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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第78話 生きている炎

 
前書き
 第78話を更新します。

 次の更新は、
 1月1日、 『蒼き夢の果てに』第79話。
 タイトルは、『我が前方に……』です。

 追記。
 12月25日に一話完結の短編を公開します。タイトルは『最初の夜に』。
 興味が有りましたら、覗いて見て下さい。 

 
運命の槍(スピア・オブ・ディスティニー)!」

 紡がれる禍言(ことば)

 その瞬間!
 俺の掲げられた右腕の先で猛烈な光を放って居たその霊気の塊が、明確な意志の元にある一点を目指し飛翔を開始する。
 人類すべての原罪を背負いゴルゴダの丘に死せる神の子を貫きし槍。伝説に語り継がれし鍛冶の祖が、星に因り鍛え上げたとする古の書も存在する聖なる槍。

 高度約三百メートルの地点から発生したその光輝(ひかり)は、そのまま一筋の流星と化し、遙か上空。紅く燃え上がるような光を放つ双星へと――――

 しかし!

 紅き双星と(タバサ)の間に立ち塞がるひとつの影。
 振るわれる右腕。その右腕が纏う黒き闇。
 濃密な死と妖の気配。運命の槍が放つ光輝とはまったく逆の存在で有りながら、その放つ雰囲気は等価。
 まるで光を食す闇の如く、ゆっくりと広がりながら――――

 そして、黒き闇と、蒼き流星に等しき光輝の激突!

 持つ者に力を与え、世界を統べるとさえ言われる聖なる槍と、すべての存在を貪り喰らおうとするかのような黒き闇。その互いの顎が……。貫こうとする霊力と、貪り喰らおうとする呪力の拮抗する瞬間――――
 突然、黒き影。自らの事を名付けざられし存在だと自称している青年の右腕が撥ね上げられる。

 その瞬間、音さえ途絶え……。いや、その音を伝えるべき大気さえ、其処の空間には存在して居なかった。

 そう。運命の槍が纏う俺の霊気と、ヤツの纏う妖気が互いに干渉し合って出来上がった空間の歪みが方向を変え、
 猛烈な勢いで渦を巻き、すべての存在……。大気さえも巻き込みながら其の力の行く先を示す。
 真っ直ぐに――――遙か蒼穹(そら)の彼方へと。
 異界……狂った異世界の蒼穹と、正常な黎明の蒼穹に、黒と蒼光の二重螺旋を描きながら……。

 そして……。
 そして、一瞬後にその場に存在して居たのは……。

「流石に、これ以上、俺の眷属を失う訳には行かないからな!」

 そう叫びながら、残った方の腕。流石に伝説にその名を残せし聖槍の一撃を受け止めて無傷と言う訳には行かなかったのか、肩の付け根の部分から先を完全に失ったナナシの青年が残った方の腕。無造作に左腕を振るった。
 その時、彼の右腕の有ったはずの箇所から、血液とも、もしくはそれ以外の何かとも付かない液体が、渦を巻いて黎明の蒼穹へと散じて行く。

 その瞬間、徒手空拳。直前までは何も持って居なかったはずのその左手に現れるバルザイの偃月刀。その際に何らかの魔術が行使されたような気配が発せられた以上、これは一種の鍛造魔術(たんぞうまじゅつ)

 ヤツの手を放れたその殺意と破壊を象徴する一振りの偃月刀は、複雑な軌道を描きながら、(タバサ)を目指して――――

 いや、違う。それは既に()()()などではなかった。不規則に揺れる度、優美な弧を描く度にその数を増やして行くバルザイの偃月刀。
 その数は、正に全天を覆うが如し。
 それぞれが、ナナシの青年に相応しい……熾火(おきび)の如き昏い光を放ちながら、巨大な蜘蛛の巣のように急速に広がって行く。

 対して、俺の方は徒手空拳。風に乗りて歩むモノに向けて放った聖槍……如意宝珠(ニョイホウジュ)は未だ戻らず。
 しかし!

 少し立ち位置を後ろに移し、俺の右隣に並ぶ龍の戦姫(アリア)
 そして、共に抜き打ちの形に構える姿は正に鏡に映る自らの構えを見るが如き。

 彼女の右手には七星の宝刀が。
 そして俺の右手には――――

 いや、ここも違う!
 何故か、その右手の周囲から溢れ出す光輝。徒手空拳のはずの右手の先に霊気が集まって行くのだ。

 そう、如意宝珠とはその所有者の心の中に共に有る宝貝。
 そして、現在の俺の(精神)の中には、タバサの精神体が存在している。
 そのタバサの心の中には、湖の乙女から託された如意宝珠の『希』が存在して居る。

 但し、先ほど全力で運命の槍を放った以上、今回の隔てられぬ光輝(クラウ・ソラス)には全力で霊力を注ぎ込む事は出来ない。
 更に、今回は湖の乙女がいない。故に、如何に神話上で勝利をもたらせる、と言う属性を有していたとしても、完全な勝利を得るのは難しいかも知れない。
 しかし!

