IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第一章『セシリア・オルコット』
第七話『蒼空舞う風獅子の翼・中編』
「……まったく、修夜の奴も恥ずかしい事を言うねぇ……」
ビット内で、修夜達の会話を聞いていた拓海は思わず呟く。
「だが、それでこそ修夜……と言えるんだろうな」
「だよな。あそこで諦めてたら、あいつじゃねぇよ」
そんな拓海の言葉に同意するように、一夏と箒が笑いながら頷いている。幼い頃から互いを知る三人だからこそ、修夜の“在り方”はおのずと分かる。見えない力が、四人の間には確かに働いている。
「……なんか、少しだけ羨ましいと思える関係ですよね、真行寺くん達って」
「……ああ、そうだな」
そんな三人の様子を見て言葉を紡ぐ真耶に、千冬はほんの少しだけ優しい眼差しで彼らを見つめ、モニターに視線を移す。
麻耶はともかく、千冬も修夜とは浅からぬ縁の持ち主だ。だが歳かさという概念は、こういう時に意外とお互いの関係に距離感を空けてしまうものである。
千冬の眼には四人の“幼さ”が微笑ましく、そして少し羨ましく映るのであった。
――あの純粋さは、今も私にあるのだろうか。
大人の女性として、生徒の導き手として日々を過ごす自分の少しすれた心を、ふと鑑みる。
そしてまた、彼らと試合の動向に目を向けると、
「織斑たちにあそこまで言わせてるんだ、信頼に応えろよ……『修夜』」
真剣な表情で、それでいて少しだけ優しさを含めた声で、そう確かに呟いた。
しかし……、
「……あれ? 織斑先生、今真行寺君の事を名前で……」
真耶の一言に気がついて思わず閉口したものの、もはや後の祭りであった。
「……気のせいだ」
「えっ、でも確かに……」
ずいっとこちら見てを問いただそうとする真耶に、気まずく押し黙る千冬。言質を取られ、徐々に顔に熱が入りはじめるのを知覚した千冬は……
――ぎりりりりりりっ。
「気のせいだと…言っているっ……!」
「うわっ、はっ、はいっ! わかりました! わかりましたから、離し――あうううっ!」
その事を問おうとした真耶にヘッドロックをかけるのだった。
――――
アリーナ・ステージの観客席。修夜とセシリアの会話は、ここにも聞こえてきていた。
「真行寺君、何か諦め悪いよね。セシリアの言うとおり、もう勝負が付いてる感じなのに……」
言葉は何の気もないが、そこにあるのは『現実みえてないの?』という無意識な落胆と嘲りである。彼女たちに悪気は無い、ただ学園でも天才と呼ばれる人間にケンカを売った顛末が『予定調和』であることに既に飽きているのだ。
早く終わんないの~、いい加減、謝っちゃえばいいのに~、わたしこのあと予定あるんだけど~――。もう言いたい放題である。
――“ISは女性のためにある”
これはもはや世界共通の認識である。そんな中でのこの試合は、彼女たち学園の女子からすればぽっと出の変わり種が悪戦苦闘しているにすぎない。珍しい見せ物も変化が無ければすぐに飽きるのと同で、対戦者たちの熾烈な駆け引きとは裏腹に観戦者たちはもう冷めていた。
「しゅうやんはまだ負けてないよ~」
不意に、彼女たちの後ろからのんきな声が会話に割って入ってきた。
「本音、それ本気で言ってるの? 誰がどう見たって、真行寺くんの出来ることなんて無いじゃない」
修夜の部屋の同居人、布仏本音はその質問に笑顔で答える。
「それはみんなの意見で、しゅうやんの意見じゃないよ~? それに、しゅうやんの目はまだ、諦めてないしね~」
「……どうしてそこまで、真行寺君の事を信じてるの? クラスメイトで、ルームメイトって接点しかないでしょ?」
訝しげに問いただす少女たちを尻目に、本音はただ穏やかに微笑み返すだけである。
「あ、まさか、一週間の間に何かあったんじゃ……!?」
「にゃふふ~、それは秘密で~す♪」
クラスメイトの疑問にそう答えた本音は、修夜の姿を嬉しそうに、それでいて楽しそうに見つめ……。
「頑張れ~、しゅうや~ん♪」
ゆったりとした、しかしながら確かな想いをを込めた声援を、修夜に送った。
――――
「さぁ、再開しようか……セシリア・オルコット!」
ストライクファングを正眼に構え、腹の底から大声で、オルコットにそう宣言する。
「……わかりました。そこまで言うのなら、閉幕と参りましょう!」
そう言って、彼女はライフルを構え、ビットを展開する。
(だが、どうする……あそこまで大見得を切っておきながら、残された手じゃ決定打が出せないのによ…!)
先程と同様に、レーザーの雨を掻い潜りながら必死に勝機を探す。
ハウリング=アヘッドはもう無い、手持ちのストライクファングまで失えば、今度こそ俺の敗北は確定する。
(何か……何か……!)
