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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第79話 我が前に……

 
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 第79話を更新します。

 次の更新は、
 1月15日、『蒼き夢の果てに』第80話。
 タイトルは、『勝利の後に』です。
 

 
【あなたの事を大切な存在だと考えて居る人間に取って、あなたが傷付く事は耐えられない苦痛と成る可能性が有ると言う事を】

 タバサの【声】が心の中に響く。
 そしてそれは、誰もが同じ事を考えると言う至極当たり前の内容。誰も人が傷付く姿など見たい訳はない。ましてそれが、自らが大切だと思う相手ならば尚更。

 但し、俺に取って彼女の言葉は……。
 一瞬、答えに窮する俺。その間隙を縫うかのように右側の燃える木々の間から突如現れた炎もたらすモノを、今回は辛うじて回避。
 その瞬間に、ほんの少しだけ髪の毛が燃えるような嫌な臭気を鼻が捉えた。

 一瞬の空白。まるでその隙間を埋めるように俺の答えを待たず、更に【言葉】を続けるタバサ。

【大丈夫。わたしは何処にも行かない。あなた一人を残して、わたしは何処にも行ったりしない】

 普段の彼女からは考えられないような、優しい姉の【声】で……。
 更にその内容は、俺の事を……俺の考え方を知り尽くしている内容。

 その【言葉】と同時に左手から発せられた呪符が巻き起こす浄化の風が、先ほど鼻先を掠めて行った炎もたらすモノと、そいつが新たに作り出した邪炎を浄化して行く。

 そう。俺は別に使命感に燃えて自らが先頭に立って戦って居る訳でもなければ、目立ちたいからでもない。ましてや、死にたがっている訳でも有りません。
 俺は一人で残されて仕舞うのが嫌なだけ。いや、そんな浅いレベルの物では有りません。

 これは恐怖。一人だけ生きて残らされる事を恐れて居る。……こう表現する方が良い状態。

 誰かを看取るぐらいなら……。一人で残されるぐらいなら自分の方が先に死ぬ方がマシ。こう言う非常に後ろ向きの理由から、一番危険な場所に身を置いているに過ぎない。

【何時も一緒に居てくれたあなたを、もう一人にする事はない】

 猛烈な業火。世界を包み、大気が熱せられ、精霊の護りを持たない者では五分と生きて行けない紅蓮の炎の世界(なか)で響く優しい声。

 身体は一瞬の停滞すらなく、炎が創り出した世界を進む俺。間断なく飛来してくる炎を、そしてプラズマ球で有る炎もたらすモノを浄化しながら。
 そう。一瞬前に俺が走り抜けた巨木が炎の圧力に抗し切れず倒れ、大地に紅蓮の炎を広げ、
 向かう先。森から山に移り変わる少し傾斜の付いた地形からは、絶えず炎の邪神を讃える歌声が響き続ける。
 その歌声に呼応するかのように立ち上がる渦巻く炎の柱たち。
 そして巻き起こる猛烈な上昇気流。
 その風に煽られ、細く上空へと伸びる炎の柱は、まるで螺旋を描きながら高く飛び立って行く東洋の龍の姿に見える。

 身体はそのような灼熱の地獄の中を進みながら、心の中には彼女の【声】を聴き続ける。

【了解。これからは少し、自らの身の安全を考慮してから行動するようにするな】

 俺に取って彼女(タバサ)が大切な家族なら、彼女に取っても失ってはならない大切な家族だと言う事。
 そして、共に大切な家族を失った人間でも有りましたか……。

 俺の答えに満足したのか、俺と共に在る少女が小さく、静かに首肯いて答えてくれたのでした。


☆★☆★☆


 ふぅんぐぅるるぅ~るぅいぃぃ むぅむぅむぐるうなふぅぅ く、く、く、とぅぐぁ~ぁ 


 周囲に集まって来た炎もたらすモノを一気に浄化。それと同時に燃え続けて居た広葉樹とその下草を鎮火に成功。
 しかし……。

 大地に倒れ、それでも燃え続けて居た大木から。
 大地に降り積もった落ち葉から。
 そして、其処かしこに存在している黒焦げの……。一時間前には、確かに生きて、眠りに就いていた生命体の残りから。
 正に燎原(りょうげん)の火と表現すべき勢いで広がって行く炎の中から新たに現われ出でる炎もたらすモノたち。

 一体浄化すれば、炎の中から二体、三体と顕われる状況。ネズミ算式に増えて行く炎もたらすモノの前には、正に焼石に水の状態。
 生きている炎クトゥグアの召喚にどの程度の時間を要するのか判りませんが、このままではクトゥグアが召喚される前に、この周囲はすべて灰にされる事だけは間違いない。

 そんな、半ば諦めにも似た考えが頭を支配しつつ有った俺。その刹那。

 振るわれる紅き奔流。
 同時に鳴り響く雷の音と、周囲に満ちる雷の気。

 大地より顕われたその巨大な炎を回避出来たのは僥倖で有ったのだろうか。
 いや、この皮膚のすぐ下を無数の虫が這いまわっているかのような不快な感触が。胸の奥が不安でざわめくような感覚が……。
 そして何より、訳もなく叫び声を上げて、この場にひれ伏さなければならないようなこの異常な神の威圧感が教えてくれたのだ。