 集束は一瞬。呼吸から、そして、周囲から有りとあらゆる種類の精気を取り入れ、それを丹田にて自らに扱える龍気へと練り上げる。
 俺とアリアを中心にして高まって行く龍気に世界が歪み、その歪みに向かい周囲より大気が流れ込んで来る。
 この時、またもや俺の周囲は龍の気に溢れた異界……。一種の龍泉郷と化して居た。

「勝利をもたらせ――――」

 ゆっくりと。しかし、現実の時間に換算するのなら刹那の瞬間に右手を脇構えの位置に。
 沸騰しそうな程に熱を帯びた血液が身体中を巡り、右手に宿った暴走寸前の龍の気を、タバサが辛うじて制御しているのを感じる。
 最早、臨界点まで高められた光輝は、放たれるその瞬間を待つのみ。

 そして!

隔てられぬ光輝(クラウ・ソラス)!」

 希望を意味する如意宝珠に因り作り上げられたケルトの至宝が振り抜かれた瞬間。俺の右隣に並ぶ龍の戦姫が一際強く輝く。
 その時の彼女の動きもまた、鏡に映りし俺の動き。
 二人分の龍気の高まりに因って出来上がった世界の歪みに向かって流れ込む大気が、彼女の纏いし魔術師の証をはためかせている。
 そう、圧倒的な力が彼女の構える宝刀に集まって行くのが見えた。それは、空間の揺らぎ。強大な龍気が陽炎の如き物を纏う。それは次第に凝縮して行き、通常世界とのずれを無理矢理に塗り潰して行くのだ。

「蒼穹に輝く白銀の太陽」

 そして、俺と同時に紡がれる言霊。
 その瞬間!

 黎明の蒼穹に、再び新しき朝の光を完全に凌駕する閃光が発生した。

 異なった……。しかし、同じ質の龍気に因り放たれた光輝が、一瞬にして接近中の鈍く光る青銅製の魔刃を呑み込む。
 これで、ナナシの青年の行った攻撃は完全に防いだ――

 ……かに思えた。

 しかし、と言うべきか、それとも矢張りと言うべきか。完全に呑み込まれ、すべてが魔力の塊から光へと昇華されたと思われた魔刃の内、大きな円を描くような軌道を行っていた数本が未だ――――

 その瞬間に俺とアリアが未だ少し昏い黎明の明かりの中に、強い光を放つ数多の光が発生。
 これは――――
 強烈な雷の気を放つ球体。これは間違いなく紫電。大きさは大体バレーボールほどの大きさ。
 その紫電が俺とアリアの周囲を完全に球状に包み込み、視界を完全に遮断。

 そして――――

 其処から外側に向け、一斉に飛び出す紫電。
 複雑な軌道を描き、こちらに向かって接近しつつ有った残りのバルザイの偃月刀が、その紫電の動きに反応。それぞれがまるで意志を持つ存在で有るかの如き回避運動を開始する。
 そう、有る物は急上昇から、急降下を行い。
 また有る物は、横にスライドを行うような、蒼穹を飛ぶモノの常識から考えると明らかに物理法則を無視した機動で回避運動を行う。

 しかし!
 しかし、迎撃を行う紫電の方がその数が多く、更にバルザイの偃月刀よりも明らかに速度が上回っている。

 そして、

「……やれやれ。一族や縁故の者で寄り集まって行動する連中は厄介だね、こりゃ」

 次々と迎撃され、終に最後の一振りのバルザイの偃月刀が撃ち落とされた瞬間、名付けざられし青年が酷く疲れたような口調でそう言った。
 それまでの彼の口調そのままに。ただ、今回の場合、この台詞は本心からの台詞であるのは間違いない。

 それに、基本的に龍種と言う存在は、圧倒的多数を占める人類からはエリミネートされる存在で有り、その部分に関しては夜の貴族たるタバサたちの血筋も同じような物。
 故に、同じ龍種同士や夜の貴族たちは、種族としての結束は強くなる傾向にあるのはやむを得ない事でしょう。
 少なくとも俺の暮らして居た世界ではそうでしたから、その辺りに付いては、このハルケギニア世界でも大きく変わる事はないはずです。

