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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第一章『セシリア・オルコット』
  第六話『蒼空舞う風獅子の翼・前編』

「あら、逃げずに来ましたのね」
上空に上がると、俺はセシリア・オルコットと改めて対峙した。
相変わらずその鼻に付くような余裕を隠そうともせず、自分こそ官軍といわんばかりに悠々と構えていた。
「生憎、勝負と名の付くものに背を向けるほど馬鹿じゃないんでね」
そう言って、俺はオルコットを見上げる。
オルコットの機体『ブルー・ティアーズ』。“青い雫”の名を冠するそれは、名前の通りに深い蒼を基調としたフレームに白のラインの入ったシャープなデザインのISだ。
特徴的なのは『フィン・アーマー』という4機の飛行ユニットで、特に彼女の肩に寄り添う一対のそれは当人の身長に達し得る巨大なものだ。
そして彼女の華奢な身体の先とは対照的に、脚部のアーマーは甲冑の脚絆のように分厚い。
それらをまとい佇むオルコットの様相は、鎧とマントで身を固めたファンタジーに登場する美麗の女騎士さながらであり、当人の気位の高さもあってその印象はより強くなる。
《マスター、ブルー・ティアーズの操者が持ってる銃器だけど、六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》と一致したよ》
「そうか」
シルフィの言葉に、俺は視線を外さないまま小さく頷く。
元々ISは宇宙空間での活動を前提に作られており、原則として空中に浮いている。それにより自分の背丈より大きな武器を使うのは大して珍しくも無い。
そして、アリーナ・ステージの直径は200メートルと言ったところか……。射撃戦するにせよ、格闘戦するにせよ、十分な広さではあるわな。
「真行寺修夜、最後のチャンスをあげますわ」
オルコットは腰に当てた手を俺の方に、びっと人差し指を突き出した状態で向けてくる。左手に持っている銃は、余裕を表しているのか砲口が下がったままである。
「チャンス?」
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」
《……拓海から聞いてたけど、ふざけた女だね…。知りもしない相手の実力を過小評価して、見下してる……》
戦闘開始の合図が出されてるため姿こそ出さないが、シルフィの声に怒りが込められているのはわかる。
そんなシルフィとは裏腹に、一方のオルコットは澄ましながらもますますもって余裕ぶった雰囲気を隠そうとしていない。……待っているのだ、こっちが「やっぱりすみませんでした」と泣き付く瞬間を。もしくはそれをも断って自身の実力を見せつけるその時を。
底意地が悪いといえばそこまでだが、それだけ実力に自信があるからこそできる態度だ。
どうしてこうも、最近の女子っていうのは……。
「グダグダと戯言言ってるんじゃねぇよ、お貴族様」
「……なんですって?」
「既に勝負は始まってるんだ。それを長々と御託並べて、チャンスを与えるから許しを乞え?
 代表候補生だからって、何様のつもりだ?」
確かに、俺や一夏はISの操縦経験はオルコットより下だろう。だが、それと本人の実力はイコールではない。
現に一夏は、この一週間の間で少しずつではあるが上達していた。つまり、本人の努力次第では、オルコットとの実力差なんてものは、どうにでもなるのだ。
この場で負けたとしても、何時かはその強さに届く。大事なのは、自身の強さを自覚し、常にその先を目指す意思を持つことだ。
それをせず、見下すだけのオルコットに……俺は負けるわけには行かないのだ。
夜都衣白夜の弟子として、一介の武芸者として、そして……この蒼空(そら)を舞う存在(もの)として!
