銀河英雄伝説~悪夢編
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第四十一話 助けてくれ、過労死しそうだ
帝国暦 488年 9月 14日 オーディン オスカー・フォン・ロイエンタール
リヒテンラーデ侯爵邸を七百の兵で囲むと僅かばかりいた警備兵を排除した。容易(たやす)いものだ、襲ってくる者などいないと思っていたのだろう、まるで警戒していなかった。自分達の権力に自信が有ったようだがいささか自信過剰だな。ドアを壊して三十名ほどの兵と共に邸内に入った。騒音に気付いたのだろう、寝ぼけ眼の老人が目の前に現れた。
多分執事だろう、取り押えてリヒテンラーデ侯の居所を問うと震えながら二階だと答えた。案内させると“殺さないでくれ”と何度も言いながら二階の一番奥の部屋の前へと案内した。ドアには鍵がかかっている。兵達と共にドアを蹴破って中に侵入した。
「何事だ、お前達は何者だ?」
ベッドに半身を起こした老人がいた。目を覚ましたか、もっともこの騒ぎでは寝ている事など出来んだろうな。
「夜分恐れ入ります。国務尚書リヒテンラーデ侯爵閣下ですな、貴方を逮捕させていただきます」
「何を言っている、お前達は何者だ」
どうやらリヒテンラーデ侯は未だ頭が寝ぼけているらしい。そう思うと思わず笑い声が出た。
「失礼、小官はオスカー・フォン・ロイエンタール大将です」
老人の顔に驚愕が現れた。ようやく頭が動いてきたらしい。
「罪状は? 一体何の罪状で私を逮捕するというのだ」
「宇宙艦隊司令長官ヴァレンシュタイン元帥暗殺未遂事件の犯人としてです。覚えが御有りですな」
老人の目が見開いた。
「馬鹿な、私がヴァレンシュタイン元帥の暗殺を謀ったという証拠が有るのか、大体卿らは誰の命令で動いている?」
声が掠れている。
「証拠? 誰の命令? 愚問ですな、国務尚書閣下」
駄目だ、どうしても笑い声が出る。俺だけじゃない、兵達も笑った。一頻り笑ってから命じた。
「国務尚書閣下を拘禁しろ」
兵達が老人に襲い掛かった。
新無憂宮は既にクレメンツ提督、シュムーデ提督率いる一万八千の兵によって占拠されていた。近衛部隊も武装解除されている。彼方此方に拘束された兵達、そして貴族が居た。それらを見ながら黒真珠の間に赴く。そこには既にヴァレンシュタイン司令長官がメックリンガー総参謀長、副官フィッツシモンズ大佐と共に居た。
他にもミッターマイヤーを含む何人かの司令官達。ブラウンシュバイク公爵夫人母娘、リッテンハイム侯爵夫人母娘がアンスバッハ、シュトライト准将と共に居た。そして軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥が拘禁されていた。口惜しそうな表情をしている、さぞかし不本意だろうな。俺も不本意だ、一番最後らしい。
「元帥閣下、国務尚書リヒテンラーデ侯を拘禁しました」
両手を後ろ手に手錠をかけたリヒテンラーデ侯を突き出すと“御苦労様でした、ロイエンタール提督”と労を労ってくれた。そしてリヒテンラーデ侯に視線を向けた、侯も司令長官を見ていたがすっと視線を外した。視線の先にはアンスバッハ准将が居た。
「私を裏切ったのかアンスバッハ、それとも嵌めたのか」
「嵌めたのは私ですよ、リヒテンラーデ侯。アンスバッハ准将に侯を嵌めるようにと命じたのです。もっとも侯が私を殺せと命じた事は事実です、録音もしてあります、冤罪ではありません」
ヴァレンシュタイン司令長官が答えるとリヒテンラーデ侯が視線を司令長官に戻した。
「……卿、何が目的だ、こんな事をしてただで済むと思っているのか」
低い声だ、言外に怒りが滲み出ている。
「目的? それを聞いて如何します? これから先の事はリヒテンラーデ侯には関係ない事です。それにしても疲れました、侯の前で政治にはまるで無関心な軍人の振りをするのは。なかなか上手かったでしょう、貴方達は皆騙された」
「貴様、愚弄するのか!」
司令長官が苦笑を浮かべた。
「まさか、そんな事はしません。それよりも私達は話さなければならない事が有ります。何故この内乱が起きたのか、その真実を……」
「真実だと? 何が言いたい」
リヒテンラーデ侯が訝しげに問いかけると司令長官が頷いた。
「何故この内乱が起こったと思います?」
「……後継者が決まっていなかったからであろう、卿は何を言っている」
リヒテンラーデ侯が顔を顰めると司令長官は声を上げて笑った。
「違いますね、この内乱が起きたのは先帝陛下がそれを望んだからです」
妙な事を言う、皆が訝しげな表情をした。
