ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
茅場晶彦
「『他人のやっていることをはたから見ることほどつまらないことはない』……そうだろう、茅場晶彦」
キリトに睨みつけられたヒースクリフは、しばらく沈黙したのち、あきらめたような笑みを作って彼に問うた。
「……なぜわかったのか……聞くまでもないな。あのデュエルの時だろう」
「ああ。あの時、あんたあまりにも速すぎたぜ。プレイヤーの限界を超えていた」
キリトが苦笑して、肩をすくめる。ヒースクリフは、薄く笑った。
「やはりか。あの時は君の反射速度に着いていくために、オーバーアシストを使わざるを得なかった。あれは私にとっても手痛い失態だったよ……」
ヒースクリフは《攻略組》を睥睨すると、高らかに言い放った。
「そう。私が茅場晶彦だ。加えて言うならば、この城の最上階で君たちを待つ、最終ボスでもある」
プレイヤー達にざわめきが広がる。キリトが苦虫をかみつぶしたような顔で言う。
「いい趣味とは言えないぜ。最強のプレイヤーが、一転、最悪のラスボスか……」
「プレイヤー達がどんだけ絶望すると思ってんだよお前……」
コクライも厳しい表情で言う。
「なかなか面白い展開だろう?九十五層で明かそうと思っていたんだが……。《二刀流》はこの世界で最高の反射神経をもつものに与えられた、勇者の証だ。魔王たる私と戦うための。《雌雄剣》は二人で一人のユニークスキル。決して一人だけで魔王を倒せないことを証明するためのスキルだ。私が必要としなくなった《神聖剣》を受け継いだものと共に、君たちは私と、アインクラッド第百層ラストダンジョン《紅玉宮》、その《王の間》にて激突するはずだった……」
「《二刀流》《神聖剣》《雌雄剣》《暗黒剣》《抜刀術》《手裏剣術》《無限槍》《射撃》《双斧》、そして、英雄たちの武器を鍛え上げる神の鍛冶、《創造》――――10人の、《創造》使いを加えれば11人の英雄こそ、この世界で最後に残るプレイヤー達。これからボスとの戦いは激しさをまし、犠牲無しでは攻略不可能となってくる。あなたの離反を皮切りに、全階層の《犯罪防止コード》は消滅し、町中で殺しが行われる。主街区にモンスターが侵入する。最下層のプレイヤー達は、なすすべもなく恐怖の中で皆殺しにされるでしょうね」
ヒースクリフの言葉を奪い、ドレイクが後を続ける。ヒースクリフ――――茅場晶彦はキリト、コクライと話す時とは別人のような厳しい表情でドレイクを見る。
「そうだ。何らかの処置をとらない限り、それが実現するだろう。ドレイク君、といったか」
「はい。以後お見知りおきを」
ドレイクはぺこりと礼儀正しく頭を下げる。しかし、ドレイクの『場の空気を操る』とでもいうべき能力は、茅場には通用しなかった。茅場はより一層顰めた顔で、ドレイクに問う。
「ドレイク、か――――君のプレイヤーIDは見たことがない。行ってみれば、君は10001人目のプレイヤーだ―――――君は、誰だね?いや、何だね?君のような存在も、《魔法》というスキルも、あのようなモンスターたちも、私は作ってなどいない。公平さに欠けるからだ……。教えたまえ。君は……君たちは、何だ?」
シェリーナの感情が、沸騰した様に熱くなる。これは――――《怒り》だ。
茅場の言った『何だね?』という言葉は、暗にドレイクや《エネマリア》のモンスター達が人でないことを蔑んでいるように聞こえる。それは、真の人ではないことを気にするドレイクに、《エネマリア》のモンスター達に対する最大の侮辱――――シェリーナが立ち上がろうとしたその時、ドレイクがシェリーナを制した。ドレイクはちらりとこちらを見ると、唇の動きだけで『ありがとうございます』と言った。
ドレイクは茅場に向き直ると、堂々と宣言する。
「私は――――ドレイクです。それ以外の何者でも、何物でもない」
「――――そうか。ならば別の質問だ――――君は、なぜここにいる?どうしてここにいる?誰が、君を此処まで導いた?」
