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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第一章『セシリア・オルコット』
  第十一話『夢』

 
前書き
本日のIBGM

○戦いの後に……
Shape Memory Alloys(ARMORED CORE)
ttp://www.youtube.com/watch?v=x-ykG6lle8w

○突然の報告
Like a dream come true(ペルソナ4)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm18053378

○セシリアの元に
やさしい風がうたう(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137946

○夢語り
夢の卵の孵るところ(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137780 

 
「あ~、疲れた……」
保健室から走って会場に戻った俺は、拓海が即行で再調整したエアリオルを装着し、一夏との試合に臨んだ。
オルコットととの激戦で、射撃武器がことごとくオシャカになったことで、図らずも俺と一夏は昔のように剣術での真っ向勝負で雌雄を決することになった。
そして20分近い立ち合いの末、試合を終えて今しがたピットルームに帰還したところだ。
「お疲れ、修夜」
ピットルームに入って呟く俺に、拓海がそう声をかける。
なお一夏と箒、そして千冬さんは、1試合目でオルコットのいた逆サイドのピットルームに移っている。
俺が保健室から到着したときには、既に3人ともそっちに移動してここでは見ていない。
……何故か、試合前にはいたはずの山田先生も見当たらないが。
「どうだった、一夏と戦った感想は?」
オルコット戦のあとと違って、拓海の顔はいつもの穏やかなものだった。
なにより、久しぶりに俺と一夏の戦いを見れたことが、とてもうれしかったらしい。

「僅か数回の起動と言う割には、良い動きをしてたかな」
拓海に率直な感想を返しつつ、俺はエアリオルを待機状態に移行させる。
「ただ、無駄な動きも多いな。事前に聞かされてた単一仕様能力|《ワンオフ・アビリティー》に振り回されてたし」
拓海に近づきつつ、さっきまでの試合の流れを振り返ってみると、真っ先に思い出したのが一夏の行動だった。
《最後のあれなんて、自滅に近かったよねぇ……》
俺は苦笑を浮かべ、シルフィは呆れた声を出す。
「白式の単一仕様能力『零落白夜(れいらくびゃくや)』は、相手のエネルギー武器の攻撃やバリアを無効化出来る、かなり強力なものなんだけどね」
『零落白夜』、それが一夏のIS・白式に宿った力である。
単一仕様能力は本来、歴戦のIS操縦者にのみ宿る“強さの証”だ。ところが白式は、何をどうまかり間違ったのか『最初から』単一仕様能力が使えるよう設計されている。
歴戦を経て、いまだその域に達しえない操縦者が聞けば、おそらく嫉妬に狂うか白式を強奪しようとするだろう。
その力もまた強大だ。
エネルギー攻撃の無効化、つまりビームやレーザーの類いを一切寄せ付けないのだ。昨今の武器がエネルギー依存に傾く中で、白式は条件次第で無敵の強さを発揮できる。
そればかりか、シールドエネルギーの減衰を緩和するための強力なバリアさえ、零落白夜の力を宿した攻撃の前には紙くずに等しい。
零落白夜の力の前には、あらゆるエネルギー兵器が屈服する運命となるのだ。
だが……。
「反面、自身のシールドエネルギーを使用し、かつ燃費の悪さは相当なものだからね」
どんなにすごい力でも、使い勝手が悪ければ困りものだ。
白式の零落白夜は、確かにすごい。すごいのだが、燃費は“異常”と言えるほど悪いのだ。
拓海の話では、そもそも白式『自体』の燃費も“大変悪い”らしい。
本体の燃費だけならまだしも、零落白夜はそこに『輪をかけて』燃費がひどいのだという。
たとえば、瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれるシールドエネルギーを消費する超加速を使用した後に、零落白夜を起動させた時点で、白式のシールドエネルギーはスッカラカンも同然なのというのだ。
最初から零落白夜を発動させ、瞬時加速を自重しても、拓海の計算では1分も保てば上等らしい。
大きな力には、それ相応の対価が付きまとうということだ。
「まあ、分かっていても、一回二回じゃすぐに感覚なんて掴めないもんだよ」
拓海の言葉に、俺も「まぁな…」と言って同意する。
俺は拓海との起動実験で以前からISを動かしてはいるが、一夏はここ一週間での訓練が初のISの操縦だった。そこにきて、訓練用の量産型IS・打鉄での練習だけじゃ、こんな玄人向けともいえるピーキーな性能を制御しろと言っても無理がある。
むしろ、白式のピーキーさをものともしなかった一夏の才能は、常識で考えれば驚くに値するだろう。
「あの“クセ”も出ちゃってたし、今ごろは千冬さんにこってり搾られているかもね」
苦笑しながら、さっきまでの試合を楽しげに見なおす拓海。
「……千冬さんだけならまだしも、最悪の場合は箒まで参戦してそうだな…」
俺は思わず心の中で、一夏に向けて合掌をした。
一夏は昔から、調子が上がりはじめると、気持ちが浮ついて勢い任せに行動することがあるという、悪癖を抱えている。
そして悪癖が発動すると、無意識のうちに『左手を握って開く』という動作を繰り返すのだ。
俺も試合の最後の辺り、アイツが突っ込んでくる少し手前に、左手の動きを確認している。
どうやらあのクセも、どこかお調子者な部分も、まだまだ直っていないらしい。
「ああ、それと言い忘れてたけど……」
一夏の悪癖に嘆息していると、拓海が作業を中断してこちらを見てきた。
「今日から僕もここに住む事になったから、よろしく」
そう言って、こっちに微笑みかけてきた。
そうか、拓海も学園に――――。
……。
…………?

