IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Development
第十八話 迷路
ありふれた日常……というには、今の彼女のそれは一般的なそれとはかけ離れていたかもしれないが、少なくとも彼女にとっては今まで得難いものであった。
日々暗部の長になるべく教育を受け、いざその座に就けば今度は組織を纏めなければならない。
しかし、そういうものだと彼女は受け入れていた……否、諦めていた。故に、求めなかった。社会の闇を日頃垣間見ている彼女が信頼できるのは、何よりも愛する妹と幼馴染だけ。そんな彼女が平穏な日常など手に入れられるだろうか。
しかし、更識楯無は出会った。信頼できる友に。
境遇は異なれど、立場は似ている。望まぬとも生まれてしまった生家に翻弄されつつも、それに報いようとする二人。
性格は異なれど、歯車がかみ合うようにお互いがお互いを理解し影響し合い、高まっていく。
性別は異なれど、二人にとっては些細な問題……もっともこれは楯無がそう感じるだけであって紫苑としてはたまったものではないのだが。
楯無と紫苑、二人は出会ったことで化学反応を起こし、入学前とはまるで別の世界を切り開いたと言える。二人の影響は周りに波及し、一人では決して手に入らなかっただろう日常を手に入れた。そして、日常と感じてしまったが故にそれが当たり前のように続くと、二人ともがそう思ってしまった。
いつも通りの光景、いつも通りのメンバーに数人加わった買い物を思い出しながらその得難かった日常を自室で振り返る楯無に冷水を浴びせたのは更識諜報部からの連絡だった。
それにより齎されたものは、西園寺グループ、特にSTCへの襲撃と西園寺紫音、この場合は紫苑が行方不明になったという事実。当たり前だと思ってしまったものは、容易く覆された。あれだけ得難かったものが、一度手に入れたからといって、何故いつまでも続くとおもってしまったのか、油断はしたつもりはないが気が抜けていた……その事実に自分への怒りが巻き起こるのを抑えつつ、すぐさまに部屋を飛び出しながら彼女は指示を出す。
「すぐに情報を集めてちょうだい。最優先は西園寺紫音の保護、何よりも優先して」
(お願い……無事でいて!)
しかし、その願い虚しく届くのは被害状況ばかり。紫苑に関しては全くといっていいほど情報が見つからなかった。更識の情報網を駆使してもその影さえ掴めない状況に不自然さを感じつつも、楯無は捜索の手は緩めなかった。
最初の一ヶ月、クラスどころか学園全体がどこか暗い雰囲気に包まれていた。臨海学校は予定通り実施されたが、そこに参加するべきだった生徒は一人足りない。海にやってきた一年生は少し明るくはなったものの、やはり素直に楽しめる者は少ない。
楯無は到底参加する気分ではなかったが、生徒会長という立場上ズル休みをするわけにもいかない。また、彼女は紫苑が復帰するまでのクラス代表の代行も買って出た。フォルテを、という当初の千冬の提案に対して楯無は頑なに自身がやることに拘った。そのため、なおさら欠席することなど出来なかったのだ。
しかし、彼女が身に着けている水着は皆と買い物に行ったときのものとは違っている。それは、彼女の何かしらの想いを表現しているかのようで、一緒にいったメンバーもそのことについては何も聞かなかった。
夏休みに入ると、楯無は自身も捜索に本腰を入れる。そこで彼女はあることに気付く。
事件と同時期に、篠ノ之束の消息が全く途絶えたのだ。今までもその所在は明らかではなかったが、何かと学園や紫苑への干渉などで、存在自体は確認できていたのだが、それが完全に消えた。それは紫苑と同じく不自然であった。まるで情報操作がされているかのように。
そこで楯無は、この件に束が関わっている可能性を考慮に入れ、捜索範囲を広げる。それは徹底的に、束が事件の黒幕である可能性すら捨てずに行われたが、それでもたどり着くことは出来なかった。
(紫苑君……あなたは今どこにいるの……)
最初は、自分の感情に理由をつける暇もなくただ必死に探していた。友人なのだから、探すのは当然だと。しかし、新学期に入ると学園もいつもの空気が戻ってくる。もちろん、紫苑の存在が忘れられたわけではなく、彼女たちなりに気持ちの整理ができた、ということだろう。さすがにクラスメート達は未だに引きずっている者も多いが、楯無ほどではない。フォルテ達ですら、事件当時こそ哀しみを隠しきれずにいたが今では大分落ち着いている。
そこで、彼女は自身に違和感を抱いた。
(周りはずいぶんと簡単に気持ちに整理がつけられるのね……、紫苑君……紫音ちゃんという存在はみんなにとってその程度だったのかしら……? いや、違うわね。程度の差はあれ、みんな忘れた訳じゃない。ただ、私が拘りすぎているだけ……。でも、皆との差はなんなの……)
今まで、人たらしと言えるほど他人の感情、心理については敏いつもりだった。いや、実際に詳しかったからこそそう言われるほどになったのだ。しかし、そんな彼女が自分のことすら理解できていない。
(みんなと私で違うところ……? 紫苑君が裏の私のことを知っている。境遇に近いところがある。ううん、そんなことじゃないわね、あとは……紫苑君の正体を知っている?)
