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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第一章『セシリア・オルコット』
  第十話『強き者(スルーズ)』

 
前書き
本日のIBGM

○目覚め
Music of Dream-夢想曲-(ペルソナ4)
ttp://www.youtube.com/watch?v=LDhkVPwmOfQ

○望まぬ結末
Corridor-回廊-(ペルソナ4)
ttp://www.youtube.com/watch?v=g7AJ2qccFlU

○少女の嘆き
I'll Face Myself(ペルソナ4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm18815356

○想い
遠い約束(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137728 

 
セシリアは、確かにあの自爆技を成功させた。だがあの一瞬、俺の身を守ろうとシルフィは行動を起こしていてくれた。
ミサイルビット炸裂の寸前、シルフィは撃ち尽くしたイーグルハンターを修夜の体の前に現出(セットアップ)し、それを咄嗟に盾として活用してくれたのだ。
人に無茶し過ぎだという割には、自分もしっかり大博打を打ってるだろうに……。
でも、その咄嗟の機転のおかげで俺は勝利を掴むことが出来た。アレが無けりゃ、負けていたのは確実に俺だ。
《勝ったね、マスター!》
「――あぁ、初戦からラスボスと戦っている気分だったけどな」
いやはや、女の子というのは本当にすごい生き物だよな……。
「そういえばシルフィ、シールドエネルギーの残量は…?」
《……聞きたい?》
……何故はぐらかした?
「一応、今の俺の実力の指標だからね。――で、どれだけだ?」
《…………5》
………………………………。
ヨシ、オレハニモキカナカッタゾ。
ソンナスサマジイコトニナッテタナンテ、キットアクノソシキノシワザニチガイナイ。
オノレ、●ル●ム!!
《マスター…、マスター……?!》
っと、いかんいかん…。
トラブル続きだったとはいえ、オルコットが強敵だったのは確かなことだ。
俺はソニックという“逆ハンデ付き”なのに、このザマ。
師匠が見たらなんと言うや…ら……
………………………………こっ……殺されるっっ…?!
《マスター…、もうマスターったらぁ!!》
「あっ、悪いわるい…」
とにかく、勝った。
形はどうあれ、記念すべきこの一戦を勝利で飾ることが出来た。
それと同時に、『真剣勝負』ってことがどういうことなのか、改めて思い知った気がする。
――舐めてかかって悪かったな、オルコット。
アンタの強さは、俺が思っていた以上に本物だ。
「……完敗ですわ」
……?!
その声に振り向くと、そこには煤けた顔のオルコットがいた。
「まさかそんな隠し玉を持っていたなんて、少し卑怯じゃございません…?」
眉間にわずかにしわを寄せながら、オルコットは俺に言った。
だがそこに、憤りや苛立ちというものは見られない。どこか落ちつきながらも……、何故か儚げに見えた。
「アンタも凄かったよ、お嬢様…」
それはどうも、とオルコットは短く切り返す。
態度こそさっきまでと変わらないが、何処となく嫌味っぽさは消えているように見えた。
「それで、お約束の方ですが……」
オルコットは、そう言って顔を少し俯きにして、視線を下に落とした。
そう、俺と一夏とオルコットの約束。
『俺たちが勝てば、オルコットが俺たちを見下したことを謝罪。俺たちが負ければ謝罪請求の撤廃』――
名目上はクラス代表を決定する試合だが、本題はむしろこっちだ。
――正直な話、俺そのことはどうでもよくなっていた。
“俺に対しての謝罪”限定で、だが……。
だから言った。
「まだ謝るのは早いぜ?」
それを聞いたオルコットは、俺の方を向いて目を見開く。そしてどこか、不思議そうに俺の顔を覗いてきた。
「一夏との試合がまだ残ってるだろ、違うか…?」
目を丸くして驚くオルコット。
「…そ、そうでしたわね。……えぇ、そうですわね…」
まさか、忘れていたってわけじゃないだろうけど……。いや、この反応はもしや……。
そんな風に疑っている合間に、オルコット俺に背を向けた。振り返る一瞬、笑ったようなそうでないような……。
「では、あなたのおっしゃる通りに、次の試合で決めると致しましょう」
そう告げると、自分のピットルームへと帰還していった。
少し弱って見える気もするけど、多分インターバルを挟めば持ち直しているだろう。
《私たちも戻ろう、マスター。みんなが待っているよ》
オルコットの後ろ姿に気を取らているあいだになのか、シルフィはホログラフィーで具象化して、俺の顔の横を飛んでいた。
ホログラフィーだから羽は必要ないはずだが、拓海の肝入りでトンボのような薄い翅(はね)が背中に二対、せわしなく動いている。
「あぁ、そうしようか」
拓海、一夏、箒、千冬さん、あと山田先生に蒼羽技研のみんなも、そして――
「シルフィ」
俺はスグそこに居る相棒に声をかけた。
《なに、マスター?》
「今日はマジで助かった、ありがとうな」
ホントに、今日のMVPは間違いなくコイツだ。途中でドジ踏んだりしていたけど、最後の最後で俺を救ってくれた。
だから俺は、笑ってこう言おう――
「これからよろしく頼むぜ、相棒――!」
それを聞くと、シルフィは面食らったような顔をしていた。でもすぐに、いつもの笑顔で、いつもの明るい声が返ってきた。
《……うん! お疲れ様。 そして、今日からよろしくね、マスター!!》
さぁ、みんなの待つピットへ戻ろう。

