IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Development
第十七話 真実の一端
遮るものなく、眼前に広がる青い空。
浮遊感のようなものを感じる。
ふと、下を見ればそこには広大な大地が広がっている。
ここは……空? 僕はさっきまでSTCにいたはず、そこで血を吐いて……なら僕は死んだのかな? 死んでもこんなことが考えられるの? 死後の世界? 馬鹿馬鹿しい、そんなことあるはずがない。なら、僕は生きていて、これは夢か何かなのだろう。
夢だとしても、冷静にそんなことを考えられることには違和感を感じる。でも、こんな不可思議な現象をこれ以上考えても答えなんて出るわけがない。ならしばらくこのまま流されてみよう、そう考えた。
ふと気付けば目の前の風景が変わっている。青から闇へ、そして点々と光り輝くなにかが見える。
どこが上でどこが下か、さきほどまであった感覚もなくなりあたりを見渡すと目の前に映ったのは写真やテレビで見たこともある、地球の姿。そして僕はここが宇宙空間なのだと悟る。
そして、改めて今の自分の姿に気付く。
先ほどまで感じていた状態は月読を展開している時と変わらなかった。でも、今の僕は黒い装甲などではなく、真っ白な装甲だった。客観的に見れるわけではなかったので、その全貌はわからなかったけど明らかに月読のそれとは違う。
ここに至り改めて、この意味のわからない現状に考えを巡らせる。夢であるならば、今までの経験や記憶などから構成されるはずだろう。なら、この現状は? 宇宙なんてものは直接見たこともないのに、今眼下に広がる光景はあまりにもリアルだ。そして、僕が纏うこの謎のIS。そもそも月読以外のISは操縦できないのに、他のISの記憶なんてあるはずがない。
なら、これは僕以外の記憶? ならいったい誰の? どうして僕の中に?
考えが纏まらずに思考の闇に沈み込む刹那、あたりが眩い光に覆われて僕は再び意識が途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここ……は?」
先ほどまで見ていた光景が頭に焼き付いている中、目覚めた場所もまた僕の未知の空間だった。いや、もしかしたらこれもさきほどの続きなのかもしれない。
あたりを確認してみるとそれほど広くない部屋、本や機械類で煩雑とした室内のベッドの上に僕は寝かされていた。
「おや、お目覚めになりましたか、紫苑様」
突然聞こえてきた声とともに、扉から入ってきたのは……クロエだった。
「クロエ……? ってことはここは束さんの?」
「はい、束様のラボの一室です」
僕の問いかけに、淡々と答えるクロエ。
最後にいたのはSTC、そこで……僕は倒れた。記憶はそこまでしかない。ということはどういう経緯かわからないけど束さんに助けてもらったってことか。
「ご想像の通り、紫苑様は束様に保護されました。STCの跡地より1km離れた場所で倒れているのを追跡、発見しラボまで連れ帰りました」
「1kmも……? って、それより跡地……? そうだ、あの爆発は!? STCの人はどうなったの?」
そうだ。そもそもあの時いきなり爆発があって、その場で意識がなくなったんだ。それが何でそんなに離れた場所に?
「やぁやぁしーちゃん、目が覚めたんだね。おっはー。詳細はあとで説明するけど、STCは消滅。当時現場にいた研究員はいまだ行方不明だよ」
束さんが突然やってくるのはいつものこと、でも告げられた内容はその口調とは激しく落差のあるものだった。消滅、行方不明、あまりにも予想を超えた状況に理解が追いつかない。……少なからず憎しみすら抱いた相手とはいえ、行方不明か。死んでいる可能性も高いことを考えるといい気分ではない。
「ちなみに、爆発の原因はIS憎しとか馬鹿なこと叫んでる連中みたいだね」
「捕捉させていただくと、女尊男卑を憂う反ISを主張するテロ組織『リベリアス・ファング』による襲撃です。STC以外にも数カ所が襲撃を受けています」
反IS組織。ISが世に出てから女尊男卑の世の中になるにつれて、それに意を唱える人たちが集まった組織。主に男性権力者が出資者となって、その構成員もほとんどが男性。
確かに、今の世の中は異常といっていい。ISは……本来の目的がどうあれ今は事実上の兵器として各国に配備されていて、その操縦者たる女性が重用されるのはわかる。とはいえ、たかだか500名に満たないISの操縦者。訓練生や、予備操縦者などを含めても世界中で1万人に満たない。
にも関わらず、なぜ全ての女性が男性より上として扱われるのか。
信じられないことに、街では当たり前のように見知らぬ女性が、赤の他人であるはずの男性に向かって平気で何かと命令していることがある。そういった場合、男性側は当然無視するか断るかするべきなのだろうけど、最悪の場合は警察などを呼ばれてあらぬ罪で連行される可能性もある。