時間が経ち、否応なく突きつけられる現実に目を背けるわけにもいかず、漸く冷静に自分を見つめ直すことができた楯無は、こうして一つの可能性にたどり着く。
(それは紫苑君が男の子ってこと……、みんなは知らないわけで、私だけ知っている? って、え!? てことは……そ、そういうこと? えぇ!?)
この時、初めて楯無は紫苑のことを男として認識……もとい、意識した。紫苑が聞けば嘆くのだろうか、はたまた喜ぶのだろうか。
(ちょ、ちょっと待って。冷静になりましょう。そりゃ、今は二人目の男性操縦者が現れたとはいえそれまでは唯一の、それに国家代表クラスの強さ持ってるし? ISなしでもかなり強いみたいだけど、普段はどこか抜けているっていうか、弄りたくなるのよね。それに、女もうらやむほどの美人さんだし……でも戦ってるときはキリっとしてるのよね、男の格好したら結構格好いいんじゃ? ん、成績も優秀だし今までの感じだといろんな分野に精通しているから話してると楽しいし……あれ? もしかしてかなりの優良物件なんじゃ。でもやっぱり今さら男の子として見れるのかしらね)
それは恋……なのかは微妙ではあるが、どちらにしろ楯無は多少は自身に起こる感情の原因を理解できたようだった。
それからというもの、紫苑がいないという事実は変わらなかったが楯無の考え方には若干の変化が訪れた。
(ん~、来年は紫苑君がいたら絶対お姫様役やってもらいたいわね、それならトップ間違いなしよ)
それは、学園祭の一幕。部活対抗の催し物に対して生徒会は演劇部と合同で劇を行った。王子様とお姫様のありふれた物語、その中で楯無は王子役を演じることで熱狂的な空気を作り上げた。……一部失神者も出たようで、紫苑が行方不明になったことで学園の人気が一極集中しているのかもしれない。
しかしそれほどの集客でも、今回は投票によるランキングでは僅差で優勝を逃した。そこで楯無はふと紫苑のことを思い出したのだ。
(はぁ、キャノンボール・ファストも特に波乱もなく終わっちゃったわね。紫苑君がいればもうちょっと楽しめたのかしら)
学園祭の後に行われた行事、キャノンボール・ファストでも同様に紫苑のことを考える。ISを用いた高速のバトルレース、キャノンボール・ファスト。ここでは、専用機と訓練機では部門が別なので、楯無はフォルテ、ダリルを含めた三名でのレースとなった。ちなみに訓練機は学年別だが、専用機は人数の関係で全学年合同だ。
フォルテとダリルが楯無に狙いを定め、想像以上の連携で蹴落としにかかったがそれすら跳ね除け、楯無が優勝する。二人の連携は予想外ではあったが、やはり楯無にはどこか物足りなかった。
(やっぱり、もう一度彼と戦ってみたいわね)
年末に行われた年度最後の学年別トーナメントでも当然のように楯無は優勝する。その頃にはもう学園内で紫苑の話題が出ることも少なくなった。だれもが皆、生存が絶望的であると感じたことで努めてそうしているのだと誰もが理解している。生徒会ですら、今はほとんど話題にあがらない……悲しそうな顔をする人がいるから。
年が明けすぐにIS学園の試験の日がやってきて、そこで世界を震撼させる事件が起きる。言うまでもなく、男性操縦者である織斑一夏の出現だ。当然ながら学園でもやがて入学することになるであろう彼の話題で持ちきりとなり、久しぶりに明るい雰囲気に包まれた。ただ、一人を除いて。
(ふふ、世界で最初は紫苑君なのにね……)
楯無は、一夏に対して特に興味を抱けなかった。なぜなら学園生徒の中で唯一、楯無にとっては彼が世界初でも唯一でもないことを知っている。織斑千冬の弟という一点は気になる部分ではあったものの、それだけだ。
楯無自身、紫苑の無事を信じきっているかと言えばそんなことはない。元々彼女は現実主義者でもあり更識の諜報能力には絶対の自信を持っている。束の動向がいまだに掴めないものの、それでも紫苑に関しての情報がここまで一切入ってこない以上、やはり難しい状況だと感じていた。
それでも死という確実な情報がないこともまた事実であり、その可能性をまだ捨てないでいた。
