IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Introduction
第十五話 学園最凶
橘焔という少女は紫苑とは違った意味で歪んでいた。
橘家は表上は古くから続く剣の流派『橘流』を伝える名家である。形式的に、現在ではスポーツの一つとして扱われる剣道とは違い、限りなく実戦に近い剣術流派は、剣だけでなく打撃や投げ、関節技なども扱っている。その特異性から一般では広がっておらず、警察の実働部隊の一部などに伝えられることがある程度だ。
しかし裏の顔はいわゆる暗部組織であり、要人護衛などを請け負うことを生業としている。警察への技術指導を行っていることもあり、それらを通して政府などからも度々依頼があるほどだ。
だが、それすらも橘家の真実ではない。彼らの実態は暗殺を主とした殺し屋の家系なのだ。かつて、歴史の転換点には必ずと言っていいほど橘家の暗躍があった。更識家とは浅からぬ因縁もある。もちろん、お互いにそれらを表に出すことは決してないのだが。
実戦向きとはいえ、表で知られる橘流はあくまで相手を倒すことを目的とする。その過程で死に至らしめる可能性はあるかもしれないが、それはあくまでも結果だ。
しかし直系にしか伝えられない技は、殺すことを目的とした殺し技だ。故に、橘家の真の仕事である殺しは直系親族によってのみ行われてきた。それは橘家の長女である焔も例外ではなかった。
焔は橘家の長女として生を受けた。当然ではあるが、その当時は男性優位の社会であり橘家も代々の当主の多くは男性だった。当然、第一子には男が望まれたが生まれたのは女。しかし、必ずしも男性でなくてはいけないということは無かったため、早々に後継者の第一候補としての教育を受けることになる。
紫苑と同様、物心つくころには既に英才教育は始まっていた。もっとも、その内容は比べるべくもないが。人権を度外視した過酷な訓練に一族を率いるために必要な帝王学、そういったものを徹底的に叩き込まれることになる。
しかし、そんな彼女に一度目の転機が訪れる。第二子である長男の誕生だ。これにより橘家は長男へと後継者第一位を変更。当然、焔の教育内容も変化が訪れる。徹底的に人体の壊し方を教え込まれるようになった。つまり、彼女は当主候補から実働要員へと変更されたのだ。本来なら小学校に入るような歳になっても、表の繋がりを使い家庭就学の資格を合法的に取得し、外との繋がりを一切絶たれた状態で教育は続く。8歳になるころには既に人も殺していた。
そして彼女が9歳になろうかというところ、二度目の転機が訪れる。白騎士事件である。全世界に衝撃を与えたこの事件により、国内外は大いに荒れる。世間的に見ればそれほどではなかったかもしれないが、裏では責任のなすりつけ合いや、今後の権力や利権の取り合いにより相当数の人間が表に出せないような死を遂げている。当然、橘家もそれに多かれ少なかれ関わっている。
だが彼女らにとって重要なのはそこではない、ISの台頭と女尊男卑の風潮だ。まず、橘家は今後のISの将来性に目をつけ、焔にIS関連の訓練を追加する。しかしながら開発者である篠ノ之束が一定数のコアのみしか開発を行わなかったことから、実際の操縦訓練の機会を設けるのは橘家の力をもってしても苦労することになる。次善の策として、普段の訓練はIS戦を想定した技術の修得になるのだが、その一環が橘流のISへの適用だった。
ここで一つ問題が起こる。世の中が女尊男卑へとシフトする中で長男の立場が徐々に悪化する。もっとも、橘家としてはもはや彼を当主にする以外の選択肢はない。なぜなら、世間から隔絶され続けた焔は表に出るのは難しい状況だからだ。それを把握できなかった長男は被害妄想に囚われ、姉である焔の暗殺を企てる。それは実行に移されたのだが、もはや戦闘に関しては桁外れの力を身に着けていた焔によって迎撃され、長男自身も命を落とすことになった。
この時点ですでに焔は、度々家の都合に振り回されたこと、世間と隔絶された暮らしをしてきたこと、当たり前のように人を殺してきたことで歪んでいた。そしてそれは、実の弟をただ無感情にその手にかけることで決定的となった。