 もっとも、先ほどの紫電に関しては、おそらくマジャール侯爵夫人の魔法に因る援護などではなく、その傍に居るオルニス族のシャルの風招術に因る物。彼女と俺の関係は龍種同士だと言う訳でもなければ、同郷の出身者と言う訳でもない……。
 いや、本当の意味で言うのなら、昨日出会ったばかりの相手のはずなのですが。

 しかし、

「自分の息子と、義理の娘の危機に対処しない親は居ません」

 俺の下方。高度差で言うと俺たちよりも更に二百メートルほど下方から母の台詞が聞こえて来る。
 この声は、マジャール侯爵夫人アデライードの声。但し、彼女は俺の本当の母親の訳は有りません。まして、ガリアの公式な発表上でも、彼女は(ガリアの王子ルイ)の育ての親と言うだけで、生命を与えてくれた母親と言う訳ではないのですが……。

 ただ、余りにも他人行儀だと近い未来に……。一時的にガリア王太子の替え玉を演じる際に、そんな細かな所からボロが出る可能性も有りますから、この蒼髪、蒼い瞳で居る間は、彼女の息子の振りをし続ける方が正解でしょう。
 もっとも、ヤツ、ナナシの権兵衛に対して、その程度の演技は無意味だと思いますが。
 何故ならば、ヤツは俺の名前。この世界で名乗っている偽名を口にしましたから。

 内心で俺が非常にリアルで、更に打算的な事を考えて居る事など斟酌する心算もないのか、上空から最初と同じようなやる気を感じさせない瞳、及び雰囲気で下方を眺めるナナシの権兵衛。
 先ほど失った右腕が有るべき場所からは、未だ黒き液体を異界から吹き寄せる風に散じさせながら。

 そして、

「成るほど。どちらにしろ、上しか見えていなかった見たいだな」

 上から目線で俺たちを見下ろし、嫌な台詞を続けるナナシの権兵衛。
 その瞬間、それまでとは違う気配が爆発した。

 風に乗りて歩むモノ(イタカ)宇宙を旅するモノ(ビヤーキー)は明らかに風の眷属。しかし、新たに発生した気配は、非常に強い炎の気。

「この地。火竜山脈に封印されているのが、イタカとビヤーキーだけだと、誰が言った?」

 その言葉と、爆発的に発生した炎の気配に対して、慌てて下方に目をやる俺。
 其処に存在していたのは――――

 すべてが撃墜されたとは思えませんが、既にビヤーキーと飛竜騎士団の戦いは終息に向かって居り、残るビヤーキーは僅かと成って居る。そして、その事に因って大群の黒き身体に隠されて見えなく成って居た太古の森の姿が、黎明の陽光の下に広がって居るのが確認出来ました。

 その瞬間。

 小さな点の如き明るい光……蒼白い光が、森の彼方此方から発生した。
 其処から紅い火の粉に因り出来上がる波紋が、ゆっくりと広がって行く。
 見た目はゆっくりと。しかし、現実の時間として判断すると凄まじいスピードで……。

 滅びの炎が具現化したような勢いで広がりつつある紅蓮の炎。
 凄まじいまでの高温が陽炎を発生させ、黎明の蒼穹を歪ませながら広がって行く……。

「悪いな、忍。アイツらは、俺とは相性が悪いヤツらなんでな」

 いや、その紅蓮の炎は無暗矢鱈と広がって居る訳ではない。それは何かの意志の元、地面に巨大で、更に奇怪な紋章を描き上げ……。
 すべてを呑み込み、燃やし尽くす炎。あれが広がり続ければ、世界は間違いなく滅びる。何故か、そう確信出来るレベルの邪悪な気配。

「大体が真面な知性すら持たない連中に、そもそも同盟関係などが成り立つ訳がないだろう?」

 視線は地上に。耳は上空から聞こえて来る声に集中させられる。
 しかし、……同盟関係。そう言えば、風の邪神と炎の邪神は同盟関係に有ると記している忌まわしい書物も存在して居ましたか。

「それじゃあ、後の事は任せた」

 せいぜい頑張ってくれよ、未来の英雄王殿。その場に居るはずなのに、何故か闇の向こう側から聞こえて来るような声が耳に届いた瞬間、上空から感じ続けて居た風の邪気が掻き消えて仕舞った。
 これは、少なくともヤツ……。自らが名付けられていないと自称している青年と、彼が自らの眷属と呼ぶ風に乗りて歩むモノ、それに、星間の旅人ビヤーキーは撤退したと言う事。

