IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Introduction
第十六話 落日
約二週間後に予定されている臨海学校。当然ながらただの旅行というわけではなく、学園内では行うことが出来ない様々な訓練を現地で行うことになる。砂浜でのランニングなどの基礎力向上に始まり、ISを実際に用いての海上訓練、果てはキャンプを展開してのサバイバル訓練など。
その中でも入学して間もない一年生の連携向上というのが、目的としては一番大きい。そして生徒達もそれを理解しているはずだ。
つまり、何が言いたいかというと……。
「ねぇねぇ、もう水着買った~?」
「ぇー、見せる男がいない海でそんな気合入れてどうするの?」
「もしかしたら、たまたま居合わせたカッコいい人に見られるかもしれないよ!」
「あ~ん、そんなことになったら運命感じちゃう」
「そしてそのまま一夏のアバンチュール……」
『キャーーー!』
みんな浮かれすぎ!
男がいないと思って、中には際どい会話も聞こえてくるし。それを聞かされる身にもなってほしい。いや、この中に男がいるなんて知らないから責めるのもお門違いだし、そもそも悪いのは僕なんだけど……。
そして、他人事とは言えないことに……。
「ふっふ~ん、紫音ちゃんに水着選んでもらうの、なんか楽しみになってきちゃった~」
二つ後ろの席から不穏な声が聞こえてくる。
当然、彼女の席と僕の席の間にはフォルテさんがいる訳で。
「ん、紫音たち水着買いに行くんスか? ウチも次の休みに買いに行こうと思ってたんで、一緒に行ってもいいッスか?」
「もちろんよ、フォルテちゃんも紫音ちゃんに選んでもらったら?」
「楯無さん!?」
水着を持っていなければ、当然のように一緒に参加することになる。そして楯無さんはさも当然のように僕が選ぶことにフォルテさんを巻き込んでいく。最初の呟きからここまで、間違いなく狙ってやっている……。
「あ、いいッスね。日本でどんな水着が流行ってるかわからないから、そうしてもらえると助かるッス」
「私も協力するわよ。それに、そういうことなら紫音ちゃんがどういう水着を私たちに着せたいのか、っていうのはかなり参考になるんじゃないかしら、ふふふ」
そう言いながら僕のほうに意味ありげな視線を向けてくる楯無さん。下手なことを言ったら墓穴を掘るだけなので、僕は頭を抱えるしかできなかった。
「ふふ、週末が楽しみね~」
「そうッスね!」
悪意100%の楯無さんに対して、純真100%のフォルテさん。対照的な二人の笑みは、そのどちらもが僕の精神力をガリガリと削っていくのだった。
結局、この日の授業は千冬さんの出席簿制裁を受けるまでまともに身が入らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
週末になり、僕らは予定通り買い物に出かけることになったのだけど、これだけは言わせて欲しい。
「う~ん、紫音ちゃん。こんなのはどうかしら?」
「これだけあると迷うッスね~」
「ふにぃ、フォルテさんに似合う水着なら限られると思いますぅ」
「私もサイズが限られてしまいますね……」
「あ、たっちゃん、たっちゃん。これどう? これどう?」
「うっは、ずっちん、それ最高! 際どいラインで男どもを悩殺しちゃえ!」
どうしてこうなった……!
半ば強引ではあるけど、僕は楯無さんとフォルテさんに連れられてこの辺りで最大級のショッピングモールにきていた。ここに来れば何でも揃うと言われるほどで、平日から人も多く週末ともなれば家族連れなどでごった返す。
当然、学園の生徒たちもよく利用しているようで……。
「あふぅ、こんなに人がいたら大変ですねぇ。フォルテさん、迷子にならないように気を付けてくださいねぇ、小さいんですからぁ。逸れたら見つけるの大変ですしぃ、面倒ですからぁ」
「小さい云々はこの際いいとして、最後に本音が見えてるッスよね!」
まず、フォルテさんが出かけるということでフィーさんがついてきた。
「あら? 西園寺さん。あなた達も買い物? そう、私もちょうど水着を買いに来たのよ。せっかくだから、ご一緒してもいいかしら?」
たまたま来ていたウェルキンさんが合流することに。クラス対抗戦が終わったあと、クラスが違うせいであまり接点はなかったけど、何度か会って割と仲良くなることができた。
「お、なんなのこの人ごみは……って、たっちゃんご一行!? なになに、このパーティは。魔王討伐でも行くの?」
「魔王はともかく小国くらいなら軽く侵略できそうなメンツだな」
いろんな意味で目立っていた僕たちのもとに、これまたたまたま来ていた薫子さんとその友人の佐伯さんがやってきて彼女たちも合流することに。いつの間にかすごい人数になってしまい、さらに目立つことに……。
佐伯さんというのは、フルネームが佐伯京子さん。短めの黒髪に中性的な顔立ちでボーイッシュな人で、その見た目に違わず言動もサバサバしている。
佐伯さんは薫子さんの親友で、彼女のことを『ずっちん』と呼ぶ。薫子さん経由で今まで何度か話したりすることはあったけど、中でも整備科志望という共通点があり薫子さんと佐伯さんとは特にフィーさんが仲良くなっている。
そんなこんなでさっきの状況に至るのだけど……。
「ねぇ、紫音ちゃん。こっちはどう?」
楯無さんは水着を試着する度に僕に見せて意見を聞いてくる。正直、目のやり場に困ってまともに水着を見ることができないのだけど、そんな僕を見て楯無さんは満足気にまた別の水着に着替える。結局、僕は意見らしい意見が言えなかったけど、一番似合っていると思った水着を買ったようだ。彼女曰く、一番反応が可愛かったから、らしい。……べ、別に見惚れてなんかなかったから!