「かかって来いよ、イギリスの代表候補生様。そして教えてやるよ、今のてめぇがドンだけ自信過剰の三下かって事をな!!」
「……っ!? 残念ですわ。それなら――」
《……マスター!!》
「お別れですわね!」
シルフィに言われ、咄嗟に回避行動をとるものの、左肩装甲の一部に閃光が被弾し、吹き飛ぶ。
直後に起こった衝撃波(ソニック・ブーム)に左肩が捻じ切られる様に引っ張られ、神経情報としての痛みが俺を襲う。
「ぐぁ……!」
《マスター!?》
「大、丈夫だ!」
どうにかして体制を立て直すも、オルコットは射撃を繰り返し、俺に攻撃態勢をとらせようとしない。
《気をつけて、マスター。ふざけた性格してるけど、実力は確かみたいだよ!》
「ちっ、みんなの前で大見得切るだけの事はあるってか!」
回避しながらも、俺はシールドエネルギーの残量を確認する。
ISバトルは相手のシールドエネルギーを0にすれば、基本勝ちとなる。だが、先程のようにバリアーを貫通されると実体がダメージを受ける。そして受けた破損個所は大なり小なり後の戦闘行為に影響を与えてしまう。
そして操縦者が死なないように、ISには『絶対防御』と言う能力が必ず備わっている。あらゆる攻撃を受け止める条件として、シールドエネルギーを極端に消耗するのだ。だが、俺が受けた肩の攻撃には『絶対防御』が展開されていなかった。受けた部分が肩の装甲だったために、『吹き飛ばされても平気』と言う判断を下して作動しなかったんだろう。
(……万一の時は、本当に操縦者の命を守るのか限りなく不安になるシステムだよな、こいつは!)
因みに、AIであるシルフィはあくまで補佐が担当……絶対防御の発動判断など、人間に例えるなら無意識や本能にあたる部分を制御することは彼女にも出来ないのだ。
「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」
そう言いながらも、セシリアは射撃を止めることはしない。
《っ!? ビットタイプ武装、《ブルー・ティアーズ》の展開を確認!
 気をつけて、マスター!?》
それどころか、シルフィの言う通り、背部に接続されたフィン・アーマー部分が分離、展開して弾雨の如く攻撃を仕掛けてくる。
「ややこしい武器名だな……! 了承!」
こちらはと言えば、射撃位置を予測して辛うじて避けてはいるものの、攻撃をする隙を見つけられないでいる。
「くそっ、シルフィ、武装は!?」
《アサルトライフル《ハウリング=アヘッド》と振動実体剣《ストライクファング》、防御用の自律ユニット《メインシェル》のみだよ!》
「ちっ、やっぱ初期装備だけかよ……!」
射撃武器があるだけでもマシと思うしかないか……! そう思い、俺はハウリング=アヘッド(アサルトライフル)メインシェル(自律ユニット)呼び出し(コール)、展開する。
「中距離射撃型のわたくしに、射撃装備で挑もうだなんて……笑止ですわ!」
「そういうのは勝負に勝ってから言うんだな、オルコット!」

――――

「修夜……」
ピット内のリアルタイムモニターに映る勝負に、箒はポツリと呟く。
試合は終始、セシリアが押す形で展開されている。対する修夜の方は、回避やユニットを使った防御で攻撃を凌いで射撃をしているが、相手に決定打を与えられずにいる。
「拓海……修夜の奴は、大丈夫なのか?」
「さてねぇ、シルフィのサポートがあっても勝率6:4と予測してたけど……正直、彼女の実力を見誤ってたよ」
箒の問いに、ノートPCのキーボードを叩きながら拓海は答える。
「流石は代表候補生に選ばれるだけの実力はあるって所だね。正直、今の状況じゃ修夜が負ける可能性のほうが高いくらいだけど……」
「あいつは負けないさ、拓海」
自分が使う専用機、【白式】の最適化処理(フィッティング)中の一夏が、拓海にそう言う。
「一夏?」
「あいつは勝ってくるって言ってたし、拓海や箒は覚えているはずだ。
 修夜があの『癖』を出したとき、どんな状況だろうと諦めずに、勝って来た事をさ」
笑いながら言葉を紡ぐ一夏を見て、箒は思い返す。出撃する前、修夜は確かに、自分達に拳を突き出した。
それは、自分達だけが知っている修夜の『癖』。あれは修夜にとっての願掛けであり、仲間に決意を伝え、拳を付き合わせる……ただそれだけで、彼はどんな勝負であろうと自信を持って挑んでいた。
相手が箒であろうと、一夏であろうと……常に諦めずに、勝負に挑んでいたのだ。そして、勝ってきた。
「ああ、そうだな」
目を閉じ、箒は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。一夏が信頼しているのに、自分が信じないでどうする。
(あいつは何時も、勝ってきた。負けられない勝負の時は、絶対に……)
だからこそ箒は、修夜が笑って帰ってくることを再び信じることにした。そんな二人の様子に、拓海は苦笑を浮かべていた。
(……やれやれ、僕の方が修夜と付き合いが長いのに、二人よりも信じ切れてないなんてね…。
でも、確かにそうだな。まだ、勝負は決まってない……あいつが勝つ可能性は、一つだけ残っている)
拓海は、モニターを見据える。
(調整がギリギリになった事で、まだダウンロードが終わってないが、【アレ】さえ起動すれば……!)