一昔前によくあった……かどうかは分からないけど、電車での痴漢の冤罪のようなもので女性側の意見が一方的に通ることがほとんどだ。もっとも、今の世の中で痴漢なんてしようものなら懲役で十年以上は確実だ。
僕も、ISが操縦できるとはいえそれは対外的には知られていないし、それだけに今まで嫌な思いも多々あった。だからといって、今女性の真似事をしている中で同じように尊大に振る舞おうとは欠片も思わない。
そして、何より許せないのがそういった連中がISを理由にしていることだ。そもそもの発端は女性の権利を
主張する人たちがISを契機に男女平等を謳ったこと。それは構わないけど、今の現状は行き過ぎだ。なにより、ISは操縦が女性だけしかできないだけで、開発や運用には未だ男性だって深く関わっているんだから。
そして、この反IS団体もだ。向ける矛先が違う。ISはこの世の中になったきっかけであって根本の原因じゃないんだから……。
「馬鹿げてる」
「そうだね~、自分で考えることが出来ず、周りに流されることでしか生きられない連中の主張になんて価値はないと思うよ」
僕の呟きに束さんが答える。その声は辛辣で、珍しく飾り気のない真面目な言葉だった。僕ですらこんな風に考えるのだから、そもそもの開発者である束さんにも思うところがあるんだろう。
と、急にくぐもった音が鳴り響く。
……というか僕のお腹の音だった。
その音を聞いて気付いたけど、なんだか酷く空腹感がある。それに全体的に怠さがのこっている。そもそも吐血してたんだからそれも当然か……というか僕の体は大丈夫なのか。
「あはは~、いい音鳴ったね! じゃぁ詳しい話はごはん食べながらにしよっか」
「うぅ、ごめん」
「お気になさらず。半年近くも眠っていたのですから当然かと」
「……は?」
お腹が鳴ったのを聞かれたのが恥ずかしいとか、そういった感情が一気に吹き飛ばされる。
クロエは今何て言った?
「む~? だから、ごはん食べながら話そうって」
「いや、束さんじゃなくてクロエ……」
「ですから、半年近く眠っていた、と」
「そ、それ! いま何月何日!?」
「紫苑様を保護してから半年が経っております。もう年が明けて本日は1月15日です」
そ、そんな……。僕はそんなに長い間眠っていたのか。
「な~にをそんな鳩がレールガン食らったような顔してるのかな?」
「ご心配には及びません。紫苑様のお身体のことでしたら、お着替えから下の世話まで私が完璧にこなしておりますので」
どんな顔!? そもそも消し飛ぶよ! そんなに変な顔してるかな、そうだろうね。気絶して起きたら半年経過してたって言われたらそりゃ呆けた顔くらいするさ!
そして……ああ、それだけは聞きたくなかったよ!? そりゃ、僕の事情じゃ入院なんかできなかっただろうし、感謝してもしきれないけど、それでも……あぁ、もうお嫁に……じゃないよ!? お婿に行けない……。って、なに言ってるんだ僕は、落ち着け紫苑。
「……どうしたの?」
「いい感じに錯乱しているようですね、しばらくそっとしておいた方がいいかと思われます」
「うぅ……」
しばらくして、我に返った僕を待っていたのは半固形化した味噌汁らしきものと炭化した何かだった。話なんてまともにできるはずもなく、なんとか食べきった後に再び意識を失ったのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
料理とは言えないなにかに意識を奪われたあと、僕はそのまま寝ていたらしく目が覚めたのは翌朝だった。そこで僕は、まず食事環境の改善に図る。クロエが何やら作ろうとしていたけど、相変わらず卵焼きは消し炭になっていたので隅に追いやり作り直す。少し教えたらちゃんとできてたので、束さんが何でもかんでも食べてしまい失敗と認識してなかったのが問題らしい。それでいいのか……。
「さて、まずは当時の事故のことだけど、STCは文字通り消滅したよ。正直、あの規模の爆発に巻き込まれてたらいくらISの絶対防御でも守りきれないかな~、しーちゃんよく無事だったよ、ほんと」
当時のことはよく覚えていない。最初の爆発程度ではそこまで大規模にはならないはず。つまり僕が気絶したあとなにかあったんだ。
「とりあえず、実行部隊は捕まえて半殺しにして引き渡しといたよ! しーちゃんに何かあったら半殺しじゃ済まなかったけどね~」
「束様、半殺しというにはやり過ぎでした。八割殺しだったかと」
「そうかな? ま、どうでもいいよね。組織のほうも嫌がらせしたけどうまく逃げられて壊滅まではいかなかったかな~、残念」
「……そ、そう」
相変わらず恐ろしい人だ。その組織はこの人に目をつけられるようなことをした不幸を呪えばいいと思う。
「紫苑様、実は同日に西園寺本家にも襲撃があり、お父上が行方不明となっております」
「そんな……!」
行方不明? そんな、まだ……あの拒絶された日から話ができていないのに……。あの言葉の真意が知りたかったのに!