これに困ったのが彼女の父親でもある橘家現当主だ。今の状況は後継者がいなくなったことと同義である。どうしようもなくなった彼は、焔へ当主としての再教育を決定する。しかし、ある意味壊れている彼女をすぐに世間に出すのは躊躇われた。そこで、しばらく橘家内で教育を行い、その後IS学園へ入学させることにした。学園の特殊性とIS技術の修得、そして表の世界へ慣れることが出来るという、いろいろと都合がいい状態なのだ。
焔は、同学年に専用機持ちがいなかったこともあり好成績で入学を果たす。稼働時間の少なさから、当初こそ各国代表候補生に後れを取っていたがやがてその才を如何なく発揮し学年首位となる。
一方でその学園生活はお世辞にもまっとうとは言えない。本人にその気がなかったことはあるが、友人も少なくその言動からよく問題が起きた。二年の折、当時の生徒会長にその素行を注意された際に模擬戦に流れ込み、当時専用機を持っていた会長になんと訓練機で勝利する。その圧倒的な技量と、橘家の当主候補として生まれた故か、彼女の持つある種のカリスマ性に惹かれた者が集まり、生徒会が発足する。
壊れてはいても、かつては帝王学を学んだ身。会長として実行した仕事内容は問題なかった。問題なのは、やり方だ。気に入らない者、反発する者は徹底的に排除する恐怖政治。もともと女子校でもあるIS学園には、あまり過激な生徒はいないが皆無という訳ではない。そういったものに対して彼女は苛烈だったのだ。ちなみに、その反発をもった者の中にダリルも含まれている。もっとも、直接戦う機会はなかったのだが彼女に関しては別の因縁があった。
試合は既に始まっているが、しばらく両者は動かない。いや、紫苑に限って言えば動けなかった。初めて感じる、自身に向けられた明確な殺意。それに竦んでしまっていた。彼も楯無から焔のことはある程度聞いていたので知ってはいるのだが、焔は既に人を殺したことがある。しかしそんな人間と相対することなどそうそうあるはずがない。
一方の焔は敢えて動かず、身を少し屈めて鞘に納まる刀剣型の武装に手をかけている。それはまさに居合いの構え。
彼女は専用機は持っていない。しかし、これは珍しいことではなるのだが専用の武装を所持している。それが彼女の刀剣型武装『村正』だ。立場上、専用機を用意することができなかったため、コアが必要ない武装に目をつけたのだ。妖刀としても名高い名刀村正、その一振りが橘家にもあった。彼らはそれをベースにIS用の武装を作らせた。それが彼女の専用武装だ。IS用の武装とはいえ、一般的なものと比べると全長1mほどと小さくベースとなった村正とあまり変わらない。普段は許可のもと、IS学園に保管してもらい必要な際に自身の操縦する訓練機にインストールする形をとっている。
妖刀がベースになっているからか、扱う人間が彼女だからか、はたまた両方かはわからないが、構えを取る彼女からは禍々しい瘴気すら感じる。容量をほぼ使い切ってしまい、それ以外の武装が使えないがその分威力は凄まじい。焔の技術も相まって、その一太刀は今の紫苑の全力をも上回る。
彼女が動かないのは、紫苑も近接武器しかないことを知っており、なおかつ攻撃の速度や威力、技量では自身が上回ると確信があるからだ。そして紫苑もそれを察したことから動けない。故に試合はこのまま膠着状態になると思われた。
(千冬さんや楯無さんの話、そして目の前に実際に見てみると……隙が無い、確かに強い。動かずにその場にとどまっているのは、僕が近接しかないことと、月読の機動力を警戒してか。なら向こうから動くことは……えっ!?)
紫苑だけではなく、見ている誰もがそう思っていた。しかし、先に動いたのは予想に反して焔だった。
『いややわぁ。そないに警戒せんといて。ちょい遊ぼぉなぁ』
ゆらり、と静かに動き出す。醸し出す雰囲気はそのままに、だが構えは緩めて紫苑に向かって歩き出す。紫苑もすぐに動こうとするが、まるで金縛りにあったように体が動かない。その間も焔はゆっくりと近寄ってくる。
「あ……くっ」
『ほな、行きますえ』
その距離がある程度縮まったとき、焔の動きが変わる。ゆったりとした歩きから、地面を蹴り出し一気に加速する。当然、訓練機の性能の域を出ないそれは紫苑にとっては十分に反応できる速度だった。故に、次の一手への反応が遅れる。
『そっちゃあらへん』
