魔狼の咆哮
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第二章その十一
第二章その十一
「俺を縛りたければフェンリルの魔法の紐でも持って来い。この様な糸の如きもので俺を締められると思ったか」
「ぐっ・・・・・・」
ワイヤーを千切られた中尉は拳銃を取り出した。
「ふん、三対一か」
アンリは不敵に笑った。
「ここで貴様等を屠るのは造作の無い事。だがこの様な殺風景な場ではいささか面白くない。場を変えるとするか」
「何っ!?」
三人に対しその不敵で皮肉な笑みを向けると後ろに跳んだ。執務用の机の上に飛び乗る形となる。
再び後ろへ跳んだ。三人に正対したまま窓の外へ跳ぶ。そのまま行けば落ちる。
だが窓の上縁に両手を掛けるとその両手で押した。その力で上に消えた。
「屋上か・・・・・・!」
三人とアンリが何処へ行ったか悟った。部屋を出て上へと駆けて行く。
屋上への扉を開ける。屋上へ出た。そこに奴はいた。
「遅かったな」
月を背にアンリは屋根の上に立っていた。光を背にしたその黒い姿は紅い両眼と開かれた口の中に生え揃っている白い牙の他はさながらシルエットの様であった。
「せめて死に場所だけでも演出してやらねばな。俺の芸術の素晴らしさをあの世で語るがいい」
アンリの周りを何かが覆いだした。
「雲か!?」
違った。それは蝙蝠だった。どれだけいるかわからない。雲霞の如き数である。
「俺の可愛い僕達だ」
肩の高さで上に掲げられた右手の上にそのうちの一匹が降り立った。
「この者達が貴様等を地獄へ導いてくれる。今から案内人達に挨拶するのだな」
ふわ、っとその蝙蝠が飛び立った。ゆらゆらと漂う様にアンリの周りを飛んでいる。
不意に蝙蝠がアンリから離れた。すると他の蝙蝠もそれに続きアンリから離れた。
アンリから離れた蝙蝠達は彼の上空を飛んでいた。それを見上げてアンリはにやり、と笑った。
「行け」
彼が命令を下すと蝙蝠達は一斉に三人へ襲い掛かって来た。キイ、キイと奇声を発しつつ白い牙をむき出しにして迫る。
「むっ」
役が懐から何かを取り出した。それを蝙蝠も群れ目掛けて投げ付ける。
それは小型のグレネードだった。闇夜に白い光が映える。
本郷はしゃにむに刀を振り回す。一振りごとに蝙蝠達が叩き落される。
叩き落された蝙蝠達の死骸が屋根に落ちると小石に変わった。やはりルーン文字の魔術だった。
「ルーン文字・・・」
中尉はコートを脱ぎそれで蝙蝠達を打ち払う。殺傷力は無いが蝙蝠達を寄せ付けない。
三人は善戦していた。やはりその腕は見事であり使い魔程度では相手にはならない。
だが数が違い過ぎる。こちらは三人なのに対し相手は数え切れぬ程である。次第に疲れが出てくる。
それがアンリの読みだった。力尽きたところで蝙蝠達に血を一滴残らず吸わせるつもりなのである。
「まずいな・・・」
本郷が呟く。それを聞いてかアンリがにやりと笑う。
「死ね」
アンリが満面の笑みでもって言った時だった。一旦上空へ上がった蝙蝠達の群れに白い光が沸き起こった。
「なっ、グレネードか!?」
役へ目をやる。しかし彼はそれを使っていない。
周りを見渡す。三人の後ろにその光の主がいた。
「間に合いましたな」
デッセイ警部だった。その右手には大型の拳銃が握られている。
「警部・・・・・・」
三人は警部の方を振り向いた。それに対し警部はいつもの穏やかな微笑みで返した。
「及ばずながら愛銃と共に参戦させて頂きます」
そう言うと次々に銃を放つ。蝙蝠達は光の中に消えていった。
「おのれっ、ならば」
口笛を吹く。すると床から狼達が浮き出て来た。
「食い殺されるがいい」
狼達が飛び掛る。そこへ一つの影がやって来た。
影は狼の一匹に鉄拳を浴びせた。そしてその隣の狼に横蹴りを与えた。たちまち二匹の血に飢えた野獣が石に戻る。
「俺もお忘れなく」
アラーニャ巡査長だった。三人の方へ顔を向け悪戯っぽくウインクして見せた。
「言ったでしょ、俺は日本文化のマニアだって。空手もやってるんですよ」
「そういえばそうだったね」
役が苦笑した。
「腕には自身があります。こんな犬ころ何匹いようと敵じゃありませんよ」
警部と巡査長の援軍が加わり五人となった。その五人はアンリの使い魔達を次々と倒していった。やがて五人の周りには小石しか転がらない状況となった。
「さて、次はどう来る?」
次第に間合いを詰めつつ本郷が言った。
「ぐうう・・・・・・」
アンリの顔が怒りと憎悪に染まっていく。五人に対し牙を向け飛び掛る体勢に移る。
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