茅場は、おもちゃをとられた子どものような不機嫌な表情でドレイクを問い詰める。ドレイクは目を閉じ、数瞬だけそのままでいた後、答える。
「……浅木藍」
「……やはりあの人か。私の他に《SAOに介入する》ということができる存在は、彼女しかいないと思っていた――――」
ヒースクリフは、納得した、しかしかすかな苛立ちをにじませた苦笑をした。
「浅木先輩とは、私が初めて重村ラボに入ったその日から、一か月だけ共に過ごした。研究室に引きこもって出てこない彼女のために食事を届けたりするのが、当時新入りだった私の仕事だった。彼女は天才――――いや、あれはもはや神の域だった。一度だけ見せてもらった彼女の研究ファイルは、当時の私をはるかに凌駕していた――――」
ヒースクリフの独白はなおも続く。
「超えられたと思っていた。この《真の異世界》たる《ソードアート・オンライン》の完成をもってして、私は彼女を超えたと思っていた――――しかし、違うのだな。彼女はもう辿り着いているのだろう。《魂》を管理する領域に。理解しているのだろう。そう、君もだ、ドレイク君。この力を――――」
ヒースクリフが、右手の剣――――《解放者》が片割れ、《神聖十字剣》を高々と掲げる。そして、鋭く言い放つ。
「《心意》」
その言葉によって、茅場の剣に、闇が宿る。
ぎぃいい、きゃぁああ、うわぁああ……闇は、絶叫を上げて剣に蓄積されていく―――――
「それは、《プレイヤーたちの負の感情》!?」
「まさか……完成していたのですか!?ナーヴギアで、《魂の領域》に辿り着く機能が……!」
シェリーナは驚愕のあまり叫ぶ。ユイと出会った時、ディスティと戦った時、出現した、プレイヤー達の絶望の塊。それが、茅場の剣に集まっている。
「むん!」
茅場の聖剣……いや、絶望を吸った《魔剣》が、振るわれる。斬撃は、衝撃波となって飛んでいく。そして――――破壊をもたらした。
「な……」
「なんだ、これは……」
キリト、コクライが絶句する。《攻略組》からも悲鳴が走る。当然だろう。なぜなら、茅場の剣の闇の波動に当たったところが、まるで最初から《何も存在しなかった》かのように、ごっそりと《消滅》したのだ。ポリゴンが崩れ、ボス部屋のデータが崩壊し始める。
「君たちは、幾度となくこの世界で『あり得ない事』を見てきたと思う。動かない体が動く。使えないはずの武器がもてる。見えないはずの魂が見えた、などだ。それだけではない。それは現実世界の君たちですら経験したことがあるだろう。人の行動の結果、その全てを決めるのは、心の強さだ。描いたイメージ力の力だ。それが、魂の力だ」
ヒースクリフはなおも語る。
「《心意システム》。それがこの力の名前。強く渇望することによって、魂の願いを具現化させる。いわば、《火事場の馬鹿力》に似たようなものだ。すべての事象を、『そうあれ』と願うことで上書きする。それが、このシステムが起こす現象……。キリト君やコクライ君……私と戦うべく現れたこの世界の《勇者》と戦って敗北するならば、それでよいと思っていた。いや、キリト君たちがそれに気づき、私を糾弾した時点で、我が正体を明かし、最後の戦いに臨もうと思っていた。それならば、この力を使うことはなかった。私は公平さを望む。こんなイレギュラーな力は使いたくなかった……だが、それは止めだ」
茅場は再度剣を振るう。世界が、崩れていく。
「《介入者》によって、この世界は汚されてしまった。汚れた世界を許すわけにはいかない。結果はそのままに、過程だけを変えよう。……今この場で、全てのプレイヤーを滅ぼす。キリト君。コクライ君。そして、介入者よ。それを止めたくば、私と戦うがいい。私を倒せれば、生き残ったプレイヤー、その全てを開放することを約束する」
「……いいだろう」
茅場はその答えに満足そうにうなずくと、左手を振った。青い《システム・ウインドウ》が出現する。茅場がそれを押すと、全てのプレイヤーが、体が動かなくなったかのようにその場に倒れた。
いや、様に、ではない。動かないのだ。
