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私立アインクラッド学園

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第二部 文化祭
  第47話 既

 
前書き
紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様紅覇様!←

……とまぁ、悪ふざけはこの辺にしておいてっと。

和人と明日奈は今や公認カップル(学園生徒のほとんどは知らないけど)。
しかしまりあは、二人が付き合い始めたことなど知らなかった━━。 

 
「は~……」

 廊下を歩きながらまりあは、らしくもなく盛大な溜め息を吐いた。すれ違い様に、まりあより少し背の高い少年が、驚いたように話し掛けてきた。

「ま、まりあ? どうしたんだ」

「……あ、キリト……なんで?」

「なんか、元気ないからさ」

「言ってもいいですか?」

「どぞどぞ」

 まりあはもう一度溜め息を吐くと、がっくりと項垂れた。それからしゃきっと姿勢を戻し、少しばかり着崩れた。

「……ユイちゃんの記憶、戻ったじゃないですか」

「お、おう」

「それなら、ユイちゃんの心も、以前とは違うものになっているはずです」

「つまり?」

「そこで、以前作った《ユイちゃんの歌》についてなんですけど……今のままでは、ユイちゃんの歌としては成り立ちません。だってあの歌に、現在のユイちゃんの気持ちは入ってませんから……だから私、頑張ります。頑張って、最低でも文化祭1週間前にはユイちゃんの歌・改を完成させてみせます」
「おっ。ま、頑張りたまえ。何気に応援してるからな」

 そう言って和人が、ぽんとまりあの頭に手を置き、そのまま振り向かずに去っていった。ただ、右手でこちらに手を振りながら。

「……何気にって、なんですか」

 和人の触れた部分を押さえ、その場に半ば崩れ落ちるように座り込む。
 いったい、あの人のどこを好きになったのだろう。

 ──全部、だ。

 少しやんちゃなところもあって、人付き合いが苦手で。
 なにより、初めてまりあの歌を褒めてくれた人。まりあは、そんな彼のことが──。

 その時。

「桐ヶ谷──!!」

 男性国語教師の声だ。まりあは慌てて声のした方へ走る。

 ──っていうか、桐ヶ谷って……まさか。

 ここは高等部校舎だ。まりあの知る限り、《桐ヶ谷》という名の高等部生徒といえば……1人しか、思い当たらない。

「お助け──!」

 情けなく叫びながら、桐ヶ谷和人が廊下の角から走り出てきた。ぱちり、と目が合う。

「あっ、まりあ!」

「……今度は何しでかしたんですか、問題児さん」

「ノ、ノォ! 俺は問題児どころか、超絶真面目な……おっと、こうしちゃいられない。先生に追いつかれる」

 まりあのいる場所には、2つの分岐点がある。1つは、図書室に通じる廊下。もう1つは、初等部校舎へ通じる廊下。どちらも反対方向だ。
 和人は前者の方向を指差し、言う。

「まりあ、先生がここに来たら、俺はあっちに行ったって言っといてくれ!」

 そう言い残して、和人はだーっと走り去っていった━━もちろん、初等部校舎へ通じる廊下を。本当に、何をしでかしたのだろう。
 和人より少し遅れて、先生がやってきた。50歳はとうに超えているだろうから仕方ないのか、敏捷に優れた和人を全力で追い掛けた先生の息は既にあがっている。切れ切れの掠れ声で、某国語教師がまりあに訊ねる。

(さくら)! 桐ヶ谷を見なかったか!?」

 苗字を呼ばれ、訊ねられたまりあは図書室の方向を指し、返事した。

「あっちに行ったって言っといてくれ、って桐ヶ谷くんが言ってました」

「なんだと!? 桜、ありがとな!」

 先生は和人の進んだ廊下を追い掛けていった。
 わあああァァァァ──という和人の悲鳴が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。

