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7部分:第七章


第七章

「貴方達はどうしてこの城に来られたのですか」
「大した理由ではありません」
 今度述べたのは役であった。
「宿を探しておりまして」
「宿をですか」
「そうです」
 彼はそう美女に答えた。
「ですがこちらにもう住んでおられる方がいるのでしたら。私はこれで」
「お待ち下さい」
 だがここで美女が二人に声をかけてきたのであった。
「何か」
「旅の方ですね」
「その通りです」
 今度は全て本当のことであった。何も隠してはいない。
「それが何か」
「それでしたら」
 ここで美女は言ってきたのであった。
「お泊りになられては如何でしょうか」
「ここにですか」
「はい、お困りですね。この辺りにはホテルや宿といったものがないので」
「それはまあ」
 本郷はこれは否定できなかった。その通りだからだ。
「その通りです」
「では是非共」
 ここでも表情を変えずに二人に言うのであった。
「と言いたいところですが」
「何か」
「貴女お一人でしょうか」
 役が美女に問うのであった。
「この城には。貴女お一人で住んでおられるのでしょうか」
「それだと問題ですね」
 役に続いて本郷も言ってきた。
「女性が一人いる場所に泊まるのは誤解のもとですね。そういうことはあまり」
「日本人はお堅いのですね」
「いえ、別にそうじゃないですけれどね」
 本郷はそれは否定した。
「ただ俺達は間違いがないようにと考えているだけで」
「元々は野宿のつもりでしたし」
 役も言う。
「若しそうならば折角ですが」
「兄がいます」
 美女は二人に応えてこう述べてきたのであった。
「お兄さんがですか」
「それに使用人もいます」
「使用人の方もですか」
「はい、数人程度」
「成程」
 二人はそれを聞いて頷いた。それならば問題はない、そう判断するのに充分であった。
「それでしたら」
「俺達も泊まって宜しいでしょうか」
「どうぞ。丁度夕食前でしたし」
「それはいいことですね」
 本郷は美女の言葉を聞いて楽しげに微笑んでみせた。
「タイミングとしては」
「簡単な食事ですが宜しいでしょうか」
「お金はありますし」
 しかし美女は役のその言葉にまた言ってきた。
「お金はいりません」
「そうなのですか」
「我が家はレストランでも宿屋でもないのですから」
「つまりそれは好意によるものなのですね」
 今度は役が美女に問うた。
「そう考えさせて頂いて宜しいでしょうか」
「是非。そういうことで」
「わかりました。それでは」
 役が彼女の言葉を受けた。
「その好意に甘えさせて頂きます」
「そういうことで御願いします」
「はい。それでは中にどうぞ」
 こうして二人は美女の住む城に招き入れられたのであった。城の中はドイツの城によくある石造りであり廊下もまた同じであった。その上にビロードの絨毯を敷いておりその左右にはプレートアーマーやハルバートが飾られている。他には赤いシルクにこの家のものと思われる紋章まで飾られていた。見ればそれは髭のある男の首を持つ隻眼の老人であった。
「これは」
「そうですね」
 役も本郷もこの隻眼の老人が誰かすぐにわかった。
「ヴォータンか」
「そしてこの首はユミルですね」
 北欧神話の主神でありユミルの首は彼に知識を与える話す首だ。元々は彼の参謀的な存在であったのだがヴォータンの謀略の失敗により殺され首を切られた。ヴォータンはその首だけを生き返らせて彼の死後も知恵袋として使っていたのである。それが紋章として描かれていたのである。
「知的と言うべきですかね」
「そうだな」
 役はとりあえずは本郷のその言葉に頷いた。
「しかしこのヴォータンは」
「面白いというか何というか」
 二人は言外に何かを含ませていたが今はそれをあえて言わないのであった。そうして美女に案内されたある部屋の前に案内されたのであった。
「お二人で宜しいでしょうか」
「ええ、それは」
「お構いなく」
 二人はその部屋の前で美女に応えた。その部屋の扉は樫の木で作られた重厚な褐色の扉であった。如何にもドイツの扉らしかった。
「それではどうぞ。夕食の時間になったらお呼びしますので」
「はい」
「それではその時にまた」
 二人は美女に言葉をかけて部屋に入った。部屋は中世のそれを思わせる石造りのものでありここでの絨毯は廊下の紅とは違い黒っぽいものであった。壁には一つ大きな窓がありガラスで閉じられている。また木の窓もそこにはあった。
 ベッドは二つだった。大きなベッドがそれぞれ部屋の左右に置かれている。その他にはその窓の方のところに置かれているテーブルと二つの椅子の他には何もない。質素な部屋であった。
「ここですか」
「いい部屋だな」
「そうですね」
 本郷は役のその言葉に頷いた。
「悪い感じじゃないです」
「そうだな。とりあえずは休むか」
「ええ。ところで」
「どうした?」
 扉を閉めた。そうしてそれから本郷の話を聞くのであった。
「あのヴォータンの紋章ですけれど」
「あれか」
 先程の話の続きになっていた。役は本郷のその話を聞く。その目は静かだが真剣なものになっているのであった。
 
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