――――

ピットルームに戻ると、みんなが温かく迎えてくれた――
……のは、ほんの数秒のあいだだけだった。
ピットには、画面をにらみながら焔立つ怒気を発する鬼神……否、メンテ神が鎮座していらっしゃった。
そばに居る山田先生は、もう涙目でいつ泣くか分からない状態だった。
一夏は自分のISをセットし終えて感覚を確かめているが、明後日の方向を向きながら青ざめている。
箒も箒で、一夏のセッティングの具合を心配するそぶりとは裏腹に、こっちに顔を向けようとしない。
あの千冬さんですら、背を向けて顔に手を当てていた。

なんと言うか、うん、――地獄だ。

「修夜~」
メンテ神・拓海様からお呼びがかかる。
声のトーンはいつも以上に穏やかだった。むしろ、穏やか過ぎるくらいだった。
「……なんでございましょう、主任」
あまりの怒気に思わず萎縮しまい、家族であるはずの相手に敬語になる。
「とりあえずはデビュー戦、お疲れさま。そしておめでとう…!」
そのねぎらいの言葉とともに、画面から目を離して俺に顔を向けてくる拓海。
その笑顔はとても穏やかで、まぶしいぐらい爽やかだった。
そして、長らくコイツと家族である俺は、その経験からすぐさま悟った。

……あ、俺死んだ――。

結局、俺とシルフィは、次の一夏の試合がはじまるまでの十数分間、拓海からの説教を受けることとなった。
「まったく今回は見ていて色々とひやひやしちゃったね。途中でバーニアの起動がおかしいとは思ってたけどまさかそんなことになってったなんて。
 いいよいいよ気にしないで一週間で納品出来てないこっちが悪いんだし。それにしてもリニアライフルも一戦目でこんな感じになるなんて。
 いいよいいよ気にしないでまた技研のみんなと三徹ぐらして死ぬ気で仕上げればすぐ出来るし。これからも気兼ねなく使ってくれないとね。それはそれで……」
爽やかな笑顔と声で、もう死にたくなるような辛辣な箴言(しんげん)が嵐の如く飛んできた。
心にナイフが刺さるのは、師匠で慣れている。だが師匠と拓海のそれは性質が違う。
師匠は急所を目がけての一撃必殺、一方の拓海はワザと急所をずらしてメッタ刺しにしてくる。
一気に核心を突かれるのは確かに痛いが、死んだ魚の眼で空笑いしながら“僕が悪かったんだよ”を連発されるのは拷問である。
ものごとの芯を的確に捉えるセンスに、相手の良心の呵責を最大級に刺激する術が備わると、それはもう立派な殺人手段だ。
懇願したい、もういっそ殺してと……。
とにかく正気を保つため、気を紛れさせるために他の四人をチラ見してみた。
……すると、山田先生は千冬さんにしがみ付いて泣きながら震えてるし、千冬さんは山田先生を宥める声に余裕がないし、一夏と箒は完全に意識を脳内に飛ばして逃げていた。
ISを調整するためのピットルームは、ただ一人の俺の家族の怒気で混沌と化していた……。
――師匠、泣いても…、いいですね……?
『拓海の説教ピットルーム』という地獄の固有結界に、試合準備のアナウンスという福音のラッパが鳴り響く。
それを聞くと拓海は、今度からは気をつけてくれよと、やっぱり死んだ笑顔で爽やかに締めくくった。
そしてそのタイミングを待っていたのか、ピット内の人間は何事もなかったかのように試合の準備に取り掛かる。
もうすぐ試合開始だ。
そう思って、一夏に話しかけようとした矢先に、再びアナウンスが流れる。
それはアレがあの時、俺がオルコットに感じた色々な違和感の正体を暗に示していた。

