錬金の勇者
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2『錬金術』
茅場晶彦は、宣言通りSAOをデスゲームに変えた。
水門……プレイヤーネーム《ヘルメス》は、事態の変貌を信じられずに喚くプレイヤー達や、恐慌するプレイヤー達の合間を縫って歩いていた。
茅場晶彦がゲーム開始直前にヘルメスに渡したSAOのソフトディスクのデータには、大幅な改造が加えられていた。
まず、通常のプレイヤーが使用できる《武器スキル》が一切存在しない。《武器スキル》がなければ、全プレイヤー共通のものなどを除く一部を除いて、この世界最大のウリである《ソードスキル》が使えない。普通なら、それはかなりの痛手だ。ソードスキルを使うことで、どんなピンチからも一発逆転できる可能性があるのだから。
だが。それが痛手なのは、あくまでも『普通なら』の話だ。ヘルメスには、《武器スキル》の代わりに、専用のスキルが与えられていた。それは、ヘルメスのよく知る名前のスキル――――
そう、《錬金術》である。
『この剣だけの世界で君という本物の魔術師がどうやって生き残るのか、期待しているよ、《ヘルメス》君』
ディスクを渡されたときに茅場晶彦が言った言葉が、ヘルメスの脳裏に再生される。
はぁ、とヘルメスは大きくため息をつく。
「僕は魔術師なんかじゃない……」
ヘルメスは、確かに魔術師としての一家に生まれた。錬金術は厳密には魔術とは構造が違うので、実際は魔術師とは言わないのかもしれないが、広い眼で見れば錬金術師もまた、魔術師だ。
そしてヘルメスも、いくら一族最弱の《できそこない》であっても、世界最強の錬金術師、ヘルメス・トリメギストスの一族、その末裔の一人だ。技術や精度、レベルが低くても、錬金術師のはしくれ。とりあえずは初歩的な《等価交換》くらいなら可能だ。
《等価交換》は、錬金術の初歩の中の初歩、いわゆる『石を金属に変える』能力だ。『等価』の名が示す通り、一つの物質をそれと全く同質の別の物質に置き換える術である。錬金術はもともと、化学変化を魔術理論で解明すべく作られたものだが、創設当時に出回っていた概念などと、現在の科学の差異によって、多少のずれが生じる。例えば、変換前後の物質に繋がりが一切なくても良いこと、また、質量保存の法則等が適用されないことなどだ。元素数などが変化しないことによる法則等がどのような扱いになっているのか、ヘルメス自身あまりよく理解していない。
《等価交換》で起こる法則性はただひとつ、『変換前後の物質の《質》は全く同じものになる』ということだ。
たとえば、金があるとする。この金は、それよりも純度の低い金三つ分の純度を誇る。この金を《等価交換》することで、劣化金を三つ創りだせる、と言ったところだ。一体どのような規則性があるのかは恐らくあの化け物ジジイでもないと分からないだろうが……。
もっとも、ヘルメスにできるのは本当にその中の一握り、初歩の中の初歩だ。石ころを何十個も集めてやっと金属に変えられる。錬金術を手助けしてくれる《錬金釜》があれば実に楽に自分の持つ力よりさらに高レベルな錬金術が使えるのだが、あいにくヘルメスは《錬金釜》を持っていないし、そのような代物は当然この世界には存在しないだろう。
それに、ヘルメスがこの世界にやってきた理由は《強くなること》である。一族では最弱な自分でも、この電子の世界で強者として名をはせることができれば――――そして、そのためには戦闘をこなさなければならない。当然、ダンジョンやフィールドでいちいち錬金釜などを取り出している暇はない。
「とにかく、まずはいろいろ試さなきゃならないな」
今の時刻は午後九時三十分。茅場晶彦のチュートリアルからすでに四時間が過ぎている。《βテスター》と呼ばれるプレイヤー達は、βテスト時代の記憶を頼りに、次の拠点へと動いているだろう。生き残るためにここ、《はじまりの町》を拠点にしてフィールドに繰り出したプレイヤー達も、そろそろ町に戻ってきているはずだ。