そんな折、織斑千冬によって齎された情報はまさに青天の霹靂、しかしそれは彼女にとって待ち望んでいたものだった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『紫苑君、無事だったのね!?』
千冬から無情の留年宣告を受けた紫苑は、そのまますぐに楯無へと連絡をとる。そして通信が繋がるなり飛び込んできたのは耳を劈くほどの楯無の声だった。
「わ、び、びっくりした。うん、なんとかね」
『びっくりしたのはこっちよ! 半年もどこほっつき歩いていたの。ずっと探しても見つからないし……生きてるか死んでるかもわからなくて……本当に……』
その言葉と様子から楯無がどれだけ紫苑のことを心配していたのか、姿は見えなくても十分に伝わった。
「ごめん……心配かけちゃった」
『別に……! ただあなたがいなかったお蔭でクラス代表を兼任することになるし、学園はお通夜みたいだし、大会は手ごたえなくてつまらないし……愚痴が言える相手もいなくなっちゃうし……』
「うん……ごめん」
素直に心配していたと言えない楯無を、今回ばかりは紫苑も茶化したりはできなかった。どんな時でも冷静な一方、紫苑の何気ない言動に動揺することもあった彼女だが、ここまで感情を露わにしているのは紫苑にとって初めてだった。紫苑は言葉を挟むことができず、楯無が落ち着くまでただ話を聞きながら謝る。
『ごめんなさい、少し取り乱しちゃった。でもおかげで落ち着いたわ』
「ううん、僕の方こそ連絡もできなくて本当にごめん」
『謝らないでよ……、あなたは被害者なんでしょ。それより、何があったか教えてちょうだい』
しばらくして落ち着きを取り戻した楯無に、紫苑は事件当時に起きたこと、そこで意識を失い昨日まで眠っていたこと、今まで保護してくれていたのが束であることを分かる限り伝えた。ただ、今の楯無にすべてを語るべきではないと判断して、自身の出生や病の原因についてはボカしており、ISが操縦できる理由までは語っていない。
『そう……篠ノ之博士が。それに体調不良の原因がわかってそれも治った、ってことでいいのかしら?』
「みたいだね、詳しいことはまだ知らないんだけど。このあとしばらく束さんのラボでリハビリと経過観察してからの判断になるね」
『どちらにしろよかったわ。病気が治ったのも怪我の功名ってところかしら。なんにせよ安心ね、学園にはいつごろ戻る予定なの?』
「えっと、来月の予定だね。それで……言いにくいんだけど留年することになっちゃった」
『……え?』
紫苑は、ここでこれまで言い出せなかった自身の処遇について伝える。その楯無の反応から、彼女も予想していなかったことがわかる。事実、楯無は紫苑の安否ばかりが気がかりで復帰後のことまで意識がまわっていなかった。
『そう……よね。半年も休学していたんじゃ仕方ない、か』
「うん。でも、通えるようになったら新学期まで待たずに復帰するから。その間は同級生だし、クラスメートでルームメイトだね」
『あ! ってことは部屋も別々になるのよね。あぁ、いたいけな下級生が紫苑君の毒牙にかかってしまうのね』
ヨヨヨ、と聞こえそうな大仰な口調で捲し立てる。大分調子が戻ってきたようだ。
「毒牙ってなにさ! そんな覚えないよ!?」
『……本当に?』
「うっ……」
現状学園において、その存在自体がやましい紫苑にとって真面目に問われるとさすがに言い返せない。
『ふふ、冗談よ。でも、本当に手を出したりしたらだめよ……?』
「出さないよ……」
『……紫苑君、学年は変わるけど私があなたの味方なのは変わらないわ。だから、あなたも私の味方でいてちょうだい』
さきほどまでの雰囲気から一変して、突如真面目な様子で楯無は話し出す。紫苑も、彼女が何か伝えたいことがあることを悟り意識を切り替えた。
「うん、もちろん」
『織斑先生の弟のことはもう知っているかしら? 二人目……世間的には世界初の男性操縦者ね。その彼が入学してくる、つまりあなたと同級生になるわ。厄介なことに、それが発表されてから後期試験への申し込みが世界中から殺到しているの』