 恐ろしいほどの速さ。先ほど顕われた時と比べてもその勢いが違い、ソレから感じる強大な熱量が空間を歪ませ、咄嗟に左斜め後方三十メートルの地点にまで瞬間移動した俺の前髪を弄った。
 そう。普段よりも分厚く……。自らを護る為に多くの精霊を集めている俺の身に感じるこの驚異的な神威。

 間違いない。今、この瞬間、世界は死に向かって進みつつある。

 少しずつ異界が近付きつつある事を証明するかのように、神威を増して来るクトゥグア。
 大地の亀裂からあふれ出すように現れる炎で形成された触手。それは、太陽表面に発生する紅炎(プロミネンス)にも似た形状。
 超高温により炎の触手が動いた周囲の大気自体がプラズマ化。触手の周辺から発生する雷が大地を。そして、何よりもっとも伝導体として相応しい俺の元へと殺到。

 そして、次の刹那。
 炎の触手が纏う蒼白き雷が次々と俺を撃ち抜いて行く。

 但し、そもそも雷……。雷の気は俺を害する事は出来ない。
 青竜が支配するのは湿った風と雷。電の気はすべて俺の糧……龍気へと変換され、俺自身の活力と成る。

 冷静にそう断じて、視線は接近する触手から、その発生源に移す俺。これは間違いない。あの亀裂の奥深くは時間と空間を超越し、その先は遙か二十五光年の彼方……ヤツが幽閉されている場所に繋がっている。
 そして、もしその触手の根本。生きて居る炎クトゥグア本体がこのハルケギニア世界に顕われたのならば、この世界は煉獄の炎に支配された生命体の住む事の叶わぬ世界と変貌する。

 異常に間延びした時間の中で、三本の炎の触手が俺に向けて接近して来た。

 その瞬間、在り得ない事なのだが、その炎が渦巻く触手の中心で、何か得体の知れない何かが高らかに哄笑を上げたような気がした。

 しかし、今度は右斜め後方に瞬間移動を行いながら、右手の人差し指と中指を伸ばし、残りの三本を閉じて刀に似た形を取る俺。
 そして!

「臨める兵、闘う者、皆 陣破れて前に在り!」

 何もない空中に線が引かれ、それと重なるように、今まさに俺に襲い掛かろうとした触手群の前に光る線が走る。その数は縦四、横に五。
 その線は一気に触手群を包み込み、そして互いに絡み合い、格子状の面を形成して行く。

 そう、それは光が描き出す格子模様の檻。

 光の格子と炎の触手が今、正面からぶつかった。
 それは一瞬の抵抗。その一瞬の後、俺の描き出した早九字に因る邪悪なモノの侵入を阻む結界は、脆くも光の粒子へと散華して仕舞う。
 しかし、その一瞬の時間は無駄とはならない。

 そう。俺が……。いや、俺とタバサが今相対して居るのは宇宙と言う巨大な空間に触手を伸ばす旧支配者と呼ばれる存在。宇宙を燃やし尽くす業火の前には、如何なる抵抗も無意味かも知れない。

 しかし、そう、しかし!
 そんな常識を蹴散らし、無に等しい可能性や希望を掴み取って来たのが俺とタバサの二人。

 分割思考に因る仙術の同時起動。五遁水行の冷気陣をタバサが起動させるのと同時に、水行を以て火行を剋する仙術と、木行を以て葉扇を作り出し、風を発生させる仙術を使用。
 その瞬間、上空から叩き付けられようとする炎の触手に、大量の熱と、そして俺の仙術により作り出された猛烈な上昇気流が激突。

 そのまま進めば間違いなく俺を捉え、生命などあっけないほど簡単に焼失。魂の残滓さえも探す事は不可能な状態と成る。その神の一撃が僅かにぶれる事に因り、炎を剋する仙術と冷気陣の効果と相まって身体の方は無傷で危うく虎口を脱する。
 しかし、その一撃に因り、大地は深く抉れ――――
 いや、その現象は大地が抉れたのではなくプラズマ化した、と言うべき現象。超高温の存在が接近した事に因り一瞬にして固体から気体へ、そして、一気にイオン化したと言う現象が起きた可能性が高い。

【悪いな、タバサ。正直、こんなバケモノを相手に五分も持たせられるか判らへんで】

 今までの炎系統の魔物とはケタが違う、最早、物理現象として何が起きて居るのか。魔法世界的な意味として何が起きて居るのか……。俺の乏しい知識では現在何が起きて居るのかさっぱり判らない状況。
 少なくとも現状の異界化した世界に、クトゥグアの触手が顕われた程度ならば、地球上の大気が一瞬にしてプラズマ化。全生命体が死滅する、などと言う状況にはならない事だけは確認出来て居ますが……。

