しなおした。

「そうだ。俺はビーター。これからはほかのβテスターごときと一緒にしないでくれ」
「俺は詐欺師。騙されたくない奴は、俺にかかわらないことをお勧めするよ」

 キリトとヘルメスは、連れだって第二層へと続く階段へ進んだ。

「……ヘルメス、すまない」
「良いんだ。いつかばれることだ。むしろせいぜいした」

 第二層は、現実世界のアメリカ西部めいた荒野だった。テーブル山群(マウンテン)が目につく。

「まって」

 進み出ようとしたキリトを、後ろから追いかけてきたアスナが呼び止めた。どうやら何か話したいことがあるらしい。

「……ここでお別れだ。俺は一足先に主街区に行ってるから、キリトは彼女の話を聞いてやってくれ」
「……わかった。場所、分かるか?」
「ああ。茅場は第二層主街区に辿り着いて、第一層攻略、と考えていたらしいからな。一応教えてもらえた」

 ヘルメスは、キリトにまた会おうぜ、と言い残して、第二層主街区へと足を進めていった。


 《詐欺師》の名を背負った《錬金術師》の物語は、まだ始まったばかりだった。 
 

 
後書き
 どうもこんにちは、トリメギストスです。過去にないほどたくさん書いたせいでメチャクチャ疲れました……。楽しんでいただけたでしょうか。

 次回は『黒の剣士』編。ヘルメスがシリカと遭遇します。

 ヒロインは誰なのか、と疑問に思ったそこのあなた。彼女が出てくるのはSAO編が終わった後です。なのでSAO編を早足で進める今日この頃……。しばしお待ちを。

 感想・ご指摘等お待ちしております。次回の更新でまたお会いしましょう。

 それでは! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