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戦国異伝

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第百四十四話 久政の顔その五

 信長と信行は館の最後の麩の前まで来た、彼等の周りには織田家の主だった将達も集まっている。そうして。
 森と池田が麩に手をかける、前田も佐々も剣を構える。織田の将達は意を決した顔でこう信長に言うのだった。
「では殿」
「今より麩を開けます」
「いきなり鉄砲が出るやも知れませぬ」
「ご用心を」
「?これは」
 将達の中には雪斎もいる、彼はここで怪訝な顔になった。
 そのうえで麩の向こうを見ながらだ、こう信長に言った。
「殿、妙です」
「何かあるか」
「はい、火薬の匂いはしませぬ」
 鉄砲ならばこれはどうしても匂う、火薬や硝石のない鉄砲はそれこそただの鉄の塊だからだ。
 ここで鉄砲が隠されている危険はなくなった、だがそれでも。
 雪斎は怪訝な顔のままでだ、こう信長に言うのだった。
「妖気が」
「妖気とな」
「はい、それを強く感じます」
 それをだというのだ。
「これ以上はないまでに」
「そうか、では」
「お気をつけを。拙僧もこれ程までの妖気は」 
 感じたことがないというのだ。
「尋常なものではありませぬ」
「ふむ、では」
「兄上、まずはです」
 信行も真剣な面持ちで兄に言う。
「いきなり何が出て来てもいい様に」
「用心してじゃな」
「そうして中に入りましょう」
 信行はいざという時己が前に出て信長の楯になるつもりだった、その覚悟をしたうえでだった。
 麩が開けられた、するとその中には。
 既に久政がいた、彼は部屋の奥に座していた。 
 その彼の周りには誰もいない、まさに誰一人として。信長は刺客がいないことを目で確かめながら問うた。久政の顔を見てふと眉を動かしたが今は言葉には出さなかった。
「浅井久政殿か」
「如何にも」
 久政は座したまま信長に答えた。
「わしが浅井久政だ」
「そうじゃな、ではじゃ」
「最早勝敗は決した、しかし」
「わしと刃を交えるか」
「望みとあらば」
 信長は既に剣を手にしている、久政はゆっくりと立ち上がりその手の剣を抜こうとする。だがここでだった。
 ふとだ、久政の今の顔、ドス黒く異様な目の顔を見てだ、川尻が言った。
「あの顔は」
「うむ、御主もそう思うか」
「あの顔はまさしく」
 古くより織田家に仕えている者達が応える。少なくとも信長が尾張を統一する前から仕えている者達はである。
 皆今の久政の顔を見てだ、こう言うのだ。
「あの時の勘十郎様と同じぞ」
「寸分違わぬぞ」
「では今の久政殿は」
「まさしく」
 皆直感的に思った、それでだった。
 彼等はすぐに信長の前に出てだ、彼を護る様にして立って言うのだった。
「殿、お気付きと思いますが」
「今の久政殿は」
「普通ではありませぬ」
「あの時の勘十郎様と同じです」
「それがしもそう思います」
 その信行も信長に言って来た、彼も久政の顔を見て言うのだ。 
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