フロンティア
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一部【スサノオ】
十二章【覇王】
薄暗い草原。
ネイティブといえどやはり生き物だからか日中に比べその数は少ない。
聞こえるのはそよそよと風になびく草の音。
そんな中、月明かりを頼りに零たちは西の湖畔で忍びマスティフの出現を待ち構えていた。
「それでよ、零のやつ…」
笑ながらマスティフの情報を得るに至った経緯をクラウリーへと話すジャック。
「まったく…私は真面目に一生懸命聞き込みをしてもダメでしたのに…」
「いや、だから俺からコンタクト聞いたんじゃないですって…」
軽蔑の眼差しを向けられ弁解するがその眼差しは変わらない。
「それにしても、そのティティとかいう女性…よくマスティフの情報をもってましたわね?しかも時間帯や出現場所まで詳細に…」
「おおかたどっかのベテラン揃いの大規模ギルドの一員なんだろ?」
「でも、私だってフロンティア4のベテランさんたちに話を聞いていましたのよ?」
腑に落ちない、といった感じでクラウリーは首をかしげる。
「まぁ、まだこの情報が正確かわかりませんし…期待半分って感じの方がいいんじゃないですか?彼女も、『かも』とか確信ある感じじゃなかったですから」
そうして、再び目を凝らしマスティフの姿を探す3人。
しかし、物音ひとつなく現れる兆しすら見られない。
「現れそうにないですわね…」
「まぁ、そう簡単に出てこないだろ。…そういや、まだ零がフロンティア始めた理由聞いてなかったな?」
「俺の理由ですか?」
ありきたりですよ、と言ってみせるが依然2人は興味津々といった様子。
「仕事探してた時にたまたま見つけたって感じです。それがヒトガタとかオンショウとか…いままだ続けてる自分が不思議ですよ」
「へぇ…まぁ、確かにありきたりな話だな。…けど、こんな状況でもまだ続けてるってことは何かしら零なりの信念があるんだろ?」
「信念とか…そういうのじゃないですよ。ただ、ここで辞めてしまったらこんな俺でもまた一緒に頑張ろうって言ってくれたジャックさんに申し訳ないってだけで…だからそんな理由で続けている事に自分でも不思議なんですけど…」
「不思議か?」
そんな事ないだろ、と呟くジャック。
「たいしたやつだよ。俺がお前の立場だったら逃げてたかもな…ほら、いくらリアルつってもお互いほんとの顔を知らないネトゲだしな。…たぶん、零は責任感とかそういうものが強いんだな」
「…責任感が強い、か。初めてですよそんな風に言われたの」
「まぁ、なにはともあれ頑張れ。精一杯出来るとこまで頑張ってみろよ。……仮にそれで零が耐えられなくてダメだったら、辞めてもいいんだぞ?それで俺は零を責めたり嫌ったりしねぇよ」
「…はい」
「あら、たまには良いことも言えますのね」
「あぁっ?どういう意味だよ!」
茶化すクラウリーの頭をジャックが軽く小突く。
「ちょっと!レディーに暴力は最低ですわよ!」
「最低で結構だよっ」
にらみ会う2人に笑みがこぼれる零。
ただ楽な仕事がしたいとなんとなく始めた零だが、いまは少しずつ…少しずつだが、このフロンティアをはじめてよかったと思い始めていた。
「そろそろ私も貴方の態度に堪忍袋の尾が切れましたわっ!」
そう言って槍を生成するクラウリー。
「お?やる気か?俺とPVPは無謀だと思うけどなぁ」
ニヤニヤとしながら、ジャックもまた銃を生成する。
その刹那だった。
湖畔の脇にある背の高い茂みがガサガサと音を立てる。
いち早くそれに気づく零だが、頭に血がのぼっている2人はそれに気が付かない。
「ふ、2人ともちょっとまった!」
「おわっ!」
「ちょっと、なんですの!?」
慌てて2人を屈ませると、零はその音がした茂みを注意深く観察する。
「なにかいますよ…結構大きいなにか…」
「確かに…ついにマスティフ登場ですかしら?」
「わからねぇぞ…他の夜行性ネイティブかも…」
3人の緊張をよそに、その茂みのざわめきは一層に大きくなり、次第に茂みに収まらないその体が月明かりで徐々に姿を露にする。
「マジかよ…」
強靭に発達した筋肉にそれを追おう黒い体毛。そして、その胸には月明かりを反射しコアが輝いている。
王者の風格の漂うタテガミを風になびかせ、それは現れた。
それは、間違いなくフロンティア1の覇王マスティフ。
さきに闘ったバッファローより少し小さいながらも、遠目でも分かるその力強さ。
マスティフはギラギラと輝く緑眼で周囲を警戒しながらも、ゆるりゆるりと湖畔へと歩みを進める。
「ほんとに現れるとはね…」
「どうしますの?気づれるまえに先手必勝で仕掛けたほうが良いのではなくて?」
「それはそうだが…まぁ、慌てんなよ」
そういって、零へと1枚のチップを渡すジャック。
「なんですかコレ?」
「『系統変化』のエクステンドチップだ…まぁ、俺の奢りだからインストールしとけよ。…クラウリーもな」
「系統変化?初耳ですわね…どのネイティブの性質ですの?」
「どのネイティブの性質でもねぇよ」
と、ジャックは『スナイパー』エクステンドと口にすると、ジャックの持っていた小銃は再構築を初め、スナイパーライフルへとその形状を変える。