IS学園はその特性上、定員制ではなく一定以上の能力を有していれば入学が許可される。しかし、今年は男性操縦者の出現により状況が変わった。世界中から入学希望者が集まりつつあるのだ。
もともと日本領内に立地しているため、必然的に日本人が多いのだが今回ばかりはその比率に変動が起きた。それが意味するところは諜報である。織斑一夏は日本人、IS学園も建前上は世界共同運営であるとはいえ日本政府の影響力が大きい。となれば、織斑一夏の身柄はほとんど日本政府に匿われたも同然だ。
世界のバランスを一変させる可能性を秘めた貴重なサンプルでもある男性操縦者、そのデータは世界中が求めている。それこそ、ハニートラップすら駆使して遺伝子情報を持ち替えろうとすることもあり得る。
世界中から希望者が増えたのは、つまりそういうことだ。
「はぁ、随分あからさまだね。となると学園でのもめ事も増えそうだし、亡国機業が動かないはずがない。それに……STCを襲ったリベリアス・ファングにも狙われるかもしれない」
『そうね、特にリベリアス・ファングにとっては女尊男卑をひっくり返す旗印になるかもしれないんだから、のどから手が出るほど欲しいでしょうね』
リベリアス・ファングは今でこそ反ISメインだが、根本は反女尊社会である。仮に織斑一夏のデータから男性が操縦できる可能性を見いだせれば、女尊社会の根底を覆しそれだけで目的を達成することも十分に可能である。……反IS組織がISによって目的を達成するというのも皮肉な話ではあるが。
「生徒会の仕事が増えるね」
『そういうこと。引き続きあなたには副会長でいてもらいたいの、よろしくね』
「喜んで。こちらこそ……よろしく」
紫苑にとっても、楯無にとってもこのひと時はかけがえのない時間だった。紫苑にとっては半年という時間を失い不安になっていた状況を多少なりとも払拭できた。楯無にとっては、半年もの間求めてようやく取り戻した日常の一部。
その後はこの半年に起こったことや学園の状況などを話しているうちに時間は過ぎていった。
『もうこんな時間。病み上がりなのに無理させちゃったわね』
「ううん、気にしないで」
夜も遅くなり、さすがに切り上げようとしたときだった。楯無が何やら言いづらそうに言いよどむのを紫苑は感じた。
「……どうしたの?」
『あのね、紫苑君。あなたにこんなことを聞きたくないのだけど……』
紫苑が促すも、どうにも歯切れが悪い。いつもはっきりとした物言いの楯無としては珍しい。
『篠ノ之博士は本当に信用できるの?』
しかし告げられたのは紫苑にとって、それは予想外の言葉。
「……どういうこと?」
そしてそれは当然、紫苑には許容できない言葉。自然とその声にも不機嫌さが窺える。
『話をしながらいろいろ考えたんだけど、どうも不自然な点が多すぎるのよ。あなたが保護されたのもタイミングがよすぎるし、その後の情報隠ぺいも手際が良すぎる。無関係だとは思えないのよ』
「いくら楯無さんでもそれ以上は……」
『わかってるわ! あなたがどれだけ篠ノ之博士のことを信頼しているかくらい! 私だって話してみた感じ、嫌いではないの。でも、だからといってあの天才が何を考えているか、理解できないことが多すぎるの』
天才ゆえに、他者には理解できない。それを理解してもらおうとするのであれば、それ相応の対応が必要になるのだが、束はごく一部の者を除き全く意に介さない。それは理解してもらうつもりも必要もないと考えているからで、故に彼女が他者に理解されることはない。理解できるのはそのごく一部のものか……もしくは彼女と同じ天才か。
「……彼女の行動原理は単純で……純粋だよ。家族を守ること、そしてISの発展。彼女の言う家族は別に血の繋がりだけじゃない。逆に言えば血の繋がりがあっても、彼女が認めなければ他の有象無象と変わらないんだろうけどね」
『彼女のその信念が私の信念の領域を侵すなら……私は例え敵にまわってでもそれを止めるわ』
「楯無さん……」
それは揺るがない決意。譲れない想い。
『紫苑君、あなたはどうなの?』
「僕?」
紫苑にはそれがあるのか?
