錬金の勇者
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3『始まりの日』
「さて、と……あれがそうかな?」
ヘルメスの視線の先には、青い小型の猪がいた。たしか《フレンジー・ボア》という名前のそれは、俗にいう『スライム』的な役割、つまり『最弱モンスター』である。もっとも、古いゲームやTRPG、そもそも《本物》のスライムはあんな最弱モンスターなどではなく、一瞬で人間を殺せるほどの強さを持ったむしろ最強モンスターなのだが……。
ヘルメスが近づくが、猪は反応する気配を見せない。ふごふごと鼻を動かして地面をかぎまわるだけである。
「しかし本当にリアルだな……」
フレンジー・ボアの行動は、実際の猪や豚などによく似ている。それだけでなく、オブジェクトが移動するときの動き方もスマートで、ポリゴンがずれたりするなどの違和感が一切ない。今までプレイしてきたVRゲームでは、まれにそのような事態が発生する場合があったため、これは画期的なことではないだろうか、とヘルメスは考える。
「……とにかく、可哀想ではあるが狩らせてもらおうか」
ヘルメスは腰に吊るした投擲用ピックを、両手に四本ずつ、計八本抜き取る。はじまりの街で売っている、最劣価のピックだ。一本50コル。当然優先度も低い。
それをすっと構えて、呟くように発声。
「――――《等価交換》」
その瞬間。体の中を力の奔流が駆け巡るのを感じた。魔力の循環……しかし、その現象は現実世界の者よりも強い爽快感をもたらすものだった。ヘルメスの体が歓喜に打ち震える。
「これは……いいな!!」
体中を巡ったあと、指先からその力はあふれ出て、投擲用ピックに伝わる。投擲用ピックが銀色の輝きを放ち、その形を変えていく。細いリボン状に分解され、糸のように絡まりあったそれらは、ひときわ大きい輝きを放って《錬成》された。
光が収まった時、ヘルメスの手に握られていたのは、一本の銀色の短剣。シンプルな作りではあるが、プライオリティは明らかに《スモール・ソード》より上に見える。《スモール・ソード》は買い取り金額が100コルだったので、大抵のMMOゲームの基準に照らせば、恐らくもとの値段は200コルほど。合計400コルのピックで作られた《錬成武器》の方が優先度は高いようだから、恐らくこの世界の《質法則》は、SAO管理システム…茅場は《カーディナル》と呼んだ…によって計算されているのだろう。
「――――ふっ!」
白銀の短剣を振るう。燐光を引きながら猪の首筋にヒットしたそれは、猪のHPを一気に奪い取った。
「ぷぎぃぃ」
猪が情けない声を上げて爆散する。視界に経験値や獲得アイテムを提示するシステム・メッセージが表示される。思わぬ出来の良さに、ヘルメスは感嘆のため息を漏らしてしまった。
「これが現実と仮想世界の違いか……ずいぶんやりやすいな」
現実世界のヘルメスは、ここまで身体能力が高くない。また、現実世界のヘルメスが錬成する短剣も、これほど性能のいいものではない。やはり、仮想世界に入ったことで様々な恩恵を受けているようだった。
「《錬金術》スキル……悪くない出来だ」
ヘルメスのスキル欄にある唯一のスキル、《錬金術》は、ヘルメスが現実世界で使用している錬金術を使用可能にするスキルだった。茅場によると、システムに特殊な《穴》をあけることで再現を可能にしたらしい。どうやってそれを行ったのかは教えてくれなかったが……。
スキル内部で《刀剣錬成》や《食材錬成》などの派生術をセットすることで、成功率や完成度を補強してくれる。恐らく短剣が高性能になったのは、スキル内の《刀剣錬成》のおかげだろう。
「ふむ……次はレべリングと行くかな」
レベル性MMOゲームに置いて、先に進むためにはレベルを上げなくてはならない。ヘルメスは比較的レベル性MMOよりもスキル性MMOに近いイレギュラーなプレイヤーではあるが、きちんとレベル表記はあるため、レベルを上げていく必要がある。
レベル性MMOの常として、プレイヤーはレベルが上がれば上がるほど、もらえる経験値が少なくなってくる。モンスターのレベルには、そのレベルのプレイヤーにあった《適正レベル》と言うものがあるのだ。
SAOでは、それが非常に分かりやすく設定されている。モンスターのカラーカーソルの色が純粋な赤なのが『適正レベルのモンスター』。白に近い方向、つまりピンク色のカテゴリに含まれるのが『適正レベル未満』、つまり『雑魚敵』であり、経験値も適正レベルより少ない。ほぼ白に近い色のカーソルのモンスターを倒しても、全くと言っていいほど経験値は入らないのだ。
それに対して、黒に近い方向、クリムゾンやダーククリムゾンと言った明度の低いカラーカーソルのモンスターは、黒に近ければ近いほど倒しにくい、経験値の多く入る『適正レベルより強いモンスター』という事になる。ほぼ黒と言っていい色のカーソルを持ったモンスターは、どうあがいても、奇跡すら起こっても勝てない強者、ということになる。