「……はっ?」
さらりと告げる拓海の言葉に、思わず呆気に取られる俺。
……ってか、なんじゃそりゃああぁぁっ!?
「ちょっと待て、拓海。そんな話聞いてないぞ!?」
あまりの突然さに驚く俺……ってか寝耳に水だ、このバカっ?!
「うん、今言ったばかりだしね」
そしてそれをさも当たり前のように、そんな答えで返すなよっ!!
「とりあえず、事情を説明しろ、ジ・ジョ・ウ・をっっ!!!」
思わず声を大にて、俺は拓海に詰め寄った。
「まぁまぁ、心配しなくても、学園の許可は貰ってるよ。学生としてでなく、外部協力員の整備士として……だけどね」
なんだ、そういうことなのか。
……待て待て、待てっ、そこで納得するな、俺っ!!
「いや、そういう問題じゃなくてな!? 何で、主任のお前が学園に住む事になるんだ!?」
あまりに突飛な発言に、俺はさらに問いただしにかかる。
技研にいる徹二のおっさんとかならまだ分かる。だが、主任自らが学園に住むってのは問題ありすぎるだろ!?
「理由は幾つかあるけど、一番の理由は、ASBLの調整やエアリオルの整備が僕にしか出来ないからだね」
にじり寄る俺に、苦笑しながら少し引き気味の態勢になる拓海。
熱くなっている俺を制しながら、拓海は説明を続ける。
「それになにより、稼動データを取るのにはここにいた方が何かと都合がいいし」
正当な理由だが、問題はそこではない。
「そもそも、蒼羽技研の方はどうするんだよ!?」
主任のコイツがこの学園に来ることは、すなわち蒼羽技研の現場を預かる責任者がいなくなることを意味する。
いくらクセモノ揃いの職人集団であろうと、何かしらの非常時に責任者が不在では問題にしかならない。
そうなれば、蒼羽技研の信用そのものを揺るがす一大事になるのだ。
「まぁ、出てくる前に仁美さん達には、今後に関する指示は出しておいたし、時々顔を出しに行くから問題ないはずだよ」
なのに、この技術バカはケロリとした顔で、しかもあっさりと『問題ない』と言ってのけた。
「大体、僕がいないからって作業が止まるほど軟な人達じゃないのは、修夜だって知ってるだろ?」
それを聞いて、俺も技研のみんなを思い出して言葉を詰まらせてしまった。
確かに、あそこにいる人達は、彼らの携わる分野では無名と言えど、腕は確かと言われる人達ばかりの集まりなのだ。
相沢拓海と言う指針が現場にいなくとも、指示さえあれば確実に仕事はこなせるだろうことは、あそこを知っている人間ならば容易に想像がつく。
なにより全員が全員、お互いの腕前と仕事を信頼し、認め合っている。そんな感じだ。
特殊合金の武器だろうと、零落白夜の一撃だろうと、彼らと拓海の絆にはひっかき傷すら付けることは叶わないだろう。
そいつを引き合いに出されたら、もう何も言えなくなる。
「……はぁ、分かったよ。お前が言う事なら、俺がとやかく言ってもしゃーないよな……」
なんとか自分の溜飲を下げ、拓海の身体の距離を正す。
「分かってくれたようで何より」
拓海はいつもと変わらない笑顔で、俺に笑い返してきた。
ホントに、コイツの度胸と前向きさには、頭を下げたくなるところがあるな……。
「さて、僕は千冬さん達の所に行って来るけど、修夜はどうするんだい?」
俺との問答が終わった拓海は後ろを振り向き、機材を片づけながら言ってきた。
「そうだな……」
拓海の問い対して、俺はひと呼吸して考えを巡らせる。
一方、拓海は手際よく機材をアタッシュケースに仕舞い込んでいき、あっという間にすべてを収めてケースの蓋を閉じてしまった。
蓋を閉じたタイミングと同時に、俺は試合に集中するために頭の隅にやっていたことを思い出す。
「……一度、オルコットの様子を見てこようと思う。過労だって知ってるけど、やっぱり心配だからな」
心配なのもそうだが、何より言いたい放題言ったまんま出てきたのは、正直、後味が悪い。
「相変わらずのお人好しだね、君は……」
そう拓海が苦笑する。
「性分だ、どうにもならんさ」
拓海の言葉に、俺もまた苦笑しながら返した。
そのまま互いに別れた後、俺は着替えもそこそこに、オルコットのいる保健室へと足を運ぶのだった。

