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3部分:第三章
第三章
「そうじゃないんですか?切り込み役ですし」
「死んでもいいのか。それで」
「だから俺は死にませんって」
それでも彼は相変わらず平気な顔であった。
「何があってもね」
「それだけの力は備わっていると言いたいのだな」
「そういうことです。何度でもね」
「わかった。では死なないようにするんだな」
役も諦めたのか本郷の言葉を受けるのだった。
「そのままずっとな」
「俺は不死身ですし」
それに応えてまた笑顔で言う本郷であった。
「それは安心して下さいよ」
「ならいい。それでだ」
「はい」
話が移った。
「今日の宿は何処になるのだ」
「次の宿ですか」
「それはもう決めているのか」
「俺ドイツ語下手なんで」
答えになっていない答えであった。
「あまりそうした交渉は」
「嘘をつけ」
役は即座にその言葉を否定した。
「ドイツ語は普通にできるだろう。違うか?」
「そうですけれどね。といいますか」
「何か理由があるのか?」
「この辺りホテルも宿屋も見当たらないんですよ」
彼は首を傾げて言うのだった。
「まさか」
「いえ、本当に」
本郷はここでも首を傾げるのだった。
「ないんですよ。全く」
「普通は一つ位あるものだがな」
役も本郷の言葉を聞いて怪訝な顔をするのだった。
「ホテルや宿屋は」
「何故でしょうね」
「それは東ドイツの政策の名残か」
役はふとした感じで呟いた。
「だとすると」
「こうした場所にはそうした施設は必要ないって判断したんですかね」
「そうかもな」
東ドイツの政策は東側ではかなり合理的でありその為国力も高くソ連にとっては最も頼りになるパートナーであったのだ。その東ドイツの政策は中央集権的でもあった。それを考えればこうした片田舎にそうした保養施設を置かなかったのは充分に考えられることであった。
「ベルリンはあんなにホテルが一杯あったってのに」
「ベルリンはベルリンだ」
役は言う。
「このチューリンゲンの片田舎とは全然違う」
「そうですけれどね」
「同じに考える方がおかしい。しかし宿がないというのは」
「困りますよね。どうしたものやら」
「野宿か」
役はふと思いついたように呟いた。
「今日は」
「野宿ですか」
「泊まる場所がないのでは仕方がない」
役は諦めた声で述べた。
「違うか?何もないのではな」
「ドイツの情報をよく調べておくべきでしたね」
本郷はここに至って遂にぼやいた。
「こんなことになるんなら」
「流石にこんな場所までわかる筈がない」
役はその諦めたような声でまた言う。
「日本にいるだけでは限度がある」
「そんなものですか」
「ネットは確かに使えるがな」
それは役も認める。本郷も今回の旅行においてネットでかなり事前に調べているのである。だからこれはもうわかっていることであった。
「それでも限界がある」
「ですか」
「日本でもそうだ」
彼はここで日本についても言及するのだった。
「調べられることには限界がある」
「この辺りは無理だっていうことですね」
「そうだ。それは仕方がない」
役は言う。
「あまりにも辺鄙と言うか。こういえば言葉が悪いか」
「悪いって言えば悪いですね」
「そうだな。言葉を選ぶか」
「どっちにしろネットではわからなかったのは本当ですよ」
本郷はまたそれを述べた。
「ドイツ語のサイトも調べましたけれどね」
「それでもないのなら仕方がない」
役もそれで納得するのであった。
「しかしな」
「とりあえずこのままじゃやばいですよね」
「それだ」
彼が言いたいのはそれであった。泊まる場所がないのである。
「どうする?本当に野宿にするか」
「このままだとそれしかないですね」
本郷もその言葉に頷くしかなかった。このままでは。
「大の男二人泊めてくれるような家はないですしね」
「ましてや異邦人をな」
役は自分達を異邦人と呼んだ。それは確かにその通りであった。ここでの彼等は。
「泊めてくれるような場所はない」
「そうですよね。俺達ってここの人達から見れば何なんでしょうね」
「奇妙な東洋人だ」
一言であったが実に怪しい響きの言葉であった。そうとしか言いようのない言葉であった。
「二人連れのな。それしかない」
「あまりいい響きの言葉じゃないですね」
「そうだな。しかし向こうから見ればそうでしかない」
「そういうものですか」
「だからだ。野宿するにも場所を選ばないと」
役は言う。
「下手をすれば通報されるぞ」
「何かそれって洒落にならないんですけれど」
本郷は今の役の言葉に顔を顰めさせた。もう森も日差しも見えてはいなかった。怪訝な顔で役の話を聞きながら歩くだけであった。
「どうすればいいんですか、ドイツの警察って厳しいんですよね」
「そうしたイメージはあるな」
「っていうかネットでも詳しく書かれていましたよ」
それについてはもう書かれていたのであった。こうした情報に関してはネットでもすぐに手に入るのである。あまりにも小さな情報はわかりはしないが。
「ドイツの警察は欧州一だって」
「昔からそうだな」
役もそれはもう知っているようであった。本郷に応える言葉からもそれがわかる。
「ドイツの警察はな」
「そんなのに連行されたら旅行どころじゃないですし。森に野宿するっていっても」
「野生の熊や狼こそいないが」
「お巡りさんが来るんですね」
「どちらがいい?」
役は何故かやけに真剣な顔で本郷に問うてきた。
「狼と警官とどちらが」
「魔女はないんですか」
ここで冗談交じりに不意にヘンゼルとグレーテルの話を出すのであった。思えばこれも実に奇怪な話ではある。何故魔女が森の奥深くにお菓子の家に住んでいるのか。考えれば考える程不思議であるがそもそも魔女ではなかったのではないかとも言われている。
「では魔女のお菓子の家があればどうすrのか」
「乗っ取りますね」
本郷の言葉は顔は笑っていたが声は本気であった。冗談交じりにしろ。
「それで俺がお菓子の家に当分住みますよ」
「そうするのか」
「そうですよ。若しそれが悪い魔女ならね」
笑ったまま言葉を続ける。
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