今が、《錬金術》を試すチャンスだ。
《錬金術》などという代物は、恐らく自分しか持っていない。ネットゲーマーは嫉妬深い。自分に無い力を持っているプレイヤーがいるなどと知ったら、何をしでかすかわからない。力を誇示し、名声を得ることは大切だが、それは時と場所を計算した上で、抜群のタイミングで行うべきだ。そしてそれは、今ではない。
今は準備の段階だ。自分にどれだけの力があるのか。自分がどれだけこの世界でやっていけるのか、それを確かめなくてはいけない。
「……行くか」
ヘルメスはベンチから立ち上がると、歩き始めた。向かう先は《はじまりの町》南門……ではなく、武器屋である。
《錬金術》のために、幾何か準備をしておく必要がある。ヘルメスは現実世界で、出来は良くはなかったが一応は武術の経験がある。比較的仲の良かった義兄が、剣を錬成して自分で戦うことを好む人間だったのだ。彼から《刀剣錬成》、および錬成した刀剣を使って戦う戦法を学んでいた。
現実世界の《琴音水門》は、同年代の少年の平均より少し上ほどしか運動面ではすぐれていない。当然、筋力もだ。下手をすれば平均以下の可能性もある。だが、この世界の《ヘルメス》は、かつて現実世界では小さな短剣しか持てなかった筋力をはるかに上回るそれがある。今なら義兄から学んだ剣術を生かすことができるかもしれない。
初期装備として《スモールソード》というアイテムがアイテムストレージに入っているのだが、耐久知的にも心もとないこの剣だけではいささかの不安が残る。それに自分で《刀剣錬成》を試してみたかった。
プレイヤー達があまり多くない、《はじまりの町》の裏通り、そこに、一軒の武器屋がある。βテスターからは「値段の割に品揃え・品質がいい」ということで、初期のアイテム購入にお勧めのポイントなのだが、そんなことをヘルメスが知るはずもない。ただ、意外と安いんだな、と思ったくらいである。
この世界の通貨は《コル》といい、1コル大体1円ほどの価値があるようだ。初期値は1000コル。そのほぼすべてを使い切って、ヘルメスはありったけの投擲用ピックを買い込んでいた。理由は主に二つ。一つ目の理由は錬金術的な理由。《等価交換》の発動に必須の条件は、《同質のものをそろえる》ことである。投擲用ピックなら、スモールソードと同レベルの、もしかしたらそれよりも性能のいい剣が一本か二本作れるはずである。それをさらに錬成していけば、上等の剣をつくり出すことも可能。
もう一つは、システム的な理由だ。ヘルメスは《武器スキル》が一切使えないので、ソードスキルが使用できない。しかし、ソードスキルの中には、どの武器スキルにも由来しない、《共通ソードスキル》という物がある。よっぽどのバグか何かが存在しなければ、それは誰にでも使用できるし、実際メニューウィンドウの「使用可能ソードスキル一覧」には、それら共通ソードスキルがいくつか記されていた。そして、それらの多くは投擲系のスキルである。基本はその辺に落ちている小石オブジェクトを投げるのだが、別に投げるものが投擲用ピックでも何の問題もない。
以上の理由から、ヘルメスは買えるだけのありったけの投擲用ピックを買い込んでいた。最劣化の投擲用ピックの数本ほどなら、戦闘中にフィールドで《刀剣錬成》を行っても邪魔にはならない。
「たしか、ノンアクティブモンスターがこの辺にいたよな」
ヘルメスは茅場がゲーム開始前に説明したいくつかの情報を整理し始めた。そして同時に、《はじまりの町》のゲートを出て、フィールドへと一歩、足を踏み出す。
《電子の世界の錬金術師》ヘルメス・トリメギストス百二十七世の、戦場への最初の一歩であった。
後書き
前回の更新から大分時間が空いてしまった……。遅くなってすみません。お久しぶりです、トリメギストスです。
『錬金の勇者』第二話、いかがでしたでしょうか。感想やアドバイス等もらえるとうれしいです。
それでは、次回の更新でまたお会いしましょう。
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