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8部分:第八章


第八章

「変わっていますね、本当に」
「城は騎士のものだ」
 まずはその前提がある。つまり戦いの場だ。
「ヴォータンは戦いの神だ」
「同時に魔術の神、嵐の神でもありますけれどね」
 ヴォータンという神を信仰しているのは戦士達であった。その為次第に彼の戦いの神としての面が強調されていく。二人が言っていることはこれと大きな関係があった。
「ですから普通は」
「ユミルの首を見るヴォータンではないな」
「そうですよね、やっぱり」
 役は考える顔になった。二人が言うのはそこであったのだ。
「どういうことなんでしょうか」
「ヴォータンは詩の神でもある」
 それもまたヴォータンの一面である。かつては詩は魔術と大いに関係があるのだ。ここでも問題があった。
「そして騎士は剣を持つ騎士だけではない」
「ミンネジンガーですね」
 詩や歌を謡う騎士である。このチューリンゲンを舞台とするワーグナーのオペラ『タンホイザー』は彼等の話だ。ドイツではそうした騎士が中世に多くいたのである。
「それの血筋ですかね」
「そうかも知れないがだが」
 それでも役はそこにそれとはまた別のものを感じているのであった。
「これは違う気がする」
「違いますか」
「少なくともあのユミルは詩的ではない」
「確かに」
 今の役の言葉には本郷も頷くものがあった。その紋章のユミルはあまりにも不気味に描かれていたのだ。まるで生きているかのように。首だけで。
「むしろ不気味なものを感じますね」
「知っていると思うがミンネジンガーの歌も詩も恋愛を扱ったものだ」
 しかもそれは純愛である。当時はキリスト教的な清らかな愛が尊ばれたのである。当時はキリスト教の締め付けはそれ程ではなかったがそれでもそうした倫理観の中に置かれていたのは紛れもない事実なのだ。
「それであの不気味な首はないな」
「そうですね。あれはむしろ」
「魔術的なものだ」
 役は言う。
「そうしたものを感じさせるものだ」
「何かそれがおかしいんですよね」
 本郷も言った。首をしきりに傾げながら。
「お城だっていうのに。しかも騎士の」
「しかもだ。使用人もいると言っていたな」
「そうでしたね」
 本郷は今の役の言葉で先程の美女の言葉を思い出した。
「何人かだそうですが」
「気配を感じるか」
 そう問う役の目が鋭くなった。
「その何人かの気配を」
「いえ」
 本郷も鋭い目をして役に答えた。
「何も感じませんね」
「私もだ。式神からも何も感じなかった」
「式神からもですか」
 子の言葉の意味は非常に大きかった。役は自分が使っている式神からも相手の気配を感じ取ることができるのである。しかも式神には気配がない。ということはだ。
「こちらに気付いて消しているって可能性はかなり低いってことですね」
「その通りだ。それは殆どない」
 役もそこを言う。
「まずはな。ない」
「じゃあ最初から気配がないってことですね」
「有り得ないな。普通は」
「そうですね。生きていれば気配があるってもんです」
 だとすれば考えられる可能性は限られていた。それは。
「死人。ですかね」
「可能性はあるな」
 役はそちらの可能性を考えた。
「若しくは。ドイツだな」
「はい、そこにもありますね」
「しかもこお辺りは中欧と言ってもいい。つまりは」
「スラブに近いですね」
 スラブという言葉でまた本郷の顔色が変わった。まるで戦う前のような顔になったのだ。
「ということは」
「バンパイアか」
 吸血鬼について言及が為された。
「その可能性もあるな」
「ですね。バンパイアだとすると」
「剣呑な相手だ。何時来るかわからないぞ」
「こちらから先に仕掛けますか?」
 本郷はここで積極案を出してきた。
「相手が相手です。やられる前に」
「それには及ばない。バンパイアなら手はある」
「銀ですか」
「そうだ。君も持っているな」
「勿論ですよ」
 本郷は不敵な笑みを浮かべて役の言葉に応えた。
「この刀で斬れない邪な奴はいないですから」
「そうだな。君の刀ではな」
「だから大丈夫ですよ。相手がバンパイアでもね」
「では安心していいな。しかし」
 役はここでまた言った。
「少なくともまともな人間だとは考えない方がいいな」
「そうですね。あの美人さんは一体何者なんだか」
「それを掴む為にも今は静かにしておこう」
「とりあえずは夕食ですね」
「そうだ。さて」
 役はここまで話して氷像を変えた。穏やかなものになったのであった。
「何が出るかな」
「夕食ですか」
「ドイツの食事だ。それなりに楽しみにしているのだがな」
「ドイツ料理は質素って言いますけれどね」
 これは隣国のフランスやイタリアと比べた場合である。しかし日本においてはドイツ料理も中々人気があるのだ。メインはソーセージとジャガイモであるが。
「これが中々。いけるんですよね」
「これは私の予想だが」
「ええ」
 話は夕食の献立に移っていた。
「ギドニーパイが出るな」
「豚の臓物のパイですか」
「それと燻製だ」
 続いてこちらも予想してきた。
「おそらく大きなソーセージを茹でたものだ」
「あとはスープですかね」
 本郷もそれに続いて食事の予想を立ててみた。
「ポタージュですかね。白いジャガイモの」
「そうだな。そしてザワークラフト」
 野菜に関しても予想が立てられる。
「ジャガイモと黒パン。こういったところかな」
「デザートはケーキですかね」
「そうだな」
 デザートについても予想が立てられる。
「生姜のケーキといったところか」
「いいですね。それでビールですかね」
 これは外せなかった。ドイツならば。
「最後は」
「それがなくては話にならないだろう。さて、夕食としては立派な御馳走だが」
「はい」
 本郷もそれに応える。
「果たしてそれが一つでも出て来るか。待ってみるとしよう」
「そうですね」
 そんな話をしていた。丁度その話が終わったところで食事に呼ばれた。中世の食事の間そのままの後ろに白い石の壁と赤いタペストリーのある下手において夕食となった。白いテーブルかけがかけられた樫のテーブルに座った二人の前に出されたのは何と二人が予想したそのままのメニューであった。
「何と」
「これは」
「あの、どうかされましたか?」
 二人の向かい側には美女が座っている。二人の声を聞いて怪訝な言葉の声をあげたのである。
 
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