 そして、ヤツがもし、自称して居るように黄衣の王。つまり、ハスター(風の邪神)の顕現ならば、この大地に広がりつつある炎の正体は……。

「アリア。手を貸してくれ」

 もしも、この広がりつつある炎。最初に小さく灯った光の正体がアレならば、現在の状況は、今までよりも更に非常に危険な事態へと移行しつつある。
 何故ならば、少なくともここは高度千メートルほどの箇所。いくら俺の視力が通常よりも強化されているとは言っても、この位置から地上の小さな炎を完全に確認する事が出来る訳は有りません。
 まして、既に朝日に因り明るく成りつつあるこの時間帯には尚更。

 しかし、現実には最初に灯った強い光は確認する事が出来て居ます。
 つまり、この最初に灯った光と言うモノは、かなり強い光源だったと言う事。
 炎の邪神の眷属で、それほどの強い光を発する存在と言えば……。

「当然です。このまま、あの炎を無視して冬枯れの森が燃え尽きるのを黙って見過ごす訳には参りません」

 弱者を護るべき騎士として当然の台詞を返して来るアリア。その台詞と同時に、俺たちよりも低空域に展開していた飛竜騎士団が、おそらく指揮官の指示の元、広がって行く炎に対処すべく、統一された動きで低空域に侵入しようとする。
 ――――って、言うか、それはヤバい!

 次の瞬間、轟と空気が震えた。
 大地。既に複雑な紋様が刻まれて久しい個所から吹き上がる炎に弄られる飛竜騎士団。
 同時に周囲に発生する爆風。そして、その中核を為す炎の塊から周囲に向け発せられる雷。

 咄嗟に周囲に耐衝撃用の結界を構築。俺たちに対して衝撃波がもたらせる被害を最小限に止める。

 そう、あれは単なる炎の塊ではない。おそらく、これからこの場に召喚されようとしているヤツの触手。
 但し、ヤツの本体は最悪ならば恒星サイズ。つまり、本当の意味で言うヤツの触手のレベルも、太陽のプロミネンスぐらいの大きさは有るはず。
 爆風はあまりの高熱源体が発生した為に起きた物。そして、雷も同じく周囲に存在する大気が一気にイオン化して発生した電子に因り発生した雷。

 常識を超越した存在が、物理法則に従って発生させた現象。これは、魔法や神の奇跡の類ではない。

 その炎が一度撫でて行った事により、下降体勢に入っていた飛竜の数十体が一気に撃ち落とされた。

「あれ。……今、大地に描かれつつある召喚円で呼び出されようとしているのは、生きている炎クトゥグァの可能性が高い」

 推測に過ぎない内容ながらも、それ故に最悪の予測を口にする俺。
 そう、生きている炎クトゥグァ。コイツに付いては、実は詳しい記述が残されて居る訳ではないので正確な事が言える訳では有りません。そもそも、大きさについても恒星クラスだとか、惑星クラスだと言う曖昧な記述しか存在せず、炎なのか、それともプラズマなのかはっきりしない存在で有るのも間違いない邪神です。
 一応、記述に残されているヤツの召喚に必要なのは呪文と星辰。具体的にはフォーマルハウト星の位置なのですが、今宵のこの周囲は蒼穹自体が歪んで見えて居り、その上に、今は地上から発生している炎の発生させる高温に因って陽炎が立ち昇って居る状態なので、更に蒼穹が歪んで見えているはずですから……。

 星辰が整っているのかどうかさえ不明。

「アレ。今、燃え広がって居る炎については、普通の消火作業が通用するとは思う。しかし、その炎を広げている元凶。最初に発生した強い蒼白い光に付いては、通常の消火作業は通用しないと言う事を、騎士団を指揮している人間に直通の【念話】で伝えて欲しい」

 炎を広げている元凶。おそらく、炎もたらすモノと呼ばれるクトクグァの奉仕種族。
 そいつは超高熱のプラズマの塊だと言われている存在で、普通の消火方法。水を掛けるなどと言う方法で倒す事は不可能だと言う記述も存在しています。

 巨大な……。しかし、クトゥグァの触手としてはかなり小さなサイズの炎の触手が振り抜かれた瞬間、数十体の飛竜が騎士ごと吹き飛ばされ――――
 そしてそのまま混乱から壊乱状態へと移行するかに思われたマジャール侯爵麾下の飛竜騎士団は、しかし、一瞬の内に体制を整えて上空……俺たちが滞空する個所まで一気に上昇して来る。