紫苑にその声が聞こえたときには既に焔は彼の側面に回り込んでいた。その意味を理解するより先に、今までで最大の悪寒を感じ取った彼はただ無意識に上半身のみブーストを使い、思いきり仰け反る形をとる。瞬間、紫苑の目の前を何かが横切る。同時に、月読の装甲の一部がはぎ取られた。
「は、速い!?」
橘流、独自の歩法から居合による一閃。紫苑をもってしてもその一撃を見切ることはできず、避けられたのは運が良かっただけと言える。しかし、当然ながら焔の攻撃はそこで終わらない。すぐさま構えを戻した焔は続け様に剣撃を繰り出す。
この体勢からでは避けられないと感じた紫苑は、無理やり体を捻りあげて焔の手元を蹴り上げる。そうしてかろうじて逸らされた剣撃は再び紫苑の体を掠めるも、直撃は避けられる。そのままの勢いで紫苑はバック転のような格好で離れ、距離を取ることに成功する。
『あらぁ、今のは斬った思たんやけど』
彼女の一撃目は明らかに首を狙っていた。だからこそ、紫苑は避けられた。胴を狙われていたら仮に当たったとしても耐えられたかもしれないが、避けるのは困難だった。それが、彼女の矜持なのか気まぐれなのかはわからないが、なんにせよ紫苑は命拾いした形だ。
一方の二撃目は、焔も確実に斬るつもりで逸らした体の支点を狙う。対して紫苑は、避けられないことを悟り手元を狙った。刹那の判断とそれをやってのける紫苑の技量に、焔は改めて感嘆の声を漏らす。
『うふふぅ、やっぱ紫音はんはええどすなぁ』
いや、感嘆……とは違うかもしれないが素直に紫苑の動きには感心したようだ。
(だめだ、理解できないことが多すぎる……けど確実に強い!? そして、一つわかるのは彼女が今のところ地上戦しか行っていないこと。さっきの動きにしてもブースターのようなものは使わずにほとんど身体能力の延長だった。それが彼女の本来の戦い方なのか、敢えてそう見せているのかはわからないけど……付け入る隙はそこしかない)
そう決意する紫苑だが、それは容易いことではない。なにせ、相手は自分より明らかに技量が上であり未知の部分が多い。手持ちの武器の間合いこそ、紫苑の方が長いため分があるのだがそれでも近づく必要がある。しかし、それを容易に許さないのは先ほどの邂逅で十分に彼も理解していた。
加えて、彼がここしばらく練習していた三次元攻撃はまさに有効だと思われるがそれだけに慎重にいかざるを得なかった。一度見せれば対応される、故に必勝の一手にしなければいけない。
(でも、どうせ近づかないといけないなら……こちらから!)
半ば開き直りの境地だったが、ネームレスと村正のリーチの差は有利にも不利にも働く。ネームレスの適性距離では、村正は届かない。逆に村正の届く範囲まで入り込まれるとネームレスをまともに振ることができない。ならば、と自分の距離を保つために今度は紫苑から仕掛ける。
あらかじめ構えたネームレスを横から薙ぎながら、イグニッション・ブーストで接近する。このままいけば、ほぼ先端が焔に到達するといったところ……だがそれは激しい金属音と同時に虚しく空をきる。焔が紫苑の剣撃にあわせて村正を抜き放ち、軌道を逸らしたのだ。
同時に再び懐まで肉薄する焔。繰り返される剣撃。紫苑はそれら全てをギリギリで避け続ける。しかし、避けたといっても致命傷を避けているだけに過ぎず、装甲は斬られ、徐々に剥げていく。それに伴いエネルギーも減少する。間合いの不利からネームレスでの反撃は諦めつつも、わずかな隙を見つけては拳撃を繰り出す。だがその程度では差は埋まらず、徐々に月読のエネルギーは減っていく。
(まだ……あと少し)
紫苑もそれを理解して、耐えていた。千冬に教えられて威力が上がったとはいえ、まだ紫苑の剣は一撃必殺には至っていない。しかし手の内をさらけ出すからには一撃で決めなければならない。ならば、一撃で倒せるまで削らなければいけない。故に分が悪い、耐えながらの消耗戦へと持ち込んだ。
焔の一太刀一太刀はどれも必殺の気配を纏っており、エネルギーが減っている今ならばまともに喰らえば間違いなく敗北する。紫苑は月読のエネルギー以上に自身の精神力を削られる戦いを強いられた。
『あははぁ』
徐々にその声に悦が入ったように、気を昂らせる焔。それに呼応するかのように、一方の紫苑は集中力を高めていった。そして、彼がひたすらに耐え、待ち望んだタイミングが訪れる。
(今!)