「僕は……」
否。
『私はあなたと敵対はしたくないし信用しているけど、状況がそれを許さない時がある。あなたはそんな時どうするの?』
ここまで状況に流されてきた彼に束や楯無のような確固たる信念などない。
「……」
紫苑は学園で生きる意味を見つけた。しかしそれすら自身を偽り、与えられた虚像の中で見つけたもの。
『ごめんなさい、やめましょう。今する話じゃなかったわね』
一本芯が通った信念がなければ簡単に揺らぐ、ブレる。万が一、束と楯無が対立したときに紫苑はどうするのか。今後、起こり得るさまざまな可能性の一端。受け入れがたい、考えたくないそれに気付かされる。気付いた以上、目を背けることはできない。
『でもこれだけは覚えておいて。例えあなたが敵になることがあっても、私はあなたを友人だと思い続けるし、信じているわ』
自分の行動に自信を持ち、責任をとることができる者の言葉の重み。未だ持たざる紫苑にとってそれはあまりに重く……故に響く。
『それじゃ、おやすみなさい。早く会えるのを楽しみにしてるわ』
楯無は紫苑の反応を待つこともなく通信を切った。その後も紫苑はさきほどの言葉を何度も反芻して自分の中で答えを出そうとする。
束を守る? なら何で傍にいない。
束の指示に従う? それでは西園寺にいるのと変わらない。
学園のみんなを守る? これが近い気がするけど、何かが違う。
それでも一つの答えにたどり着けない紫苑は、容易に辿りつけられるようなものに意味がないことを理解しつつも、それでも求めずにはいられなかった。
楯無も、本来はこんなことを言うつもりはなかった。しかしこれから波乱が起こり得るであろう学園で、今のままの紫苑ならいつか壊れてしまうかもしれない、壊されてしまうかもしれない。そう感じた彼女はこぼれ出す言葉を止められなかった。それが彼女の矜持を守るのに繋がるのだから……。
「しーちゃん、寝れないの?」
気づけば夜も更けている紫苑のところへ束がやってくる。
「ん、ちょっと考え事をしてて」
先ほどまで束が敵対する可能性なども少なからず考えていたこともあり、少し気まずい気分になるもそれは表に出さないように努める。
「そうだ、一つ聞いてもいいかな?」
「な~に?」
「もし……もしだよ? もし僕が束さんと敵対することになったらどうする?」
そして、束に同じ質問をぶつけてみたい衝動に駆られ、聞いてみることにした。そこに、自分の答えに繋がるものがあると期待して。
「別にどうも? しーちゃんが敵対するのは悲しいけど、しーちゃんだもん。理由があってそうするんでしょ? 出来るだけそんなことは避けたいけど束さんだって譲れないものがあるから、それはお互い様だよね」
言葉は違えど、それは楯無と同じ。自分のことを信じてくれているからこその言葉。少なくとも紫苑にはそう感じられた。
「え、なになに!? もしかして本当にしーちゃん束さんの敵さんになっちゃうの? 嫌いになっちゃった? そんなの嫌だよぉ、ちゃんと理由を教えて! 全部ぶっ壊すから!」
しかし、直後に前言を覆しかねない暴走をする束に紫苑は本当にそうなのか疑問を持ったのは仕方がない。
「違うよ束さん、僕だっていつまでも束さんの味方でいたいんだから」
それは素直な気持ち。例え、これから先何があったとしても変わらない気持ち。
「ふふふ~、よかったぁ。じゃぁ久しぶりに一緒に寝よっか!」
「寝ません!」
「ぶぅぶぅ、しーちゃんのいけず~」
あんまりな束の態度の変化も、どこか紫苑には懐かしく好ましいものに感じられた。
「もぅ……でも、ごめんね。一緒には寝れないけど……ちょっと眠くなってきちゃった……」
「うん、束さんはもう行くよ。ゆっくり休んでね」
「ん……ありがとう、おやす……み……」
目が覚めて二日目。怪我や病気は治っているとしても体力だけはどうしようもない。考えさせられることも多かった千冬と楯無との会話と束と話すことができた安心感からか、すぐに紫苑は微睡の中へと落ちていった。
「おやすみ、しーちゃん……ごめんね」
故に、束の言葉も最後まで聞くことはできなかった。
それは果たして何に対しての言葉なのか、今はまだ誰も知らない。
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