「こ、これが噂の日本で最も有名な水着ッスね! これで浜辺を歩けば注目間違いなしって聞いたッス」
「あはぁ、似合いますよぉ、フォルテさん。サイズもさすがのジャストフィットでぇ、違和感もないですねぇ」
フィーさんは絶賛しているが、フォルテさんが今試着しているのは紺一色のシンプルなワンピース型の水着。……というかスクール水着だった。ご丁寧に胸元に『さふぁいあ』と書かれた名札が貼り付けてあった。というか、それ何の知識なの、フォルテさん……。
そしてフィーさんは相変わらずフォルテさんで遊ぶのを自重しない。
「おぉ、さすがは学園の幼女オブ幼女! 写真撮ればそっち方面に高く売れそうね!」
薫子さんは何やら興奮してフォルテさんの写真を撮っている。しかも、次々とフォルテさんにいろいろなスク水を渡している。ひとえにスク水といっても旧旧・旧・新・競泳・スパッツ型の5タイプに大別できるらしく、いろいろなタイプを着させては写真を撮っていた。犯人はあなたか……あ、誤解しないように言っておくとこれは薫子さんが熱弁してたんだよ……? 僕は誰に弁解しているのだろう。
というか、フォルテさんの選択肢はそれしかないのか……。このまま騒いでいたら通報されそうな勢いだ。
「こ、これはちょっと胸が……きついですね」
「ウェルキン! 喧嘩売ってるんだな、そうだな! よし、表へ出ろ!」
一方、こちらではウェルキンさんが試着していたのだけど……どうもその……胸のサイズが合わずにけっこう際どいことになっていた。とても直視なんてできない状態だ。そしてそれを見た佐伯さんが激昂している。ちなみに佐伯さんは……うん、順番的にはフォルテさんの次くらい、何がとは言わないけど。
そんなこんなで、売り場はもはや混沌としている。
楯無さんの水着が決まったあと、なんとかフォルテさんの間違った認識を正しつつフィーさんと薫子さんに軽くお説教。ウェルキンさんが佐伯さんともみ合ってさらに大変なことになっていたので仲裁してサイズが合うものを探すのを手伝ってあげる。その途中で佐伯さんは僕の(作り物の)胸をいきなり揉みだし、再び激昂。何故か僕まで敵認定されてしまった。
(つ、疲れた……)
こうして、それぞれが水着を購入したあとに喫茶店で一休みをし、その後は解散となった。
ちなみに僕は当然購入していない、というかできる訳がない。売り物の水着を試着しようものなら、大変なことになる。なので、僕はあらかじめ束さんに頼んで作ってもらった。いま使っているISスーツのサポーター技術を使い、さらに念のためパレオタイプのものにしてもらった。これなら……仮に着ることになってもたぶん大丈夫なはず。でも出来れば体調が悪いとか理由をつけて当日は極力水着を着るのは回避するつもりだ。
もう水着は用意してある旨を伝えて、みんなには納得してもらった。……薫子さんが無理やり着せようとして、危うく脱がされかけたけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『う~ん、データ見てみたけど月読の破損はちょっとひどいみたいだねぇ。STCで直せるのかな?』
買い物から戻った僕は、束さんと連絡をとっていた。橘さんとの試合で大破した月読は、既に開発元でもあるSTCに預けて修理をしてもらっている。同時に、データは束さんに送っていた。
「うん、とりあえず明日一度顔をだして進捗を確認してくる。……もしかしたら束さんに協力お願いするかもしれないけどいいかな?」
『うんうん、問題ないよ。ついでにいろいろ改造しちゃっていいかな? 具体的には第四世代相当くらいまで』
「そ、それは魅力的だけどいろいろと拙いから、とりあえずは直すだけにしてほしいかな……?」
『ん~、残念。まぁ、ちょっと気になることがあるから直接見れるだけでもいいかな』
束さんの好きに改造させてしまっては禄でもないことになる気がする。というか第四世代相当って、各国が第三世代の開発に鎬を削っているところにそんなもの出したら大騒ぎになる、勘弁してほしい。
学園で目立つことが避けられないのは、もう半ば諦めたからいいけど……いや、本当はよくないけど。それでも世間的に注目されてしまうのは話が違う。束さんのこともあるし、極力それは避けていきたい。
