クラディールに憑依しました
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ミニイベントが始まりました
クラディールがコリドーで繋げた場所は宿屋の一室だった。
「此処は? シリカ達はどこにいるんだ?」
「…………静かにしろ、イベントが始まっている」
いきなりクラディールが声を潜め始めた、聞き耳スキルを使ってるのか?
通常ならドア越しの音はノックをしないと聞こえないが、聞き耳スキルを上げているのならノックの必要は無い。
「…………イベント? 何のイベントなんだ?」
「…………良く聞け、さっき街を散策した時に見つけたイベントだ。
普段は細い武器のような鋭い棘を装備したサボテンが咲かせる花がある」
「サボテン?」
花の多い街だと思ったけど、サボテンに関するイベントまであったのか。
「サボテンと言ってもモンスターの一種で二メートルも無い、
花を咲かせる時だけ全身の棘が全て抜け落ちて柔らかくなるんだ。
そして、かなり素早くなる。俺やリズは当然、シリカのスピードでも無理だった。」
「という事は、俺のスピードを当てにしているのか?」
「そう言う事だ、一匹で良い、傷を付けずに取り押さえてくれ、
取り押さえられたサボテンは警戒音を出して仲間に知らせるのだが、これがやっかいでな」
「――――他のモンスターも呼び寄せるのか?」
「あぁ、察しが良くて助かる、俺はそっちを撃退する、捕獲の方は任せた」
「俺はそのイベントを受けてないぞ? 部外者が参加して大丈夫なのか?」
「レベル三以下だからな、手持ちのアイテムで何とかなるレベルだ、部外者の参加も問題無い」
クラディールが言ったレベル三以下のクエストとは、
お使いイベントで、あらかじめ用意していたアイテムをキーアイテムとして渡しても成功としてみなされる下位クエストの事だ。
確かに、STRに振っているクラディールのスピードでは、こういうスピードが重視されるイベントは難しいだろう。
「このイベントの成功報酬って何が手に入るんだ?」
「そこは成功してからのお楽しみだな、アルゴを待たせると金を請求されるかもしれないし、さっさとやるぞ」
「そのサボテンってのは何処に出るんだ」
「あぁ、隣の部屋に数匹追い詰めてある、棘もとっくに抜けていて、後は捕まえるだけだ」
「…………どうやって追い詰めたんだ?」
「追い詰めたと言うより、サボテンの方から袋小路に入り込んだんだよ、
数匹追い込めば捕獲できると思ったがサッパリだ、沸いてくるモンスターを狩るだけでタイムオーバーだったよ」
サボテンに逃げられてモンスターを呼ばれ続けるクラディールの姿が思い浮かぶ。
「俺がドアを開ける、開けた瞬間に隙間から抜け出そうとする奴が居るかもしれないから注意しろ」
「わかった」
クラディールが隣の部屋のドアの前に立つと、メニューを操作して木箱をドアの前に積み始めた。
「気休めだが障害物だ、どんなに早くてもドアの隙間から出られる角度から飛び出せば絶対に激突するだろう」
こういう小細工を駆使してサボテンを追い込んだのか。
「では、開けるぞ」
クラディールは音を立てない様にゆっくりとドアを開く、隙間が開いて暫くしたがサボテンが無理やり出てくる様子は無い。
俺はクラディールにドアを完全に開く様に、合図を送る。
クラディールがドアを完全に開け放ち、俺は部屋の中に飛び込んだ。
………………
…………
……
あたしは宿屋の一室で椅子に腰掛けながら、ベッドの上でピナの羽を眺めているシリカをボーっと見ていた。
あれから、死に掛けたボス戦の事がずっと頭の中でグルグルと巡っていた。
攻撃パターンが変われば、あたしは足手纏いになる。
これまでボス戦に参加しなかったのは、それかあったからだ。
熱くなって、周りが見えなくなって、何度も止め様としたあいつの言葉も遮って。
ホント、何やってんだか…………。
「ただいまー」
「た、ただいま……」
部屋のドアが開かれるとアスナとサチが入って来た。
ズンズンっと、まるで舞台上で男役が歩く様な、少し芝居がかったアスナがテーブルまでサチを引っ張ってくる。
サチは無理やり引きずられて、避難する様に近くの椅子に座り込んだ。
