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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Introduction
  第十四話 殺意

 学年別個人トーナメントはどの学年も無難な結果になった。一年はやはり楯無さんの優勝だ。せっかくリベンジのチャンスだったのに、怪我で欠場というのはなんとも情けない。お見舞いに来てくれた生徒の中には僕の試合を楽しみにしていたという人もいた。自分達も試合に出るはずなのにそれでいいのか、とも思ったけど期待されていた事実に、そしてそれを裏切ってしまったことに少なからず罪悪感も感じてしまう。事情が事情とはいえ、嘘の理由を説明しなければいけないことがそれに拍車をかけた。
 一方で、そんな感傷に浸っている自分にも驚いた。今までだったらそんな大して親しくもない人間の期待など煩わしいものでしかなかっただろうし、そもそも興味もなかった。こうして振り返ると僕も束さんと似ているんだなと思い知らされるのだけど、なら何故今の僕は他人の期待に応えることができなかったぐらいで落ち込んでいるのだろう。
 
 また一つ見つけた、人間らしい感情。楯無さんやフォルテさんと出会ってから、少しずつ見つかる僕の変化。そのたびに少し嬉しくなる。こうして変化を積み重ねれば、いつか紫音とも笑って話せる日が来るかもしれないと思っていたけど……その紫音はもういない。

「……なに百面相してるんスか?」

 突然の声にハッとすると目の前にフォルテさんがいた。思考の連鎖から抜け出せずにいたけど、よく考えたら昼食中だった。となりには楯無さん、向かいにはフィーさんとフォルテさんがいる。最近はこのメンバーで昼食をとることが多い。そして、僕は先ほど考えていたことが表情に出ていたようだ。

「見事に喜怒哀楽を表現されてましたねぇ。もしかして演劇部にでも入部するおつもりですかぁ?」
「へぇ、紫音ならお姫様の役とか似合いそうッスね。だったら楯無が王子役やったらどうッスか?」
「何言ってるのよ。ん、でもそれもアリね……。ふふ、なるほど」

 それぞれが好き勝手なことを言ってくる。もともと一緒にいるのに別の事を考えていた僕が悪いんだけど所々、彼女らの言葉が心に突き刺さる。特に楯無さん、何を考えているのか分からないだけに不気味すぎる。

「い、いえ。そういう訳では。ちょっと考え事をしてしまいまして、昼食中にごめんなさい」

 このメンバーの中ではトーナメント初日に起った出来事をフィーさんだけが知らない。生徒会メンバーには僕が医務室にいる間に楯無さんから事情説明がされていたからフォルテさんは既に知っている。
 フォルテさんも、僕がその時のことを考えていたのは察しているだろうけど敢えて触れずに普段通りに接してくれる、その優しさも嬉しい。……本当に気付いてないだけかもしれないけど。
 フィーさんは、僕が怪我をしたのを知っているけど特にそのことについて聞いてくることもない。詳しい事情を話せないだけにその気遣いは助かる。……ただ単に興味がないだけかもしれないけど。
 楯無さんは……、医務室に運ばれたときのお姫様抱っこの件でずっと僕を弄ってくれた。

 あれ? 僕の味方ってどこにいるんだろう。おかしいな、いつもより味噌汁がしょっぱい気がする……。

 その後も僕の表情はころころ変わっていたようで、三人に呆れられてしまった。



 放課後、僕は千冬さんに呼び出されることになる。理由を聞かされていなかったので、あれこれ考えながら向かった先で、僕は思いもよらない話を聞くことになる。

「あぁ、来たか。実はな、先日行われた学年別個人トーナメント優勝者のレベルに関係者が興味を示してな、各学年の優勝者、準優勝者による言わば統一個人トーナメントを提案された。今までなら一年や二年が上級生に勝つなど考えられないことだったが、今年は少し訳が違う。よって学園での協議の結果、一週間後の開催が急きょ決定したのだが……」

 そう言いながら僕の方を見る千冬さん。ここまでの話だと僕が呼ばれる理由が全く見当たらない。優勝どころか試合にすら出れなかったのだが。でも、続く言葉はやはり予想もしない言葉だった。

「どうにもはた迷惑でありながら発言の影響力だけはやたらに高い奴がいてな、どうしてもそのトーナメントにお前を組み込んでほしいと打診があった。もっとも、そいつだけではなく複数からその提案はあったし、生徒からも怪我で欠場したお前と楯無の試合を望む声も多かった。よって、特別枠でお前のトーナメント出場が決まった」
「それって……」

