エリクサー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
4部分:第四章
第四章
「もっとも森の奥深くにいるなんてそれだけでおかしな話ですけれど」
「今ではただの変わり者で済むがな」
時代が変わればそうなる。もっともそれでもかなりの変わり者であるが。
「一番いいのは廃城に入ることだ」
「お城ですか」
「そうだ。ドイツには多いな」
これは多くの領邦国家に分かれ騎士が多くいたせいである。国家ごと、騎士の多くが城を持ちそこに何かあれば篭っていたのだ。だからドイツには多くの城があるのである。
「その中の一つを借りたいが」
「じゃあタンホイザーのあの城がいいですね」
本郷はここでも冗談を交えて述べた。
「ワルトブルグでしたっけ」
「悪いがあの城は私は薦めない」
役の顔が少し憮然としたものになった。
「残念な話だが」
「残念って何があるんですか?」
「お世辞にもいい場所ではない」
それが役が薦めない理由であった。しかもそこにはさらに根拠もあるのだった。
「ワーグナーも一度あの城は訪れている」
「現地調査ですね」
「今で言えばそうなるな。そして」
「ああ、そこからはわかりますよ」
本郷はもうそこから先の話が読めたのであった。
「あれですよね。お城を見てがっかりしたんですよね」
「そういうことだ。あまりにもの寂れようにな」
「でしょうね。できて一千年ですか」
ドイツにはそうした城もかなり多い。年代ものという言葉では済まない状況である。
「それだとかなり」
「廃墟になっている城も多い」
「そうですよね。それだと」
「しかしだ。少なくとも雨露は防げるな」
それだけでもかなり大きいと言えた。ただ野宿するよりはだ。
「それに警官もまず来ないしな」
「ですよね。じゃあ探しますか」
「この辺りにも一つか二つあると思うが」
役はドイツの城の多さをここで考えながら述べた。
「その辺りはどうかな」
「結構色々な場所にありますしね、ドイツには」
そういうものである。これは西でも東でも変わりはしない。ドイツであるならばだ。
「探せばありますよね」
「これを使うか」
役は懐から何かを出した。それは数枚の紙の札であった。
「これで探せば早いな」
「そうですね。じゃあ鳥か何かにさせて」
「すぐに使おう。行けっ」
役はその紙をすぐに数羽の小鳥達に変えて飛ばした。そうして出た鳥達はすぐにあちこちに飛んで行った。それを見届けてから本郷はまた役に声をかけるのであった。
「これで見つかりますかね」
「おそらくはな」
役はこう本郷に答えた。
「それまでは。どうするかだが」
「まずは食事にしますか」
本郷は食事を提案してきた。
「食事?」
「少し早いですけれど夕食にしませんか?」
「夕食か」
役は夕食と聞いてその目をまた考えるものにさせるのであった。それからまた言葉を出す。
「少し早くないか?」
「だから少し早いですけれど」
それをまた断る。
「夕食にでも。どうですか?」
「確かパンだったな」
「ええ」
これはドイツにいるから当然と言えば当然であった。
「それとソーセージに」
「ザワークラフトだな」
キャベツを刻んだものを酢漬けにしたものである。ソーセージと並ぶドイツ料理の定番でありこれと黒パン、先に述べたソーセージにジャガイモで大体ドイツ人の食べ物の基本が揃うと言われている。
「瓶詰めのやつですけれど。どうですか?」
「それはまだ早いな」
「少しどころじゃなくですか」
「私はそう思う」
こう言って本郷の言葉を退けるのであった。
「それよりもだ」
「歩きますか、まだ」
「目はつなげてある」
役はふとした感じで述べてきた。
「式神達とはな。だから城が見つかればすぐにわかる」
「すぐにですか」
「そうだ。むっ」
そうして役は死神の一つを通して何かを見たのであった。
「あったぞ」
「どちらですか?」
「あちらだな」
指差したのは二人が歩いている道をそのまま進んだ方角であった。
「丁度いいと言うべきかな」
「そうですね。そのまま歩けばいいだけですからね」
本郷も今の役の言葉に満足した顔で頷くのであった。
「じゃあこのまま歩いていきましょう。それで」
「距離か」
「そうです。どの位ですか?」
それを役に対して問うのであった。
「距離は。歩いてどの位でしょうか」
「一時間といったところだな」
役は少し考えてからこう本郷に答えた。
「それ程距離はないな」
「そうですね。じゃあ行きますか」
「うん。見たところよい城だ」
「それは何よりです。それで」
「それで?」
「中に何もいないことを祈りますよ」
本郷は少し笑って言うのであった。この言葉も出される理由があった。
「ドイツとお城とくれば」
「そうした手の話は多いな」
「実際にはまだお目にかかったことはないですけれどね」
ドイツには幽霊話も多い。森と城に囲まれた国でありそうした話が自然と多くなるのだ。他にはこれまたドイツには多い湖のほとりの幽霊話も多い。ドイツに匹敵する程幽霊話の多い国といえば他にはイギリスであるがこの国もまた森と城が多い国だ。ただドイツは湖だがイギリスは霧である。そうした水が幽霊を生み出すもとの一つになっているのかも知れない。
「若しいるとすれば」
「正しい存在ナあらばよし、だがそうでなければ」
「一戦交えるかも知れないですね」
「そうならないことを祈る。しかし古い城だ」
「古いですか」
役の言葉に対して問う。
「築城してどの位ですか?」
「千年といったところか」
役は目を細めて答えた。どうやら式神を通してまじまじと見ているらしい。それが彼の実際に動作にも表われているのであろう。
「それ位だな」
「今にも壊れそうな感じでしょうか」
「いや、手入れはされている」
それは保障された。
「しかし。この行き届いた手入れは」
「中に誰かいそうですか?」
「人の気配は感じな」
しかし役はこう答えた。
ページ上へ戻る