――セシリア・オルコット、ピットルームにて気絶し、保健室へと搬送。

気付けば、俺はISスーツのまま、保健室へつながる廊下を探して走っていた。

――――

「…………ん」
小さな呻きを上げたセシリアは、ゆっくりと目を開ける。
「……ここ、は…?」
目に飛び込んできたのは白い天井、風に揺れる視界をさえぎるためのカーテン。
体からは、やさしく布が自分を包み込んでいるという感触と少しの重みが伝わり、鼻からは少し刺すようなにおいを覚える。
――ベットの上。
はっきりしない頭で、自分の今いる場所をぼんやりと理解した。
「気づいたか?」
目覚めたばかりで、半ば意識がぼんやりとするセシリアの耳に、聞き慣れた男性の声が届く。
「真行寺、さん……?」
声の方向に頭を向けると、そこにはさっきまで自分と戦いながら空を舞っていた修夜が居た。
ISスーツを着たままの元対戦相手は、顔を向けた自分に少しだけ安堵の表情を浮かべ、小さなパイプ椅子に腰かけていた。
少し辺りを見回せば、修夜の背後に薬品が収まった棚などが見えたため、先ほどのにおいと合わせて自分の居場所を察した。
「……保健室」
とりあえず、口に出してみる。
「あぁ、そうだ」
それに対し、修夜は少し控えめな声で同意する。
「わたくしは、一体……?」
身体を起こし、まだぼんやりとしている頭を使って、少しずつ思い出そうとするセシリア。
修夜は思わず大丈夫かと体を前に出してきたが、セシリアは片手をわずかに出して修夜を無言で制止し、僅かにうなずいた。
そしてまだ少し眩むのか、顔をしかめてそれを両手で覆った。その所作にさえ、どこか気品が漂う。
「確かピットルームへと帰還した後に、急に眩暈に襲われて……それから……」
憶えていることを、ゆっくりと頭の引き出しから出して確認していく。
「そう、そこでアンタはそのまま気絶して、ここに運ばれたんだよ」
口に出して記憶を追うセシリアに、修夜はそう続けた。
「でも何故、わたくしは……」
自分が倒れた理由を探して悩むセシリアを見て、修夜がまた口を開く。
「ビットの長時間使用と、試合中の緊張による精神的な過労だそうだ。しばらく安静にしてれば、体調も回復するってさ」
それを聞くと、少女は自分に告げられたことを、自分で小さく何度かつぶやき、それから顔を手で覆って溜息を吐いた。
「そう…、そうですか……」
ようやく頭が動きはじめたのか、セシリアは自分の現状を少しずつ理解していった。
すると、もう一つ重要なことが抜け降りていることを思い出し、ハッとなって顔を上げる。
「あのっ、それじゃ、織斑さんとの試合は……!?」
それは、今の彼女にとっては特筆事項であった。

“一夏との試合がまだ残ってるだろ”

折れそうになった気持ちを立て直してくれた、あの言葉に報いなければ――。思わず、そんな感覚にとらわれた。
しかし、訊かれた言葉の主は表情を硬くして顔を正面に向け、静かに結果を告げた。

