フロンティア
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一部【スサノオ】
十三章【最初の壁】
高らかと咆哮したのち、ゆっくりと一歩を踏み出すマスティフ。
その姿に警戒し、次の動きを予測しようと括目する零とクラウリー。
《気を付けろ!》
飛び込むジャックの声…。
「ですから…言われなくても分かってますわよ!」
先に仕掛けたのはクラウリーだった。
クーフーリンをエクステンドしマスティフへと斬りかかるクラウリー。
その一撃は受け止められはしたが、斬撃の重さから先ほどとは逆にマスティフの足を叩き落とす。
「零!ジャック!!」
クラウリーの掛け声に反応し動く2人。
ジャックはマスティフの目を、零はコアを狙い再びエクステンドし大剣へとその形状を変化させる。
「今度こそッ!」
ジャックの銃弾は僅かに狙いを外し右目蓋へと当たり弾かれたが、マスティフの意識を散らすのには十分で…。
その瞬間を零は見逃すことなく易々とマスティフの正面へと立ち、下方から刃を地に走らせながら振り抜く。
そう、それは最初に見たGMであるGの一撃を模したものだった。
「ッ!?」
しかし、その一撃は虚しく空を切り…まだ未熟な零の振りは勢いを殺し切れずそのまま軌道は円を描くように後ろの地面へと深く突き刺さる。
《油断するな!油断していいのはコアをぶっこわした時だけだ!》
マスティフは零の斬撃が届こうとしたまさにその瞬間後ろへと飛び回避していたのだ。
「どうやら、私たちはコアの破壊には向いていないようですわね!」
「サポートします!」
クラウリーはエクステンドし直し槍の形状を鎌へと変化し、零は大剣のままマスティフへと突っ込む。
迫る2人を迎撃しようと巨体に見合わぬ軽快な動きで前足での薙ぎ払いを放つマスティフ。
「そんなもの…ッ!」
ひらりと身をかわし、その一撃をすり抜けるとクラウリーはそのまま鎌の刃の向きを変え、唯一大きく体毛に囲まれていない腹部へとその刃を突き立てる。
しかし、その皮膚も堅くまともには刃は通らない。
ギロリと睨みつけられるクラウリーだが、その顔には勝利を確信したかのような笑みが湛えられていた。
「注意力が足りないのではなくて?」
クラウリーのその言葉に合わせ、逆方向からの零の一撃。
顔面へと迫る零の一撃…そのまま行けば両目を仕留められる最高の軌道。
だが、その一撃もマスティフの一噛みにより受け止められてしまう。
《良いコンビネーションだ!》
しかし、そんな結果にもかかわらず称賛するジャック。
そう、その2人の攻撃を受け止めがら空きになっているコア。ジャックはそれをスコープ越しにしっかりと捉えていた。
放たれコアへと滑空する弾丸。
完璧な状況完璧なタイミングだった連携…のはずだった。
逆立つマスティフのタテガミ。それは巨大な盾となりジャックの銃弾を跳ね返す。
「「ッ!?」」
《何でもアリかよッ!》
確実にいけたと確信していた3人を襲う失望感。
その次の瞬間、マスティフはタテガミを逆立たせたまま姿勢を低くする。
「何かするつもりですわ!零ッ、離れますわよ!!!」
「はいっ!」
エクステンドを解き後ろへと飛び退く零とクラウリーだったが、その行為はマスティフの攻撃には何の支障もなく…。
逆立てたタテガミの毛の一本一本が鋼の針のように硬化しており…マスティフそれを全周囲へと放ったのだ。
「くぅッ!」
「うわっ!!!」
全身へと容赦なく襲いかかる無数の針。
何とか武器でそれを防ぐも、その数は防ぎきれるものではなく…腕に足に顔に全身に痛々しい生傷を作り上げる。
「チクショ…」
膝をつきマスティフを睨みつける零だが、その意志に身体が付いてこない。
あくまでナノマシンで作られた零達の使う素体から痛みが直接その使用者であるユーザーへと伝わるわけではないが、それでも多少の痛覚はある。
そして、その痛覚は身体を動かそうとする度に使用者である零たちへと危険だと信号を送る。