「それで、リ……ルイス。私たちは何をしたら良いのです」

 騎士団の飛竜たちと同時に俺とアリアの高度にまで昇って来たマジャール侯爵夫人が、自らの操る騎竜の上より問い掛けて来る。その声には多少の焦りのような物を感じはしますが、少なくとも俺がアリアに語った内容について疑って居るような気配を感じる事は有りません。
 成るほど。おそらくはアリアや、その他の色々な方向から俺の情報は集めて居て、少なくとも信用に足らない人物と言う情報は得ていないようです。
 更に、元々はガリア王家に繋がる家柄からマジャール侯爵家に嫁いで来た貴族の令嬢だったはずの彼女ですが、流石は騎竜を操る家系に入った人間。見事に竜を自らの手足の如く操って居ます。

「あの召喚円を描いている存在に通用する可能性が有るのは浄化。それ以外は冷気だろうが、水気だろうが、それらはすべて熱を持って居る以上、通用する可能性は薄い」

 俺は、有りとあらゆる物すべてを燃やし尽くす勢いでその領域を広げて行く炎を見つめながら、そう言った。

 そう。炎もたらすモノと呼ばれる存在に関する伝承では、ヤツは吸血鬼で有る、と言う風に記されています。
 但し、その記述をつぶさに検証すると、ヤツラは生物の血液を吸い取ると言うタイプの吸血鬼などではなく、相手の生命力や霊気をすべて吸収するタイプの吸精鬼と表現すべき存在。

 まして、クトゥグァの息子と呼ばれる冷たき炎アフーム=ザーは絶対零度の冷気を纏うと言われる存在。つまり、クトゥグァの眷属に関しては、単純に冷気を苦手とする炎の化身ではない、と言う事だと推測出来ます。

「成るほど。浄魔タイプの魔法ならば効果が有ると言う事か」

 突然、今までに聞き覚えのない声。落ち着いた男性の声が掛けられた。
 その声が掛けられた方向。其処には何時の間にこちらに合流していたのか、一人の青年の操る騎竜がマジャール侯爵夫人の操る騎竜の隣に並んで滞空していた。
 その青年。髪の毛は黒髪。瞳も黒。貴族にありがちな髭はなし。彫は深いが、それでも西洋人の基本形とは明らかに違う東洋風の顔立ち。黒い胸甲と黒の鉄甲と言う軽装。その右手に携えているのも、他の騎竜兵と同じ槍。
 見た目から言うのなら、三国時代の趙子龍がハルケギニアに顕われたような人物と表現すべきですか。

 しかし、俺にはこの人物に関しても見覚えが有ります。
 それは、あの紅い光に染まったタバサの夢の世界で双子の姉弟の両親としてソファーに座り、革製の表紙の書籍に静かに目を通して居た青年貴族その人でしたから。

 何故、マジャール侯爵夫妻がタバサの夢に登場して居たのか理由は不明ですが、このふたりの並ぶ雰囲気から、何となく彼女の求めて居る父親像と母親像は想像が付くような気もして来ますか。

「あの地上に描かれつつある召喚円が完全に完成する前に一気に浄化する。但し、それまでヤツらの好き勝手にさせる訳には行きません」

 先ほど、騎士団が低空域に踏み込んだ瞬間に放たれたのは、具現化したクトゥグァの触手。但し、完全に全能力を発揮出来る状態ではなかったと思うので、あの程度……全長で数百メートル程度の、それも一本の触手のみでの迎撃でしたが、時間が過ぎて行けば行く程、危険度は増して行くでしょう。

「私が地上に降りて攪乱をしますから、マジャール侯爵と飛竜騎士団の方々で、浄化の魔法を放っては貰えないでしょうか?」

 俺は、マジャール侯爵に対してそう依頼した。
 尚、このハルケギニア世界には聖属性に分類される浄化の魔法は存在しては居ません。表向きは……。
 しかし、裏側。俺が召喚されてからタバサと経験して来た世界の裏側には、俺の暮らして来た世界と同じような結界魔法や呪いに属する魔法も存在して居ました。

 ならば、聖に属する浄化の魔法も存在して居るはずです。
 それに、蒼き戦姫アリアが放つ斬撃には、間違いなく聖の属性が付与されて居ます。

 俺の言葉に、大きく首肯いて答えるマジャール侯爵……とは限らないけど、見た目は青年貴族に見える偉丈夫。
 まして、現在、この場に現れた飛竜騎士団を統率して居るのは、この騎士で間違いない。
 そうして、