《マスター!!》
必死に思考を回転させる俺の耳に、シルフィの嬉しそうな声が届く。
「何だ、シルフィ!?」
《お待たせ、漸く【システム】のダウンロードが終わったよ! 調整もばっちり!》
「……っ!?」
シルフィのその言葉に、俺は少しの驚きと抑えようのない興奮を感じた。
「使える【構成】は!?」
《一つだけだけど、今マスターが一番使いたがってる【構成】だよ!》
その二の句に、俺の中に揺るぎない“確信”が生まれた。
『勝てる』、間違いなく――!!
「流石は拓海だ、よくわかってやがるぜ――!」
思わず俺はそう言葉をこぼしていた。
まずいな、多分いま思いっきりニヤついてるだろうな、俺の顔は。
ともかく念願の『アレ』が来たと分かり、俺は可能な限りオルコットとの距離を取る。
「……? どう言うつもりですの、距離を取った所で、今のあなたに射撃装備は……!」
「ああ、アンタに落とされて打つ手なしだ、……さっきまではな」
心が躍りそうなのを抑えつつ、不審な顔のオルコットに向き直る。
「なんですの、その勝ち誇ったような笑顔は。貴方はこの現実が見えていないんですか…?」
オルコットの声に、少しずつ苛立ちが募りはじめる。まぁ、さっきまで息を切らして虚勢を張っていた相手が、こうも態度を変えてくると、それが自然か。
「悪いな、こんな顔で。でも男ってのはどうして抑えられないんだよ、『秘密兵器』が使えるってシチュエーションに対してはな…!」
「ひ…秘密…兵器…?」
オルコットの声がわずかにうわずる。何より理解に苦しむのか、彼女の表情は俺が見たの中でも、一等珍妙なものを浮かべていた。
「細工は流々、仕上げはご覧じろってな。……っつても、これだけ苦戦するんだったら、こっちも最初から使いたかったんだけど……。何せダウンロードに手間取って、アンタにこの通り踊らされ続ける羽目になったんだ」
まったく、あんなに強いのにどうしてあぁも人をコケに出来るのやら……。
「先ほどから妙な御託を並べておいでですが、ならその“秘密兵器”とやらをお使いになったどうなんですか。どれ程のもであろうと、わたくしのブルー・ティアーズで撃ち払って差し上げますわっ!!」
オルコットの表情が再び厳しいものに戻る。……まぁ、俺もちょっと御託を並べすぎたか。
「いいぜ、見せてやるよ。風の獅子『エアリオル』の、目にも留まらぬ“音速”をなっ!!」
俺はそう言い放ち、プログラムの起動を承認する。
「シルフィ!」
エアリオルの装甲が、僅かに光を纏い始める。
――Assemble System.
「コール、ASBL:ソニック!」
――Drive Ignition.
――――
誰もが目を疑った。誰もが皆、目の前の現象に唖然として押し黙ってしまった。
「兵装転換無事完了、蒼羽技研の魂の技術『ASBL』の威力を見せてやれ、修夜…!」
そんな中で、拓海だけは満足げな笑みを浮かべてモニターを見ながらそうつぶやいた。
――――
セシリアは目の前の状況を理解できずにいた。
淡い光に包まれたと思った次の瞬間、その光から解き放たれたエアリオルは『まったく別のIS』へと変化していた。白亜の装甲は空を思わせる群青に、空を舞うための小さなブースターは鋭敏な翼をもつ大型のバーニアに、フットアーマーもネコ科の獣の足を思わせるものからスタビライザーの付いた前衛的なデザインに……。
そう、エアリオルは彼女の眼と鼻の先でわずか数秒の内に見知らぬ“何か”へと変貌を遂げたのだ。
驚愕で混乱する頭を落ちつかせながら、セシリアはあらゆる可能性を模索する。最もあり得るのは使用ISのすり替え――、だがそんな身ぶりは見せなかったし、なにより空中でそんなことすれば僅かばかりでも修夜は今いる地点から落下するはず。ならばISが第二形態移行を起こしたのでは――、だがそれならさっきまで自分に苦戦して飛び回る必要性も、ましてそのような状況に甘んじておく理由も見当たらない。
目の前に、自分の理解の範疇を超えた“何か”がいる。その疑問は、徐々に彼女の中で背筋をなぞる別のものに変容しつつあった。
――――
恐らく、オルコットは目の前の状況が理解出来ていないだろう
それは一夏たちや観客席にいるクラスメイト……ひいては、教師二人もだろうな。
なにせ、エオリアルが、光を纏った瞬間……。
――エアリオルそのものが、【変化】したのだから。
《どう、マスター? 何か問題はない?》
「何もねぇよ。拓海や蒼羽技研のみんなに感謝だな……本当に」
シルフィの問いに、俺は微笑んで答える。漸く、エアリオルは本当の意味で【完成】した。
俺達の切り札である『ASBLシステム』が使えるようになった今この時……風の獅子は、手に入れたのだ。【可能性】と言う名の翼を。
「な、何ですの……そのISは!?」
不意に、オルコットが俺に対して乱暴に疑問を投げかけてきた。
見れば眉間にしわを寄せ、俺に睨みつけるような鋭い眼差しを向ける。
だが、そこからにじみ出ているのは明らかな“警戒心”だった。当たり前か、エアリオルの『ASBLシステム』はいわゆる第二形態への移行や、量子変換による換装のどちらにも当てはまらない。……いや、正確にはどっちもにも当てはまる。
俺も詳しい理論については、実際にはよく分かっていない。
だが拓海によれば、この『ABSLシステム』こそがエアリオルの真骨頂であり、通常ならば時間のかかる量子変換での換装をISの第二形態移行の技術を解析して応用したことでタイムラグを数秒単位にまで縮めることに成功したのだという。そして嬉しい副産物として、装甲とオプションの瞬間的な転換することに成功したらしく……ってまぁ……、えぇいっ、つまりだ、エアリオルは状況に応じて『的確な姿に変形できる』機能がある、今までのISの枠にはまらない新型のISってわけだ!!