「このエクステンドは『公式』の『課金ショップ』で手に入れたものでよ。値は張るが、エクステンド中なら同じ武器種の好きな系統に変化できる優れものだよ」
「課金ショップ?そんなものあったんですか?」
「まぁ、零たちみたいに馬鹿正直にプレイしてたら気が付かないかもな。…とにかく、早くインストールしとけ。…このマスティフ討伐にはおそらく必要になるからよ」
「何だかマスティフと戦ったことがあるような口振りですわね?貴方本当にフロンティアははじめてですの?」
「あー、ごちゃごちゃ言ってないで早くインストールしとけって!マスティフがどっか行く前に!」
ジャックに急かされ、釈然としないながらもインストールを行うクラウリー。
「さて、と。これで一応の準備は出来たわけだが…」
と、ジャックはマスティフへと目を向ける。
まだ気付かれていない様子で、マスティフは悠々と湖畔の水を飲んでいた。
「勝負は一瞬だ。あんな化け物と正面きってやりあうなんて馬鹿だからな」
「何か作戦があるんですか?」
「作戦ってほどのものじゃないが、零とクラウリーがマスティフの両サイドにまず回り込む…いいか?この段階で絶対見つかるなよ?」
「わかりましたわ…」
「そこで一気にマスティフの前両足を切って機動力を失わせるんだ」
そこまで説明され、クラウリーが納得したように手をポンと叩く。
「そしてコアを採取して、貴方がそこからコアを狙撃するわけですわね?」
「そうだ。アイツに気付かれて戦闘態勢に入られると体毛が硬化して、まずコアを安全に採取することは出来なくなるからな。…さ、理解したら行ってくれよ?こんなチャンスそうそう無いからな」
2人は無言で頷くと、気付かれぬよう細心の注意を払いながら両サイドへと向かっていった。
※
静寂に包まれた湖畔の脇を、身を屈め進む零。
マスティフへと目をやると、いまだ警戒することなく水を飲んでおり、気づかれている様子はない。
「なんとかいけるかな…」
そう呟きながらも、少しだけ正面から闘いを挑みその能力と自分の今の力を試したいという気持ちがあった。
不意討ちで勝ったとしてなんの意味があるのか、それだけが零の心中に引っ掛かる。
やがて、指定の位置へと到着すると、目を凝らしてやっと見える程度だが反対側にはクラウリーの姿があった。
《到着しましたわよ》
音声ボリュームを限界までしぼった腕輪から聞こえるクラウリーの声。
《OK。いいか…それじゃあ3カウントで一気にいけ…》
ジャックの言葉に零の手が汗ばむ。
《いくぞ…1…2……っ!?》
「えっ!?」
その瞬間だった…。
つい今まで穏やかに水を飲んでいたマスティフの瞳が赤く染まり、辺り一面を震わせる程の咆哮をあげる。
《なっ…なんでですの!!》
《すまん!たぶん声が聞こえてやがったんだ…すぐにそこから逃げろっ!!》
「逃げろったって…!」
慌てて立ち上がり、離脱しようとした零だが時すでに遅く。
マスティフは一直線に零を睨み付けており、その眼光に零は硬直する。
《零!》
声と同時にガンッとマスティフの頭部にジャックの放った弾丸が直撃する。
目標を変え、ジャックの居る方向へと目を向けるマスティフ。
「こっちですわよ!!」
その隙を見逃さず槍を構え、クラウリーは茂みから飛び出す。
「やっと御披露目ですわねっ!エクステンドッ、『バッファロー』!」
以前、クラウリーが倒したと言う大型ネイティブ…それはバッファローだった。
クラウリーの槍は二又に別れ、太く強靭な刃へと変化する。
「もらいましたわっ!!」
そう叫びマスティフのコアへと突き出す槍。
しかし、それは虚しくマスティフの左前足の一薙ぎによりクラウリーごと弾き飛ばされる。
「くっそ…またかよっ!」
また、肝心な場面で足を引っ張ってしまった自分へ苛立ちながらも武器を構え直しマスティフへと走り出す零。
「エクステンドッ、『ツーハンドソード』!」
先程インストールした系統変化により、身の丈を越す大剣へと形状を変化させると、一気にマスティフへと降り下ろす…が。
「くっ…!」
その一撃も通ることなく、刃は凶悪な爪により受け止められていた。
剣の重量からか吹き飛ばされはしなかったが、弾かれ地を滑る零。
《ちっ…さすが獣か…聴覚も俊敏さも半端じゃねぇな》
「げふっ…あと、堅さもですわよ…」
咳き込みながらもやっとクラウリーは立ち上がり、マスティフを睨み付ける。
グルグルと喉をならし悠然と立つその姿。
絶対的な己の力への自信からか、マスティフは攻撃に移ろうとはしない。
《予定変更だ!もうコアの採取は諦めて仕留めるぞ!》
「それも難しそうですけどね…」
エクステンドを解くと、零の武器は再び通常の片手剣へと姿を戻す。
《迂闊にいくなよ!返り討ちになるだけだっ》
「言われなくても分かってますわ!」
ジリジリと、隙を伺いながら2人はマスティフの周囲を移動し、その注意力を削ぐ。
その様子に痺れをきらしたのか、マスティフは開戦とでもいうかのように再び咆哮をあげた。
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