正直、もうちょっと駄々を捏ねるか無理やり改造されるかもしれないと思ったけど、返ってきた答えは意外にもあっさりとしたものだった。束さんの気になること、というのがなんなのかは疑問だけど、彼女がそういう言い方をしたのなら聞いても教えてくれないと思う。
この日は話をそこそこに、明日僕が月読の状態を確認したうえで改めて連絡をすることにして部屋に戻った。そこでは楯無さんが昼間の買い物のことでいろいろ絡んできたので無視を決め込もうとしたら、何故か僕の水着を披露させられる羽目に。『見せてくれないと口が軽くなっちゃうかもな~』なんて言われて仕方なく……、いやそうは言っても彼女がバラしたりすることはないってわかってるけど……わかってるけどね!
半ば強引に水着を着させられた僕はまた一つ大事なものを失った気がして枕を涙で濡らした。隣で楯無さんが『なんであんなにスタイルよくて肌も綺麗なの……やっぱ本当は女の子なんじゃ』とか言ってた気がしたけどきっと夢だね、うん。
翌日、僕はSTCへと向かう。当然、月読の状況を確認するためだ。いままで、データのやり取りなどは行ってきたけど、直接訪れるのは入学以来初めてだ。今までの修復作業程度なら、僕が学園の整備室で行うことができたし、必要な部品があれば連絡をすれば送ってくれていた。とはいえ、今回はそうもいかなかった。
正直、僕はできればここには来たくなかった。この場所はあまりにも居心地が悪い。
月読のメンテナンスに関わる人間はそう多くはない。なぜなら、必然的に僕の秘密にも触れてしまうから西園寺家で厳選した人間しかいない。逆を言えば、彼らはみな僕のことを知っている。そして、それは今まで僕を腫物のように扱ってきた人たちな訳で、それは今も変わっていない。
それどころか、男性操縦者ということでまるで実験動物でも見るかのようだ。実際、入学前には幾度もそういった目にあってきた。当然、紫音として入学することが決まっていた以上は痕や後遺症が残るようなものは無かったのだけど。
世界で唯一のサンプルが、自分達のみが手の届くところにいる。それは彼らの優越感と知的好奇心を満たすに十分だったようだ。
そして、例によって今回もいろいろと体を調べられることになった。名目上は月読の操縦に伴う体の負担のデータを取る、と言っていたけどどこまで本当か。
先日の楯無さんの言葉が思い出される。僕の体調が悪化することがあるのはIS使用によるものなのか、月読が原因なのか。どちらにしろ月読以外が動かせない僕にはどちらが原因かを判断することはできないし、どちらも見当違いなのかもしれない。
しかし、伝えられた結果は特に異常なし。信じていいのかは甚だ疑問ではあるけど、ひとまずは安心することにした。もちろん、ここは病院ではないので何かしらの病気の可能性は残るのだけど、月読との関連性はなしとSTCが判断したということだ。
一方で、月読の修復状態は芳しくないものだった。本体の修復を優先したため、ネームレスは未だ破損したまま。肝心の本体も、修復率は40%ほどで止まっている。話を聞く限りだとここからの修復がいろいろと困難らしい。やっぱり束さんの協力を仰ぐ必要があるかもしれない。もちろん、ここの人たちが大人しく協力してくれるとは思えないから何かしら理由をつけて持ち出す必要があるけど……。
予想通り、一度月読を持ち出したい旨を伝えたら難色を示された。でも、とりあえず装着ができる程度には直っていること。僕が月読以外を装着できないことで一部の授業に参加できず、今は理由を作って誤魔化しているがこれ以上は怪しまれる可能性があることを伝えて、とりあえず数日だけ持ち出しの許可を貰った。
ホッとしつつも表情に出さないように努め、月読を預かる。待機形態である月読がもとの位置に収まると、より大きな安堵感に包まれる。わずか数ヶ月で随分ISに依存するようになってしまった、と内心苦笑しつつ今の僕があるのはISを通して関わった人たちがいるからだと考えるとそれも当然か、という結論に至る。
目的を果たして帰ろうとしたところ、突如として研究所内に爆発音が鳴り響く。それは一度では終わらず、二度、三度と続く。同時に響く、けたたましい警報。それが、さきほどの爆発は実験などではなく明らかな異常なのだということを伝える。