 それでも流石に、これ以上の異界からの侵食が進めば、何が起きるか判らない、と答えるのが正直なトコロ。

 しかし……。

【問題ない】

 非常に簡潔。但し、それ故に彼女の覚悟を感じさせる一言。

【わたしはあなたと共に在る】

 あの炎の触手を真面に貰えば、間違いなく一瞬の内に俺は蒸発。そして、俺と同時に存在して居るタバサの精神体も無事に肉体の方に帰る事が出来るとは思えない。
 軽いと後遺症。PTSDのような状態。酷いと魂自体の消滅。その後、緩やかに肉体は死亡へと移行する。
 そして当然、そんな事ぐらいなら彼女も理解しているはずです。しかし、その事を知って居て尚、この台詞が出て来るのなら――――

【上等!】

 右から接近しつつ有った、炎もたらすモノを右手の刀印が描き出す格子状の光の線が。左から接近しつつ有った個体に関してはその一瞬前に放たれていた呪符が発する浄化の風により無力化する。
 そう、この空間。有りとあらゆる物が燃え上がり、瞬間的に高熱を与えられた大気が電離し陽イオンと電子に別れて活動しているような空間は、青竜で有る俺に取って生命力の基礎となる木行の気に溢れた場所となる。

 圧倒的な力に満たされ、高らかに笑い出したくなるほどの優越感。この炎に支配された世界を、俺から発する龍気が少しずつ上書きをして行く。
 今にも自らの能力に溺れ、際限なく取り込んだ雷の気により暴走を始め、炎の邪神をも呑み込み、其処から更にすべてを破壊し尽くす災厄その物と変わろうとしている俺を、辛うじて現実界に止め置くタバサ。

 再び、猛烈な畏れと世界が軋む悲鳴が聞こえる。これは間違いなく――
 大地の亀裂から顕われる炎の触手。その周囲では高熱に晒された大気がイオン化し、触手が顕われた大地は、近くは昇華。液体という形状を経ず行き成り気体化。其処から更に、炎の触手に近い位置ならばイオン化をする。そして、触手からかなり離れた位置で有ったとしても溶岩と化す。
 刹那、蒼白い光が煌めき、轟音と共に周囲に雷が撒き散らされた。

 何らかの防御手段を持たない生きとし生ける物は存在する事さえ出来ない、ここは正に地獄。ここが異界化された空間で有るが故に、この状況が他の場所に被害が広がる事はない。しかし、ここで俺たちがこの召喚作業を阻止出来なければ、ハルケギニア世界に炎の邪神生きて居る炎クトゥグアが顕現し――――
 その瞬間に世界の命運は決する。

 神の畏れを纏い、神速で押し寄せる触手を躱し(瞬間移動)、 躱し(結界魔法)、 躱し(浄化魔法)
 上空。大体百メートル程度の高さにまで退避した俺を雷光の槍が貫き、押し寄せる熱風が全身を打つ。

 しかし、其処から遙か上空。高度三千メートル程度の位置に存在するマジャール侯爵麾下の飛竜騎士団が行使する大規模浄化術式の起動は、未だ確認出来ず。
 但し、俺やアリア。そして、シャルが囮と成り、少しずつでも結界円の構築を阻止しているのが功を奏して居るのか、周囲の邪炎の気配が強く成って居る雰囲気はない。
 これが、俺の感覚が麻痺して来ているのが理由ではなく、事実として邪炎の気配が広がっていないのなら――――

 ――――後少し、この状況を維持出来たのなら。
 そんな、かなり甘い考えが脳裏を過ぎった瞬間。

 正面、直下、そして背後から発生する猛烈な神威。

 マズイ!

 刹那、直下に発生した亀裂より発生した炎の触手は最早回避不能と判断。コイツに関しては貴重な物理攻撃反射で無効化。
 同時にありったけの龍気を籠めた一閃。勝利をもたらす光輝が閃き、前方やや下方から薙ぎ払おうとした三本の触手も僅かに逸らせる事に成功。
 但し、後方に関しては――――

 無理を承知の瞬間移動を行うか。但し、もし、その移動のタイムラグの際に攻撃を受けて仕舞った場合にはどう言う結果をもたらせるか判らないような危険な行為。
 そんな一瞬の迷い。失敗すれば最悪、次元の狭間に炎の触手と共に捕らえられ、この空間自体に計り知れない打撃を与える事と成る。
 しかし!