 あぁ、束さんだよね。僕がそれを口に出す前に、それ以上言わないでくれとでも言いたげな千冬さんの視線を感じてそれから先の言葉を引っ込めた。

「ま、そういう訳だ。もっとも、お前の意思を尊重するし出たくなければ出なくてもいい。そして、お前ばかり特別扱いというのも角が立つから、名目上は教職員特別推薦枠とした。お前以外にもあと一名選出され、合計8名でのトーナメントだ。候補の中ではお前はクラス対抗戦での優勝実績もあるからな、推薦にあたってはさして問題はない。唯一の懸念は怪我だったが……完治したと医者のお墨付きも出たようだしな。まったく、全治一週間を二日で治すとはどんな体をしている」

 どうやら、いろいろ考えてくれていたようだ。確かにこれなら僕だけ特別扱いというような形にはならない。一応、公式での優勝の実績も優位に働いたようだ。なら僕はこれを感謝こそすれ断る理由はない。
 でも、最後の一言はあなたにだけは言われたくない。千冬さんならその日のうちに治るどころか、あの程度では傷すら負わないんじゃないだろうか。そんなことを考えていたら例によって無言で睨まれた。
 

「そういうことでしたら、喜んで出場させていただきます」
「そうか、わかった。後はこちらで手配しておく。詳細は追って知らせる。また怪我して欠場などということにはなるなよ」

 最後は冗談めかしてそう言うと、千冬さんは話を切り上げる。先ほどまでの鋭い気配は消え去り、教師と生徒から友人同士のそれへと変わった。そこからは主に束さんに関する苦労話でひとしきり盛り上がった後、僕は部屋へと戻った。

 自室に戻ると、楯無さんの姿は無かったものの特に気にすることもなくベッドに横になった。そうして自然とここ数日のことを思い返す。

 もう何度も考えた、亡国機業との遭遇。ISは既存の兵器とは違うのだから、いくら起動していなかったとはいえあらゆる攻撃を想定しておくべきだった。あのとき、僕はISは人型という先入観により、腕や足、そして手に持った武器といった人間の可動域での行動を無意識に想定していた。でも、あのオータムという女性が纏ったISはまさに異形そのものだった。あれは、恐らくまだ第二世代機だと思われるけども、今後第三世代機が量産されるようになればああいった特殊性の高い武装も増えてくるはずだ。なら、それを知るいい機会になったと切り替えるべきだ。

 次に思い出すのは直後に現れた黒い影、何故かその姿が頭から離れない。直接戦ったわけでもないのに圧倒的な存在感を感じた。それに一瞬だけ見せたあのブースト、僕も楯無さんもまったく反応できなかった。二人がかりでも危なかったかもしれない。ああして姿を現した以上、襲撃がこれで終わりとは僕にはどうしても思えなかった。彼女……いや、僕の例もあるし容姿も声も確認できなかったから女性と断定するのは早計か。あのリラと呼ばれた人とはまたいつか会う、そんな予感がする。

 そして、統一トーナメントへの出場。正直、楯無さんとの試合は当分無理だと思っていたからリベンジの機会が与えられたのは素直に嬉しい。トーナメントじゃなくてもただの模擬戦ならできたのだろうけど、こういう公式の試合はやはり別物だ。それに、組み合わせ次第ではフォルテさんやダリルさんとも戦えるし、他の上級生も気になる。亡国機業にいいようにやられた鬱憤もあったし、いい機会かもしれない。……負けてさらに鬱憤が溜まる可能性も多分にあるのだけどそこは敢えて考えない。

 リラやオータム、それ以外の亡国機業の襲撃が今後もあるだろうしトーナメントもある。でもどちらにしろ今の僕では力不足が否めない。う~ん、月読の武装解放や形態移行についても結局詳しくわからないまま行き詰っちゃったし、やっぱり現状は無手とネームレスでの戦い方を伸ばすしかないか。
 しばらくIS装着時の動き方ばかり練習していたから、明日は一度基本に戻って生身での動きを見直してみよう。
 そんなことを考えながらトーナメントまでの訓練方針を決め終わったころに楯無さんが戻ってくる。夕食はまだ食べてないとのことで、せっかくなのでそのまま一緒に食堂に向かった。



