IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第一章『セシリア・オルコット』
第五話『蒼空(そら)へ』
時は流れ翌週の月曜日。セシリア・オルコットの対決の日がやってきた。
「なあ修夜、本当に俺たち大丈夫かな?」
「この一週間、補講と基礎訓練の繰り返しをひたすらやったんだ。お前もそれなりの体力が付いたろ?」
「確かにそうだけど……」
俺の返答に、一夏は不安そうにそう返す。まぁ、初めてのIS戦なんだからそこはしょうがないんだけどな……。
先週の基礎訓練を終えたその日の夜、山田先生に事情を説明し補講をしてもらうよう頼んだ。山田先生は『生徒を指導するのは教師の役目ですから』と言って嬉しそうに承諾してくれた。
そこまではまぁ、よかったのだが……。
「山田先生の補講は分かりやすくて良かったんだけど……俺や一夏を見て途中から変な事を呟いていたな」
「俺、あの人本当に大丈夫かって何度も思ったぞ」
「気持ちはわかる……」
多分、山田先生って男相手に大して慣れていないからああなったんだろうな。それに加えて放課後の教室で俺と一夏と山田先生しかいなかったから尚更だろう。
極め付けは『織斑くんと真行寺くんに強引に迫られたら私……』なんて、とんでもない事を言ってたからな。あれは正直ドン引きしたぞ。
まぁ、ある意味で色々問題ありな補講と至って普通の基礎訓練を交互に行って、間に合わせだが、どうにか俺と一夏の実力は身についた。
ISを使っての操縦練習も、訓練機使用の申請がすんなり通ったおかげで、一夏もある程度の感覚を掴めた様だしやれる事は、ほぼ全て済ませたと言ってもいい。
ただ、問題は……。
「それにしても……二人のISは、まだ来ないのか?」
「……みたいだな。まさかこれほど時間がかかるとは予想してなかったぞ…」
箒の言葉に、俺は半ば呆れたようにため息をつく。
どうやら事情があってごたついているらしいが、こんなに遅かったら愚痴りたくもなる。
「って事はもしかして今日、試合が出来ないんじゃ……?」
「ここまでくるとそうなる可能性は高いな……。流石に訓練機でどうにか出来る程、俺達も練習を積んでいないし」
まぁ、専用機があるからと言って必ず勝てる保障もあるわけじゃないが、自分に合わせた機体がある方が動きやすいのも事実。
最悪、叱られ覚悟で千冬さんに試合延期を進言してみるか。通る可能性は無茶苦茶低そうだけど……。
俺がそう考えていると、遠くから駆け足でこちらに向かって来る音が聞こえた。
「し、真行寺くんに織斑くんっ!」
第三アリーナ・Aピットに来たのは、話題にも上がった副担任の山田先生。本気で転びそうで、見てるこっちがハラハラする足取りだ。しかも、何時もより輪をかけて慌てふためいているし。
「山田先生、落ち着いてください」
「そうですよ。はい、深呼吸」
「は、はいっ。す~~~~は~~~~、す~~~~は~~~~」
俺が山田先生を落ち着かせようとすると、一夏が深呼吸するように言った。
「はい、そこで止めて」
「うっ」
深呼吸する山田先生に一夏が冗談でそう言うと、彼女は本当に息を止めた……っておい!?
「山田先生、今のは一夏の冗談ですから、本気で息を止めないでください!?」
「ふぇ!? じょ、冗談だったんですか……?」
俺の言葉に冗談だと気づき、顔を赤くする山田先生。その素直さは可愛いですが、もう少し相手の真意を読みましょうよ……。
「何をやっているんだ、お前らは……」
そんな俺達に対して、何時の間に来たのか、千冬さんが呆れた表情でそう言葉を紡いだ。
「千冬姉……」
――パアンッ!
「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」
(ちょっと聞いたか修夜?)