 今まさに周囲に神鳴りを撒き散らしながら、俺と言う存在を空間ごと消し去ろうとした炎の触手が不意にその方向を変え、虚空を薙ぎ払うに留まる。
 イオン化した大気が周囲に電子を振り撒き、神鳴りは周囲を、そして何より俺を打ちつけるが、それを起こす元凶が俺を捉える事はなかったのだ。
 そして、その一瞬の前に走った違和感。今夜、何度目に成るのか判らない世界が切り裂かれるような感覚。

 これは間違いない。

「何故、直ぐに私を呼ばなかった?」

 背中合わせに聞こえる不機嫌そうな少女の声。それに、先ほどまで感じて居たすべてを燃やし尽くす邪悪な炎とは違い、生命の存在を示す温かな炎の気配を感じる。

「簡単にオマエさんに頼るようなヤツを、オマエさん自身が自らの片翼として認めてくれる訳がないでしょうが」

 妙に身体に力を与えてくれる声。更に、気付かない内に縮こまっていた身体が、彼女が発する熱を受けて柔らかく伸びて行く。
 もっとも、現実的に理由を言うのなら、彼女を呼び寄せるだけの余裕がなかったと言うべきなのでしょうが。
 そして、

「男の子ってヤツは、意地と空元気だけで立って居るようなモンですからね!」

 そう叫びながら攻守を一転。双方が回れ右を行い、それまで俺が護っていた正面に彼女……、崇拝される者ブリギッドが。
 そして、彼女が護って居た背後から迫って来る炎の触手を、俺の腰から振り抜かれた一閃が薙ぎ払う。

 二人が交差するその一瞬の隙間に、俺の蒼に変わって仕舞った右目が彼女の頬に浮かぶ表情をはっきりと捉えていた。

「それは、女も同じよ!」

 僅かに微笑みの形が浮かんだ、彼女にしては珍しい柔らかい表情を――――

 それまで……。彼女、崇拝される者ブリギッドが現われるまで、体調的には絶好調ながらも、精神的な部分ではかなり余裕のない状態だったのが、今でははっきりと判る。
 それぐらい彼女の登場は劇的で有り、更に俺に勇気を与えてくれる物で有ったと言う事が。
 そして、更に続く強い言葉。

「それでも、頼られたい相手と言うのも存在している!」

 正面。つまり、先ほどまでしつこいぐらいに俺に対して攻撃を加えて来て居た方向故に、一度の撃退では完全に防ぎ切る事が出来なかった炎の触手を、返す刀で斬り払う崇拝される者ブリギッド。
 彼女の日本刀が巻き起こす炎が、太陽のプロミネンスに等しい熱量を放つ、生きて居る炎クトゥグアの触手の纏いし炎をこの時、凌駕したのだ。
 その瞬間、再び振り返った俺は、其処に有った彼女の左肩に手を置きシルフを起動。

 ここまでの流れるような動きに、まるで状況を合わせるかのように下方から猛烈な熱量を持つ巨大な物体が、先ほど走った亀裂の奥深くに現われたのを感じる。
 しかし、今回は余裕を持った対応。俺自身が下方に向け早九字を放った刹那の後に、俺と完全同期状態のタバサがシルフの能力を行使。有視界の範囲内に瞬間的に転移を実行する。

 早九字により構築された格子状の結界が僅かな……体感的に一秒の数分の一程度の時間を作り出し、その一瞬の隙の内に転移魔法を行使。
 有視界のギリギリの場所に転移した瞬間の俺たちを、イオン化した大気が発生源の雷が襲う。

 しかし、その雷は俺が身体を立てる事で、崇拝される者ブリギッドを襲う事はない。
 そして、その一瞬後に襲い来る熱風はすべて彼女……炎の女神として彼女の職能が弾いて仕舞う。

「そもそも、アイツを呼び出させない為に、この山には外つ国(とつくに)の邪鬼を封じた上で、呪法による封じもされていたはず」

 空中機動は俺の瞬間移動のみに限定し、触手による攻撃を捌く事に専念した崇拝される者ブリギッドが叫ぶように問い掛けて来た。
 その瞬間に再び転移。

「封印は人間を上手い形で操られてほぼ無効化。その後に、封印を護って居た一族は壊滅させられた」

 後方五十メートルほどの地点。つまり、一瞬前まで俺たちが居た場所を炎の触手が嘗めた時、ブリギッドの問いに対して答えを返す俺。
 その言葉に応えるように、急に空中で方向を変えた正面からの触手が襲い来る。

 しかし!
 その程度の。それも、急に方向転換を行ったような勢いのない触手の一撃など、いくら膨大な熱量を持っていたとしても無意味。
 振り抜かれた炎の刀により、あっさりと無効化。

 まるで息を吐く暇もなく連続で転移を行う俺とブリギッド。時間と空間。そして、物理法則すらも無視した機動。
 周囲を雷の気が飛び交い、龍気の枯渇、更に能力の暴走を気にせずに行動出来るこの場、この時故に可能な無茶な行動。

 目の前に立ち塞がる炎の触手。
 触れるモノすべてを燃やし尽くし、魂すらも奪い取る。地獄の業火よりも赤い炎が、見た目はゆっくりと。しかし、現実には瞳に映って居ても、脳がその存在を理解する前に相手を消して仕舞うスピードで迫る。
 そう、それはヤツの信奉者も、そしてそれ以外の存在もすべてヤツの治める魔界へと連れ去られて仕舞うほどの圧倒的な神威。
 これはある意味救いと言うべき状況かも知れない。
 生ある状況で訪れる苦悩も悲哀も辛苦も絶望もすべて失われる、そう言う状況ですから。

 但し、その後に訪れる物が魂の安寧とは限りませんが。

 その瞬間、上空に集まる霊気が強く成って居るのを感じる。これは、マジャール侯爵率いる飛竜騎士団が行使しようとしている大規模儀式魔法が最終段階の入った証拠。
 しかし同時に、俺と崇拝される者ブリギッドを包み込み、呑み込もうとする邪炎の力は、それに倍する速度で膨れ上がって行くのが判る。
 このままでは……。

 間に合わないのか?