《おい、生きてるか!?》
「何とか…ですわよ…」
「攻撃も通らないし攻撃力もシャレにならないなんて…圧倒的じゃないですか…」
何とか立ち上がる二人だが、その足はガクガクと震えまともに立つことすら困難だった。
しかし、そんな姿にもお構いなしに次なる攻撃を繰り出すマスティフ。
「冗談でしょ…!」
狙われたのはクラウリーだった。
一直線にクラウリーへと飛び掛かるマスティフ。
その右腕は凶悪な爪を剥き出しにしクラウリーの頭部を切り裂こうと迫る。
《させるかよ…》
再び湖畔へと響く銃声。
ジャックの銃口から放たれた弾丸はその一撃を止めるに至らずとも、クラウリーの回避を間に合わせる程度には効果を発揮した。
たった一振りによりボロキレへとその姿を変えるクラウリーの帽子。
直撃していれば確実に強制ログアウトだった。
だが、その一撃を回避した事に安心する暇もなくマスティフはそのまま当身でクラウリーを吹き飛ばす。
「キャァッ!!!」
ゴッ、という鈍い音と共に木へと叩きつけられるクラウリー。
「このッ!」
クラウリーを吹き飛ばしたその調度直後、零は飛び上がりマスティフの左目を狙う。
「ジャックさん!」
《任せろっ!》
説明もなく、息の合った2人の連携は見事にマスティフの右と左目をとらえた。
が、しかし湖畔に響く音は双方の攻撃が虚しく弾かれた音のみ。
「フロンティア1に居ていいネイティブじゃないですよ…コイツ」
《やっぱ化け物だな…》
何をしたわけでもない。
そう、ただマスティフは目を閉じただけ。
ただその程度の動作でいとも容易く攻撃を防がれてしまい動揺を隠せない。
《おい、動けるかクラウリー!》
「動けないことは…ないですわね…」
背中を強打し這いつくばっていたクラウリーだが、力を振り絞り槍を杖に立ち上がる。
その姿はまさに満身創痍。
《俺が援護するから離脱しろ…》
「冗談…やられたって強制ログアウトするだけでしょう…」
そう言うと、力ない足取りながらも一歩また一歩とマスティフへと歩み寄る。
しかし、もはやクラウリーに戦闘能力は無いと見てか、マスティフは見向きもしない。
《ふざけんなっ!そういう考えはやめろっ!…零!クラウリーを抱えてでもつれて逃げるんだ!》
「俺もクラウリーさんと同じ考えですよ…」
皆の足を引っ張れない…強くならなければいけないという焦りからか、零もまたジャックの指示に反してその葉から逃げようという姿勢は見せない。
「何回も何回も…負けてられないんですよ」
武器を構える零。
「あのときとは違う…ジャックさんやクラウリーさんにばかり…闘わせてられないんだよっ!」
その力強い零の一歩にマスティフの耳がピクリと反応する。
それは、出会ってはじめて見せるマスティフの『興味』だった。
「俺も強くなるんだ…!エクステンド…アマテラス」
光輝く剣へと形状をかえるが、その形はオンショウ達を葬った時とは違い、赤黒く…どこか禍々しい光。
《くそっ…じゃぁせめて俺がそっちに着くまで生きてろよッ!》
零の瞳は揺るぎなく…その眼光を受け止めたマスティフは敬意をはらっているのか、真正面から向き合い対峙する。
「零…1人じゃ無理……ですわっ!」
「無理だなんて言って逃げてたら…進めないっ!」
走り出す零。
剣を振り上げ、マスティフのコアへと降り下ろす。
しかし、その程度では先程と同じくいとも簡単に受け止められてしまう。
だが、先程とは違う事…それは吹き飛ばされもせずむしろマスティフの爪を押すほどの力。
「うあぁっ!」
体の芯から、精一杯の力で零は片手剣ながらもマスティフの巨体を押し返した。
そんな光景にクラウリーは信じられないという顔で零を見やる。
「あのエクステンド……武器だけじゃなく…使用者の力も底上げしてしまいますの…?」
押し返したものの、零の息は荒く劣勢にかわりはない。
「うぁあぁっ!」
策もなく技もなくただがむしゃらに突っ込む零だが、その予測不可能な攻撃に逆に翻弄されるマスティフ。