いったい、何があったというのか。この研究所は一般のラボとは離れていて、主に月読に関してのみ使われている。月読が他の武装を使えないこともあり、余計な武装や先ほどのような爆発が起こるようなものは置かれていないし、そういう事故が起こるはずもない。ということは……。
「襲撃!?」
真っ先に思い浮かんだのは、亡国機業。なぜなら、以前学園を襲撃した亡国機業が狙ったのは月読だった。なら、警備が厳重で戦力もある学園より外に出たところを狙うのが効率的だ。でも月読は破損していてこのまま奪ってもまともに運用はできない。開発元でも修復に四苦八苦している状態で奪って、果たして役に立つのだろうか。それとも、そういう情報を掴まないままただ奪うことを考えたのか、または別の目的か。
刹那のうちに様々な思考が頭を過ぎったけど、今の状況でそれを考えても仕方ない。まずは残っている人の避難誘導と消火を行おうと僕は月読を展開する。
と、同時に体中を原因不明の痛みが駆け巡る。
「が……はっ」
体がバラバラになるような感覚。何かがポロポロと剥がれ落ちていく。それは黒い破片……月読の装甲だった。周りには誰もおらず攻撃を受けたわけではない、かといって爆発に巻き込まれたわけではない。ただ、崩れていく。それがまるで自分の体であるかのように痛覚に作用する。
「ぐ……げほっ」
突如、体の中から何かがこみ上げてきて思わず吐き出してしまう。辺りを覆い始めた煙と、やや霞む視界に移ったのは、眼下に零れ落ちた赤い液体。
「こほっ……血? こんな……ときに……」
フラフラする頭で、それが僕の口から吐き出されたものだと理解し、それが意味することを悟る。そしてそれ以上考えるのも億劫になり、足から力が抜けてしまう。
「た……ばね……さん」
そんな中、真っ先に束さんの顔が脳内に浮かんだ。
彼女がいなければ僕は壊れていた。束さんも、僕がいてくれたから救われた、と一度だけ珍しく真面目な顔で話していたのを思い出す。お互い様のようだ、なら僕がいなくなったら彼女はどうなるのだろう。僕は束さんがいなくなるなんて考えられないし、そうなったらまた壊れてしまうかもしれない……。もし彼女も同じなら、僕はここで倒れる訳にはいかない、そう思うけれど力が入らない。
月読も崩壊が止まらず、このまま爆発に巻き込まれれば絶対防御も発動しないかもしれない。
「楯無……さん」
続いて、楯無さんの顔が頭を過る。
こんな状況で彼女のことを思い浮かべるなんて、自分自身、少し意外ではあったけれど、確かに僕にとって彼女の存在は大きくなっている。いろいろと振り回されたけれど、彼女がいなければ今の僕はいない。でも、まだなにも恩を返すことができていない。やっぱりこのまま倒れるわけにはいかないんだ。
でも……。
そんな想いとは裏腹に、僕の意識は遠のいていく。
『第零形態へ移行します』
僕が意識を完全に手放す直前に、聞き覚えのない声が脳内でそう告げた……。
◇
『さぁ、今日はIS学園の生徒もよく訪れるという、巨大ショッピングセンターにやってまいりましたぁ』
何の気なしにつけたテレビから、元気な声が流れてくる。
(ふふ、人数が増えたのはちょっと想定外だったけど昨日は面白かったわね)
楯無は昨日まさに自身が立ち寄ったその場所をテレビで見て、ふと昨日の出来事を思い出しながら今は不在のルームメイトのことを考えて笑みを浮かべる。
学園に入学した直後、彼女にとって紫音という存在は、はじめはそれほど重要ではなかった。それどころか、得体の知れない相手というのが第一印象だ。IS業界でも名だたるSTCの母体でもある西園寺家の令嬢、それだけで警戒するには十分だったが、決して興味を持つような存在ではなかった。しかし、更識家によって調べられた情報にはどこか違和感を感じていた。
その違和感は紫音の弟である紫苑が最近原因不明の病で倒れたという情報だ。特に不自然な点は無かったにも関わらず、彼女にはなぜかそれが引っかかった。
そしてその感覚は、楯無が紫音と出会うことでより一層強くなる。情報にあった人物像とのズレ。そして、時折見せる何か悲壮感すら漂わせる瞳。それらが楯無の琴線に触れ、紫音へと興味を持たせる。
その違和感の正体を突き詰めてやろう。楯無はただそう考えていた。しかし、それはすぐにどうでもよくなった。否、それが重要ではなくなった。
