錬金の勇者
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1『ヘルメス・トリメギストス』
錬金術。
中世ヨーロッパで多くの研究者を生み出したそれは、現代科学を魔術的概念で解明しようとしたようなものだ。目的は《世界の真理の発見》。魔術的概念が世界の根源につながっていると信じ、そこからあふれた残滓=科学と考えていたようだ。
熱心な研究者は《錬金術師》と呼ばれ、異端として扱われた。いつしか錬金術は科学者と呼ばれるようになり、アイザック・ニュートンを最後に公に錬金術師と呼ばれた者は消えた。
彼らの目的はただひとつ。世界の真理を詰め込んだ、鋳溶かして飲めば不老不死を与え、あらゆるものを錬成できる究極の宝具《賢者の石》を完成させること。多くの錬金術師が《賢者の石》を手に入れるための研究に没頭し、失敗作による副作用や過度の疲労で命を落としてきた。
そんな《賢者の石》をたった一人開発させたと言われる錬金術師がいた。彼を『完璧にして偉大な存在』と、人々は《ヘルメス・トリメギストス》と呼んだ。ちなみにこの名は、もとはエジプトの神、トート神に捧げられた名である。この《賢者の石》の完成を皮切りに、各地で複製品が開発され始める。
テオフラトゥス・フォン・ホーエンハイム=パラケルスス、サン・ジェルマン伯爵、ニコラ・フラメル、カリオストロ……彼らは賢者の石を使って英知を得たという。
《賢者の石》を最初に開発したヘルメス・トリメギストス。彼がどのような経緯をたどった人物で、《賢者の石》を得て何をなしたかは不明である。
今までも。そして、これからも――――。
*+*+*+*
「全く。世の中には不思議なことだらけだ。まさか《錬金術》なんておとぎ話の代物が実在するとは……」
「世の中を侮るでないぞ若造。儂は貴様よりはるかに多くの景色を見て来たし、はるかに多くのことを知っている」
静かに、しかしうるさく老獪が笑う。
いかにも『それらしい』しつらえの部屋を見渡した茅場晶彦は、部屋の奥の椅子に腰かけたその老獪の方に向き直った。
「確かにそうだ。あなたのような人物が本当にいるとは思ってはいなかった。あの人物は空想のものだと思っていたよ、ヘルメス・トリメギストス」
「くっ、くっ、くっ………何事も疑ってみることだな。決めつけるだけでは心理など見えぬぞ?」
「もとよりそうしてきた。だからこそ私はあの《異世界》を実現させたのだ」
「……ふん。《仮想世界》、か……全く、酔狂なものを作ったものよのぅ。あんなものを見て何が楽しい?」
老獪――――伝説の錬金術師、ヘルメス・トリメギストスその人に問われても、茅場晶彦の答えはみじんも揺らがない。少しばかし苦笑したのち、茅場は自信をもって答えた。
「私が夢見た全てがそこにあるからだ。あなたも《賢者の石》を求めたのだから、同じ道をたどったはずだ」
「ふむ、違いないな……」
再び老獪は履々と笑う。
「で?何の用だ。《賢者の石》はわたさぬぞ」
「無論だ。私はそのような怪異を求めてはいない。――――お孫さんをお借りしたい」
「ほほう?儂の孫、とな。どれのことを言っておるのかな?」
「とぼけるな。あなたの自慢のお孫さん……ヘルメス・トリメギストス百二十七世のことだ」
しばらく呆けたように沈黙した老獪は、直後防波堤が決壊した様に笑い始めた。
「かかかかかかか!!百二十七世!!貴様もまた難儀な奴を選ぶのう。あのギルバートめが異国の女に孕ませたできそこないを!!自慢とな!?からかいの種にもほどがあるわい!!かかかかか!!かかかかかかかか!!」
ひーっ、ひーっと、しばらく腹を押さえて笑い転げていた老獪は、気を取り直したように笑いをひそめると、いまだその残滓が残る震え声で言った。
「よかろう。貸し与えようぞ、あのできそこないを」
*+*+*+*
琴音水門。またの名をヘルメス・トリメギストス百二十七世。
2007年、トリメギストス家の末弟ヘルメス・トリメギストス百十世ことギルバート・トリメギストスと、日本人女性琴音春世の間に生まれる。幼少期より母の手で育てられるも、八歳の時にトリメギストス本家へ引き取られる。その後錬金術を学ぶも、一向に素養を見せず、一族から「できそこない」と揶揄される――――
