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17部分:第十七章
第十七章
「また遠いところから来たね」
「日本人はこの辺りでは珍しいでしょうか」
「まあ時々は来るね」
おかみの言葉ではそうであった。
「時々だけれどね」
「あれですね」
役はおかみの言葉を聞いて何故日本人が時々来るのかわかった。それは先に話した本郷との言葉に答えがあるのであった。
「ワーグナーですか」
「そう、その作曲家のファンが来るんだよ」
笑って役に答えてきた。
「それで日本人もここに来たりするんだ」
「そういうわけでしたか」
「そうだよ。それでまあ頼むのは赤ワインが多いね」
「そうでしょうね」
役はこの言葉を聞いても意外には思っていなかった。普段と全く変わらない顔で彼女の言葉を聞いて応えているのであった。
「肉料理にはやはり赤です」
「ここは魚はあまり食べないからね」
「ドイツ自体がそうですね」
そのうえで赤ワインを頼むのである。日本人もワインの本質は心得てきているのである。それは役も同じであるのだ。
「魚は。日本に比べると」
「日本人は蛸や烏賊も食べるそうだね」
「美味いものですよ」
ここで本郷がおかみに言ってきた。
「それもかなり」
「本当に食べるから凄いね」
おかみの顔が苦笑いになっていた。そこからドイツ人が本当に蛸や烏賊といったものを食べないことがわかる。やはり海がないからだ。
「あたし達には想像できないことだね」
「じゃあ白ワインはチーズとかですね」
「まあ赤でもソーセージでも頂くけれどね、そっちは」
「ですよね。チーズもソーセージも赤でも白でもいけますから」
本郷はそれを聞いて楽しそうな笑顔になるのであった。
「じゃあ今はソーセージかい?いいのがあるよ」
「それも頼みはしますが」
役が応える。何だかんだでそれは外さない二人であった。
「今回はメインを別のものにしようと考えています」
「ふうん。じゃあ何にするんだい?」
「赤キャベツを」
役が赤キャベツを出すとおかみの目が光った。
「それのザワークラフトとロール巻きを御願いします」
「お兄さん、通だね」
おかみだけでなく親父も赤キャベツを使ったその二つを聞いて楽しげに笑ってきた。
「ここで赤キャベツを頼むなんて」
「それのサラダも御願いします」
ここでも役は赤キャベツを忘れないのであった。
「それと。そうですね」
「これなんかどうです?」
本郷がここでまた言ってきた。見れば彼はメニューを見ている。
「アイスバインは」
「そうだな。それもだな」
「ちゃんとそれもチューリンゲン風だよ」
親父が店の奥から応えてきた。
「わかってくれてると思うけれどね、あんただと」
「だからなのですよ」
役はうっすらと笑っていた。通と言われて悪い気はしていないのがわかる。
「赤キャベツを頼んだのは」
「そうだね。スープもそれでいいかい?」
「はい、赤キャベツと玉葱のスープを」
野菜系統のスープを頼むのであった。
「そういうところで。そしてパンの代わりに」
「あれだね」
これはもう決まっていた。ドイツである。ドイツでパンの代わりといえば一つしかなかった。といってもこれは欧州全体でそうでもあることだが。
「ポテトピザだね」
「はい、それです」
役が頼むのはそれであった。ドイツには様々なジャガイモ料理がある。そのうちの一つなのである。
「それを御願いします」
「デザートは?」
「アプフェルクーヘンを」
アップルケーキのことである。ドイツでは林檎は医者いらずとも言われ非常に食べられることの多い果物なのである。ヒトラーも乾燥させた林檎が好きだった。
「それで御願いします」
「あいよ」
「そうそう」
ここで本郷が思い出したようにおかみに言ってきた。
「どれもそれぞれ一人ずつで御願いしますね」
「わかってるよ、それは」
「ただ、ワインは二本ずつ」
「また随分飲むんだね」
おかみはワインはボトル二本ずつと聞いて目を少し丸くさせて本郷に応えた。
「日本人にしては」
「飲めるタチでして」
本郷は朗らかに笑っておかみの言葉に応えるのであった。
「まあイタリア人みたいに」
「そういえば食べるのも多いね」
おかみはそれにも気付いた。
「ここにソーセージも入れるんだよね」
「チーズも」
「あんた達本当に日本人かい?」
おかみは不意に二人に尋ねてきた。
「普通日本人っていえば」
「俺達は例外ってことで」
本郷は笑いながら言葉を返すのであった。
「そう思っておいて下さい」
「わかったよ。じゃああんた」
「ああ、全部聞いていたぜ」
親父も女房の言葉に応えるのであった。
「じゃあまずはほら」
「あいよ」
ソーセージとサラダが出て来たのであった。
「まずはこれだな。スープももうすぐだ」
「わかったよ。じゃああんた達」
二人に料理を渡しながらまた言う。
「どんどんやってくれよ。ザワークラフトもあるからね」
「やはりそれは外せませんか」
「そうだね。それとソーセージはね」
おかみの笑顔がまた清々しいものであった。
「ドイツだとそれだろ」
「日本でいうとあれですかね」
本郷はそこであることに気付いた。それは実に日本人らしい話であった。
「お漬物とかそんなのでしょうかね」
「そうだろうな」
役も納得した顔で頷く。
「ザワークラフトは酢漬けだがな」
「違いは大したことじゃないですね。それは」
「そうだな。それにしても」
「何ですか?」
「いや、この赤キャベツだが」
赤キャベツを食べながらそれへの話になっていた。今二人はそれぞれ赤キャベツのザワークラフトにロール巻きを食べていたのである。
「いいな。普通のキャベツとはまた違って」
「そうですね。いや、日本のキャベツとはこれまた別の味で」
「この辺りの名産だよ」
おかみがまた得意げな笑みになってきた。
「どんどん食べていいよ。ところで」
「はい。何でしょうか」
本郷はロール巻きをフォークとナイフで切りながら応えた。その間にもロール巻きを口の中に入れて食べている。
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