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魔狼の咆哮

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第二章その十二


第二章その十二

「緒行際が悪いな、アンリ」
 五人の後ろから声がした。その声の主の姿はアンリの位置からはよく見えた。
「貴様・・・・・・・・・・」
 その顔の憎悪の色が更に強まる。声にまで滲み出ている。
「潔くしたらどうか、カレー家の名を汚さない為に」
 声の主はカレーだった。シラノ=ジュエット=ド=カレーその人である。
「我がカレー家の光栄ある歴史を汚す愚か者よ、醜くあがくのもその愚かさ故か」
 声からは感情は読み取れない。しかし憤怒があるのは解る。
「俺を愚かと言うか」
「愚かと言わずして何と言う。家の名を汚し猶も生き永らえているというのに」
 まるで滑る様に夜の屋根上を歩いて来る。
「せめてこの私の手で冥府へ旅立たせてやる。同じ血族のよしみでな」
 同じ血族と言った。
 カレーが左手を横に振るった。その手の平に青白い氷の刃が現われた。
「行くぞ」
 氷の刃を握り滑って来る。アンリはそれをかわした。
「ほう、私の太刀をかわすか」
「ほざけ、今まで何不自由無くこの屋敷で生きてきた貴様の太刀なぞ怖くもないわ」
 後ろへ飛び退き間合いを取る。アンリが右腕を横に振るった。すると彼の手にも刃が現われた。
 それは紅く燃え盛る炎の刃だった。黒い右の横顔が闇夜の中紅に映し出される。
「死ね」
 振りかぶるとそのまま跳び上がり切りかかった。カレーがその炎に対し氷で受け止めた。
 凄まじい熱気と蒸気が二つの刃から沸き起こる。二人の顔が紅と蒼、二つの色で彩られる。
 鍔競り合いの後両者飛び退く。そしてまた打ち合う。
 打ち合いは数十合に及んだ。火の粉と氷の粒が飛び交い床に落ちる。赤と青の幻蝶が濃紫の空に舞っているようだった。
 その激しくも美しい一騎打ちを五人は声も出さず見守っていた。その技量は五分と五分でありはたしてどちらかに勝利の女神が微笑むか予断を許さなかった。
 小一時間程勝負は行われただろうか。次第にカレーの方に疲れが見えてきた。やはり生身の人間が人狼の相手をするのには無理があったのか。一同そう思った。助太刀に入ろうとした。
 だが生身の人間ならば、の話である。アンリとカレーは同じ血族なのである。彼もまた異形の血を引いていた。
 カレーが身体のバランスを崩した。アンリはそれを見逃さなかった。
「地獄へ落ちろっ」
 アンリがカレーの頭上に炎の刃を振り下ろす。勝負はあったと誰もが感じた。カレー以外は。
 カレーの黒い眼が光った。まるで何かを待っていたかの様な眼だった。
 この時カレーの身体のバランスが崩れた事にだけ眼がいってしまったのがアンリの不覚だった。左手は生きていた。
 カレーの左手が下から上へ一閃される。何かが吹き飛んだ。
 それは炎の剣を持つ黒い手だった。アンリの右手が斬り飛ばされたのだ。
「うおお・・・・・・っ!」
 切り落とされた腕の切り口を押さえアンリがしゃがみ込む。右手は床に落ちた。宙を舞いながら炎は闇夜の中に消えていた。
「これで炎は使えないな」
「貴様、これを狙って・・・・・・」
 アンリの顔に憤怒と恥辱、そして憎悪の色が湧き出る。それに対しカレーは普段と変わらぬ感情の無い声で言った。
「そうだ。貴に隙を作らせる為あえてバランスを崩したのだ」
 そう言いつつ左手をゆっくりと胸の前に旋回させる。氷の蒼い刃が消えていく。
「貴様の眼が言っていた。私を殺したい、殺したい、とな。激しい憎悪だった。ならばその憎悪を利用してやろうと思ったのだ」
「ぐううう・・・・・・」
 激しくカレーを睨みつける。両眼のその憎悪の色ガ更に強まっていく。
「さて、勝負は着いた。貴様は私に負けた。敗者ならば潔く自害しろ。カレー家の者ならな」
「・・・・・・ほざけ、俺はまだ負けてはおらん」
 地の底から響き渡る様な声を絞り出してきた。
「今は貴様の姦計に陥れられただけだ。俺は決して貴様なぞに遅れは取らぬ」
 身を起こし屋根の端へ駆けていく。
「むううっ!?」
 五人が追う。だがアンリの方が速かった。
「ベルサイユに来い、その地で貴様等を皆冥府の魔犬の餌にしてやるわ!」
 そう言い残すと飛び降りた。後には暗闇と静寂だけが残された。
 
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