「アリア。お前もルイスと共に地上に降りて時間稼ぎの手伝いを頼めるか?」

 俺から、俺の傍らに立つ自らの娘に視線を移した後に、少し予想外の台詞を口にした。
 いや、完全に予想外と言う訳でも有りませんか。

「判りました、父上」

 此方の方も先ほどのクトゥグァの触手が振るわれる様を見たはずなのですが、それでも怯む事もなく、簡単に肯定の答えを返すアリア。彼女の答えに因って、この新たに現われた青年貴族が、間違いなくガリア貴族マジャール侯爵カルマーンその人で有る事が証明される。
 そして、その彼女の答えに異を唱える事もなく、ただ推移を見つめるのみのマジャール侯爵夫人。

 ……何と言うか、胆の据わった一家と言うべきか、無辜(むこ)の民を護る騎士として当然の対応と言うべきか。
 どちらにしても、今はあまり時間が残されていない以上、ウダウダと余計な事を考え続けて居る暇は有りませんか。
 まして、実の両親が行けと言うのに、俺が異を唱える理由は有りません。

 アリアの横顔のみでタイミングの確認を行い、一気に降下を開始する俺。その俺の動きに同期する二人の少女。
 一人は当然、蒼き戦姫アリア。
 そして、今一人はオルニス族の少女シャル。彼女に預けた俺の家族の身体は、今はマジャール侯爵夫人の乗騎の元に預けられている。

 僅かに片方の眉だけで不満を示しながらも、シャルに対しても何も言葉を口にしない。
 まして、この場に残ったとしても、今の彼女が飛竜騎士団と共に浄化の魔法を行使する事は出来ないはず。いくら魔法の才能が有ったとしても、初見の相手と息を合わせて魔法を行使するのは難しい物ですから。
 おそらく彼女は、俺の身を案じたと言うよりは合理的に判断した結果、自分の行動として相応しい行動を選んだに過ぎないのでしょう。
 それならば、

 この自由落下に等しい時間の間に、アリアとシャルに対して、物理反射と魔法反射の仙術を行使して置く。
 これで、たった一度だけとは言え、例え星を燃やし尽くすクトゥグァの炎で有ったとしても無効化する事は可能。

 但し、二度目は存在していないのですが。

 そして大量の炎が巻き起こす上昇気流に逆らうように降りて行った先には……。



 倒木が、枯葉や枯れ枝に覆われた大地が、赤い絨毯の如き炎に因って覆われて行く。
 いや、それだけではない。倒木を燃やしていた炎が、其処から更に近くに有った木……未だ生きて居る立木を燃やし始めて居た。

 轟と音を放つかのような勢いでその立木を包み込んだ炎が、そのままの勢いを保って左右に存在する他の木へとその紅い支配領域を広げて行く。
 秋の乾いた空気と、冬に向かい葉を落とした落葉広葉樹が主体の森で有った事が災いしたのか、炎の広がりが予想以上に早いように思われた。
 正に業火に焼き尽くされる灼熱の地獄。精霊の護りを持たない生命では五分と生きて行く事は不可能と思われる世界。

 その炎。何故かすべてを燃やし尽くす炎のはずなのに、瘴気漂う世界の中に……。



 ふぅんぐるいぃぃぃ む、む、むぐるぅぅうなふ く、く、くと、くとぅぐぁ



 ゆらゆらと揺れるように漂う蒼白い光。
 大きさは大体、バスケットボール大。但し、バスケットボールとの違いは、その球体から時々走る蒼白い火花。
 日本の怪談物に付き物の火の玉と言うよりは、西洋の伝承の中に存在するウィル・オ・ウィプスと呼ばれる魔物に近い姿形。
 おそらくは、科学的には球電現象と呼ばれる存在なのでしょう。

 そして、その光が右に揺れる度に、右側に立つ樹木が。
 左に揺れた瞬間には、左側に存在した枯れた下草が燃え上がる。



 ふぉ、ふぉ、ふぉまぁるはうと んが、んがあぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!



