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18部分:第十八章
第十八章
「あんた達宿はどうしているんだい?」
「宿ですか」
「ああ。この辺りは宿に困るだろ」
それはおかみも知っているようであった。実は二人もそれで苦労したのだが今はそれは言わないのであった。言いそびれた形であった。
「何処に泊まっているんだい、今は」
「ええ、それですけれどね」
また本郷が応えたのであった。
「実はあるお城に泊めてもらっています」
「お城かい」
「ええ、そうですけれど」
本郷はおかみの顔が微妙に動いたのを察した。それは役も同じである。
「それが何か」
「お城っていえばあそこだよね」
おかみは自分の記憶を辿っていた。辿りながら二人に対して述べるのであった。
「あの森のところの」
「はい、そうですけど」
本郷は相変わらずロール巻きを食べながら答える。答えながら一緒にワインも楽しむ。料理は見る見るうちに彼の胃の中へ消えていっていく。
「それが何か」
「あそこも大変だね」
「大変?」
「そうだよ。あそこは若いお医者さんしかいないだろ」
心配するおかみの顔は二人にとっては意外なものであった。特にその言葉の内容は二人とっては重要なものであった。
「妹さんが昔おられたんだけれどね」
「妹さんがですか」
「そうだよ、奇麗なね」
それもまた二人に対して言う。二人はあえて表情を普段のものにしたままでその話を聞いていた。実際のことは隠し続けていたのであった。
「名前は確か」
「何と仰るのですか?」
ここでは役がおかみに対して問うた。
「その方の名前は」
「エルザさんだったね」
「エルザ、ですか」
役はその名前を聞いて一瞬だけだったが表情を怪訝なものにさせた。だがそれは一瞬のことでありすぐにその表情を元に戻し何気ないふうを装って彼女に対して問い返すのであった。
「そうだよ。まだ若いのに病気でね。なくなってしまって」
「そうだったんですか」
「そうだったんだよ。あのお医者さんもそれで随分と悲しまれて」
話は徐々に真相がわかってきていた。しかしそれをわかっているのは本郷と役だけでおかみは気付いていない。それでもおかみはまだ話を続けるのであった。
「暫く気落ちされてどうしようもなかったんだよ。折角代々お医者さんの名家で色々と評判のいい腕の方だっていうのにねえ」
「残念な話ですね」
役は今はそう応えるだけであった。関係ないのを装って。
「それは」
「そうだよ。一年程ずっとお城に篭りっきりでね」
おかみはまた話す。
「それでも今は立ち直られているけれど。ああして」
「それでですね」
役は相変わらず関係ないふうを装って話を聞くのであった。
「その方は代々ここに住んでおられるんですね」
「それは今言った通りだよ」
おかみは役のその問いに頷いてみせてきた。
「東ドイツになる前はね」
「はい」
今はもうなくなってしまった国家であった。冷戦の時にはソ連の最も頼りになるパートナーでもあったこの国家も今では東西ドイツの統一によりなくなってしまった。今では歴史にその名があるだけである。おかみの記憶の中でもあまり濃くはないようであった。
「ここの領主様だったしね」
「領主だったんですか」
「あんた達にはピンと来ない話みたいだね」
「そうですね」
本郷は今度はアイスバインを食べていた。豚肉のその濃厚な味を楽しみながらまたおかみの話を聞いていたのである。
「領主って言われても」
「それならそれでいいよ。お墓だってある程だよ」
「お墓ですか」
「そうだよ。代々のね」
役はそれを聞いてわかった。あの兄妹の家はかなりの名家であると。代々の墓が領地にあるということはそれだけの古さと力があるという証拠だからだ。
「ここからちょっと東に行ったところにあるよ」
「東ですね」
「ああ、そうだよ」
おかみの返事はあっさりとしたものであった。彼女にとっては何でもないことがわかる返事であったがそれでも二人にとっては違っていたのだ。真剣さを表情から隠しながら彼女の話を聞いていた。
「東だよ。よかったらお参りでもするといいよ」
「わかりました」
「しかし。驚いたね」
ここでおかみの顔が驚いたものになっていた。それには理由があった。
「あんた達。随分食べるのも早いんだね」
「そうですか?」
「もうあらかた食べてるじゃないか」
呆れると共に称賛さえしていた。何ともう殆ど食べ飲んでしまっていたのだ。
「凄いね、全く」
「普通だと思いますよ。ねえ」
本郷はそう役に問うたのだった。おかみのその言葉を受けて。
「これ位は」
「そうだな」
役も本郷のその言葉に頷いた。
「私もそう思いますが」
「いや、普通じゃないよ」
おかみはすぐにそれを否定した。
「そりゃね。ドイツ人だってかなり食べるよ」
「ええ」
「それでもあんた達みたいには。そういえば」
ここでおかみはもう一つ気付いたことがあった。
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