今までの事、あの日の事、父に関するあらゆることが頭の中を駆け巡り、それでも答えが出ずに堂々巡りを繰り返す。
「しーちゃん大丈夫?」
「ん……ごめん。ちょっとビックリしたけど、大丈夫」
束さんの声にハッとする。彼女がこうして真っ直ぐに僕を心配することなんてほとんどない。彼女はいつも何かしら茶化しながらする。つまり、こういう時は僕が本当落ち込んでいるとき。そして……真面目になるときはいつだって重要なことを話すときだ。
父さんのことは確かにショックだけど、落ち込んでばかりもいられない。あまりに多くのことが一気に起こり過ぎている、まずは情報を把握しないと。
「それで、その様子だと僕が倒れた理由とかもわかったんだよね? そうでなかったらここで医療施設でもないのにまともな治療なんてできるはずないし」
そう、半年も寝ていたにも関わらずそのままここに寝かされていたということは何かしらの原因がわかり、それを除去していたんだろう。
「そのためにはまず、しーちゃんが何でISを動かせるかというところまで遡るんだ。……しーちゃん、この話はしーちゃんにとって聞きたくない話かもしれない。知らなくても、体は治したしISも今まで通り専用機なら動かせるよ」
「……自分のことなんだよね。それに、もしかして紫音が倒れて……死んだっていう原因にも繋がってるんじゃない? なら、僕は知りたい。知る義務がある」
そう、僕は最近……といっても実際には半年以上前になるんだけど、体調不良の原因は紫音と一緒じゃないかと考えていた。だからこそ、死ぬ恐怖も頭を過った。そして……月読の存在。やっぱり、僕は知らなきゃいけないと、そう思う。
「なら……止めないよ。えっとね、しーちゃんが倒れた理由はね……簡単に言えば遺伝子異常なんだ」
「遺伝子異常?」
「うん。そもそもしーちゃん達って、一卵性の双子だよね? なんで性別が違うのかって考えたことある?」
「ん~、確かに考えたこともあったけど原因はわからなかった」
確かに、本来なら一卵性の双子において性別が違うなんてあり得ないこと。でも僕らは確実に一卵性らしい。でも、そうなった原因は不明だった。
「しーちゃん……君達はね、受精卵の段階で遺伝子操作を受けて生まれたんだ」
「遺伝子……操作?」
「本来は、しーちゃんの姉……紫音しか生まれるはずがなかった。それが途中で、無理な遺伝子操作のせいで欠けたんだ。一卵性の双子も本来は自然分裂するものだけど、しーちゃんの場合は文字通り欠けた。そのまま操作を続けたことで、どちらもが無事に成長したようだけど、欠けた遺伝子だけは戻らず、そのときの無理な操作が原因で性別にまで影響が出たみたいだね」
つまり、僕と紫音は……。
「しーちゃん達は、二人で一人だったんだよ。そしてその欠けた、足りない因子が異常として体を蝕んでいたんだ。でね、月読の中のデータに本当の持ち主、つまり君のおねーさんだね、その遺伝子データが残っていて、それをもとにしーちゃんの遺伝子の復元治療をしたってわけ」
「……今さらだけど束さんってなんでもアリだね」
あまりに衝撃的な言葉に、僕はそう返すのが精いっぱいだった。
僕らが遺伝子操作を受けていたこと、そしてそもそも僕は紫音から分離しただけに過ぎないこと。
それはつまり、今まで僕が人より物覚えがよかったり、運動が出来たりしたことも操作によるものだったこと。
まるで……僕の存在そのものが否定されたようだ。
「それは違うよ。しーちゃんはしーちゃんだからね、生まれた事情がどうであれ、そんなこと関係ないと束さんは思うよ~。それに例え操作があったとしても、別にそれに感けてる訳じゃないでしょ? だったら別に関係ないじゃん、生まれなんて。世界が平等だったことなんて一度もないんだよ」
「なんでいつもそんなに簡単に心を読めるかな~……」
「紫苑様は顔に出やすいかと思いますが気づいてらっしゃいませんでしたか?」
「え、クロエにもわかったの?」
「はい、ハッキリと」
はは……そんなんで僕は今まで女生徒としてよく学園に通えたな……。
