久遠の神話
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第五十三話 十一人目の影その十三
「暫くはこうしていたいがな」
「ですがそれは」
「できないというのかな」
「はい、そうなりました」
「ここにも剣士が来ている」
「いえ、います」
来ているのではなくそちらだというのだ。
「ここに」
「この中華街に」
「はい、います」
声はこう広瀬の頭の中に言ってくる。
「貴方のすぐ傍に」
「そして俺と闘うことになるか」
「場合によって。しかしですね」
「今言った通りだ」
これが広瀬の返答だった、やはり己の脳裏にだけ言葉を出す。
「俺は今はこの娘との日常を楽しみたいんだ」
「デートというものですね」
「今から少し食べに行く」
広瀬は聞かれていないことを声にあえて言った。
「中華街だ、わかるな」
「中華料理ですか」
「その中の広東料理だ」
中華料理は大きく分けて四つの体系がある。北京に上海、四川、そしてその広東の四つの系統である。広瀬は由乃と二人でその広東料理を食べに行くのだ。
「本を読んでだ」
「中華料理の本ですか」
「清の乾隆帝は時折広東にまで巡幸に行っていた」
「そして広東の料理を楽しんでいたのですね」
「乾隆帝は美食家だった」
栄耀栄華を誇った清の皇帝として贅を尽くした中にいた、そこで美食も楽しんでいたのが乾隆帝なのだ。
「その乾隆帝が楽しんだ料理を食べに行く」
「二人で、ですね」
「そうだ、そうする」
こう言ったのである。
「今からな。闘うにしてもだ」
「今はですか」
「俺は今のこの時間を大事にしたい」
ここで隣にいる由乃を見る。
「彼女と共にいる時をな」
「それが貴方が戦う理由でもあるからですね」
「そうだ、だからだ」
由乃と共に永遠にいたい、これが広瀬の願いなのだ。
「俺は今は闘わない」
「決してですね」
「相手はどう考えている」
「その剣士ですね」
「誰だ、一体」
その剣士が誰かということも尋ねる。
「それは」
「十一人目になります」
「新しい剣士か」
「そうです。十三人の剣士の中の」
「新顔か」
「これまでの方とは違います」
全くの別人だというのだ。
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