 その蒼白い光が揺れる度に。立木が、倒木が、枯葉枯草が燃える度に聞こえて来る異世界の歌声。
 そう、炎の邪神を讃えるその眷属たちの歌。

「俺は上空から見えた召喚円の中心に向かう。アリアとシャルは広がって行く炎を出来る限り阻止して時間を稼いでくれ」

 共に降下して来た戦友に依頼を行い、同時に右手を一閃。
 その瞬間、目の前にまで接近して来ていた炎もたらすモノがケルトの至宝が放つ光輝にて両断され、一瞬の眩いまでの光を発した後に静かに消えて仕舞った。

 しかし――――
 しかし、一体の炎もたらすモノが浄化された瞬間、先ほど燃え上がった立木から、今も燃え続けて居る枯草からも、ゆらゆらと浮かび上がって来る蒼白い光。
 これは……。

「成るほど、ヤツらは有りとあらゆる物を自らの糧として増殖して行くのか」

 ここで一体や二体を浄化したトコロで正に焼石に水。
 この場に居る三人が簡単に精気を奪われるとは思いませんが、一般人ならば一気に精気を奪われて死亡させられるのは間違いない相手。
 正に、忌まわしい書物が伝える通りの吸精鬼と言うトコロですか。

(では、私はあちら側に)

 ひとつ首肯いた後、最初にシャルがそう口にしてから、右手を振り抜く。
 その瞬間に発生した光に包まれた炎もたらすモノが苦しげに揺れ動き、やがて、ふぅっと消えて仕舞う。

 攪乱と、召喚円が完成する事を遅らせる為の目的でここに降りて来たのですから、彼女のこの判断で問題ない。
 但し、

「シャル、無理はするな」

 彼女の向かう方向は召喚円の外周部。先ほどクトゥグァの触手が顕われた場所では有りません。おそらく、俺の記憶に有る彼女の通りの能力を、今の彼女が持って居るのならば炎もたらすモノ程度なら危険度は低いと思います。
 しかし、それでも、ここは戦場で、そして相手は謎の部分が多いクトゥルフの邪神ですから、警戒し過ぎると言う事はないでしょう。

(大丈夫ですよ、ダイ。私は自分の能力は理解している心算ですから)

 灼熱の火焔に包まれた場所に相応しくない、爽やかな風の如き微笑みを見せるオルニス族の少女シャル。
 いや、より正確に表現するのなら、生死の境を彷徨う事に因りオルニス族の少女シャルの記憶を蘇らせたハルケギニア世界の翼人の少女なのでしょう。

(それよりも、何時も無茶な事をするのはダイ、あなたの方だったと私は記憶しているのですが)

 そう俺に話し掛けながら、更に右手を一閃。
 彼女の右手から放たれた霊力。その聖なる光に包まれた燃え盛る倒木から、今、まさに生まれ出でようとした炎もたらすモノが消え去る。

 その時、シャルの言葉に、俺の心の片隅で静かに首肯く少女が一人。
 その二人に対して、僅かな微苦笑のみで答える俺。

 そして、

「それでは、私はあちらの方へ」

 彼女、アリアはシャルとは反対の方向に向かい進み始める。但し、同時に彼女からは何故か、ほんの僅かの不満に似た気が発せられた。
 その彼女が振るった右手から放たれた円月輪(チャクラム)が、彼女に相応しい蒼銀色の光を発し、自らの分身を作り出しながら接近しつつ有った炎もたらすモノを浄化して仕舞う。

 成るほど。矢張り彼女は、自らが一番危険な場所に向かいたかったと言う事なのでしょう。
 思考は先ほどのアリアの雰囲気に。しかし、身体は既に臨戦態勢で呪符を放つ俺。
 それに、アリア自らが危険な個所に向かう方が――――

 放たれた呪符から発した風が旋風となって、炎もたらすモノと、彼らに炎と言う形に変えられた精気を吸い尽くされている巨木を包み込んだ瞬間、

【それは違う】

 ――――常に騎士で有ろうとして居る彼女の思考から推測すると、当然の反応。そう考え掛けた俺の思考を、自らと共に存在する少女が否定した。
 そして、

【彼女はあなたと共に戦いたかった】

 風に巻かれた炎もたらすモノが一瞬強い光を発した後、旋風の中で浄化消滅して行く。同時に、邪炎を供給していた存在が消滅させられる事に因り、紅蓮の炎を上げて燃え盛って居た巨木が、徐々にその火勢を弱めて行った。
 しかし……。

【アリアが俺と一緒に戦いたかった?】

 炎もたらすモノが作り出した紅蓮の世界を進みながら、そうタバサに【聞き返す】俺。
 確かに、俺は初見の相手で有ろうとも相手と呼吸を合わせて共に戦う事を得手として居ますが……。
 それとも、アリアや、それにタバサの目から見て、俺と言う人間はそれほど危なっかしい人間だと言う事なのでしょうか。