(ああ。とても教育者とは思えない言葉だった)
千冬さんの台詞に一夏が俺に小声で話しかけると俺も頷く。一夏も同じ事を考えているだろうが、外見は美人なのに彼氏が出来ないのはこの性格のせいなんじゃないだろうな……。
「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」
……本当に師匠並に鋭い読心術持ってますね、千冬さん。しかしまぁ、そう言うならこっちもアレを言ってみるか。
「そうですか。なら、師匠が俺の花嫁候補に織斑先生を入れてても問題ないですね」
「は?」
「んなっ!?」
俺の台詞に一夏は素っ頓狂な声を出し、千冬さんは物凄い反応をして俺を見る。おお、顔が真っ赤だ。
珍しい反応を見たためか、箒や山田先生も驚いてるし。
「どどど、どう言う事だ、それは!?」
「俺も冗談と思いたいんですが、師匠はどうやら本気のようで……」
動揺する千冬さんに、俺はため息混じりにそう答える。
白夜師匠はその実力から【武神】や【闘神】と言った二つ名で呼ばれるが、その実、性格は無茶苦茶自由人なのだ。
その性格故に、俺は幼い頃から幾度となく師匠に可愛がられてきた。ええ、師匠馬鹿と呼ばれても良いくらいに可愛がられましたとも。
修行の時とかはとことん厳しいのに、プライベートになると抱き付いてくるわ、頭撫でてくるわ、添い寝しようとするわ……もはや恋人に甘える彼女の行動だぞ、ありゃ……。
俺が中学の時なんか、それはそれで偉い苦労したしなぁ……。スタイルが良い時なんかそりゃもう、ねぇ……。
え、どういう意味かって? ……その内わかるよ…。
とにかく、そんな自由奔放な師匠故に、恋愛に関しても大らかだ。
昔、酒の席で酔った勢いで『将来はわしの婿になるかの?』と冗談交じりに発言(しかし、当人は至って本気なんだよな)をした上に、何故かそれ以外の花嫁候補を探すと言う問題行動をしている始末。
師匠曰く『一夫一婦制なんて堅苦しい事この上ないわ。一夫多妻が出来る世の中の方が、恋も燃えると言うもの』……との事だ。『英雄色を好む』とはよく言うが、好まさせてどーすると言いたい……。
とりあえずはまぁ、そんなわけで、実は千冬さんを前々から花嫁候補に入れてたんだよな……あの人は。
「……って言うか、どうして顔が真っ赤なんですか、織斑先生?」
「き、気にするな! 少し暑いと感じただけだ!」
「……はぁ。
それにしても、一夏。てっきりもう少し驚くと思ってたんだが?」
何気にシスコン疑惑があるんだよな、こいつ。
「いや、あの人ならそう考えててもおかしくないと思ってたからなぁ……」
ああ、なるほどね……。よくわかってらっしゃる……。
「それに、千冬姉だって案外修夜のこ……」
――スッパアンッ!
「いっ……~!!」
一夏が何か言おうとしたのを千冬さんが叩いて止めた。つか、良い角度で入ったなぁ、今の……。
「余計な事は言うな! それと、織斑先生と呼べと言っているだろう!」
なんかさっきより顔を真っ赤にして千冬さんが言ってるし……何なんだ?
「そ、それより一体何の用で来られたんですか?」
このままでは事態に収拾がつかないと判断したのか、箒が慌てて用件に入る。
「あ、そ、それはですね……」
「専用機が来たって事だよ、二人のね」
山田先生が答えを返そうとしたとき、俺たちの後ろから別の声が聞こえた。
その声に振り返ると、ゆっくりとした足取りでこちらに近づく『少年』がいた。
その少年を、俺は知っている。何せ、幼い頃から師匠と共に過ごしてきた家族の一人なんだから。
「……遅かったな、【拓海】」
「ごめんごめん。思ったより時間が掛かったのと、さっきまでのやり取りが面白かったからつい、ね」
そう言って、拓海は笑みを浮かべている。
相沢拓海――若干15にして、俺が所属するIS企業が運営する【蒼羽技研】の主任となった、俺の家族。
そんなこいつが直々に来たって事は、余程自分の目で見たいんだろうな……【アレ】を。
「一夏や箒も久しぶりだね。箒に至っては6年ぶり、かな?」
「た、拓海……お前なのか?」
突然の再会に、箒は少し戸惑っていた。まぁ、気持ちはわからんでもない。
ここIS学園はほぼ女学院と言っても良い。普通に考えて、俺と一夏と言う例外を除けば、職員や用務員でもない普通の男性が学園の施設の中を歩いているのは不自然極まりない筈だからな。
「うん、その拓海だね。問われる前に言っておくけど、ここに来たのは修夜のISを届けに来た事と、その実働データを取る為だよ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。拓海はこう見えて、蒼羽技研の主任を任されてるんだ」
「しゅ、主任ですか!? こんなに若いのに……」
俺の発言に、山田先生が驚く。
「別に凄い事じゃないよ。
ただ、人より機械弄りが好きなだけで、束博士に比べれば……ね」