直前まで空中への機動をほぼ捨て、地上戦に付き合っていた紫苑の動きがここにきて一変する。再び呼び出したネームレスで焔の剣を逸らしながら、滑るように肉薄すると同時に彼女の体を蹴りつつ宙に舞う。その勢いで空中で後転しつつ体勢を整え、斜め上空から体勢を崩した焔に向かい背面ブースターをフルに使った加速で斬りかかった。
これに対して焔も不利な体勢ながらも避けようとはせずに反撃を試みる。
直後、二人は交差する。
加速した勢いそのままに、焔のすぐ背面に斬りぬけた紫苑。
一方、その場に立ったまま迎え撃ち村正を斬り上げた状態で固まる焔。
まるで映画のワンシーンのように、わずかの間その衝撃にお互いが動かけずに固まる。しかし、試合終了の合図はない。つまりお互いのシールドエネルギーはまだ残っている。実際には紫苑の一撃は届いており大幅にそのエネルギーを減らしたものの、焔の反撃によりわずかに軌道が逸れたせいで勝利に至らなかった。一方の焔の一撃も紫苑に届きはしたものの、わずかにエネルギーを残す状態となった。
次に動き出したのはほぼ同時、お互いが振り向き様にトドメを刺そうと剣を振りぬいたところで異変が起こる。
「なっ!」
紫苑のネームレスが砕け散ったのだ。
ネームレスは使用者のシールドエネルギーを使用して強度を保つ。故に、通常時は決して砕けない盾であり剣なのだが、エネルギーが尽きれば当然その恩恵はなくなる。例えエネルギーを使用しなくてもトップクラスの強度を持つのだが、同等の性能に加え使用者の力量で上回る相手の一撃に耐えられなかったのだ。
『うふふぅ、もぅあかんえ。終わりやぁ』
トドメを刺せることに浮かび上がる笑みを隠さない焔。村正も無傷ではないにしろ、ネームレスとは違い原型を残している。このままでは焔の勝利は明白だった。
ここで紫苑は残ったわずかばかりのエネルギーを使い、ブーストを行い焔に密着する。当然、この状態では本来は有効打がない。
『なんやぁ、悪あがきかぁ?』
「いいえ、これで……終わりです』
そっと右拳を焔の腹にあてる。そのまま、残ったエネルギーを全てブースターに注ぎ込み右拳一点に力を伝える。
『がっ……はぁ』
寸勁。
さまざまなエネルギーを一点に集中させることで、至近距離からでも爆発的な威力を作り出す中国武術に見られる攻撃方法。達人であればその拳は一撃必殺となり得る。
紫苑はもちろん、その極みには至っていないが、ISにおいては身体能力の向上とブーストというエネルギーを新たに加えることができる。故に、紫苑の一撃は必殺となり得た。焔の打鉄のエネルギーが残り僅かだったのもあるが、その衝撃は残りのエネルギーを奪い取り焔に届く。
『あん……いけず……やわぁ。ここにきてお預けなん……て』
そのまま力なく崩れ落ちる焔。意識はかろうじて残っているようだったが、自身の体を最早支えることはできないようだ。反射的に、紫苑は焔の体を支えるために抱きかかえた。と同時に試合終了のアナウンスが流れる。
『そこまで! 勝者、西園寺紫音!』
その声にようやく安堵した紫苑は、いまだ胸元で動けずにいる焔に目を向ける。まだ息は荒く心なしか顔が赤い。
「あ、あの。大丈夫でしょうか?」
思わず心配して声を掛けてしまう。紫苑は必死だったので忘れているが、最初に焔が放っていた殺気はいまは霧散している。
『う……うふふぅ。そないに優しくされたら……惚れてまうやん』
「……え?」
直後、試合開始時とは違う悪寒が紫苑の背中を駆け巡る。
何か得体の知れないものに狙われる……、まるで蛇に睨まれた蛙のような立場に紫苑は立たされた。……勝利したのは紫苑のはずなのに。
やがて担架を持った人が入ってきて焔を運び出す。ボロボロだった紫苑だが、なんとか歩いて戻ることができた。焔に関しては考えるのを止めた。……あまり深く考えたくなかっただけのようだが。
ちなみにしばらく後、ダリルから会長の性癖……自身も焔に言い寄られて困っているという話を聞き頭を悩ませることになるのは別の話。
◇
か、勝てた……。もう二度と橘さんとはやりたくない。本当に殺されるかと思った……。
「西園寺、話がある」
橘さんとの試合が終わり、戻った僕は千冬さんに呼び止められる。
本来であれば、しばらくの休憩の後に楯無さんとの決勝があるはず。でも僕は千冬さんがこれから話すだろうことをなんとなく察していた。
「お前の月読だが、損傷が激しくこれ以上の試合参加は認められない。……残念だが諦めろ」
「そう……ですか」
わかってはいた。試合終了時の月読の状態は、修復に何日もかかるような状態だった。その上ネームレスも完全に破損した状態。このまま次の試合に臨んだとしても勝ち目はないに等しい。……それでも、戦えるなら楯無さんと戦いたかった。
