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私立アインクラッド学園

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第二部 文化祭
  第45話 帰ろう

 明日奈は石畳に膝を突いてとめどなく涙を流した。和人も、血が出るかというほどに強く唇を噛んでいる。
 すると、コツ、コツ、と、足音が聞こえてきた。それはだんだん、こちらに近づいてくる。
 足音が、明日奈たちの目の前で停止した。
 明日奈が顔を上げると、そこにはやはり女性が立っていた。ダークパープルのフーデッドケープを深々と被っていて、顔は見えない。しかし、ケープの上からでも判る華奢な体に、線の細い顔からは、相手が女性であることが見てとれた。
 和人が、明日奈を庇うように一歩前に出る。

「……誰だ。こんなところに、何の用だよ」

 女性からの返事はない。
 ただ、細い腕を真っ直ぐに前へ伸ばす。
 神聖術で攻撃でも仕掛けてくる気だろうか。明日奈と和人は咄嗟に抜刀しそうになる。
 しかし、一瞬ケープから覗いた紫色の瞳からは、敵意など一切感じられない。

「……ちょっと、待っててね」

 女性が小さく言う。
 顔が見えないこともあるだろうけれど、少し大人っぽい雰囲気を纏っていた、謎の女性。しかしその声は女性というよりも、明日奈とそう年の変わらない少女という感じがする。
 女性改め少女は、なにやら呪文のようなものを唱え始めた。
 神聖術ではない。では一体、何をしているのだろう──?
 思わず明日奈が見とれてしまっていたその時、少女の瞳が一瞬、強く光った。
 次いで、伸ばしていた細い手が光り、少女の周りにあるものが回り始めた。
 あるもの──それに該当する言葉は、明日奈が日頃アルヴヘイムでよく目にする«立体魔方陣»しか見つからない。だがこの世界に魔法なんてない。

「何が起こってるんだ……?」

 和人が呟くように言う。明日奈も同じ思いだ。
 その時。ビィンという音がして、魔方陣のようなものが拡散し、消えた。瞬間、紫色の霧が立ち上り、視界の邪魔をする。なにも見えない。

「な、なんなの……!?」

 明日奈が声を上げる。
 和人が即座に斬り払った剣で、霧はサッと晴れた。
 晴れゆく霧の中に、小さな人影が見える。
 フーデットケープの少女ではない。背丈があまりにも違いすぎる。
 白いワンピースを着用している。さらりと流れた長い黒髪は、きらきらと輝く。
 見間違えるはずもない。あれは、明日奈と和人の、大切な──。
 幼い顔に涙を滲ませ、人影は真っ直ぐに、こちらへ走り寄ってくる。
 明日奈の眼からも涙が流れた。それを手早く拭い、明日奈は両腕を人影──«娘»に向かって大きく広げる。

「──パパ、ママ!」
「ユイちゃん!」

 胸に飛び込んできたユイの小さな体を、明日奈は強く抱きしめた。

「ママ……ママ……!」

 明日奈は、ユイの眼から溢れる涙を指で拭き取る。けど、涙は絶えなく流れる。

「また……また、会えましたね……パパ……ママ……」
「うん……うん……ユイちゃん、わたしの……ユイちゃん……また、会えた……」

 二人はしばらく抱き合っていた。
 ユイが訊ねる。

「でも……どうやって、わたしを現世へ連れ戻してくださったんですか?」
「ああ、それはね、そこにいるお姉さんが──」

 しかし、フーデットケープの少女はそこにいなかった。明日奈は苦笑いを浮かべた。

「なんだかね、わたしもよく解らないの。ただ、わたしたちはまた、こうして会えた。今はもう、それだけでいいじゃない」

 無言で頷いてた和人が、一歩前へ歩み出た。そして、穏やかな声で言う。

「帰ろう──みんなで、今度こそ」 
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