 翌朝、怪我のせいでしばらく自粛していた早朝のランニングをしていると同じくランニングの最中だった千冬さんと会った。彼女とは度々遭遇し、その度にご一緒するのだけど体力と速度が尋常ではなく始めのうちはほとんどついていくことが出来なかった。最近ではようやく最後まで置いていかれない程度にはなったけどほとんど息切れしていない千冬さんに対して、僕は地面に突っ伏して息も絶え絶えだ。

「しっかり続けているようだな。怪我の影響はなさそうだと確認できて安心したよ」

 千冬さんはこう言うが、ここで満足する訳にはいかない。少なくとも、ランニング程度なら千冬さんのようにこなせるようにはなりたい。
 そこまで考えてふと先日の千冬さんの言葉を思い出す。

『どうだ、今度剣の稽古でもつけてやろうか?』

 あの時は言葉を濁したけど、冷静に考えれば彼女ほど剣の稽古に適した人はいない。

「ねぇ千冬さん、以前言ってくれた稽古の件、まだ有効?」
「突然どうした。あぁ、トーナメントか。ふむ、構わないが加減はできんぞ?」
「うん、それは覚悟してる。今まで、無手がメインだったから剣術は基礎こそ知っていてもそこまで応用ができないんだ。こんな言い方したら失礼だけど、もう一歩先に進むためのきっかけが欲しい。ISでの戦闘を見越してだから、生身での剣術に専念することはできないけど、疎かにもしたくないんだ」

 その後、稽古とは名ばかりで試合形式での打ち合いをするも、僕は一本も取れずにボロボロになる。まるでISを装着しているのではないかと思うほどの高速移動に打ち込み、そして反応速度。でもそれらも千冬さんの技を支えるためのものに過ぎない。全てが合わさった一撃は、たとえ僕が月読を展開してても負けたのではないかと思うほどに強烈な一撃だった。

「これくらいにしておこう。さて、もう分かっていると思うが剣術においてその威力を決めるのは何も腕の振りだけではない。むしろ、足。地面の踏み込みから全身の力が問われる。だが、ISを使用した空中戦では当然ながら地面がない。本来であれば威力は激減するのだが……」
「僕には足にも装着されているブースターがある」
「そうだ。他にも至る所にあるブースターの出力を制御することで疑似的に踏み込みを作り出し、力を伝えることができるだろう。どうやら以前から使ってはいるようだが私に言わせればまだまだ無駄が多い。だが、極めればそれこそ一撃でエネルギーの大半を奪うこともできるはずだ」

 一撃必殺。その言葉はまさに今目の前にいる千冬さんにこそ相応しい。彼女は、僕のネームレスと似た刀剣型の近接武器『雪片』と共に、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『零落白夜』によってブリュンヒルデの名を勝ち取った。シールドバリアーを切り裂き、エネルギーに直接ダメージを与える彼女の一太刀は、まさに必殺の一撃だった。

「うん、おかげで何か掴んだ気がする。使いこなすまではまだ遠いけど、必ずものにしてみせる」
「ああ、お前の場合は私と違って他の武装も使える可能性もあるが、仮にそうなったとしても無駄にはなるまい。それに……今度お前も戦うかもしれない三年の個人優勝者、奴は剣に限れば達人の域だ。同じ領域で戦えばお前は確実に負けるぞ」

 三年の優勝者、楯無さんに敗れたとはいえ前年度まで生徒会長だった人だ。弱いわけがない。でもよくよく考えたら接点がなく、彼女のことは良く知らない。剣を使う人だったのか。確か名前は……

橘焔(たちばな ほむら)さん、ですか」
「ああ、専用機は無いがその実力は当然ながら学園でトップクラスだ。更識ばかりを見ていると足元を掬われるぞ」
「わかった、ありがとう千冬さん」

 後で更識さんに話を聞いてみよう。僕らのクラス代表戦の直後にやったということだから、もしかしたら映像も残っているかもしれない。
 
 その後は試合形式ではなく、型をいくつか見せて修正してもらったところで食堂が開く時間になり終了した。



「あぁ、橘前会長ね。たぶん、彼女強いわよ」

 部屋に戻ってシャワーで汗を流したあと、楯無さんも食堂に行くということで一緒に向かう。せっかくなので橘さんとの試合内容を聞いてみたのだけど、返ってきた答えはなんとも微妙なものだった。

「たぶん?」
「えぇ、彼女もあなたと一緒で近接武器しか使わないのよ。打鉄だから全く使えない訳じゃないのだけど彼女は使わなかったわ。でも、何ていうか訓練機のはずなのに纏っている雰囲気が異様でね、近づいたら危険な気がして遠距離から封殺することにしたの」