「……残念だけど、一夏の不戦勝になったよ」
それは、修夜にとっても口にしたくはない事実だった。
「クラス代表を決める締め切りが差し迫っているから、再試合の日程を組むのも難しいらしくてな……」
その言葉に、セシリアは静かに顔を伏せた。
修夜は自分で自分を罵りたくなった。
なんであんな言葉で励ましたのか、なぜ彼女の異変をもっとしっかり察知できなかったのか。
勝ったことで気を緩め、気づけたかもしれない出来事を見過ごした自分の軽率さに、修夜はどうしようもなく腹が立った。
それでも、そんな思いをしたところでどうしようもないことは、痛いほど分かり切っていた。
「結果として、わたくしはお二人に負けたと言うことになるんですね……」
先に言葉を紡いだのはセシリアだった。
「……オルコット?」
顔を上げた修夜の目に映ったのは、悲しげな笑みを浮かべてうつむく少女だった。
「あれだけの大見得を切っておきながら、あなたには負け、織斑さんとは戦わず……。
 これで代表候補生だなんて、笑ってしまいますわ……」
自嘲的な言葉を並べながら、セシリアはただ下を向いて悲しく微笑んでいた。
修夜は少し、戸惑いを感じた。
最初に見た彼女は、人をあからさまに見下す高飛車で嫌味なお嬢様でしかなかった。
だがお互いに意地を引鉄に載せ、全力でぶつかっていくうちに、彼女が垣間見せたのは確かな強者として意識であった。
そして今度は追い詰めた先で、彼女の本気と勝利に対する強いこだわりをひしひしと感じた。
そんな彼女が戦いの終わりに見せたのは、決して驕り高ぶらない、自分なりの誇りを持つ素直な少女として姿だった。
しかしながら、今の自分の目の前に居るのは、その最後の支えさえ折られて弱っていく、普通の女の子だ。
(……なんなんだよ…)
修夜の中で、哀しみとも憤りとも、仇情けとも違う何かがふつふつこみ上げてくる。
「わたくしなんて……、何も大したことなんて……」
うつむくセシリアの視界は、徐々に滲んでいく。それは自分で自分を傷つけて出てきた、心の流す血のようにもみえる。
少しずつ、膝の上の手がこわばり、シーツがしわを寄せていく。
自分の中にある全てを失った……、セシリアの中で決定的な何かが崩れ去ろうとしていた。
そのときに――

「まだだろ……」
ぽつりと、そんな声が漏れてくるのを聞きとった。
その声にセシリアは、今にも泣き出しそうな顔を上げて、その方向を向く。
「まだだろ、こんなのまだまだ始まったばっかりじゃねぇか……!!」
そこには、強い何かに突き動かされて言葉を紡ぐ修夜がいた。
「……終わったんです、何もかも……」
しかしセシリアには、修夜の紡いだ言葉が理解できない。
自分のクラス代表決定戦は、『惨敗』という結果で終わった。
大見得を切って飛び出し、侮ってかかった相手に打ちのめされたのだ。
その結果こそ、彼女にとってすべてだった。
「全部終わったんです、何もありません……。
 こんな結果では、クラスメイトの方達はわたくしを笑うでしょう……。
 こんな無様な戦績が本国に通達されてしまえば、きっと代表候補生の資格を剥奪されるでしょう……。
 きっと……、きっと…そうなります……。
 そうなってしまえば、わたくしは……!」
目がしらに熱がこもり、視界がさらにぼやける。
堪えていたはずの大粒の涙が、堰を切ったかのように溢れだす。
喉の奥に押し込んでいたはずの嗚咽が、今にも口をこじ開けて飛び出そうとする。
それを押しこもうと、惨めな自分を隠そうと、両手で必死に顔を覆おう。
もうすぐで、彼女の中の何かが死に絶える――。
「だったら…………だ」
また、修夜が呟く。
「だったらもう一度戦えよ、セシリア・オルコットっ!!」
少年は叫んだ、今度ははっきりと、力強く。
「そんなもんかよ、そんな程度で折れちまうのかよ、違うだろっ!?」
まるで修夜を突き動かす“何か”が、その体を乗っ取ったかのようだった。
「今度は俺からだ、オルコット。俺がお前に挑戦状をたたきつけてやるさっ!
 そして俺に勝ってみろよ、お前ならできるはずなんだっ!!」
最後の一線を抑え込もうと、しばし黙っていたセシリアだったが、彼女もそれを聞いて突き動かされた。
「……そんなことをしてっ、何になるんですかっ!!」
思わず、そう大声で叫ぶ。
「終わったんです、わたくしはっ!!
 代表候補生でありながら、本国からBT兵器のデータ回収と代表枠獲得を条件付きで契約しておきながら、オルコットの家を…守ってみせると…お母様に…誓いながら……っ、無様に負けて終わったんですっ!!」
少女は勝利への執念の理由を、自分の背負っている荷物の名前を、いっさいがっさい吐き出した。
「こんなことでは……、こんなことでは……『天国のお母様』に……お顔向け……できません……!!」
少女はついに声を漏らしながら泣き崩れ、ただのか弱い女の子になり果てた。
その姿を、呆然と修夜は見ることしかできなかった。
だが、セシリアが漏らした言葉に驚きながらも、修夜は感じずにはいられないものがあった。
(……少し、似ている……)
修夜には、彼女のある言葉がどうしようもなく引っ掛かった。
どういういきさつかは、分からない。
だが皮肉なことに、今日という日に全力でぶつかりあった二人は、似た名前の荷物を背負った者同士だった。
だからこそ、修夜は改めて思いを口にしはじめる。