しかし、そんな三人の信頼を裏切るかのように……。

――修夜の手からアサルトライフル(ハウリング=アヘッド)が離れ、爆散する映像が流れた。

――――

「はぁ……はぁ……! シルフィ……シールドエネルギーの残量は…?」
乱れる呼吸を必死に整え、俺はシルフィに問いかける。
《シールドエネルギー残量、324……。メインシェルの防御より回避に専念してたのが功を制したって感じだね……》
「そうか……」
気にくわないことだが、俺とシルフィはオルコットの弾幕の円舞曲に翻弄されっぱなしだった。射撃でシールドエネルギーを削ろうにも距離が悪く、だからと言って距離を詰めようにもブルー・ティア―ズのビット攻撃が俺の周りを取り囲むように攻撃して移動を制限してくる。無理に突っ込めばいいかといえば、あのライフルの餌食になる。結果、俺はひたすらオルコットの攻撃を避けながらシールドエネルギーをチクチク削られ、彼女に痛打を与えられずにいる。
威力のある射撃やビット以上に速く動ければ勝機はあるのだろうが、先ほどの攻撃でもうしわけ程度の銃器を失った俺の手元にあるのは、ストライクファングのみ。はっきり言って最悪だ。
《彼女の欠点さえ付ければ、レーザービットを破壊して有利に進むかもしれないけど……》
「接近した段階で、腰にあるミサイルビットの餌食……だろ?」
今までの攻防で、オルコットの攻撃にいくつかのパターンと欠点があるのを見抜いてはいた。
彼女のビットでの攻撃は、必ず俺の反応が一番遠い場所を狙ってくる。ISの全方位視界接続は確かに完璧だが、使うのは人間……死角となるところでは、どうしても僅かなズレが生じる。
だが、逆を言えば、そこを突いてビットを破壊することが出来る。わざと隙を見せ、待ち伏せすれば良いだけの話なのだから。
また、ブルー・ティアーズのビットは、オルコットの命令がなければ動かず、制御に意識を集中するためか、それ以外の攻撃をオルコットはする事が出来ない。
その証拠に、ビットの攻撃を回避する俺の隙を突くように、オルコットはライフルで攻撃してくる。攻防の途中で気づいたが、終始このパターンだったので、予測することが出来たのだ。
これらを見抜いていながら実行に移さないのには、幾つかの理由がある。
一つ目は、先ほども言ったようにミサイルビットの警戒だ。レーザービットを破壊した者が油断して接近した瞬間にドカン……と言った感じなのだろうが、んなもん至近距離で受けたら、絶対防御の発動でどれだけのシールドエネルギーが減らされるかわかったもんじゃない。
二つ目は機動力の差。僅かな差とはいえ、俺の方はここに至るまでにそれなりの被弾をしてきた。逆にオルコットの方は、多少の被弾こそあるものの、俺ほどダメージを受けてはいない。
この状況で接近戦に持ち込んだところで、ミサイルの餌食になった後に距離をとられ、ライフルの射撃を受けて負けるのは目に見えている。
だからといって、打つ手なし……と言うわけでもない。ないのだが……。
《駄目だよ、マスター。今の段階で【それ】を使えば、シールドエネルギーがかなり減っちゃう。
 そうなったら、幾ら奇襲になっても後が続かなくなる可能性だってあるよ》
「……わかってる…!」
俺は拳を握り締め、オルコットを見据える。
「――三十四分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」
「それは嫌味か……? オルコット」
「いいえ、純粋な賛辞ですわ。真行寺修夜」
そう言うオルコットの目には、人を見下すような感情は見られない。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまで耐えたのはあなたが初めてですわ。
 しかも、わたくしのビット制御の欠点を見抜いておきながら、他の攻撃にまで警戒するその慎重さ、今までの攻防における戦闘のセンス。
 どれをとっても、あなたはそこらにいる他の男性とは違うと理解できますわ」
「……そうかよ」
「ですから、もう……ここで終わりにしませんこと?」
「……何だと?」
オルコットの突然の提案に、俺は思わず聞き返す。
「最早あなたに出来ることは殆どありません。残っていたとしても、出来ない理由があるからこそ、あなたは行動に移せないでいるのでしょう?