「これが最後という訳ではあるまい。お前たちはまだ一年だ。機会はいくらでもある。ここで無理をしたら命に関わるぞ」
「はい……」
とはいえ、学園側に止められては強行できない。なにより、自分自身で限界がきているのを理解していた。
こうして、僕はまたしても楯無さんと戦う機会を逃し、トーナメントは楯無さんの優勝となる。
そして僕は……その夜、いつの間にか意識を失っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ん、ここ……は」
目が覚めるとそこは見慣れた天井、自分の部屋だった。まだ頭がグラグラする中なにがあったのか思い出そうとするけど、トーナメントの夜までしか記憶がない。
「あ、目が覚めたわね……」
急に声を掛けられたことに驚きつつも振り返ると、そこには楯無さんがいる。しかし、その表情はどこか浮かない。
「あ……おはようございます?」
「ずいぶん遅いお目覚めね。もう丸一日経ってるわよ」
その後、楯無さんはトーナメント後のことを話してくれた。
僕と楯無さん達がトーナメント終了後に話をしていたら、どこか顔色が悪く、それを指摘された僕は少し休もうと部屋に戻ろうとした途中で倒れたらしい。そのまま保険医に診てもらったものの、特に体の異常は見られなかったことから千冬さんの許可をとって楯無さんが部屋に連れてきてくれて看病してくれたようだ。
「あのまま保健室に置いておいたら正体バレるかもしれなかったからね」
また楯無さんのお世話になってしまったようだ。そのことにお礼を言いつつ心配かけてしまったことを謝罪するが、まだ楯無さんの表情は暗い。
「紫苑君、あなた気づいてる? 今までも何度か倒れたり具合が悪くなったりしてるけど……どれもISを動かした後なのよ?」
彼女の言葉はあまりにも衝撃的だった。今まで考えたこともないが、確かに僕は何度か倒れたりしているし、体調が悪くなったりしてきた。楯無さんと戦ったあと、ダリルさんと戦ったあと、そして今回は明らかに異常だ。実はそれ以外にも何度か具合が悪くなったことがあるのけど、クラス対抗戦や授業で実習があったときだったような気がする。僕自身は意識していなかったけど、楯無さんは気づいていたのだろうか。
「原因はわからないみたいだけど、あなたのお姉さんも同じように原因不明で倒れたのでしょう? あまり考えたくないけど無関係だとは思えないの。遺伝的なものか……もしくは月読、彼女も使っていたというあなたの専用機が関係あるんじゃないかしら」
考えたこともなかった……けど確かに不自然な点が多すぎる。でも、詳しくは話を聞いたことがなかったけど紫音が倒れた原因も不明だったはずだ。医学的にわからないなら……月読に何かしら原因がある可能性も捨てきれない。このままいけば僕も……死……。
「紫苑君!」
「……え?」
「ごめんなさい、病み上がりのあなたに言うことじゃなかったわね。ただ、お姉さんの場合、ドイツで入院していたのよね? ドイツは遺伝子治療だとかなり進んでいるけど、それで原因がわからないとなると、やっぱり月読に何かしらあると思っていいんじゃないかしら。どちらにしろしばらく修理に出すのでしょう? その際に一度開発元にに顔を出してそこんとこ追及してみなさい。それにISを使用しなければ今まで別に何もなかったんだし、今のところそこまで心配することは無いんじゃないかしら」
そうだ、普段は別になにか異常があるわけじゃない。なら楯無さんの言う通り一度STCに行き、いろいろ調べてみるべきかもしれない。
「……いろいろありがとう。今までお世話になりっぱなしで……でも僕はまだ何もお返しできてないよね」
「べ、別にいいのよ、私が好きでやってるんだから」
「それでも……」
本来、お互いが支え合うギブアンドテイクの関係だったはずなのに、僕は楯無さんに対して何も与えられていない。今後も力になれることがあるのだろうか。先ほどの話のこともあり、僕は暗鬱としたネガティブ思考に囚われてしまう。
「あ~、もう。そんに辛気臭い顔しないの。そんなに言うなら……そうね。今度、買い物に付き合って頂戴」
「え、そんなこと……別にいつでもいいのに」
「あら? そんなこと言っていいのかしら? 付き合ってもらうのは……水着よ?」
「……は?」
「だ、か、ら。もうすぐ臨海学校があるでしょ? せっかくだから、新しい水着を紫苑君が選んで、ね」
「……えええぇ!?」
狙ってやったのかはわからないが、先ほどまでの鬱屈とした感情は消し飛んだ。
……引換として別の悩みがやってきたのは言うまでもない。
後書き
私は京都弁のキャラってなんか好きです。
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