 現状では俺たち二人を追っていた炎の触手の攻撃目標が、上空の飛竜騎士団に向かうのはマズイ!

 世界が軋み、異界の侵食は止まず。
 その刹那、再び俺と崇拝される者ブリギッドを襲う炎の赤と雷の蒼。

 咄嗟に起動させた対火焔用の結界で自らと崇拝される者ブリギッドを包み込む。
 口でひとつの呪文を唱え、片手で導引を結び、もう片方の手で別の呪符を起動させる。
 タバサは俺の龍気が向かうべき道を、正しく、そして的確に処理し、過分に供給する事もなければ術を未発の状態にする事もなく、正常にすべての術を起動させて行く。

 今までは方向を搾り、全方位を炎の触手に捉えられないように細かな機動に因り回避して来た攻撃を真正面から抑えに掛かる俺。
 しかし、恒星に等しい存在の攻撃を正面から受け止めるのは正気の沙汰ではない。

 ひとつの結界が崩壊する前に、即座に次の結界を準備し、その結界の強化用の呪を同時に組み上げる。
 俺の隣で崇拝される者ブリギッドが一瞬遅れながらも、対火焔用の結界呪を行使。
 彼女も上空に集まりつつある霊気に気付き、それと同時に俺の意図に気付いたと言う事。

 全方位から襲い掛かって来る炎の触手により、一層目の防壁は簡単に昇華。元の龍気から単なる光の粒子に変換され霧散。次の防御用の結界にぶち当たる。
 次々と防御用の結界が立ち塞がり、同じように次々と昇華されて行く。
 但し、防御用の結界も無駄に昇華されている訳ではない。本当に僅かずつでは有るが、炎の触手の勢いと熱量を奪って行く。

 しかし――――
 僅かに足りない。俺と崇拝される者ブリギッドが立ち上げ、そして強化し続けて居る結界仙術を行使し続けながらも、意識の片隅でそう考える俺。
 このままこの中空に留まるのは危険。結界を構築し、防御を強化して行ったとしても、僅かにクトゥグアの触手の放つ神威には届かない。
 ならば、有視界への転移を行い、そこで一度態勢を立て直すか、それとも……。

 一瞬の判断。ただ、今のトコロはクトゥグアの触手は俺とブリギッドを目指して攻撃を加えて来ています。しかし、現在上空に集まりつつある霊力の総量と、俺とブリギッドの二人のそれを比べると、危険度は五分五分から、上空の方が危険と判断する可能性も高い。
 そして、アチラは攻撃にのみ霊力を回している以上、防御に霊力を回せないと思いますから……。

 しかし――――

【問題ない】

 俺が転移魔法を行使して場所を移動、其処で態勢を立て直そうと決めた瞬間、俺の意識領域内に存在するタバサが声を掛けて来る。
 そして、それに続く違和感。
 これは先ほど、崇拝される者ブリギッドが現われた時と同じ感覚。そして、今度は左目に感じる、目を開けて居られない程の強い痛みと、頬を流れ落ちるヌルリとした生温い液体の感触。

 この現象は……。
 ここは一種の異世界。その異界化した空間の中に無理矢理侵入を図る為に、俺との間に通った霊道(パス)を辿って来たのでしょう。
 彼女たちが。
 その影響が、この左目に感じる痛みと視界を覆う紅い液体の意味。

 俺の後ろから淡く輝く七色の光が発せられ、前方に切り取られた影が長く伸び――
 そして、次々と立ち上がる土行と水行に属する防御用の障壁。

 俺の左に並ぶ妖精女王ティターニア。そして、俺の後ろにそっと佇むのは湖の乙女ヴィヴィアン。
 いや、彼女たちだけではない。

 数々の障壁を無効化したが故に、完全に初期の勢いを失った炎の触手をやや下方より薙ぎ払う光の斬撃。この斬撃から感じる彼女の気配。

「無事のようですね、シノブ」

 俺の周囲に集まる少女たちの姿を見つめてから何故か、少しの不満のような色を滲ませながらも、口調は普段の女性騎士の口調で話し掛けて来る蒼い戦姫。但し、次の瞬間には回れ右を行い、正面、やや下方の遙か宇宙の彼方へと繋がる大地の亀裂へとその視線を移す。
 そう言えば、アリアはティターニアとブリギッドに関しては初見でしたか。

 但し、二人……いや、正確には二柱とも尋常ならざる炎の気と大地の気を纏った存在だけに、彼女ほどの能力を示す人間がその正体について類推する事が出来ない訳はないでしょうが。

