今日の«戦闘»の授業は、和人のクラスと合同だ。以前なら喜んでいたであろうまりあは、嫌だなぁ、と嘆息した。
──まさか、和人と明日奈がもう付き合っているだなんて。
まりあは昔からそうだ。ぐずぐずして躊躇っている内に、得られたかもしれないものをすべて逃す。
ノロマ、鈍くさい子。小さい頃からずっとそう言われて育ってきたまりあを、和人は初めて素直に褒めてくれた。それも、一番自信がなくて、一番大好きだった歌のことを──。
しかし、まりあが辺りを見回しても和人の姿がない。
サボってるのかな、いやでも和人が«戦闘»サボるなんて、よっぽど重い病気とか怪我とかしちゃったんじゃ、という不安感もつかの間。
「遅れてすみません!」
和人が叫び、グラウンドを軽い動きで駆ける。まりあは和人がいつも通りだったことへの安堵の溜め息と同時に、結局来ちゃうんだ、と地面の砂を蹴った。
«弓»担当の女教師が和人に訊ねる。
「……桐ヶ谷、なにしてたの?」
「……なんとなくテレビつけたら、いつもなら興味ないはずの番組やってて、試しに観てみたら案外面白いことってありますよね」
「まあね」
「寮でなんとなぁくつけたBSの再放送番組が面白くて……」
「うん」
「ア○パンマン観てました」
真顔で言う和人に、みんなが腹を抱えて笑った。
「«黒の剣士»がアンパ○マンって……」
「そんなことのために得意科目サボるなよっ!!」
和人が満更でもなさそうな表情をしていると、先生がこつん、と彼の頭を小突いた。それがまた笑いを呼ぶ。
「キリト、あんたねぇ! ほんっと、いい加減にしなさいよね!!」
笑い混じりに大声で言ったのは里香だ。
「いや、だってさ、仕方ないだろ? リズだってあるだろ、無性にアンパンマ○観たくなるとき!!」
「ないわよ!! てか、今無性に観たくなるって言ったわね! なんとなあくとか言っといて、結局自分でアン○ンマンやってるチャンネルつけたんじゃないの!!」
「うっ……そ、そこは軽く流そうぜ」
苦笑いする和人に、里香はにやりと笑みを浮かべ、言う。
「愛と勇気だけが友達さ~。……あんた、友達いるの?」
「泣くぞ!?」
「あ、勇気じゃなくて結城だったわね。ごめんごめん……って、アスナは友達じゃなくて彼女だったか。じゃあほんとにあんた、友達いないわね」
「……リズベットは俺の友達じゃなかったんですね……」
「男子の友達はいないでしょ?」
「いるぞ! ユージオとか!!」
「ふーん?」
里香だって、和人に想いを寄せていると聞いた。なのに、あんなにも普通に会話して、あんなにも明日奈を応援して、あんなにも──あんなにも、強くいられる。
━━私には、到底できないなあ。
初めての恋だったのに。大好きだったのに。
気づけばまりあは、口ずさんでいた。
━━ひとりが寂しいのは
当たり前なんだけど
ふたりが寂しいのは
ごめん 初めてなんだ
━━おかしいでしょ?おかしいけど
嘘のひとつでもつかなくちゃ
繋いでた手 離せない
"私はもう大丈夫"
━━"1年2ヶ月と20日"
キミは憶えていますか?
初めて出逢った日を 気持ちを伝えた日を
だけど今日の日は「サヨナラ」
何が足りなかったのかな?
ゴメンなんて謝らないで
その声に私… 恋したんじゃない
━━本当は離れたくないよ
本当は大丈夫じゃないよ
「嘘だよ」って「バカだな」って
笑ってほしいよ
でもキミの心に私はいない
最後にせめて say goodbye
じゃなきゃきっと 私きっと
キミを引き止めちゃうから
━━"1年2ヶ月と20日"
本当にあっという間だった
キミに会えて良かった 好きになって良かった
優しくしないで
「サヨナラ」ちゃんと言えなくなっちゃうから
ゴメンなんて謝らないで
だから ねぇ 早く…
泣いちゃう前に
━━春夏秋冬 季節巡り来る
何故 何故 恋には終わりがあるの
その時ふいに、和人がこちらを振り向いた。漆黒のグローブに包まれた左手を、微笑みながらまりあに向けて振る。
それは、まりあが恋した笑顔。まりあの大好きな笑顔。まりあが思わず━━期待してしまう笑顔。以前は嬉しかったその笑顔も、今は見ていられないほどにつらい。和人が、あまりにも遠すぎる。
まりあが無反応なことに驚いたのか、和人は振っていた手を止め、きょとんとこちらを見つめている。
本当にやめてほしい。
だって そんなこと
あるはずないのに
ほら、また期待してしまうから