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12部分:第十二章


第十二章

「言わないことこそが大事な場合もあるものだって」
「知らないな」
 それに対して役は冷静さを保ったままであった。
「だがこういう言葉なら知っている」
「どういった言葉ですか?」
「真実は常に知られなければならない」
 いささか教義的な言葉であると言えた。
「そして」
「そして?」
「それを知っているならば常に言わなければならない。そういう言葉なら知っているがな」
「俺はそうした言葉は知りませんね」
 本郷は役の今の言葉にあえてとぼけてみせた。
「真実は知らない、教えないのもまた一つの方法だっていうのは知っていますけれどね」
「それは間違いだな」
 役も役で全く引くことがない。
「私はそうした言葉は知らない。それがその根拠だ」
「役さんが知らないことが根拠ですか」
「その通りだ。私が知れば根拠になる」
 思えばかなり傲慢な言葉である。しかしその傲慢さがそうは見えずかえって板についているのが彼らしいと言えばらしいものであった。
「だからだ」
「ですか。まあ俺の考えではないですけれどね」
「それならそれでいい。それでだ」
「ええ」
 話が変わった。二人の表情もそれに合わせて変化したのであった。
「明日の朝でおおよそのことがわかるな」
「そうですね。じゃあ酔いはまだ足りないですけれど」
 それはまた言うがすぐに終わった。
「寝ますか、これで」
「そうだな。明日何があるかわからない」
 一応は最悪の事態も考えてはいた。だからこそ休息も取っておくことにしたのだ。時間があれば眠ることも彼等にとっては必要なことであったのだ。
「そうしておくか」
「ですね。それじゃあこれで」
「うん。これでな」
 二人は睡眠の挨拶を交わしてそれからベッドに入った。その日はそのまま朝までぐっすりと眠った。朝になり小鳥の鳴き声で目を醒ましベッドから起き出る。それから着替えて部屋を出ると城の奥から声がするのであった。
「それでは宜しいのですね」
「私は構わない」
 声は二人から発せられていた。一人のそれはエルザのものだった。そしてもう一人は若い男のものであった。本郷はその声を聞いて役に対して囁いた。
「お兄さんですかね」
「そのようだな」
 役は本郷の言葉に応えた。
「あの言葉の調子からすると」
「随分早い帰城ですね」
 本郷はここではあえて城を言葉に出すのだった。
「そうだな。だがそれはそれで話が早くなる」
「俺達のこれからがですか」
「まずは一旦部屋に戻るか」
「部屋にですか?」
「今行くと二人の話を聞いていることがわかってしまう」
 役はそれはまずいと判断したのだ。これは客人として彼等に気をつかったものである。こうした気配りもできるのだ。
「だからだ。それはいいな」
「ですね。そういえば」
 本郷もそれに気付いて頷く。
「それじゃあそういうことで」
「うん。ではな」
 こうして二人は一旦部屋に戻った。暫くして部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。本郷も役もその音を聞いて来たと思った。
「お目覚めでしょうか」
「はい」
「何でしょうか」
 声は若い娘のものであった。しかしエルザのものと違うところを見るとそれは使用人のものであるらしい。
「朝食の用意ができました」
「わかりました。それでは」
「暫しお待ち下さい」
 二人は扉越しにそう言葉を返すとざわと着替える程度の時間を作ってそれから扉を開けた。扉の前には予想通り可愛らしい娘の使用人がいた。所謂メイドであり服も黒と白を基調としたそうしたものである。何処かオーストリア風の趣があるものであった、
「お待たせしました」
「それでは」
「はい、こちらに」
 メイドはにこりともせず機械的な声で二人に述べた。そうして昨夜の夕食を採った食堂に案内するのであった。道筋は同じだが夜とは違うせいかその雰囲気は全く異なるものであった。二人は夜に比べてはかなり明るいその廊下をメイドに案内されて進むのであった。
 
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