「なるほど。妾の子か」
「母さんを妾と言うな」
茅場晶彦の呟きに鋭く言い返したのは、眼前に立つ黒銀色の髪の少年だった。彼こそが茅場の探し求めた少年、琴音水門だ。
水門は茅場を睨み付けると、茅場が視線を逸らすまでにらみ続けた。
「すまなかったね。……水門君であっているね?」
「そうだ。……あんた、僕に何の用だ」
水門は鋭い目でもう一度茅場を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないでくれたまえ。私は君の力を借りたいだけだ」
「……僕の力?なんだ、錬金術でもしてほしいのか?だったら僕より上手な奴など腐るほどいる。見習いですら僕より素養があるよ」
「そうかね?私はそうは思わないが……まぁいい。今回私は、君に《ソードアート・オンライン》のプレイヤーになってもらうために声をかけた」
水門は怪訝そうな表情を浮かべた。彼も茅場晶彦の名を知っていただけあって、《ソードアート・オンライン》に関して無知なわけではないようだ。
「……テスターになれ、とでもいうのか」
「いいや。βテスト期間はすでに終了した。知っているだろう?」
「……いや。悪いが、僕はそこまでゲーム事情に詳しくないのでね」
「ほう?ならば私の聞いた《バトルロイヤリティ・アーケード》最優秀プレイヤーは君ではなかったのかい?」
そのゲームの名を出した時、水門の体がピクリと動いた。
《バトルロイヤリティ・アーケード》は《ナーヴギア》用に作られたアクションゲームだ。路地裏でのストリートファイト形式をとったゲームで、《ソードアート・オンライン》発表前はナーヴギア用ソフト中最高と言われたほどだった。
「世界大会三度連続優勝、最優秀プレイヤー賞受賞。それだけでなく、それまでのナーヴギア用ソフトでも圧倒的な成績を残している」
「……人違いじゃないのか」
「いいや?私の元には『全て』の監視システムがある。そこには、間違いなくプレイヤーネーム《Hermes》は君だと記されていたが?」
いじわるな笑みを浮かべた茅場を水門はもうひとにらみすると、はぁー、と盛大にため息をついた。
「わかったよ。完敗だ。……で、僕になにをさせようというんだ?《ソードアート・オンライン》を買うつもりは無いのだが」
「ほう、君ほどの人間がSAOに興味がないとは驚きだったね」
「いや……興味がないわけじゃないさ。ただ、もうゲームで自分の実力を示すのも限界があるかな、と思っただけだ」
水門の自嘲気味な笑み。茅場はそんな彼に優しく話しかける。
「喜べ少年。君の望みはようやく叶う」
「……何?」
茅場は一枚のディスクを取り出した。
「それは……ナーヴギア用ゲームソフトか?」
「いかにも。ここに入っているのは、私直々に改造を施した《ソードアート・オンライン》のソフトウェアだ」
「……!!」
茅場は少年が話に喰いついたのを確信し、内心でよし、と呟いた。
「《ソードアート・オンライン》……あの世界は、ゲームであって遊びではない。あの世界で命が尽きれば、実際の命も尽きる」
「!?」
「だが、あの浮遊城でなら、君の望みはかなう。誰よりも強くありたい、と言う」
「何故、それを!?」
「誰でも気付くさ。……このSAOソフトには、君が望みをかなえるために必要なすべてがある。ただし甘くはない。君は死の危険性が誰よりも高くなる。代わりに君は、他のプレイヤーを超える力を手に入れる。私はね。水門君。自分の創った世界と、本物の魔術が融合するのを見てみたいのだよ」
茅場が言う。
しかし水門は薄ら笑いを浮かべていた。
「命を懸けて戦う?面白い。僕は常に死と隣り合わせだ。今更怖くなんてないね」
「そうか。……引き受けてくれるね」
「ああ」
茅場はにやりと笑うと、「では、正式サービス開始の日にここに来てくれ」と一枚の紙を渡すと、それまでに設定をしておくようにと、ソフトを渡した。
後書き
更新が遅くなってしまいました。すみません!
以外にも五人もの方にお気に入り登録をしていただいていたのでとてもうれしいです!
これからも錬金の勇者をよろしくお願いします!
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