本当に、なんでもないと言うような感じで笑い、答える拓海。
「とりあえず修夜、これを」
「ああ」
そう言って拓海が差し出すものを、俺は受け取る。
受け取ったのは、中心に草原の風を思わせるような深い碧色をした宝石がついた指出しグローブ。俺はそれを利き手につける。
「え、それって……」
山田先生が、何かに気づいたように呟く。
「ええ、初期化と最適化処理は既に済ませてるんですよ」
そう微笑みながら答え、俺は言葉を紡ぐ。
「待たせたな、シルフィ」
《うん、待ちくたびれたよ、マスター》
『っ!?』
突然、俺とは別の声が聞こえた為か、拓海を除く全員が周囲を見渡す。
だが、その理由もすぐにわかる。
《マスターが学園に行ってから、今まで暇だったんだからね。後でしっかり話を聞かせてよ?》
「わかってるって」
「し、修夜……それは一体なんだ?」
一夏が、俺の肩に指を指して聞いてくる。
何時の間にやら、山田先生と同じ緑色をした髪のショートカットの【小さな少女】が、俺の肩に座っていたのだから。
「この娘の名前は【シルフィ】、修夜のISの操縦を補佐するために作ったIS用の人工AIですよ」
《よろしくね~♪》
拓海の紹介に、シルフィが手を振って答える。
「意思疎通可能な人工AI、しかもホログラフィーまで使っているなんて……」
「凄いな……」
山田先生と箒が興味を示したかのようにシルフィを見る。
「とりあえず、詳細は後ほど。いい加減、彼女を待たせるわけには行かないでしょう、千冬さん?」
「ああ、その通りだな」
拓海がそう言うと、千冬さんが頷く。
「最適化処理まで済ませてるなら話が早い。真行寺、お前が最初にオルコットと戦い、次が織斑。
最後に、お前と織斑で試合を行う……それで問題はないな?」
「ええ、俺は特に」
「俺もそれで良い」
互いに千冬さんの意見に頷く。そして……。
「シルフィ!」
《りょーかい!》
俺はISを展開する。機体と一体するかのような感覚が全身に広がり、【繋がる】。
純白が身体に纏っていき、視界が広がっていく。自然と俺の表情に、笑みが生まれる。
俺は、入学してからずっと、待っていた。こいつと、シルフィと……本当の意味で、蒼空を飛べる日が来る事を。
装甲の展開が終了し、俺は自分の姿を改めて拓海の持っていたタブレット端末で自分の姿を確認する。
側頭部から後頭部を真横に追おう独特のヘッドギア、特に耳の辺りはライオンの鬣(たてがみ)のように飛び出たパーツが目立つ。胸のプロテクターや腰のアーマーは直角な部分が多いが、シンプルにまとまっている。
だが、なにより特徴的なのがその“腕部”と“脚部”。腕部は敢えて腕を一回り大きく見せる様な分厚い手甲と、猛獣の爪を思わせる金色のパーツが目立つナックル。脚部も、特に足先はネコ科の猛獣を思わせる爪をあしらってあって、空を飛ぶというよりも陸を駆ける方が得意そうな感じを受ける。
改めて見てみるけど、かなり趣味的だよなぁ、このデザインセンスは……。まぁ、気に入っているんだけど。
「なんというか、思ったよりこじんまりとしている言うか……」
山田先生が横からほろりとこぼす。千冬さんもおおよそ似た印象を持っているようだ。
小さく見えるのは、飛行用のブースターがよく見るISのもの以上に小さいからだ。そうだな、折り畳まれた一対の鳥の羽を機械で箱型に造形したような感じだ。大きさも俺の肩から腰の辺りまででまとまっている。
「本当に、これで飛べるのか?」
「問題ないさ、試験運用とはいえ、実際コイツと修夜はもう何度も一緒に空を飛んでいるからね」
怪訝そうな顔で疑問を投げかける箒に、拓海は確かな自信を込めてそう答えた。
確かに俺も最初は、このブースターの小ささに目を疑ったな。けれども、実際に動かしてみて改めて拓海と蒼羽技研の凄さを思い知った。
やっぱりすごいヤツだよ、拓海は――。
なら応えるしかないよな、拓海の期待……いや、それだけじゃない。
「一夏、箒」
「……?」
「な、なんだ?」
俺の声に、二人は応える。
「……行って、勝ってくる」
確固たる意思を瞳に込め、微笑んで拳を二人に突き出す。
「当たり前だ。お前が負けるなんて、想像できねぇよ」
「ああ、そうだな。だが、宣言したんだ……必ず勝ってこい、修夜!」
一夏と箒は、微笑みながらそれぞれの拳で俺の拳を軽く叩く。ただそれだけで、俺には十分二人の気持ちが理解できた。
《良い友人達だね、マスター?》
「ああ、自慢の友人達さ。それじゃ行こうか、シルフィ」
《うん!》
笑顔で頷くシルフィの声を聞き、そのままピットゲートへと歩を進める。
こいつが俺達の初陣だ。しっかりと勝って来ようぜ、風の獅子……【エアリオル】!
「真行寺修夜、エアリオル・ゼファー……出撃する!」
そう力強く言葉を紡ぎ、俺はセシリアの待つ蒼空へと飛び立っていった
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