「それは、しーちゃんが女の子として違和感がないからじゃない?」
「それ以上僕の傷を広げないで!」
そんなに違和感ないか……、確かに最近男として行動してなかったから男に戻れる自信もなくなってきたよ……。
「そんなことより、しーちゃんがISを動かせる理由もわかったよ」
「そんなことって言われるのも酷いけど、その理由は気になる……かな」
「まぁ、さっきの話が答えなんだけどね。えっと、ISは操縦者の遺伝子情報を読み取って適性を判断、稼働するんだけどそれはいいかな? でね、量産機は稼働の度にそれを読み取って、停止するたびに情報を書き換えているの。それに対して専用機は初期化する際に操縦者の情報をインプットして、それ以降はそれと整合することで判断するんだよね。初回は量産機同様に適性云々、つまり男女の判断も行っているんだけど、二度目以降は遺伝子情報の整合しか確認していない」
「つまり、あらかじめ登録された遺伝子情報と同じであれば、たとえ男であろうと操縦できる」
それが、僕が月読を操縦できても量産機が操縦できない理由……。
「さっすがしーちゃん、理解が早くて助かるね。でねでね、月読がしっかり初期化されなかったのはしーちゃんと本来の操縦者との遺伝子に僅かな食い違いがあったからなんだよね。もとは一人だったからか、操縦者として認識されたみたいだけど」
「まぁ、本来は一卵性の双子かクローンでもなければそこまで遺伝子情報が一致することがないんだろうね、でも一卵性の場合は本来は性別が違うことなんてあり得ないから、男性操縦者なんてそうそう出て来ない訳か」
「それが、そうでもないんだよね~」
本来ならば、あり得ないという僕の言葉を束さんは満面の笑みを浮かべながら否定する。その表情はいつもの……悪戯をする子供のような笑顔だった。
「……今度はなにしたの?」
「ぶー、何があったの? って聞くもんじゃない、普通は? まぁ、正解だけどね。いっくんって知ってるよね、ちーちゃんの弟の」
「うん、会ったことはないけどね」
織斑一夏、僕より一つ年下で、千冬さんの弟。何度か話は出てきたけど直接会ったことはなかった。ちなみに、一時期束さんの妹の箒ちゃんと仲が良かったらしい。所謂幼馴染というやつかも。
「……まさか?」
「むふふぅ、ちーちゃんが昔使った白騎士のコアが残っててね、その登録データといっくんのデータがかなりの割合で一致しててね……ちょちょいと細工したらいっくん、IS動かしちゃった」
「えぇ!?」
「紫苑様、いま世間では世界初の男性操縦者の出現に大騒ぎになっております」
そう言いながら、クロエが僕に新聞を渡してくれた。そこには織斑一夏君の写真が一面に掲載されており、様々な憶測が記事に記載されている。果てには、まだ見ぬ男性操縦者を探すために男性向けの全国一斉適性検査を行うといった頭の痛くなるような記載もあった。……税金の無駄遣いになりそうだなぁ。
「……はぁ。で、どうやったの?」
「いっくんが受験する予定だった高校の受験案内をIS学園のものにして、受験会場で変装したクロエが誘導して打鉄が置いてある場所に誘導したの。で、いっくんが触って動かしたら騒ぎにしたってわけ。ちなみに、その打鉄は白騎士のコア情報を登録した特製品だけどね。だからまだいっくんはそれしか動かせないよ。まぁ、ちーちゃんがいるし、それとなくその打鉄以外は使わないように誘導したから大丈夫でしょ、詳細は話してないけど」
相変わらず無茶をする。でも織斑君は昔、千冬さんが第二回モンデグロッソに出場する際に誘拐されたらしい。そのせいで、千冬さんは出場辞退して織斑君を助けに行った。以降も織斑君を狙った工作や干渉があったらしいけど、千冬さんが全て跳ね除けてきたとのこと。でも、亡国機業の動きが活発化してきたことや僕が遭遇した反IS組織のテロのこともあり、なら合法的にIS学園で保護しようと、今の形にしたらしい。
親友である千冬さんのことを想っての束さんの行動……だよね? 面白そうだからとかじゃないよね?