「だったらさ、なおさら諦めたりするのは、間違っているだろ……」
その声は、少し小さかった。
だが、セシリアの琴線に触れるには充分だった。
「お前がさ、どんなもの背負ってるかは、正直、想像もできない。
 でも『負けたら終わり』なんかじゃない、【やめたら終わり】なんだ……」
ふと、セシリアの中で何かが引っ掛かった。
修夜はもう、声を荒げたりはしていなかった。
だが修夜の発する言葉には、血肉が通っているような、確かな“熱”がこもっていた。
「お前が諦めちまったら、今までお前が信じてきたものはどうなっちまうんだ。
 死ぬ気で努力して、痛みや涙も呑み込んで、歯を食いしばって頑張ってきた“昨日までのお前に”、どう言い訳するんだよ…!」
まるで自分のことのように、修夜自身が自分に言い聞かせているように、セシリアに訴えかける。
「誰も笑うもんか、いや、俺が笑わせるものか…!!」
その言葉に、セシリアは伏せていた泣き顔をふいに上げ、修夜の方を見た。
膝に乗せた拳に、修夜は自然と力を込める。
「お前は、セシリア・オルコットは、間違いなく、今日まで俺が戦ってきた中で一番強い相手だ。
 代表候補生に相応しい腕と誇りを持った、【強き者(スルーズ)】の称号を持つ戦乙女(ヴァルキリー)だ…!」
それは虚飾も欺瞞もない、修夜の本音――。
「俺は今日、お前と戦えて嬉しかった。
 なにより、いつかエアリオルの力に調子づいて馬鹿を見ることを、今日のお前が防いでくれたんだオルコット…」
そういって、修夜はセシリアに向き直る。
「俺は、最初にISで戦った相手がお前だったことを、お前に感謝しているくらいだ――」
衝撃だった。
代表候補生になるために、セシリアは今まで何人ものIS操縦者と対戦してきた。
そこにライバル心は生まれこそすれ、喜びを、まして感謝を抱いたことなどついぞなかった。
そんな今までに遭ったことのない、どんな分類にも属さないあまりに潔い人間が、セシリアの前に確かに座っていた。
(こんな……、こんな人が……、世の中に……?)
真っ直ぐ自分に目を向けてくる修夜から、彼女は顔を逸らすことが出来ずにいた。
そこへ――
《連絡します。真行寺修夜君、間もなく第三試合となります。至急、試合会場に戻って下さい。繰り返します――》
校内放送で、修夜を呼び出す音声が保健室に響き渡る。
それを聞いた修夜は、小さく息を吐くとパイプ椅子から腰を上げ、セシリアに背を向ける。
そしてそのまま、セシリアに語りかける。
「――だから、ここでやめるなんて言わないでくれよ。
 そんなことをされたら、俺はお前の何に対して感謝できるっていうんだ……」
そう告げると、邪魔したと一言断りを入れ、開きかけたカーテンをくぐって修夜は保健室を後にした――。

修夜のいなくなったその場所には、窓から見える青空と、カーテンを揺らす風だけがあった。
 
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