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第五章
「怪我には気をつけろよ」
「ゆっくりでいいのね」
「ああ、いいからな」
このことを告げたのだった。
「怪我はするなよ」
「うん、それじゃあね」
「御前はせっかちだからな」
親として娘を知っているからこそ言った言葉だった。
「だからな」
「わかったわ、焦らずね」
「そこは気をつけろよ」
「ええ」
娘も父の言葉に応える、そしてだった。
たどたどしい動きで皮を剥いてだった、それから。
パイと紅茶の準備を本格的にはじめる、その動きもだった。
レシピとにらめっこしつつだった、自然と動きは鈍くなる。だがそれでもキャロルは必死の顔で料理を続けていた。
時々鍋だの調味料が入った容器だのを落として音を立てる、その音がまただった。
気になる、それで優樹はまた言った。
「あの、本当に」
「あれ位普通でしょ」
今度はデボラさんが答えてきた、落ち着いた顔で。
「最初ならね」
「まあ料理してたら鍋とか落としますけれどね」
「そうでしょ、だからね」
これも普通だというのだ。
「気にすることないのよ」
「ものを落としてもですか」
「包丁を足に落とさない限りはね」
そうした危険なことにならない限りは、というのだ。
「全然平気よ。安心していいわ」
「だといいですけれど」
「いい感じじゃない」
また言うデボラさんだった。
「はじめてにしては」
「そうですか」
「そうよ、日本でもそうでしょ」
「まあ、それは」
日本人でもはじめてならこうしたものだ、誰でも最初はたどたどしい。
「僕もそうでしたし」
「でしょ?落ち着いて見ればいいのよ」
娘を見ながら温かい顔で出した言葉だった。
「今はね」
「そうですか」
「そう、それとね」
「それとですか」
「後はね」
さらに言うデボラさんだった、今度の言葉は。
「テレビ観ましょう」
「それで待っていればいいんですね」
「ええ、そうよ」
普通にだ、そうすればいいというのだ。
「アメリカのテレビ番組だけれどいいわね」
「というかここアメリカですから」
だからだとだ、こう返した優樹だった。
「それしかないですよね」
「それを言ったらその通りだけれどね」
「それでお願いします」
選択肢がない、それならだった。
「どんな番組かはわからないですけれど」
「ああ、ベースボールのゲームをやってるな」
アルバークさんはテレビのスイッチを点けて言った。
「ダルビッシュが出ているな」
「優樹さんのお国のピッチャーね」
「はい、いいピッチャーですよね」
優樹もテレビに出ているダルビッシュを観る、今日もいいピッチングをしていれば何よりだと思いながらである。
「やっぱり」
「日本のピッチャーも凄いな」
「バッターもだけれど」
「いや、昔は」
それこそ彼が生まれる前は、というのだ。
「こんなのじゃなかったんですよ」
「こんなのじゃなかったっていうと?」
「どうだったの?」
「メジャーとかとても」
その過去のことを話す、少なくとも彼がまだ幼い頃の話だ。
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