 楯無さんが接近することを躊躇うなんて相当なんだろう。

「で、紫音ちゃんの時と同じようにガトリングで牽制しながら追い込もうとしたのだけどほとんど回避されたわ。正直、訓練機であそこまで動けるなんてね。とはいえ、向こうもこちらに近づけずお互い決定打に欠けてたからかなりの長期戦になったわ。結果的に、彼女の打鉄が限界を超えた稼働に耐えきれず、一瞬稼働不良を起こした隙を狙って勝負が決まったの。……正直、彼女が専用機を持ったらと思うと恐ろしいわね」

 模擬戦のことを思い出したのか、やや苦い顔になる楯無さん。勝負を決めたのが相手のISの稼働不良だったというのが納得できていないのかもしれない。
 でも、疑問なのはなぜそれほどの実力があるのに代表候補生ですらないのだろう。そうでなくとも、どこかしらの企業から打診があってもおかしくないはずなのに。

「あぁ、彼女が専用機をもてないのは……まぁ、会えば分かるわ」

 何やら気になる物言いだけど、理由があるらしい。どちらにしろトーナメントになれば試合で戦うことになるかはともかく、会うことはあるだろう。見せてもらった試合の映像も、楯無さんの言葉通りの展開で分かったことは少ない。映像からでは楯無さんの言う異様な雰囲気というものは感じ取れなかった。
 そして、もし彼女と戦う場合は千冬さんも認め、楯無さんが恐れた彼女との近接戦を行わなければいけない。時間はないけど、千冬さんにせっかく教えてもらったことを少しでも自分のものにしよう。
 そう決意した僕は、朝と放課後の時間を使って訓練に明け暮れた。何度か千冬さんにも稽古をつけてもらったものの、結局試合形式では一本も取ることができなかった。あの人は半分人間やめているのではないだろうか。



 トーナメント当日、学園は前回の学年別の時をさらに超える熱気に包まれている。各学年の上位者のみが出るのだから当然ではあるのだけど、前回この場に立てなかった僕としてはやはり緊張する。出来る限りのことはやってきたつもりなので、あとは実力を出し切るだけだ。

 そして、トーナメントの組み合わせが発表される。

第一回戦

更識楯無(一年優勝者 ロシア代表 専用機『ミステリアス・レイディ』)
VS
ニキータ・ガルシア・オルテガ(三年準優勝者 スペイン代表候補生)

第二回戦

フォルテ・サファイア(一年準優勝者 イタリア代表候補生 専用機『コールド・ブラッド』)
VS
ダリル・ケイシー(二年優勝者 アメリカ代表候補生 専用機『ヘル・ハウンドVer2.5』)

第三回戦

西園寺紫音(一年 推薦枠 専用機『月読』)
VS
ミリア・フォルティア(二年準優勝者 カナダ代表候補生)

第四回戦

橘焔(三年優勝者)
VS
カレン・クリステル(三年 推薦枠 オランダ代表候補生)

 僕と前会長の橘さん以外は代表候補生というメンバー。楯無さんに至っては言うまでもなく国家代表。幸い専用機持ちは別ブロックになったわけだけど、逆を言えば楯無さん達と戦うには決勝までいくしかない。そして、そのためには……上級生であるフォルティアさん、そして未だ実力が計れない橘さんに勝たなければいけない。

 開会式の最中に、ふと橘さんのいる方に目を向ける。やはり、直接見るのは初めてだったが長い黒髪が似合うまさに大和撫子といった風情だ。やや目つきがするどいものの、とても綺麗な女性だった。
 試合前に選手同士が会話するのは褒められたものではないので、僕らは特に会話もなくそれぞえの控室に戻る。やはり今回も、参加選手は他の選手の試合を見ることはできないようだ。

 一人の室内で、僕は目の前の試合について考える。フォルティアさんの機体はラファール・リヴァイヴ。ダリルさんとの決勝での試合を見たけどやはり機体の差が大きかった印象だ。とはいえ、実力的にもダリルさんが圧倒しており、たとえ同じ機体で戦ったとしてもダリルさんの勝ちは揺るがなかったと思う。
 それを僕に置き換えてみると、やはり接近できるかが肝になる。接近さえしてしまえば負ける気はしないけど、逆を言えば近づけなければ苦戦はあり得る。訓練の成果を試すいい機会ではあるのしどちらにしろ僕には近づくしか手段はないので、まずは実力を出し切ることを考えることにした。