「みんな、助かったよ。ありがとうな」

 前後左右に存在する少女たちに対して、一括で感謝の言葉を伝えて置く。
 その瞬間。

 上空に集まりつつ有った霊力に明確な方向性と言う物が与えられた。そう、ただ単なる霊力(ちから)の塊……おそらく、精霊の姿を視認出来ない人間では見る事の出来ない存在で有ったモノが、視覚的に確認出来る強烈な蒼白い光へと変わり、その光輝が異界化した世界を完全に包み込んで行く。
 そう、それは、眼を開けて居られなくなる程の強烈な光輝。但し、その光輝から感じるのは眩しさだけではない。包み込むような温かさ。神を前にして感じる厳かな雰囲気。
 そして何より、母の胸に抱かれているような優しさで有った。

 高く……。その霊力の発生源に向けて振るわれた炎の触手の先が閃光を浴びた瞬間。まるで炎が光に溶けて行くかのように消えて行く。
 徐々に領域を広げて行く蒼が、赤で彩られた世界を創りだそうとしていた炎を凌駕して行ったのだ。

 そして、その蒼白き光輝の中で炎の触手が。そして、炎の邪神クトゥグアを讃える異世界の歌声を響かせていた炎もたらすモノが次々と光の粒子……魔力から危険のない粒子へと変換されて行ったのでした。


☆★☆★☆


 光輝以外の攻撃的な現象。轟音を発するとか、衝撃波を発生させるなどと言う事もなく、ただ邪悪な存在のみを消し去る光輝。
 ただ、この光輝に触れた邪悪な存在はすべて光の粒子へと変換され……。

 その一瞬とも、永遠とも感じられる聖なる光が輝いた後には……。

 静寂。

 其処に存在して居たのは通常の夜明けの蒼穹をバックに風を受け滞空する飛竜の群れ。
 やや明るさを増して来た東の蒼穹。

 そして、破壊の傷痕を残す大地の亀裂の向こう側には――――

 その刹那!
 大地から吹き上がるかのように発生した炎の塊が、僅かに明けて行く世界を灼熱の色に染め上げ、再び世界を異界へと導く。
 マズイ、予想よりも召喚の儀式が進行して居た!

 (ザン)、と振り抜かれる一振りのクトゥグアの触手。そのたった一振りの触手により、上空に展開した飛竜の隊列が乱れ、一瞬の内に数体の飛竜と、その背に存在した騎士が蒸発させられて仕舞った。

 流石に、これはマズイ!
 先ほどまでよりもやや小ぶりの炎の触手ながらも、今のここは通常の理が支配する世界。これ以上、こんな太陽のプロミネンスに等しい熱量を放つ存在に居座られる訳には行かない。
 後に与える影響は予想が付かない。更に、現在も十分、危険度は高い存在で有る事に変わりはない。

「アリア、ブリギッド。一度だけ、一度だけで良い。俺と霊道を繋いでくれ!」

 自らの手の平を切り裂き、其処からあふれ出す鮮血により指先を紅に染め、そう叫ぶ俺。

「策が有る、と言う事ですか?」

 振り返り、何時もと変わらぬ真面目な表情で俺の事を見つめるシモーヌ姉ちゃ――アリア。

「ちょっと、こんな場面で一体、何を言い出す――」

 こちらは何を勘違いしたのか少し上気した顔を俺の方に向け、かなり上ずった声と口調でそう怒鳴り声を上げ掛けるブリギッド。
 但し、もう鬱陶しいし、ついでに説明を行う時間もない。少し気色ばんだ雰囲気を発しながら、俺の事をその強い光を放つ瞳で睨み付けている彼女のくちびるを、紅い色に彩られた左手薬指で塞ぐ俺。

 そして、

「一度だけ使用可能の霊道を通すだけやから、これで上等!」

 現在の俺。周囲から雷の気を集めて、普段以上に龍の気に溢れた俺だから出来る芸当。まして、双方の生命が尽きるまで続く契約に際して開かれる霊道などではなく、これから行う呪法に使用する為に開いた霊道。
 一度だけの使用に耐えてくれたら問題ない。

 刹那、俺の視線の先。闇の向こう側へと続く大地に走る亀裂の周囲に雷光が爆ぜる。朝日が差し込み、闇に覆われた世界から、光り差す世界へとの移り変わりを完全に否定するかのような白い光が踊り狂ったのだ。
 その中心に、迸る雷光を発生させ、周囲の大気をイオン化させる程の高熱を発する存在が再び姿を現す。
 触手の周囲では風が渦巻き、刃として大地を切り裂く。炸裂した土が舞い上がり、触手の周囲に達した土埃は、これもまた一気に昇華からイオン化と言う現象を引き起こす。

 状況は更に危険度を増して行く……。

「配置はこのまま。それぞれが霊力を高めてくれたら問題ない」
【タバサ、頼むな】

 素早く、アリアのくちびるにも左手の薬指で触れ簡易の霊道を開くと同時に、タバサに対して【念話】を送る。
 これは意味不明。但し、彼女にはこれで充分に伝わる。

【龍の巫女たる古き血の一族の末裔(すえ)が願い奉る】

 正面から昇り来る朝日を受け、右手を高く掲げる俺。
 その手の先に顕われる運命の槍(ロンギヌスの槍)

