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6部分:第六章
第六章
「よく来られました」
「有り難うございます。ところで」
ここで本郷は女に対して問うのであった。
「一つ御聞きしたいのですが」
「何でしょうか」
「この城におられるのですね」
「はい」
女は本郷の問いに声で答えてきた。
「その通りです」
「では貴女も旅人ですか」
「いえ」
「いえ!?」
役は彼女の声が旅人であるということを否定してきたので眉を顰めさせた。これは予想していなかったのである。
「おかしいな」
「ですね」
役の言葉に本郷が小声で囁く。
「気配が一切無い筈なのに」
「そうだ」
役が言うのはそこに他ならなかった。
「どういうことだ。気配が一切ないというのに」
「やっぱりこれは」
「だが待て」
本郷は懐の中に手をやったが役はそれを制止するのであった。
「様子を見るってことですか?」
「そうだ」
役は言う。
「ここはな。あまりにも不穏に過ぎる」
「言われてみればそうですね」
本郷も遂にその目を鋭くさせてきた。彼はそこに見ていたのだ。気配がないというそのことに対して。それこそが問題なのである。
「これはどうにも」
「懐にには手をやるな」
役はまた言う。
「しかし。わかるな」
「わかってますよ」
にこりと笑うこともなく述べた。
「それはね」
「ならいい。しかしこの気配は」
「全然ないなんて普通はないですよね」
「気配は完全に消せるものではない」
二人はそれを今までの戦いで嫌になる程わかっていたのだ。どの様な魔物であってもそれは不可能なのだ。しかしだ。今度は違っていた。そもそもその気配が完全にないのである。そのことこそが彼等が警戒する由縁であったのだ。
「これは。気をつけるぞ」
「何が出るでしょうか」
「ロボットか」
役はふとした感じで呟いた。
「オーソドックスにな」
「オーソドックスですかね」
本郷は役の今の言葉には疑問符をつけてみせる。それには賛成しかねるものがあった。
「そうは思わないですけれど」
「ドイツではオーソドックスではないのか?」
「いや、それは漫画ですし」
流石にそれは笑って否定する。
「流石の俺でもそれはないと思いますよ」
「そうだな。しかしだ」
「それでも気配がないっていうのは有り得ないですね」
「そうだ。しかし有り得ないことが起こるのもまた世の中」
役はここでさっきまでとは全く違う言葉を述べてみせた。
「それならばな。おかしくはないか」
「おかしくはないですがしかし」
「警戒を強めているな」
「そうせざるを得ないでしょう。下手な相手だったら」
どうするべきか。本郷は真剣に考えていた。だが役はここでも彼に対して言ってきた。
「だからといって気配を出すのはよくはない。完全には無理でも最低限に収めておくのだ」
「最低限ですか」
「こちらがわからなくとも向こうがそうであるとは限らない」
これは事実であった。こちらが見えていなくとも向こうが見えているということは非常によくあることである。それを今本郷に言うだけであるのだ。
「いいな」
「不公平な話ですね」
その言葉を聞いた本郷の顔がシニカルな笑みになった。
「それもかなり」
「ハンデはつきものだ」
しかし役の言葉からクールさは変わりはしない。
「別に驚くことではない」
「ですかね。まあとにかく」
「前に出る。いいな」
「はい」
役の言葉にこくりと頷いてみせた。
「ここで背を向けても何にもなりませんからね」
「そうだ。いいな」
「はい、それじゃあ」
そうして橋に足を一歩踏み入れた。するとここで前から青い服を着た金髪碧眼の美女が姿を現わしたのであった。
「あの」
「貴女は」
まずは本郷がその美美女に問うた。見れば豊かなブロンドの髪をボブにしている。目は垂れ目気味であり小さく紅に染まっている唇と共にその顔を艶やかなものに見せている。青いワンピースの服に全身を包まれ赤い靴を履いているその肢体は穏やかでゆったりとしたその服からもはっきりとわかる程均整が取れたものであった。そう、まるで全てが艶やかに作られたような美女であった。
本郷はその美女に声をかけたのであった。あえて穏やかな声で。
「先客ですか」
「先客とは」
「ですからこのお城に」
「この城は私の家ですが」
美女はここでこう本郷に答えてきた。
「それがどうかしましたか」
「家、ですか」
「はい」
また本郷に答えてきた。
「そうです」
「そうだったのですか。それは」
「お気付きになられなかったですか」
「すいません」
ここは素直に謝罪してみせた。しかしそこに己の本心は入れてはいない。
「迂闊でした。ついつい」
「そうでしたか」
「すいません」
本郷はまた同じ言葉で謝罪した。顔では謝罪は作ってはいるが心では違う。それは彼の隣にいる役も同じであった。
「いえ、いいです」
美女は彼の謝罪を受け入れた。口ではこう言うがそれでも表情は何一つ変わりはしない。それはまるでギリシア彫刻のようであった。
「そうですか」
「はい。ところで」
美しく艶やかだがまるで機械のように抑揚のない声を出してきた。
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