シェリーナは自分のHPゲージを、緑の明滅する光が囲い、その横に小さく稲妻型のアイコンが出現していることに気が付いた。
「麻痺……!」
「行動を制限するだけの麻痺だ。頭から上は動くし、多少なら手や足も動かせる。ただし、私が許可するまで決して解除されない」
「邪魔されないように、ってか……こだわるじゃねぇか」
コクライがヒバナを抱き起しながら、絞り出すようにうめく。
どちらにせよ、あとには破滅しかない。ならば、少しでも多くのプレイヤーを救うべきだ。キリトが立ち上がる。二刀を構える。
「アスナ、ごめん。けど……」
「わかってる。少しでも多くの人を助けるべきだもんね……勝ってね」
「ああ」
キリトは、不敵に笑うと一歩踏み出した。
「ヒバナ」
「……何?」
「悪い。《雌雄剣》はやっぱり封印だわ」
にやり、と笑って、コクライは本来の得物を構える。アインクラッド最高の鉱石たるX級鉱石、《天之緋々色金》によって作られた、文句なしに最強クラスの、漆黒と金色の刀。《殺人刀》の実力を100%引き出すためだけの刀。
「ドレイク」
「……シェリーナ、ありがとうございました。あなたのおかげで、私は自分を一人の人間として見られた――――『人でありたい』と思ったその時から、私は人であった……」
そんなことを言って笑うドレイクが、まるでお別れの言葉を言っているようで――――
「そんなふうに言わないでください!!それじゃぁ、もう二度と会えないみたいじゃないですか!!」
ドレイクはその叫びを聞いて、はっ、としたように目を見開いた。そして、数瞬後、いつものあの穏やかな笑みを浮かべて、
「……それじゃぁ、次は現実世界で会いましょう」
シェリーナの頭を撫で、そして、立ち上がった。
「お待たせしました」
「あんたが来てくれなければ、どの道さっきのボス戦で死んでた。あんたを責めるわけにはいかねぇしな。その代り、しっかり働いてもらうぜ」
コクライが言う。
「はい」
ドレイクが答えるのと同時に、全員が対峙する。
キリトが言う。
「本気で行くぜ」
「来るがいい。ただし――――私も本気で行く、ということを忘れるな」
茅場の剣が纏っていた闇が、彼自身にも伝達していく。赤い鎧が、神聖なる十字剣が、十字盾が、その姿をより神々しく、より禍々しいものに変えていく。恐らくあれこそが、このゲームの《魔王》としての茅場――――ヒースクリフの姿。
カラーカーソルが緑から、奈落のような黒色に変わる。ネームタグが出現する。《Devil The Heathcliff of Ainclad》。この世界最後の王の証。
それだけではない――――ヒースクリフの横に、揺らめく影。それはだんだん形を作り、あの日――――すべてが始まった日に、上空に出現した《顔の無い巨人》をつくり出す。それも、二体。大きさはあの時の者の半分ほどだが、全長は二メートル以上ある。それにもまた、カラーカーソルが着く。わずかに赤みがさしているだけの黒。ダーククリムゾンを超えた、黒と赤の境界線。
それは、彼らがこの世界最強の存在であることを示していた。しかし、それでも勝負を投げるわけにはいかない。世界の、人々の命がかかっているのだ―――――。
立っている場所が歪む。真紅の水晶でできた《王の間》が、アインクラッド第七十五層の崩壊したボス部屋に《上書き》される。ヒースクリフの闇の波動は、一時的にこの場所をアインクラッド第百層、その最後の戦いの場に書き換えたのだ。
「来たまえ。君たちの本気がどれほどの者か、確かめさせてもらおう」
ヒースクリフが、闇を纏った剣を構え、地面を蹴る。キリトが、二刀を構えて迎え撃つ。コクライが、抜刀の構えをとる。ドレイクが、自らのもてる限り最強の魔法たちの詠唱を始める。
最後の戦いが、始まる。この浮遊城に閉じ込められた人々の命を賭けた――――この世界そのものの命運をも掛けた戦いが。
ヒースクリフの魔剣と、キリトの黒い剣が、激突する―――――
後書き
次回はいよいよラストバトル!
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