「後継者などその気になればいつでも決められたはずです。ブラウンシュバイク、リッテンハイム、そのどちらかと組んで残った方を潰せばいい。その際、軍の力を温存して両家で潰し合いをさせる。勝ち残った方も傷を負うでしょう。そのまま後継者として認めるか、軍に潰させてエルウィン・ヨーゼフ二世陛下を後継者とするか、先帝陛下の意のままです。違いますか?」
「……」
なるほど、確かにそうだ、頷かざるを得ない。俺以外にも頷いている人間が居る。
「先帝陛下は皇帝としては凡庸でしたが批評眼は有りました」
「口を慎め!」
リヒテンラーデ侯が叱責すると司令長官は肩を竦めた。
「批評眼が有ったと褒めているのですよ、私は。しかし惜しむらくは皇帝としての力量は無かった。だから皇帝としては何も出来なかった、いやむしろ故意に何もしなかったのだと思います」
「……」
「リヒテンラーデ侯、批評眼の有った先帝陛下に帝国はどう見えていたと思います?」
「……どう見えたというのだ?」
逆にリヒテンラーデ侯がヴァレンシュタイン司令長官に問い返した。探るような目をしている。
「貴族達は私利私欲のままに動き政府はそれを抑えるだけの力を持たない。帝国は未来に対して何の展望も持たず少しずつ崩壊に向かっている、緩慢な死を迎えようとしている……」
「……」
リヒテンラーデ侯は何も言わなかった。反論しないのは思い当たるフシが有るからだろう。俺から見ても帝国の未来が明るいとは思えない。
「先帝陛下は帝国をこの緩慢な死から救う方法を考えました。方法は一つ、絶対的な権力を持つ人物を作り出し、その人物にこの帝国を預けるというものです。絶対的な権力を持つ人物だけがこの帝国を再建できる、そう考えたのですよ」
「馬鹿な、……卿は一体何を言っているのだ」
リヒテンラーデ侯の声が震えている。いや、声だけじゃない、身体も震えていた。
「分かりませんか? この内乱は先帝陛下とその協力者であるグリンメルスハウゼン元帥が作った壮大なゲームなんです。平時では絶対的な権力を持つ人物を作り出す事は出来なかった。だから内乱を起こす事で作り出そうとしたんです。ゲームの名は帝国の覇権、覇権を握った人物には帝国の再建が委ねられる。いや必然的に帝国を再建せざるを得ない立場になる……」
「馬鹿な……」
リヒテンラーデ侯が呻いた。
「選ばれたプレイヤーは四人です。門閥貴族からブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯。宮廷政治家からリヒテンラーデ侯、そして軍人からは平民である私……。良く選んだものですよ、立場も違えば価値観も違う」
司令長官が笑い出した。皆が呆然と司令長官を見ている。ゲーム? プレイヤー? グリンメルスハウゼン元帥が協力者?
「有り得ない! そんな事は有り得るはずが無い! 卿の考え過ぎだ!」
国務尚書が叫ぶように否定した。司令長官が更に笑い声を上げた。
「グリンメルスハウゼン元帥が何故あんなにも軍人である事に、戦場に出る事に拘ったと思います?」
「……」
司令長官の問い掛けにリヒテンラーデ侯が黙り込んだ。
「周囲がグリンメルスハウゼン元帥を退役させるようにと懇願したにもかかわらず何故先帝陛下はそれを退けたのか?」
「……」
「最後に選んだプレイヤーである私の立場を引き上げる為ですよ。それ以外には無い」
「……馬鹿な」
「元帥府を開き、私に人を集めさせ、そしてそれを私に譲り渡した。元帥、宇宙艦隊司令長官に推挙してです。それでも信じられませんか?」
リヒテンラーデ侯が呻き声を上げた。侯だけではない、彼方此方で呻き声が上がっている。そして皆が顔面を強張らせていた。怯懦とは無縁のミッターマイヤーでさえ顔面を蒼白にしている。
「グリンメルスハウゼン元帥は先日亡くなられたそうですね。病死とのことですが本当にそう思いますか……」
「どういう意味だ?」
「貴族達が大勢死にましたからね、その事に罪の意識を感じたのかもしれません……」
自殺、という事か……、あの老人が自殺……。指揮官席でただ座っている事しかできなかった、あの老人が……。
「力有る者が上に立つのは当然の事、例え貴族といえど力無き者は滅ぶしかない。どうせ滅ぶのであれば精々華麗に滅びれば良い」
「そ、その言葉は……」
リヒテンラーデ侯が絶句している。それを見て司令長官が意味ありげに含み笑いをした。
「先帝陛下の御言葉だそうです、グリンメルスハウゼン元帥から聞きました。リヒテンラーデ侯も似たような言葉を聞いたことが有るのではありませんか?」
「……」