 小一時間ほど経つと、どうやら一、二回戦が終わったようだ。試合の開始や終了等のアナウンスは控室まで聞こえてくるため状況はこちらでもある程度掴める。下馬評通り勝ったのは楯無さんとダリルさん。楯無さんは圧勝だったとのこと。そして、意外……と言ったらフォルテさんに失礼かもしれないけど、実力的にはダリルさんが優勢だと思われたこの試合は割と接戦だったようだ。どうやらフォルテさんは最近ダリルさんの戦い方を研究していたようで、自分の戦法にもそれを取り入れつつ動きも把握できていたことが実力差を埋めて均衡したんだと思われる。

『続いて第三回戦、西園寺紫音VSミリア・フォルティアが始まります。両名は準備をお願いします』

 教師によるアナウンスが控室にも聞こえてくる。
 僕は終わった試合について考えるのをやめ、目の前に集中する。相手は訓練機とはいえ上級生だ。慢心してかかっていい相手ではない。



 しかし、そんな僕の決意をよそに結果としては無傷での勝利となった。
 開始直後からの全開のブーストに相手が対応できず、背後に回り込みつつネームレスでの一閃。一撃とはいかなかったものの、訓練の成果が現れた一太刀は威力が上がっており、返しの二の太刀で決着する。
 完璧には遠いものの、確かな手ごたえを感じた僕はそれを噛みしめつつ、直に訪れるであろう未知の相手との試合に思いを馳せた。

 その後も順当に試合は進み、第四回戦は橘さんが勝ち、準決勝第一回戦は楯無さんが勝った。そして今は僕の試合、目の前には橘さんがいる。
 使用ISは打鉄、日本が誇る量産型のISで防御には定評がある。汎用性の高さもラファール・リヴァイヴには劣るものの高い水準だ。しかし、それを全て捨てて橘さんは刀剣型の近距離武器のみを使用しているという。
 今、彼女はその一本の刀を腰に携えアリーナの地面に立っている。ISでの戦闘のセオリーから何もかも外れている。通常は動きやすいように試合開始前には既に空中で待機していることが多い。また、当然武装も展開した状態だったりするのだけど、彼女はその刀剣を鞘に納めた状態だ。そもそも、量子変換で自由に出し入れできるのだから鞘は必要ないはず。 
 試合開始直前にも関わらずあれこれ考えていたら突然プライベート・チャネルで橘さんが話しかけてくる。試合時は基本的にオープン・チャネルのみしか使ってはならず、本来であればあまりよろしくない行為だ。

『お初にお目にかかりまんなぁ。あんさんとはいっぺん(たたこ)うてみたかったんや』
『初めまして、橘さん。でもいいんですか? 試合前にプライベート・チャネルなんてしてしまって』
『かましまへんて。規則なんて破るためにおます。そんなんより……ふふふふ、あんさんを斬れる思うと気ぃが昂ぶってもうてなぁ、もうしんぼできへんのよ』

 瞬間、異様な雰囲気を纏う橘さん。それは圧倒的な威圧感、これに似たものを最近感じたことがある。そう、亡国機業の襲撃時。それが殺気だったということに気づく。学園での模擬戦では感じたことのない感覚……いや、千冬さんからたまに受けてたけど……彼女から感じるものは明らかにそれとは違う何かどす黒いものに思わず身が竦む。
 なるほど、楯無さんの言っていた会えばわかるというのはこういうことか。実力があっても彼女に専用機を与えたりすれば問題を起こしかねない、とのことだと思う。そんな彼女が生徒会長だったんだから本当に強さのみが求められているんだろう。ダリルさんも彼女のことはよく思ってなかったみたいだし。

『楯無の嬢ちゃんにも借りがおますけど、まずはあんさんや。せえだい気張りぃや。絶対防御がおますし死にひんやろ。ふふふ、仮に死んだかて事故や、問題あらへん』

 言葉と共に高まる殺気に、思わず身構えるが震えが止まらない。試合開始の合図はまだだけど、これだけの敵意を向けられるといつ斬りかかられてもおかしくない気分になる。

 開始直後の奇襲にも反応できるように意識を集中させるといつの間にか震えが止まっていた。直後、開始のブザーが鳴る。それは明確な殺意を向けてくる相手との初めての試合が始まったことを意味した。


 
 

 
後書き
京都弁、おかしなところがあったらご指摘ください。

 
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