――――

なお――。

「……山田先生?」
拓海を一人にしないために、試合前までピットルームにいた山田先生が、何故か部屋の入り口にあるロッカーの陰に隠れていた。
しかもどういうわけか、顔を真っ赤にしながらあさっての方向を向き、ゴニョゴニョとなにごとかを呟いて……。
ポケットに乱暴にハンカチが突っ込まれているところを見ると、おそらくはトイレか何かだったのだろう。
だが何とも聞こえづらい彼女の小声でも、俺は“ある言葉”だけは聞き逃さなかった。
「……も、やっぱり…真行寺君って、相沢主任さんと…『そういう』……?!」
この時ほど、俺は零落白夜が使いたいと“心底”思ったことはなかった。
もうやだ…、この先生……。

――――

――コンコン

昼も過ぎて、徐々に日も傾きはじめてきた。
俺は保健室の前に立つと、とりあえずの作法として扉をノックする。
「はい」
すると、さっきまでこの部屋で聞いていたのと同じ声が帰ってきた。
「……真行寺だ、入るぞ」
ノックの応える声にそう告げると、俺は保健室に入る。
声の主、昼過ぎに俺と口ゲンカをやりやったセシリア・オルコットは、ベッドのリクライニングを上げてもらった状態で寝ていた。
ベッドを囲んでいた仕切用のカーテンは閉じられ、オルコットの姿だけが、保健室にあった。
……そういえば、保健医ってヤツはどこにっているのだろうか…?
まぁ、今はどうでもいいことだろう。
ベッドの上のオルコットはというと、どうやら俺が来たこと自体に驚いているらしい。
体を前に起こしながら、眼を丸くしてこっちを見ている。
「ちょっといいか?」
このままでも話は進まないので、とりあえず向こうの機嫌を伺ってみる。
「え……、あっ…、はい…どうぞ……」
ぎこちないが、面会の許可を得ることはできた。
とりあえず、俺は昼頃と同じようにパイプ椅子に腰かけ、少し前かがみになりながらオルコットと面と向かう。
……まずは、言うべきことから、だな……。
「……昼間は、変なこと言って悪かった。ゴメン」
少し深呼吸をして、俺はオルコットにそう切り出した。
「あ……、い…いえ……」
するとオルコットの方も、それを聞いて何やらバツが悪そうに眼を泳がせる。
「その……、わたくしも……言い過ぎました……」
内心、俺はちょっと驚いた。
何をって、この反応自体に、だ。
俺は正直、もっと空気が悪くなるか、最悪は怒って追い出されるかを想定していた。
……というか、俺の眼の前にいるのは、誰だ……?
入学初日に出会った高飛車なお貴族様とも、試合中に出会った戦乙女を思わせるIS操縦者でも、まして昼過ぎに泣き崩れて意気消沈していたか弱い女の子でもない。