そんな零の攻撃を受け止め捌く内に次第に苛立ち出すマスティフは再び針を飛ばす態勢にはいる。
いま、それを浴びせられては自分はともかく、立っているだけでやっとのクラウリーは間違いなく強制ログアウト。
それに零は気づくと躊躇うことなくクラウリーの前へその身を移し、自らを盾にする。
その行動に損得勘定などなく、ただクラウリーを守りたいという一心。
「やめて零っ!2人ともやられますわっ!!」
「それでもっ…見捨てられないですよっ!」
まさに再び針が放たれようとしたその瞬間、マスティフの左前足に3発の銃弾が浴びせられた。
ピンポイントに3発の直撃は、マスティフに傷を与えられないまでも、そのバランスを崩すのには十分。
マスティフは足を滑らせその場に倒れる。
「間に合ったな…」
マスティフの後方には、オズワルドをエクステンドしたジャックの姿。
「うぁぁっ!!」
叫びと共に身体を踊らせる零。
その一振りはマスティフの左目を切り裂く。
「やりました…わね!」
しかし、痛みに悶えながらもマスティフは的確に零を狙いその腕で薙ぎ払う。
「ぐっ…」
そのまま勢いに任せ地面を滑走する零。
マスティフは体勢を立て直すと、零へと追撃を行おうと足を踏み出す。
「させるかよっ!!」
しかし、それを許さぬジャックの射撃。
それは再びマスティフの足を仕留めバランスを崩させる。
「いくら硬くても…ピンポイントならっ!」
ジャックは左前足へと、寸分たがわぬ狙いでピンポイントに弾を放つ。
幾重にも浴びせられる銃弾に、ついに撃ち抜かれるその足。
マスティフは痛みで断末魔を上げ暴れまわり周囲の物という物を切り裂き薙ぎ倒す。
「きゃぁっ!」
「あぶねぇっっ!」
そのマスティフの乱舞が近くにいたクラウリーに届こうとしたその時、ジャックはクラウリーを抱え地面へと倒れ混んだ。
「あら、格好いいじゃないですの…」
「うっせ…ふざけてる場合じゃないんだよ」
クラウリーから慌てて離れ、立ち上がるジャック。
一方マスティフは撃ち抜かれた足を引きずりながらも、その瞳には一層の闘志を宿していた。
「最初の予定とは大きく食い違っちまったけど…なんとかいけそうだな」
「ジャックさん…俺が囮になりますから、もう片方の足を」
「分かってるよ」
静かに頷くジャックを見て、一気にマスティフへと突っ込む零。
マスティフは飛び出した零へと反応し、3本の足で地面を蹴り迎え撃つ。
「ぐうぅっ!」
繰り出されたマスティフの右前足の一撃。
零はそれを勢いに押されながらも剣で受け流すと、不安定な体勢なままマスティフ懐へと潜り込みその胸元のコアを狙う。
しかし、その不安定な一撃など届くはずもなく刃はコアの少し横をかすめ、そのまま零は転倒してしまう。
急所を狙われた怒りから勢いをそのままに方向転換し再び零へと襲いかかるマスティフ。
しかし、その行動こそ零とジャックの狙い…。
方向転換し再び零へと迫る右前足を、ジャックは確かにその照準に収めていた。
「単純な獣が…」
放たれる3発の弾丸。
それは側面からマスティフの右前足へと叩き込まれた。
僅かに散り薄れた体毛という装甲…銃弾を浴び僅かにずれた攻撃を地面を転がり避けると、零はすかさず体勢を立て直しその銃撃で弱まった部位を狙う。
「これでッ!」
見事な一撃。
零の斬撃はすれ違い様に放たれ、マスティフの右前足を下から一気に斬り上げた。
さすがのマスティフも体勢を保てずその場へと崩れ落ちる。
後ろ足で懸命にもがいているが、両前足をやられていてはどうしようもなく。
「やっと…か」
「手こずらせてくれましたわね」
「さぁ、俺たち…やれたんですね……」
全身ボロボロで、肩で息をしながら立っているのもやっとの3人だが、その顔には達成感による満面の笑顔。
不可能だと諦めた中、3人は見事にコアを無傷のままマスティフの機動力を失わせたのだった。
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