 ***

「ひどいよまりあ……」

「初等部の方々に迷惑かけておいて何言ってるんですか」

 あの後和人は、あろうことか初等部の校舎に乱入し、大暴れして逃げ回ったらしい。

「……で、結局キリトは何をしでかしたのですか」

「委員会の仕事をすっかり忘れてました」

「えっ……何委員なんですか?」

「……笑うなよ」

 和人は、ボソッと言った。

「……栽培委員」

 思わぬ返答に、まりあは吹き出した。だって、あの和人が栽培だなんて。

「悪かったな、俺だって栽培くらいできるぜ」

「ふふ、そうみたいですね。……でも、キリト」

「ん?」

「なにも、逃げることはないんじゃないですか?」

「逃げた方が面白いだろ?」

 平然と言ってのける和人。まりあは嘆息した。
 明日奈の恋を応援する。そう、決めたはずだった。しかし、その決意は早くも揺らぎ始めたようで。

 ──やっぱり私、あなたのことが

 その先まで全て伝えたいけれど、絶対に言えない。だってそれは、明日奈を裏切るということになってしまうから。
 しかしこの場合、まりあ自身の気持ちはどうなるというのだろう。素直に明日奈を応援するというのは、自分を裏切るということでもある──そうだ、明日奈は関係ない。自分の気持ちを裏切ってまで、明日奈を応援するなんてできない。
 だから。

「ねえ、キリト」

 か細い声で呼ぶと、和人は無言でまりあの眼を真っ直ぐに射た。

「私……私、キリトのことが」

 言い掛けた、その時だった。

「キリトくーん!」

 明日奈のソプラノ声が飛んできた。明日奈は和人の隣へ直ぐ様駆け寄り、彼の肩に片手を置いた。

「キリト君! 捜したんだからねー」

「はは、すまんすまん」

「わたしとの待ち合わせ時間、10分過ぎてるよ。ずっと« 《街》の噴水前で待ってたのにー」

「だ、だから悪かったって」

 まりあは、何故だか嫌な予感がした。だって、二人の仲が、あまりにも良すぎる。

 ──まさか。

「もう。自分から誘ったデートをすっぽかすって、どういうことよ」

 ──え?

 まりあは一瞬、その言葉の意味を呑み込めなかった。

「す、すっぽかしたわけじゃないぞ。忘れてただけだ」

「なおひどいわよ」

 しかも、和人は否定しない。まりあが気になったのは、すっぽかした、という部分ではない。

 ──デートをすっぽかすって、どういうことよ

 前々から、誰から見てもお似合いの二人だとは思っていた。それも当然、もう既に、2人は付き合っていたのだ。
 現に、和人の明日奈を見る眼は、見たこともないような穏やかな光を宿している──これがきっと、何よりの証拠だ。
 明日奈には敵わなくても、この気持ちだけは伝えておこう。そう決めたのに、2人の間にはもう、とっくに強い絆が生まれていたのだ。
 明日奈と視線が絡み合う。風に揺れる栗色の髪を軽くすき、明日奈はいたずらっぽい微笑を浮かべた。

「やっほー、まりちゃん。ごめんね、この人借りていい?」

「……か、借りるもなにも。キリトは、アスナの彼氏じゃないですか」

 ──ええっ!? ち、違うよー。

 そんな返答を、まりあは期待した。しかし明日奈はにやっと笑い、和人に腕を絡める。

「ふふ、それもそうだね。それじゃあキリト君、行きましょうか」

「え、どこに?」

「もう! 君から誘ったデートなんだから、たまには君がリードしてよ」

「冗談だって、行こう行こう。それじゃあな、まりあ」

 和人が手を振り去っていく──あまりにも美麗すぎる恋人と、肩を並べて。
 行かないでほしい。ずっと、自分の隣にいてほしい。しかし、そんなまりあの想いは、決して届かない。
 まりあの眼から、一筋の雫がぽたり、落ちた。床に敷かれたカーペットに吸い込まれ、儚く消えた。 
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