《はじまりの町》周辺のモンスターは、ほとんどが『適正レベル』、もしくは『適正レベル未満』のモンスターである。ヘルメスがイノシシやオオカミを狩っていくうちに、それらのカラーカーソルはだんだんと白に近づいて行った。
「そろそろ狩場を変えるべきか……」
茅場晶彦は、ヘルメスに《はじまりの町》をはじめとする第一層の大まかな情報を教えていた。それによれば、たしか《はじまりの町》より少し遠くに、《ホルンカ》と言う小さな村があったはずだ。その周辺にはここよりも強いモンスターが出現するという。
それと、狩場を変えるべき理由はもう一つあった。《はじまりの町》周辺のフィールドは、朝になれば生き残るために戦うと決めたプレイヤー達が詰めかけ、Popの取り合いを始めるはずだ。ヘルメスは、それをできるだけ避けたかった。《ホルンカの村》周辺にはまだあまり人が多くないだろうし、いるとしても事前にその情報を持っているβテスターのみだろう。βテスターは人数がさほど多くないので、まだPopの取り合いなどには発展しないはずだ。
ヘルメスはそこまで考えると、《ホルンカの村》を次の拠点とすべく、そちらの方向に足を向けた。
日付が変わって、翌日の0:33分のことだった。
《錬金術師》ヘルメスのレベルは、3になっていた。
*+*+*+*+*+
《ホルンカの村》に着いたとき、時刻は一時半を回っていた。道中で狼型モンスターや、昆虫系モンスターと戦っているうちに、ヘルメスのレベルは4に上がっていた。
レベルが上がったことによって、ヘルメスのスキルスロットは数が増えていた。最初は二つしかなかったスキル欄は三つになり、ヘルメスは新たなスキルをセットすることが可能になっている。
ヘルメスのスキルは、一つが《錬金術》で固定になっている。加えて、武器スキルは一切セットすることができない。残りは、戦闘サポート系や生産系などのサブスキルに限られてくる。
ヘルメスは現在、《索敵》と《所持容量拡張》を選択している。前者はモンスターやプレイヤーを効率よく見つけるため、後者は獲得アイテムをできるだけ多く収納するためだ。本来ならばこのスキルは生産系スキルを取得した商人クラスのプレイヤーが、インゴットや食材などをかなりの数蓄積するために使用するものだ。しかしヘルメスは、それとは少し違った使い方をしている。
SAOでのアイテムの所持容量は、『○○と言うアイテムが××個』と言った数え方でストレージ容量がうまっていくわけではない。『アイテム合計重量△△Kg』『アイテム合計面積□□平方cm』と言った風に、重量で数えるのだ。そして、その限界はプレイヤーの筋力値や、無数の隠しパラメーターに左右される。それを無条件で押し上げてくれるのが《所持容量拡張》スキルだ。
ヘルメスの錬成したアイテムは、今後どんどん増えていくだろう。また、錬成のためのアイテムもかなりたまる。そのためには、アイテムストレージにはかなりの容量がなければならない。
現在、ヘルメスの錬成したアイテムは合計で三種類。一つがモンスター戦で獲得した素材アイテムを錬成した、さらなる素材アイテム。そしてそれを錬成した投擲用ピック、さらにそれを錬成した短剣、と言う風につづく。ちなみに、刀剣錬成に使えそうな素材は骨や牙などだったので、素材の質自体はよくない。しかし、レベル4になるまでの乱獲のせいでなまじ数が集まっているため、実質かなり高性能になっていると言っていい。
現在、錬成した短剣の数は3本。それらを錬成した片手剣が、今一本ある。あと錬成短剣一本で、スモールソードを超える優先度の片手剣を作成できるはずだ。ただし、スモールソードでは足りない。錬成片手剣の優先度はかなり高く、この先、アインクラッド第四層近くまで戦えるレベルと化している。この剣の代用とするためには、同じく四層レベルまで使用できる片手剣か短剣などのアイテムが必要となってくる。すべて合わせれば、十六層までは使えるだろう。
「手っ取り早く手に入れる方法はないか……」
ヘルメスが考え込んでいるその時。茅場晶彦の言葉がよみがえった。
『アインクラッド第一層にて、《はじまりの町》最寄りの町は《ホルンカの村》である。ここでは後の階層まで使用できる片手剣を入手するためのクエストが用意されている。もっとも、君には必要ないだろうがね』
「クエストアイテムか……」
たしかそのアイテムは、βテスト時代にも重宝されたと聞いた。それならば、もしかしたら錬成短剣に迫る優先度があるかもしれない。
「たしか、クエストを受けられる家は――――」
ヘルメスは、町の隅にひっそりとたたずむ、一軒の家を見つけると、その方向へと歩いて行った。
後書き
お久しぶりです。トリメギストスです。前回の更新からまた間が開いてしまいました……。ごめんなさい。
感想・ご指摘・アドバイスなどよろしくお願いします。
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