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11部分:第十一章
第十一章
「食べ物も。他にはバナナやパイナップルも」
「ああ、そうですね」
本郷にもこの言葉の根拠はわかる。共産圏は寒い国ばかりだ。しかも流通が遅れていた。それでバナナやパイナップルが手に入らなかったのだ。スターリンもかつてソ連にはバナン以外何でもあると豪語している。これは言い換えれば熱帯の果物は手に入らなかったということを自分で認めているということなのだ。なおロシアでは酒は何時でも手に入る。これがなければロシア人は暴動を起こすと言われているがロシアの寒さを考えればこれは至極当然のことである。
「手に入るようにはなりました」
「では生活はよくなっているのですね」
「普通のコーヒーも飲めますし」
これも大きいようであった。
「兄も喜んでいます」
「普通のコーヒー?」
「代用コーヒーだ」
いぶかしむ本郷に役が述べてきた。
「大豆やそういったもので作る。コーヒー豆がないからな」
「そんなものもあるんですか」
「そうだ。昔の話だがな」
役は言う。
「そういうものもあった」
「そうだったんですか」
「あの味もあの味で」
またエルザは言うのだった。
「懐かしくもあります」
「ですか」
「はい」
懐かしくとは言ってもやはりそこには一切の感情が見当たらないのであった。本郷も役もそれを不思議に思うのだがエルザには自覚はないのであった。
「とにかく翌朝ですね」
「そうですね」
本郷は今度は役の言葉に応えた。
「その時にこれからどうされるのか」
「お兄様に判断を預けます」
「はい、それでは」
エルザはにこりともせず二人に言葉を返した。それだけであった。
「翌朝また」
「はい、それでは翌朝に」
「また」
こうして話を終えた。そうして二人は食事を終えビールを飲むとそのまま部屋に戻った。だが部屋に入る時にシャワーを言われそれを浴びた。そうしてすっきりしてから部屋に戻るのであった。
部屋に戻ると。二人は自分達にそれぞれ貸されたベッドに座りながら話をするのであった。既に長旅で汚れている服は脱ぎ一旦シャツとトランクスになってからガウンを羽織った。そうしてから話をしていた。
「どう思う」
「あのフロイラインですよね」
「そうだ」
そう本郷に言葉を返した。
「どうもおかしいな」
「おかしいどころじゃないですね」
本郷はいぶかしむ目で述べた。
「あれは。かなり」
「まるで人形だな」
役はそう彼女を評した。
「あの表情のなさは」
「それか機械ですね」
本郷のエルザへの評価はこうであった。
「あれは」
「機械か。そうだな」
その言葉に役も頷くものがあった。少なくとも否定はしなかった。
「そうも見えるな」
「どちらにしろ普通の人には思えませんよね」
「それは私も同じだ」
本郷のその言葉に同意するのだった。
「暫く見てみたいが」
「どうされますか?」
「何、明日次第だ」
役は少し楽観したように述べる。
「明日彼女の兄が戻って来ると言っていたな」
「はい」
「その時に彼がよしと言えばここに残れる。残れなければ」
「野宿ですか」
「しかし。まあ大丈夫だろう」
また楽観したような言葉を述べてみせた。
「彼女の言葉を聞く限りはな」
「暫くはここに留まることができますか」
「おそらくはな。ということはだ」
あらためて役のその顔が考えるものになる。その顔で本郷に対して言う。
「彼女についても調べることができる」
「見たところ邪なものはありませんけれどね」
「それはない」
役はもうそれを確信しているようであった。
「全く感じない。少なくとも妖かしの類ではないな」
「それは安心していいですか」
「そう。しかしだ」
それでも役は言う。魔性の者ではないことに安心しながら。
「彼女に何かあるのは間違いないな」
「ですね。一体何やら」
本郷も考える顔になる。しかし彼はまだわからなかった。彼女がどういった存在なのか。はっきりとわかりかねていたのである。
「本当に機械ですかね」
「というとあれか」
彼の言うことも役にはわかった。
「サイボーグ。そういった類か」
「どうですかね、そこは」
「そこも見ておくか」
役はまた考える顔で述べるのだった。
「これから」
「そうですね。それでは今は」
「うん。休むことも必要だ」
長く歩いたこととビールのせいだろうか。ここで不意に身体の疲れを感じたのであった。そうして本郷に対してまた言った。
「それでどうか」
「俺はもう少しいけるんですけれどね」
しかし本郷は平気な顔であった。少年の様な笑みを浮かべて彼に言葉を返すのであった。
「酒も。あれよりも」
「かなり飲んだと思うが」
役は今の言葉を受けて本郷に返した。
「いつもそうだが」
「また随分きついですね」
「別にきついとは思わないがな」
役の返答はここでも実に素っ気無いものでしかなかった。
「本当のことだからな」
「こういう言葉知ってます?」
本郷はそれに返す形で役に言ってきた。
「何をだ?」
「真実は時として非常に残酷なもので」
まずはこの言葉からはじめる。
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