俺の知らない、いや出会ったことのない女の子が、そこにいる気がした。
――いや、もしかすると、これが本当の『セシリア・オルコット』なのかもしれない。
根拠は無い、でもそう思えてしまった。
「その……ですから……、わたくしの方こそ……」
ふと我に返ると、オルコットが何かを告げようとしていた。
「いいよ、アレは俺が勝手に怒鳴って、勝手に自分の気持ちを押しつけちまっただけだ」
だが言葉の流れから、そこから先を聞いてはいけないと感じて、俺は彼女の言葉をさえぎった。
「ですが……」
それでも、彼女は食い下がる。
「だから、昼間のは俺の責任だ。アンタがそれを“謝る”義理は無いさ」
彼女からその言葉を聞くべきときは、きっと今じゃない。
たとえ意味や意図は全く違うものであっても、それを聞くのは、きっと今じゃないはずだ。
しかし俺の言葉を聞いたオルコットは、そのまま俯いて黙ってしまった。
すると、夕方という時間の魔力も手伝って、わずかな沈黙が瞬く間に場の空気を気まずくしていく。
……まずったか、コレ……。
どうにかしようと、数秒の沈黙のあいだに別の話題を探そうと足掻いてみる。
すると――
「……でしたら」
先に沈黙を破ったのはオルコットだった。
「でしたら一つだけ、お尋ねしてよろしいでしょうか……?」
言葉とともに俯いていた顔を上げ、オルコットは俺を真っ直ぐに見据えてきた。
そこには、強い意志を秘めながらも、不安と動揺にも揺れているようだった。
「あ……、あぁ、なんだ、言ってみろよ…?」
なかば助け船を出された感じに思えたが、沈黙に耐えるよりも最善と感じて話に乗ってみる。
「何故、あの時……あんな事をおっしゃったのですか?」
あのとき――。
その単語で引っ掛かりそうなものを、彼女とのやり取りから検索して見る。
……もしかして……。
いや、ひょっとしなくても、一夏との試合前の出来事のことだろうか?
「それって……」
と、言いかけた直後、俺の中で急ブレーキがかかる。
……いや、ちょっと待て俺。
アレは確か……。
……あれ、どれだっけ……???
自分でもあのときはかなり勢い任せだったせいか、正直自分でも発言に関する記憶があやふやになっている。
……これはまずい。
瞬間、自分の顔に脂汗が浮くのが明確に分かった。
自分で散々相手をなじっておきながら、その内容を自分の熱にうなられて憶えていないというのは、正直シャレにならない…!!
どれだ、どれを言えば正解なんだ…?!
って、いうか文句を付けられそうな発言なんて、思い当たり過ぎて絞りきれんっ?!
「『負けたら終わり』なんかじゃない、【やめたら終わり】――」
オルコットが口にした言葉が、内心でひどく焦っていた俺を冷静に戻した。