 ……よく頑張りましたわ。あなたは十分認めることができる人物です。ここで……お止めになったとしても、誰も笑いはしませんわ」
「……」
「もう争う必要は無いではありませんか。あなたはわたくしに、自身を認めさせましたわ。
 それはあなたの中でも十分、勝ったことになるのでしょう?」
オルコットの降伏勧告……確かに、普通の奴ならこのオルコットにここまで言わせれば、勝ちといえるだろう。いや、実際彼女の言うように『勝負には勝っている』。あれだけのプライドの塊に“謙虚さ”を引きずり出させたのだ、しかも彼女が軽蔑する“男”がだ。……意外な気もするが、彼女なりの“慈悲”ってやつか…。
「確かに、今の現状なら魅力的な提案だな」
「でしたら……」
「だが断る」
俺の一言に、一瞬緩みかけたオルコットの表情が厳しさを取り戻す。
「何故です? この戦況が理解できないほどあなたは愚かではないはずですわ。それとも、わたくしの見込み違いでしたか……? あなたはもう『詰み(チェックメイト)』ですのよ」
その言葉に、オルコットは不満と苛立ちの色をにじませた。
「言い方が気に入らないな、セシリア・オルコット……。お前は今、なんて言った? 『褒めて差し上げます』だの、『よく頑張りました』だのって、とどのつまり全然相手に敬意を表せてねえじゃねえか。何様のつもりだ、この高飛車女王様よぉ……!」
俺の言葉に、オルコットの眉間のしわが深くなる。
「人が、このわたくしがここまで食い下がって“さしあげて”いることに、なぜそこまで不満なのです!? それ以上おっしゃるのなら、スターライトで撃墜してさしあげますわよ!」
遂に語気を荒げたオルコットに、俺は返す。
「どう見たって、その降伏はお前の役得じゃねぇか。俺が受け入れてもアンタに付く評判は“慈悲深い優等生のオルコット様”で、俺や一夏はその温情にすがった“向こう見ずの馬鹿”にしかならない。そんなもんに誰が喜ぶかよ。
 だけどそれ以上にな、俺の『諦めの悪さはひどい』んだよ……!
 確かに今の俺じゃ出来ることなんて高が知れてる。でもな、一夏たちに約束したんだ……勝ってくるってな。なのに、その提案に乗って約束を破ったら、どんな顔をしてあいつらに会えば良い?
 ……ここで退いたら、それこそ俺は自分が許せなくなる。だから、例え結果が負けだとしても、最後まで諦めるつもりは毛頭ねぇんだ!!」
そうだ、まだ負けちゃいない。何を弱気になっていやがる真行寺修夜……!
約束がある、意地がある……だが、それ以上に……。
(俺達の【目標】……夢の先に行くためにも、こんなところで簡単に諦めちゃ駄目なんだよ!) 
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