私立アインクラッド学園
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第二部 文化祭
第46話 家族
前書き
木原紡様ぁぁぁぁあああああ!!!
「……リト君。キリト君ってばっ」
アスナが俺の体を強く揺さぶる。
あのあと俺とアスナ、そしてユイは、アルヴヘイムの家に来ていた。アスナが「三人で一緒にいたい」と言ったので、寮に帰ることはよしたのだ。
しかしアルヴヘイムで迎える朝は、実に寒い。
「むにゃ……も、もうちょっと~……寝る」
「キリト君?」
「寒い。布団から出たくない」
俺が子供のように布団にくるまると、アスナに容赦なくひっぺがされた。
「わがまま言わないの! 今日は、ユイちゃんを連れて海に行くって約束でしょ」
「海? ……海!? ……絶対嫌だ。こんな寒いのに、海なんて行けるか」
「寝ボケてるの? 見に行くだけでしょ。別に泳ごうってわけじゃないわよ」
「嫌だ嫌だ嫌だ、ぜーったい嫌だ。今日は家で暖かく過ごそう。それが一番だ」
その時。
アスナの拳が、キィィンと音を立てて光り出した。
「わっ!?」
情けない悲鳴を上げ、俺は飛び起きた。寸前まで横になっていたベッドが大分へこんでしまっている。
「……スキルで閃光1秒クッキング?」
「は?」
「うわっ! ご、ごめんアスナ、悪気はなかったんだ。なかったから、そのナイフを下ろして!」
──何故そこまで怒りますか!
俺は慌てて外に逃げ出す。どうやらアスナの狙いはそこにあったらしく、アスナは手に握った凶器を収めると、にっこりと笑った。俺もひきつった笑みを浮かべる。
「ね、キリト君」
「な、なんでしょうアスナさま」
「…………」
アスナが睨んでくる。俺はとりあえず言い直した。
「……なんだいアスナ」
「せっかく外に出たんだし、海行こっか」
「まだ夜間着です!」
「仕方ないなー。じゃあ、さっさと着替えてきてよね。遅かったら承知しないからねー」
──アスナ、俺……泣き虫になったよ。
* * *
「わあーっ」
到着。アルヴヘイム内で有名なスカイ・ブルーの澄んだ海、真っ白な砂浜。しかも早朝の今、誰も、1人としていない。ユイの歓声はよく響き渡った。
「キリト君、気持ちいいねー」
アスナが本当に気持ちよさそうに背伸びをする。
「わたし、海を見たのはこれが初めてです! 潮風が心地よく吹いていて……とっても、素敵です!」
「そうだね、ユイちゃん。人もいないし、こんな綺麗な場所を独占できちゃうなんて最高だよー」
アスナが言うと、ユイは少し俯いた。次いで苦笑いを浮かべ、言う。
「でも……わたしは、誰もいない場所よりも、人がいっぱいで、みんな笑顔で楽しそうにしている場所の方が好きです。だってわたし、ずっと1人でしたから。パパやママと出会うまで、ずっと……」
「ユイちゃん……」
思わず、俺とアスナは言葉を失ってしまう。
先に動いたのはアスナだった。
「……ユイちゃん」
優しく囁きながら、アスナがユイの細い体に腕を回す。
「ユイちゃんはもう、1人じゃないよ。わたしと、パパがいるし、リズや直葉ちゃん、シリカちゃん、まりちゃんだっているじゃない」
「ママ……」
「これからも、わたしたちはずーっと一緒だよ。寂しくないよ」
そう言って、ユイの頭を優しく撫でた。
「……はい、ママ。わたしは1人ではありません」
「うん! じゃあ、みんなでお砂遊びでもしましょうか!」
「……え。お、俺も?」
「当然。ユイちゃんも、パパと遊びたいわよねー?」
ユイは少し間を置いてから、口を開いた。
「……もちろん、パパとはいっぱい遊びたいです。でも、パパがやりたくないなら……わたしがわがままを言うわけにもいきませんし。わたしはパパの気持ちを優先したいので、どちらでも構いませんよ」
「ユイ……!」
なんだかウルッときた。わがままだったユイが、こんなにもよい子に。少しばかり寂しいような気もするが、それ以上にものすごく嬉しい。子供の成長を見守る親の気持ちって、こんな感じなのだろうか。