なぜなら、楯無自身が紫音という存在を気に入ってしまったのだ。
まさしくお嬢様というその外見や仕草、話し方。その姿は一般男性から見ればまさに女性の理想だったともいえる。いや、むしろ完璧すぎた。その仮面のようなものから見え隠れする本音。からかったときの反応はまさにそれで、それは楯無にとっては好ましいものだった。
普段は自分を偽り続けているのに、素直に素の反応を示す違和感。それはより彼女の興味を誘った。
自分と並び立つ成績に、同じ専用機持ち。今まで、その優秀さから周りを寄せ付けなかった楯無にとって初めて対峙する同等の存在。そして、その実力はクラス代表を決める試合で明らかになった。
最初はただ実力を確認してみたいという軽い気持ちで、負ける気など微塵もなかった。しかしその認識は覆される。結果的には勝ち、余裕を見せるようには振る舞っていたものの心中はとても平静ではいられなかった。しかしそれは決して負の感情ではない。初めて、同年代で対等に付き合うことが出来る相手が現れたことに対する歓びだった。
楯無は、その優秀さ故に友人といえる存在は少なかった。もちろん彼女は人付き合いがよく、多くの人に慕われている。一種のカリスマ性から、同性異性に関わらずに人を惹きつける。しかし、それは相手から一方的に受けるものであって、彼女が真に友人と呼べる対象は多くはなかった。自身が暗部に所属しているということに引け目を感じたことはないが、相手を巻き込むことになる可能性から踏み込むつもりがないのも事実だ。
しかし、紫音と関わってからそれが変わった。周りには自然と人が集まる。それは今までと変わらないようで、何かが違う。紫音自身は楯無の周りに人が集まっているのだと思っていたが、実際には紫音の周りに、いや二人の周りに人が集まっていたのだ。その違和感に最初は戸惑いつつも、楯無は今までより自然に周りと接することが出来る時間が増えていった。
やがて、楯無は紫音の、紫苑の正体を知ることになる。しかしそれは既に彼女にとって些細なことだった。もともと何かを隠していたことは承知の上。その存在を認めていた以上、それが紫音という名前であれ紫苑という名前であれ、女であれ男であれ気にならなかった。
しかし正体を知るに至る過程で、楯無は紫苑の中にある闇を知ることになる。その根本的なものまではわからなかったが、幼いころから更識という裏の世界で生きてきた自分にも似たような経験はある。しかし、彼が抱えるものはそれよりも遥かに深い闇に思えた。
力になりたい、自然にそう思えた。らしくない、と思いつつも楯無はその思いを素直に受け入れる。
紫苑に対するその感情は、親友たりえると感じていた紫音という少女へのそれの延長線上である、と彼女は理解している。決して恋愛感情ではない、今はまだ……。
テレビの内容などほとんど頭に入ってこないほどに物思いに耽っていた楯無に突如連絡が入る。それは更識専用の通信。つまり、本家からだった。
「なんですって!?」
驚愕の声をあげつつも一言二言やり取りの後、すぐに楯無は部屋を飛び出した。その表情は先ほどとは打って変わり、血の気を失ったように青ざめている。
『つい先日、IS学園の生徒さんがこのお店で水着を買っていたということで話題になっています!』
つけっ放しのテレビからは変わらず元気な声が流れてくる。
楯無も、先ほどまではこんな日常が変わらないと思っていた。
『ここで予定を変更して臨時ニュースをお伝えします。先ほど、国内有数の軍需企業でもあるSTCが何者かに襲撃されました。しかし、直後に大規模な爆発が起こり、周囲1kmの建造物が完全に消滅。多くの行方不明者が出ています。組織名などの詳細な犯行声明が出ていませんが、反IS組織の過激派によるテロではないかとの見方がでています。なお、行方不明者の中には母体でもある西園寺グループ会長のご息女も含まれておりその安否が気遣われます。また、同時に西園寺本家にも襲撃があり……』
しかし、平和な日常など簡単に壊れるのだ、それこそ組み上げたトランプが崩れるように容易く……。
後書き
括りとしては、これで第一章完となります。
全部で四章構成の予定です。
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