「アテー。マルクト」

 イメージ。東の蒼穹から、自らの額に向けて霊気(ちから)が降りて来る様を強くイメージする。
 其処から普段とは違い、丹田に向けて流れる俺自身の龍気をイメージ。

 これは普段使用する仙術とは少し違う魔法。
 そして、

「ヴェ・ゲブラー。ヴェ・ゲドラー」

 右肩の琵琶骨から左肩の琵琶骨に抜ける龍気を強く意識。

 そう。これは俺に刻まれた聖痕や運命の槍に繋がる儀式魔法。
 上から下に走り抜ける龍気と、右から左に抜ける龍気。胸の部分でクロスするその龍気の流れに、俺はそれに相応しい形……自らの身体の中に存在する巨大な十字架をイメージする。
 その瞬間、俺と共に在るタバサから、それぞれの方角に佇む少女たちに【念話】が繋げられ、アリアが、ブリギッドが、ティターニアが、そして、湖の乙女がそれぞれに相応しい口調で対応した呪を唱えながら、刀印を結んだ右手で宙空に五芒星を描く。

 その瞬間。
 大地の亀裂から現われ、周囲を生きて居る炎が存在するに相応しい環境を作り出して居た炎の触手に新たな動きが発生した。
 先ほどまで顕われていた触手に比べると小振り。内包されている邪神の霊気に関しても、ここから先にフォーマルファウトから供給される道が閉ざされた以上、縮小して行く一方と成る事は確実。
 但し、ヤツが蓄えたすべての霊気を使い切るまでに、地球を破壊し尽くす事が可能かも知れないレベルの邪神の残滓。

【一切の衆生の罪穢れの炎を祓い清め給い】

 タバサの祝詞が俺の心の中でのみ響き、
 それと同時に、俺の四方……刀印で五芒星を描いた彼女たちの正面に顕われる晴明桔梗(五芒星)

「我が前にラファエル」

 先ずは正面に向かい、浮かび上がった……アリアが空中に描き出した五芒星の中心に刀印を向け、その中心に点穴を打ち込む俺。
 その瞬間、目の前に浮かび上がった五芒星が金色の輝きを放ち始める。

 そう、風を統べる青竜の属性を持つ蒼き龍の姫。彼女を、風を統べる熾天使ラファエルに規定。
 その瞬間、アリアより発生した龍気が強い輝きを示し、彼女の周囲に彼女の気の高まりにより活性化した精霊が歓喜の舞いを、そして歌を歌い始めた。

「我が後ろにガブリエル」

 次に後ろを向き、其処に存在する五芒星の中心に最後の点穴を打ち込む。
 すると、今度は紫に近い輝きを放ち、起動状態と成る五芒星。

 この世界の水を統べる精霊王。湖の乙女ヴィヴィアン。いや、おそらく彼女は地球世界に伝えられる湖の乙女とは違う存在。
 しかし、故に水を統べる熾天使ガブリエルに規定しても問題は有りません。
 何故ならば、この部分に関しては地球世界の伝承上でも伝えられています。ヘブライの天使たちでは、世界の水を完全に統べる事が出来ずに、反乱に加担した水の精霊王アリトンをそのまま水の精霊王として留任させたのです。ガブリエルの代役に彼女を見立てても何の問題もないでしょう。

 但し、術式が完成するのを待ってくれる訳はない!
 まるで巨大な塔が動いたかのような錯覚と、それが動いたに等しい破壊を周辺にもたらしながら、クトゥグアの残滓たる炎の触手が振り抜かれる。

 俺たちを護る術式は存在しない。

「我が右手にミカエル」

 今度は右。その場に存在する五芒星を起動。今度は燃え上がるような灼熱の赤。
 今、俺の右に立つのはこの世界の炎を統べる存在、崇拝される者ブリギッド。長剣を持ち、炎、南、赤色と関連付けられる熾天使の代役には彼女こそ相応しい。

 しかし!

「壁よ、阻め」

 優しい、しかし、強い(マジャール侯爵夫人)の声が上空より響いたその瞬間。
 やや下方から伸び切るように振り抜かれた触手の前に立ちはだかる防御用の魔術回路。
 それは、先ほど俺とブリギッドが立ち上げ、昇華されながら、更に立ち上げ続けた防御用の結界と同じ経緯を辿り、次々と昇華されながらも、それに倍するスピードで立ち上げられ、そして、炎の触手の侵攻を阻止し続ける。

「我が左手にウリエル」

 そして最後の五芒星は薄い黄色。
 俺の左に立つのはこの世界の大地の精霊を統べる妖精女王ティターニア。

 それぞれの名を呼ぶ毎に活性化して行き、更に霊力を高めて行く俺を取り囲む少女たち。
 それと同時に、何故か紫色の痣状となって居た聖痕からあふれ出す紅い液体。
 どくどくと。どくどくと手首から、足首から。そして、脇腹に付けられた聖痕からあふれ出した紅い液体が、ゆっくりと俺たちの足元。何も足場のない宙空に複雑な紋様を描き出し始めた。

 右手首から流れ出した紅い線がひとつの三角形を。
 左手首からあふれ出した紅い線が今ひとつの三角形を描き出す。

 これは六芒星。ふたつの三角形が重なり、その周りを円が取り囲む、ヘブライの神族が用いる典型的な魔術回路。

 そして!