 常に視界の中に納めて置かないと……。常に庇護下に置いて於かないと、何を始めるのか判らない、子供に等しい存在だと言う風に思われていると……。

 しかし……。
 しかし、俺の疑問符に彩られた【問い掛け】に対して、同期状態の少女が彼女に相応しい、動かしたかどうかさえはっきりしないレベルの首肯を感じさせた後、

【翼人の少女が言ったように、あなたは自らの安全を二番目以降に考える時が有る】

 ……と言う答えで来る。

 右腕を一閃すると同時に、左手から呪符を放ち木々の間を左右から接近して居た二体の炎もたらすモノを浄化する。
 強く意識せずとも、この程度の動きなら分割思考が可能な俺に取って、そう難しい事では有りません。

 それに……。
 確かに、タバサが言うように俺にはそんな一面も存在して居ます。しかし、別に死にたがっている訳ではないので、自分なりにはちゃんと自らの安全を担保した上で行動している心算なのですが……。

 どうやら、俺のそんな面が危なっかしい……どうにも素人臭い雰囲気を出していると言う事なのでしょう。

【それに……】

 身体は決められた動きをなぞるように。まるで舞いを舞うような、正確で優美な動きを行いながら、炎もたらすモノを屠って行く俺。
 その俺の龍気の制御を行い、的確に……俺よりも俺の能力を自在に操り続けるタバサ。

【それに、あなたは相手の発して居る雰囲気を読む事に因って、相手の考えがある程度判る能力を持って居る】

 普段とは違い、少し饒舌な彼女が【言葉】を続けた。
 いや、普段の彼女からは少し……。ほんの少しだけ、タバサと言う名前の少女を演じて居るような微妙な雰囲気を発する事が有ります。もしかすると今朝は、タバサと言う名前の少女を演じていない。仮面を被っていない彼女が表面に出て来て居るのかも知れません。

 上空から襲い来る炎もたらすモノを普段よりも余裕を持って躱し、左脇に構えた光輝の一閃にて浄化して仕舞う。

 もっとも、そんな事は別に珍しい事では有りません。大体、どんな人間でも有る程度の自分と言うペルソナを演じて居るはずですから。
 ホンネだけで生きて行ける人間など存在して居ないでしょう。

【あぁ、俺は相手の雰囲気を読む事に因って相手のある程度の思考を読む事が出来る。ただ、その事に因って相手を完全に理解しているとは思ってはいない】

 そして、タバサが次の言葉を発する前に、彼女が口にすると思われる内容を先に口にする俺。
 それに、それは何時も自分に戒めて居る内容。俺は相手の考えを何もかも見透かせるほどに世慣れている訳でもなければ、多くの経験を積んで来ている訳でもない。その程度の人間が、少し雰囲気が判るだけで相手の事をすべて判った心算で居たら、必ず何処かで大きなミスをする可能性が有りますから。

 俺の【答え】を聞いて、彼女は微かに首肯いた。
 しかし、

【それでもあなたは、少し相手の気持ちを深く理解して欲しい】

 矢張り、今朝の彼女はかなり饒舌。それだけ、この会話は彼女に取って重要な内容だと言う事なのでしょうか。
 もっとも、俺としてはある程度の場の空気を読んで行動している心算でしたから、タバサから気持ちを理解して行動してくれと言われたとしても……。

 タバサの言葉の真意に辿り着けない俺の思考が、行き止まりに到着し掛かったその時、彼女が【言葉】の続きを伝えて来た。

【あなたの事を大切な存在だと考えて居る人間に取って、あなたが傷付く事は耐えられない苦痛と成る可能性が有ると言う事を】

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『我が前方に……』です。

 追記。これから先の展開について。
 このタバサと翼竜人に似た発端から始まる物語の収拾がついた後は、

 主人公とタバサが正式に王都リュティスへと入城する話が入ります。
 そして、その物語が終ると次は、
 原作小説版の『タバサと吸血鬼』に似た話が発生し、

 その話の収拾がつくと、次は、
 ゼロ魔原作八巻の内容に似たエピソードに突入です。

 その話が物語内時間で一カ月程要した後に、
 二月、三月期は戦争。所謂、原作小説版の『聖戦』に関する部分を扱う事と成ります。

 そして、予定ではその三月期がこの『蒼き夢の果てに』の最終パートです。
 それまでに私がエタらなければ、の話なのですけどね。
 ちなみに、現在は主人公とタバサの王都への入城話の最後の部分。第83話の最後の部分を書いて居る最中です。
 
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