――『負けたら終わり』なんかじゃない、【やめたら終わり】。

「ずっと気になっているんです、あなたがおっしゃったこの言葉が……」
そう言って、オルコットは俺を真っ直ぐ見つめてきた。
その言葉は、どこかの歌で聞いた、何気ない一節。どこにでもありふれた言葉。
でもこの言葉は、俺と拓海にとっては『人生訓』に等しい金言(きんげん)だった。
「多分、お前の背負ってるもんが何となく……俺が背負ってるもんに似てたからから、かもな」
あのときの気持ちを、俺はようやく思い返しながら彼女に返答した。
「……どう言う意味、ですか?」
俺の言葉に、オルコットは聞き返す。
「俺にはさ、“夢”があるんだ」
なんとなくむず痒い気がして、思わず俺はオルコットに背を向けて座りなおした。
オルコットの視線が、俺の背中に向けられる。
「そいつは俺にとって、生涯賭けて絶対果たさなくちゃいけない夢で……今こうしている理由…だ」
空を見ながら、不意に俺は“あの頃”を思い出していた。
「夢……」
オルコットが、ぽつりと呟く。
「……その夢とは、何ですの?」
オルコットは聞いてくる。俺は窓から見える空に目を移し、言葉を紡いだ。
「今のISは、競技と兵器として使われている……これは分かるよな?」
当たり前すぎることを、俺は言った。
「え、ええ……。それが一体何を……?」
そんな当たり前のことが俺の口から出てきたことに、オルコットは戸惑いを見せた。
だけども、俺はこの先を、俺自身の夢を、彼女に告げる。
「俺はな、オルコット……ISを蒼空(そら)の向こうに広がる……無限の宇宙(そら)へと飛ばしたい」
ISは本来、人間が生身で宇宙での活動が出来るようにと、開発者である篠ノ之束博士が壮大な『夢』を詰め込んだ、人類にとっての『新たな翼』だった。
だがいつの世の中も、強力な力を前にすると、人間はそいつで『眼の上のタンコブを潰そう』と“武器”に作り変えてしまう。
――ISもまた、この例外から逃れることが出来なかった。
「俺はさ、IS(こいつ)の持つ【無限の可能性】を秘めた【翼】を、あの宇宙(そら)で自由に飛ばしてやりたい」
“アレ”を見て以来、俺は……“心底嫌になった”。
人に夢を与えるはずの力が、ほんの一握りの現金な権力者の思惑で、夢見る人たちを“殺す武器”になる、そのこと自体が――。
だから……、
「俺はISで宇宙を目指す、……それが俺の“夢”で、ある人と交わした“誓い”なんだ…」
ふと、脳裏に浮かぶあの人の笑顔……。そして、あの人が見せてくれた初めての蒼空(そら)を思い出した。
「素敵な、夢と約束ですわね……」
背中越しの俺に、彼女はそう呟いた。
「ですが、それとあの言葉とどう言う関係があるんですの……?」
当然の疑問だったろう。
言葉の意味を聞いて、夢を語られても理解できるヤツなんて、普通はいないだろう。
だが俺は、すぐには返答しなかった。
……違うな、【できない】んだよ、オルコット……。
「その人はな、もう……いないんだ。この世界の何処にも……」
「…………!」
オルコットが息を呑むのが分かった。そう、彼女の考えている事は、当たっている。
あの人はもう、【この世】にはいない。
俺と拓海に蒼空(そら)を見せ、楽しそうに宇宙(そら)への想いを語ってくれたあの人は……何処にもいないのだ。
「……だからかな。お前の泣き言を聞いてたら……何となく、似てるって思っちまったんだ。
 もう何処にもいない大切な人に対して、自分の決意を果たそうとしてるところが……さ」
言い終わると同時に、俺は自分の体をオルコットに向けなおし、彼女の顔を見る。
気付けば、なんとなく俺は笑っていた。
「そう、だったんですか……」
オルコットの顔が曇った。それと同時に、また顔は俯きになる。
おそらくは、昼間の俺と同じように“うっかりパンドラの箱を開けた”と感じたんだろう。
でもそんなことは、あの質問の意味を理解した時点で、なんとなく覚悟はできていた。
気にするなと言っても、多分気するだろう。そう思って、俺はそのまま言葉を続ける。
「立場も決意も違う俺達だけど、背負ってるもんは“一緒”だって思った」
改めて、俺はあの時の感想を言葉にしてみた。
オルコットの方は、俺の言葉を聞いてまた顔をこちらに向けてくる。
「お前にもあるんだろ、忘れたくない“約束”ってヤツが」
思い切って、俺は彼女の心に踏み込んで見た。
「今は『いない』大切な人との、“誓い”ってやつが、さ……」
正直にいえば、気になっていた。
彼女があの時にこぼした“お母様”という、その単語が。
あの言葉にだけは、特に特別強いものを込めていた。そんな風に思えた。
この際、嫌われても文句は言わない。
だからこそ、俺は自分の疑問を彼女に投げかけてみた。
一方、訊かれたオルコットは俺から視線を離し、少し思い悩むような顔をした。
当たり前か、自分の古傷を晒すのは、誰だって好きなことじゃない。
彼女は数秒ばかり悩み、前を見つめて少し唇を強く結んだかと思うと、意を決したようにおもむろに口を開いた。
「わたくしは……、セシリア・オルコットは、“強くあり続けること”を……あの日に、誓ったのです」 
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