リヒテンラーデ侯が目を閉じて呻いている。司令長官の言う通り、リヒテンラーデ侯も聞いたことが有るのだろう、おそらく侯に言った相手は先帝陛下だ。つまり今回の内乱がゲームというのは事実、そしてそのゲームに司令長官が勝ち残った……。
「理解できましたか、リヒテンラーデ侯」
「……」
「貴方は私が勝利者になった事に不満だったようですが私は正当な権利を行使したに過ぎないんです。私達は先帝陛下に選ばれた対等なプレイヤーだった、格下だと貴方が勝手に思っていただけだ」
呻き声だけが聞こえる黒真珠の間に司令長官の声が流れた。
「リッテンハイム侯は死にました、ブラウンシュバイク公も死んだ。帝国は一つ、覇者も一人です。リヒテンラーデ侯、貴方にも死んでもらう。それがこのゲームのルールだ。私が創る新たな帝国のために肥やしになりなさい」
「……」
「ヴァルハラで先帝陛下に伝えてください。確かに帝国は預かりました、私は私の帝国を創る。いずれヴァルハラにて報告させて頂きますと……」
「卿、まさか、卿は……」
リヒテンラーデ侯が怯えた様な声を出した。
「オーベルシュタイン准将、リヒテンラーデ侯、エーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥を別室にお連れしなさい。名誉ある自裁をしていただく」
事務局長が来ていたのか……。オーベルシュタイン准将が兵に命じて三人を黒真珠の間から連れ出した。リヒテンラーデ侯が“簒奪など許さん!”、“帝国の恩顧を忘れるな!”と叫ぶ声が聞こえたがヴァレンシュタイン司令長官は何の反応も示さなかった……。
リヒテンラーデ侯の姿を見送ってからミッターマイヤー達の傍に行ったが皆、何処となくぎこちない。未ださっきの話が尾を引いている様だ、チラチラと司令長官に視線を向けている。気付いたのだろう、司令長官が俺達の方を見て苦笑を浮かべた。そして正面を向くと小さく溜息を吐いた……。
帝国暦 488年 9月 14日 オーディン 新無憂宮 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
あのクソジジイ、余計な事ばかり言いやがる。黙って死んでいけばいいものを……。お蔭で皆が俺を見ているじゃないか。帝国に恩顧など受けた覚えはない、遺恨は有るけどな。給料分の仕事はした、恩着せがましい言い方をするんじゃない。……簒奪か、悪いがそいつは既定路線だ、変更はない。別に銀河帝国の皇帝になりたいわけじゃない、皇帝にならざるを得ないのだ。
これから国内の政治改革を行う。貴族達の特権を抑え平民達の権利を拡大する、貴族の存在は認めても良いが政治的特権は認めない……。改革派の人間を登用し辺境の開発と合わせて内政の二大方針とする。そして同盟、フェザーンを征服して宇宙を統一しフェザーンに遷都する。まあほとんどはラインハルトの真似だ、難しい事じゃない。
俺はこの政治改革を一時的な物にしたくない。いや、してはいけないと思っている。この政治改革がゴールデンバウム王朝の政治方針に逆行するような事が有れば旧同盟領で反乱が起こり統一帝国はあっという間に崩壊するだろう。また分裂して戦争が起きる事になる。
戻しちゃいけないんだ。そのためにはゴールデンバウム王朝を完全に終わらせる必要が有る。何故なら王朝というのはどうしても開祖の影響を引き摺り易いからだ。こいつは江戸時代の大名を見てみれば分かる。藩祖の影響を強く受けている。藩祖は藩を創った人間だ、当然だが藩の運営方針も決めてしまう。二代目以降はその運営方針を守る事が仕事になってしまうのだ。会津藩が典型だ、それで藩を潰したようなものだ。
銀河帝国も同様だろう、晴眼帝と呼ばれたマクシミリアン・ヨーゼフ二世は劣悪遺伝子排除法を有名無実化した。しかし廃法にすることは出来なかった、何故なら開祖であるルドルフが制定した法だからだ。開祖の影響力というのはそれくらい大きい。あれを廃法にしたのはラインハルトが帝国の実権を握ってからだった。
ゴールデンバウム王朝が続けば俺の改革は一時的なもので終わりかねない。簒奪して新しい王朝を創る。遷都する事によってゴールデンバウム王朝の全てを完全に否定する。そして憲法を創り皇帝の役割を明確にし暴君が出ないように、暴政が起きないように制限をかける……。
最低でも三十年は皇帝をやる必要が有るな、そして善政を布く必要が有る。それによって俺の創った王朝を帝国臣民に受け入れさせる。……前途多難だな、過労死しそうだ、溜息が出た……。
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