「ふふ、キリト君はすっかりユイちゃんのお父さんだねー」
「お父さん、か……パパはともかく、この年でお父さん呼ばわりされるのは変な感じだなぁ」
「クソ親父、よりマシでしょ?」
「ユイがそんなこと言い出したら、俺は自殺するかもな」
「怖いよ、キリト君」
アスナが苦笑いを浮かべた。
ユイは俺たちの一足先に、砂のお城作りに取り掛かっている。ふいに、アスナが言った。
「ね、キリト君」
「なに?」
「またここに来ようね。何度でも、三人一緒に」
朝日に照らされたアスナは、いつもの何倍も儚く、美しく見えた。
「ああ……必ず」
俺が言うと、アスナは優しく微笑み、自らを照らす朝日を見据えた。潮風に輝き揺れる栗色の髪を片手で押さえながら嘆息し、呟く。それは、あの日──こんな俺を好きだと言ってくれた日、夜空を見た時よりも、少し大人っぽかった。
「綺麗だね……」
「ああ、すごく、綺麗だ……」
俺もまた、同じような言葉しか返せない。自分の言葉のレパートリーの少なさに、我ながら溜め息が出る。
「君も、綺麗だよ」
そう言ったのは、驚くことに俺ではなくアスナだ。
「へっ? お、俺が?」
「うん。君の瞳は、無限に広がる果てない夜空みたい」
「へ、へえー……」
男としては、言われてあまり純粋な気持ちで喜ぶことの出来る言葉ではない。しかし、瞳がどうだと言われると、なんだか照れくさく感じた。
「お、俺としては、あまり嬉しくはないかな」
「えっ、どうして? 褒めてるのに」
「えーっと、やっぱりさ、その、どうせなら、かっこいいとか言われたいなって……好きな女の子にはなおさら、さ」
「キリト君……」
アスナは一瞬眼を見開くと、ぽふっ、と俺の肩に身を預けてきた。
「キリト君は、いつだってカッコいいよ。言うまでもないじゃない。君は、いつでもどこでも、わたしを助けにきてくれる、わたしの英雄……そうでしょ?」
思わぬ不意打ちにドギマギした俺は、思わずこくこくと何度も頷いた。
「普段はちょっぴり不器用さんに見えて、やる時はちゃんとやってくれる……それが君だよ」
俺は、アスナに向けて微笑んだ。どちらからともなく、二人の顔が近づき、そして──。
「パパ、ママ、なにやってるんですか?」
──そして、ユイに阻まれてしまった。
俺は硬直してしまったが、アスナはさっと動き、途中まで作られている砂の城の前に座り込んだ。
「な、なんでもないよ、ユイちゃん! さっ、は、早くお城完成させちゃおう」
「同じようなことをしている男女の二人組さんを、以前にも数回目撃したことがあると記憶しています。あれは何なのでしょう、パパ?」
「お、俺に訊く!? ……ええと、そのバカップ……じゃなくて仲よし男女二人組さんのことは知らないけど、さっきはただ、その~……ア、アスナの前髪にゴミが飛んできたからさ、それを取ってただけだよ」
「パパ、嘘はいけませんよ。わたし、相手の話すことが嘘か本当かなんて、簡単に判っちゃうんですから。さあパパ、嘘を吐かずに、本当のことを教えてください」
「うっ……わ、悪いなアスナ。俺は逃げる!」
「あっ! ちょっ、キリトくーん!」
俺が白い砂浜を駆け抜け、ぐちゃぐちゃに乱す。
ユイがそのあとを追い掛けてくる。アスナがまた、その小さな背中を追い掛ける。
──なかなか楽しい、家族というものは。
とは言っても、俺とアスナはまだ、その……結婚もしていないのだが。
「あっ!」
ずってーん。ユイが盛大に転んだ。
「ユ、ユイちゃん! 大丈夫!?」
アスナが慌てて駆け寄る。するとユイは、アスナの制服の袖をむんずと掴み、天使のように穏やかに微笑んだ。
「ママ、さっきのは何だったんですか?」
「わっ、ユイちゃん、まだ疑問に思ってたの!?」
「わたしの探求心は、なかなか収まらないので」
「困った探求心だな」
俺のツッコミを軽くスルーなさった小さな美少女は、それからも幾度となく同じ質問を繰り返した。
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