「我が四方に五芒星が燃え、我が頭上に聖槍が輝く」
【破魔の聖槍を持ちて、我にまつろわぬ者を討たせ給え】

 俺の五芒星小儀式の呪文と、タバサの祝詞が完全に唱和を果たした。
 四方すべての五芒星が神々しいまでの輝きを発し、それを描き出した少女たちが発する凄まじいばかりの霊気が、ラファエルから始まり、ミカエル、ガブリエル、そしてウリエルを経過した後に一度俺に集められ、俺の丹田から脊柱、そして、右琵琶骨を経由した後に聖なる槍へと注ぎ込まれている。
 完全に臨界まで達し、最早振り下ろされ、自らの敵。邪悪な存在をその貫く、その一点のみに特化した聖なる槍が今まさに放たれようとした正に、その刹那。

 しかし、世界は無情。炎の邪神を呼び寄せたあのナナシの青年の哄笑がその瞬間に木霊する。
 そう、炎の触手は未だ健在。終に最後の障壁を光の粒子へと変換。その時、俺たち四人と炎の触手の距離は最早数十メートル。
 活性化した精霊に守られ、完全に聖域と化した六芒星の中に存在する俺たち四人に今の所、実害はない。

 しかし、このままの速度で接近されると――――

 このままでは、聖なる槍は初期の目的を完遂する。
 しかし、それと同時に無防備な俺たちも太陽のプロミネンスに等しい熱量に焼かれ――

 時間が歪む。これまでも神の領域に存在していた俺の時間が、更に間延びする。
 最早、アインシュタインを越えた時間(世界)の中に存在する俺の目に、俺たち四人を完全に捉え、そしてすべて自らの霊気と変えようとする炎が迫る。

 しかし!
 そう、しかし!

 炎の触手と俺たちの間に立ち塞がる黒き羽根の少女。その彼女と、触手の間に浮かび上がる防御用の魔術回路。
 その瞬間、自らの発した勢いそのままに弾き飛ばされる炎の触手と、そして、その襲い来る触手の勢いを完全に殺し切る事が出来ず、俺の視界から遙か上空へと吹き飛ばされるオルニス族の少女シャル。

 但し、その彼女が作り出したのは貴重な時間。

 今までとは違う静寂に包まれている俺。神すらも屠る槍に、世界を滅ぼしても……。因果律さえも捻じ曲げられる程の龍気を蓄えながらも、俺の心は平穏そのもので有った。
 まるで森の奥深くに存在する湖畔に佇み、緑を眺め、風の楽を聞くが如き心の在り様。細胞のひとつひとつが洗われて居るような清涼感。
 そして、まるで母の胸に穏やかに抱かれているような安心感に包まれている。

 不安も戸惑いも、今、この瞬間には存在しない。

「神を屠れ、運命の槍(スピア・オブ・ディスティニー)

 禍々しい言葉が紡がれた瞬間、俺の頭上に光が炸裂した。
 それは、眩いまでの曙光。夜明けを告げる光輝。
 渦巻く蒼の輝きが螺旋を描くように複雑に絡み合いながら一直線に進み、炎の触手から溢れる紅の光を呑み込み――――

 蒼い光輝の奔流が、周囲を溶岩化し、更にその口を大きくして居た亀裂へと吸い込まれた瞬間、世界のすべてが光に包まれて行った。

 そう、それは闇も、そして炎もすべて貫く、圧倒的な光。

 そして――――
 そして黒き亀裂に吸い込まれた瞬間、世界を統べる槍は、確かに何かを貫いたのだった。

 
 

 
後書き
 今回使用した……タバサが唱えていたのは日本の神道の祝詞で、明確に何かを参考にした物では有りませんが、主人公の方が行った魔法の方は、近い内に『つぶやき』に解説を挙げて置きます。

 それでは次回タイトルは『勝利の後に』です。

 追記。……と言うか予告的なネタバレ。
 この『蒼き夢の果てに』内では原作小説六巻内の魔法学院を白炎たちが襲うイベントの描写は行いません。

 理由は……明かせませんが、物語の展開的な理由や内容に詰まった訳などでは有りません。
 理由を明かさない訳は、私の考え過ぎだろうと言う点と、もうひとつ大きな物が有りますが、それは本当に問題が有りますから、このような場所には記載出来ません。

 ただ、才人やルイズ関係のルートは原作沿いに事態が進んで居る……と言うか、進まされているので、魔法学院が襲われる、と言う事件自体は起きる予定です。

 
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