「面白そうだからだよ?」
「あぁ……そうだよね、そういう人だったよね」
「でもでも、結果的にいっくんは学園側でちーちゃんと一緒にいられるし、いざとなればしーちゃんも守ってあげられるでしょ?」
「え? 僕も?」
その言葉は僕にとっては不意打ちだった。父さんも研究員も行方不明になり、僕のことを知る人間はほとんどいなくなってしまった。つまり、西園寺の命令で女性として学園に通い続ける必要はなくなったと言える。
……でも僕個人としてはどうだろう。学園には、そこで知り合ったみんながいる。わずか数ヶ月だったけど、それは僕の数年にも匹敵するものだった。出来れば、このまま通い続けたい。
でも、今までは仕方ないと言えた。親に強制されて選択肢がなかった。なら、これからは?
このままみんなを騙し続けるとしたら、それは僕の意志で逃げ道はない。それに僕は耐えられるの?
男性操縦者が現れた以上、僕も同じように入学することも可能かもしれない。二人目ならそれほど混乱も起きない。でも、その場合は僕は紫苑として入学することになるし、それはそもそも死んだことになっている人間だ。
「だ、か、ら。束さんがしーちゃんに学園に通う理由を作ってあげるんだよ。こんど箒ちゃんも入学するから一緒に守ってあげてほしいんだよね~」
「なんでもお見通し、ってわけね」
「ふっふっふ、しーちゃんのことなら何でもわかるよ。サポートは今まで通りお任せあれ!」
……やっぱり束さんには敵わない。
「あれ? そういえば今、僕は世間的にどうなってるの?」
「行方不明、となっておりましたが昨日のうちに千冬様へ連絡しております。ちなみに紫苑様の親族が全ていなくなったことで、束さんが後見人となる旨も伝えています。西園寺グループは会長の安否がわからなくなり、崩壊の危機でしたがIS関連を束さんが乗っ取り、残りは他企業に吸収されました」
「そ、そうなんだ……」
「つまり、しーちゃんは束さんと親子みたいなものだね。どうせなら養子になる? ママって呼んでいいよ?」
「さすがにそれは遠慮します……でも、ありがとう」
親子……か。ふふ、それもいいかもしれない。母親の記憶なんてないけど、間違いなく束さんみたいな母親は普通じゃないだろうな。
「む~、残念」
そう言いながら本気で残念そうな顔をする束さんに僕は思わず苦笑する。
「千冬さんや学園のみんなにも心配掛けちゃったかな、早く連絡しないと」
「ん、それならあっちの部屋の通信使ってね、逆探知できないから」
「わかった、ありがとう」
束さんと話をすることで、大分落ち着いてきた。いつも、彼女には元気を貰っているな。
『半年も無断欠席しおって、この馬鹿者が!』
通信が繋がるなり、開口一番怒鳴り声が響いてきた。
「ご、ごめんなさい!」
それでも本気で心配してくれていたことが声から伝わってくる。その勢いに思わず謝ってしまったけど、そのことが嬉しくて胸が熱くなる。
『それで、いつ戻ってくるんだ?』
「えっと、しばらくこのまま束さんのところで経過を見て、問題ないようなら二月には戻るつもり」
昨日今日では大丈夫そうだったけど、月読を稼働後の経過も見ないといけないのでしばらく様子見が必要だ。月読のメンテナンスは終わってるんだろうけど、せっかくだから束さんと調整してみたいし。あれ? そういえば気を失う直前に何か声が聞こえた気がするけど……。気のせいかな、あとで束さんと話してみよう。
『そうか、更識達も心配していたからな、あとで連絡しておけよ。寮の部屋は残っているから安心しろ。あぁ、とはいえ更識はすぐに引っ越しになるだろうがな』
「え?」
『もうじき新学期だろう? 更識は二年生用の寮へ移動だ』
「そっかぁ、もうそんな時期……ってあれ、僕は?」
『……半年も休んでいた者が進級できると思っているのか?』
……え? ってことはもしかして……。
『お前はもう一度、一年をやり直しだ』
「えぇ!?」
僕は学園生活に再び戻れるようだ……ただし、もう一度一年生として。
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