「おかえりなさい、アスナさん。サチさん。お疲れ様でした」
「…………あれ? もうそんな時間なの? 結構早かったわね?」
「何言ってるの、もうお昼前だよ、これでもしっかりお仕事終わらせてきたんだから」
サチの方に目をやると。
「そうだね、アスナの書類捌き凄かったよ――――私も見習わないと」
「キリトくん達から連絡は?」
「まだね、何かあったら直に連絡するでしょ」
「そっか、それじゃあ、みんなでお風呂に入ろっか」
いくらなんでも唐突過ぎるわよ。
「ちょっと、あたしは流石にそんな気分じゃ…………」
「心のリフレッシュは大事だよーリズ。それとも、もうお風呂に入ったの?」
「いや、まだだけど…………さ」
「丸二日もボス戦やってて、もうヘトヘトだよー、みんなでお風呂に入りたいなー」
このパターンはアスナの強制モードだ、あたしの髪型もそうやって今のショートになったし、色だって明るく染められた。
他のファッションに関しても大抵はアスナの意見が反映されている。
まぁ、なんだかんだ言っても、そうやってアスナに世話を焼かれるのも嫌いじゃない。
「はぁ…………わかった、わーったわよ、みんなで一緒にお風呂入れば良いんでしょ?」
「うん。ありがとうリズ。ほら、サチもシリカちゃんも行くよー?」
「え? 私はゆっくり休んで居たいかなって…………」
「駄目駄目、サチも一緒だよー」
「ええーっ!?」
浴室にサチがズルズルと引き摺られて行く。
「シリカも一緒に行こう?」
「…………はい」
浴室に入ってメニューの中から全装備解除をクリック、すると今度は全下着解除に変化するので、続けてクリック。
先に入ったアスナとサチは洗いっこをしている。
「ほら、シリカ、髪を解いて」
シリカはメニューから操作して髪を下ろす。あたしもメニューから髪飾りを解除する。
「あたし達はバスタブに浸かろうか」
先にシリカがバスタブに入って、それにあたしも続く。
バスタブに満たされたお湯が足を軽く圧迫し、擬似的な水圧を感じさせる。
やはり、現実世界のお風呂と比べるとまだまだ水の再現は難しいようだ。
それでも、まだ第一層に居た時よりも水の再現が良くなっている様な気がしないでもない。
あたしがこの世界に慣れてきたのか、それとも――――あたしは現実を忘れそうになっているのか…………。
たぶん、両方なのかもしれない…………早く現実に帰りたい。こんな偽物だらけの世界…………早く終わっちゃえば良いのに。
気付けば何時の間にかシリカはメニューからピナの羽を取り出して眺めていた。
『ピナの心』が『ピナの形見』に変われば、二度とピナが復活する事は無い。
そのタイムリミットも後数時間も無い筈。
あたしは――――その瞬間が訪れた時、シリカに何て言えば良いんだろう。
【クラディールからメッセージが届きました】
――――来たッ!?
シリカもメニューからメッセージを読み始めてる、あたしも急いでメッセージを開く。
【思い出の丘は確保した、近くにシリカが居るなら宿に戻って待機しろ、直で戻る】
――――やったッ!? これでピナの復活が可能になるのッ!?
「シリカっ!! やった、やったわよ!!」
「――――はい!」
思わずシリカの手を取って強く握ってしまう。
これでいつもの日常が帰ってくる、何もかも元通りになるんだ。
「……リズ? どうしたの? 何の話?」
「あれ? アスナにはメッセージ来てないの?」
「あ、今来たみたい――――」
アスナとサチの方にもメッセージが届いたのか、メニューを開いてチェックを始める。
「あたし、直に準備します」
バスタブからシリカが立ち上がる。
「流石に急ぎ過ぎじゃない? あいつが戻ってくるまで、もう少し浸かってても良いんじゃないの?」
「そうだよー、今入ったばかりだし、もう少しゆっくりしてようよ」
アスナが洗い場からバスタブに浸かろうと歩いて来た所で――――視界の端でドアが開いた様な気がした。
――――――――いや、開いた。
アスナは一瞬で黒い影に襲われ、倒れた。
――――良く見れば、全身真っ黒の装備に片手剣を背負った男に組み伏せられていた。
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