…説明はこれでいいはずだ、うん。
「説明すると長いから一言でいうと、これがエアリオル“本来の使い方”ってヤツだ」
「本来の……ですって…?!」
エアリオルの変化に困惑するオルコットに、俺は大ざっぱな説明で応える。
「エアリオルはアンタの知っているISとは仕様が違っているんだよ、色々とな。
んで、コイツは超速の飛行形態『ソニック』、汎用性と高機動戦闘を重視した万能タイプだ」
そう聞くと、改めてオルコットが俺の纏っているエアリオル・ソニックを見まわす。その目つきなんというか、一つでもソニックの力を看破ろうとどこか必死にも感じる。
「……まぁ、そうだな。コイツを口で説明するのは俺も得意じゃない。第一、せっかくの対戦時間が無駄になる」
別に試合に厳密な制限時間はない、ただしあんまりもたもたしていても、千冬さんに何を吹っかけられるか分かったもんじゃない。
だから――。
「だから、もうそろそろ始めようぜオルコット。俺もアンタも、次の一夏との試合もあるんだからな」
「……っ、言われずともそういたしますわ!」
そう言った次の瞬間、オルコットはブルー・ティアーズのビットを一斉に展開して急襲に打って出た。
「いくぞ、シルフィ!!」
《いつでも行けるよ、マスター!!》
――さぁ、反撃開始と行こうか、エアリオル!!
後書き
ここで、遅めの機体解説を。
[IS・エアリオル]
風の獅子の名を持つ、修夜の扱うIS。
補助人工AIシルフィを搭載しており、他の専用機と違い、意思疎通による会話が可能。
拓海が主任を務める蒼羽技研の技術の結晶であり、エアリオル独自の固有機能であるASBLシステムを使用することによって、どんな状況にも対応できる。
このため、性能や技術などの面から、第三世代に分類されている。
※ASBLシステム※
ASBL=【Assemble】。
エアリオルに秘められた特殊機能。素体を中核として瞬時に装甲・兵装を変換することが出来る。
ただしパーツごとを変えるのではなく、パーツ構成そのものを各コンセプトごとに総変換するため、各コンセプトの使いどころは装備者の戦闘センスに委ねられる。
このシステムはエアリオル独自のものである為、他のISに使用する事は不可能である。
また、技術が置いてあるであろう蒼羽技研には高度なハッキング対策が施されており、天才といわれる篠ノ之束であってもASBLシステムのデータや技研にある技術を取り出すことは出来ない。
【ASBL:ゼファー】
◆設定
汎用性と拡張性を重視した基礎形態。
中射程まで届くアサルトライフル《ハウリング=アヘッド》と振動実体剣《ストライクファング》のみの質素な装備であり、オプションとしてビームシールドを展開する自律ユニット《メインシェル》が付属する。
余計な装備が無いためシールドエネルギーの効率は非常によく小回りも利くが、敵ISを撃墜するための「最低限」の攻撃力しか持ち合わせていない。
なお振動実体剣はシールドエネルギーを纏うことで金色の光子を放ち、標的に大ダメージを与える機能を有している。
しかしながら、特性の類似する雪片二型の零落白夜とは比較にもならないレベルである。
とにかく装備者の技量「のみ」に頼った簡素すぎる装備しかないため、一般的な兵力を相手取るための「初期装備」といった趣きが強く、対IS戦ではいかに相手の隙を突くかにすべてを賭ける超上級者仕様ともいえる。
ただし、後付装備イコライザによる強化は可能で、応用次第ではASBLの各フォームと同等の戦い方も出来る。
ゼファーのモチーフはライガーゼロのタイプゼロがモチーフになっています。
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