ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
そして英雄達は………
追う側と追われる側が、再度交代した逃走劇が繰り広げられていた。
時折ワイヤーを飛ばすが、全て一ミリの余地もなくリョロウの顕現させた三叉の矛《洪水》に防がれる。
手応えなんて、まるでない。
まるで水に小石を投げているような感触だ。小さな波紋がささやかな抵抗くらいに立つが、すぐに多勢に呑み込まれたように掻き消えてしまう。
まるで海のようだ、とレンは思った。
《神装》
己の存在意義とさえまでも言える強いイメージを、神話上に登場する武器の姿形の心意で覆った物。
これは、簡単そうに見えてかなりの難度を誇る、言わば心意システムの奥義と言っても差し支えない代物だ。
まず、これを編み出すためには三つの難所を潜り抜けなければならない。
まず一つ目。
己の存在意義となる力を心意として解放するのは、あまりにも困難なことだ。それは人間の本質に奥深く入り込みすぎて、例えるなら足元に転がっている小石のように、当たり前すぎて、それゆえに取り出すことがとんでもなく難しい。
しかもそれは、ココロにある自分の傷と真正面から向き合うことになる。一歩間違えれば、《ココロの闇》に呑み込まれるというリスクがあるというのに。
二つ目。
もしココロの奥底に封印されている《傷》と向き合い、それを取り出したところで、現実に投影できるかという問題はまったく別の次元だ。
そもそも、《心意》の力の本質は何かに纏わせるようにして初めてその力を発揮するのだ。攻撃ならば自らの得物なり拳、防御ならば己の肉体に纏わせる。
何が言いたいのかというと、《心意》の力は本来単品での使用は不可能なのだ。瞬間的にならば、例えばテオドラの持つ射程拡張の心意技《粉砕拳》のように使用者から一時的にだったら離しても、そこまですぐには消え去ったりしない。
そこを意志の力だけで強引なロジックで成り立たせるのだ。当然ながらその集中深度の深さは計り知れず、消耗も大きい。いや、大きすぎる。
三つ目。これが最大の難関。
そこまで苦労して作り上げた《ココロの傷》の心意エネルギーは確かに強いのだが、しかしそれには形がない。ただの膨大なエネルギーの塊だ。いわば、制御不能のジョーカーといった存在なのである。
それを制御可能にするためには、それを包み込む外殻を用意してやらねばならない。
しかしここに、また大きな関門が立ちはだかってくる。
大前提として同時に二つの心意を操ることなど常人にはできはしない。だってそれはつまり、右を見ている時に左を見ろと言われているような物だからだ。
それをこれまた強引に突破する。脳を半分に分け、左右で別々のことを考える。こんな人外の所行ができなければ、《神装》など顕現させることなどできはしない。
リョロウの鋭い突きが大木の幹を穿って、木陰に倒れこむようにして呼吸を整えていたレンの頭部右四十センチのところから飛び出した。
「…………ッッ!!」
ぶわっと冷や汗が噴き出す。
───まだだ!あと……、あと少しッ!
転がるようにして回避行動を取る。体勢を立て直すために多少無理な体勢でも足に力を込め、《地走り》を発動させた。
現在のレンの《地走り》の最大移動距離は約二百メートル。走るというより見ている者からすれば空間と空間という点と点の間を《跳ぶ》と言うのが正しい《地走り》だが、弱点がまるでないという訳ではない。
使用自体はSAO時代とは違って失敗なく出来るようになったのだが、使用後は極端に体勢が崩れる可能性があるのだ。
対テオドラ戦では幸いなことにそんなことはなかったのだが、今みたいに頭を別のことに使っている時は当然のようにそのリスクの可能性は高まる。
だからレンは、《跳んだ》先の苔むした地面に着地した途端に、身体の重心がズルリとずれて派手にすっ転んだ。
幸いながらも下はふわっとしていて、顔面を強打してもたいして痛くはなかった。
口の中に一杯に溜まった黄緑色のコケを悪態とともに吐き出しながら、レンはゆっくりと立ち上がった。
ちらり、と右手のひらを見ると、そこには漆黒の過剰光がゆっくりと寄せ集まってきているところだった。
「まだ……か。意外と難しいな」
手をぐーぱーしながら呟いたレンは、周囲を見回した。
全力で《跳んだ》から、最低でも二百メートルは引き離したはずだ。しかし、方向も何も考えなかったからここが森のどこなのか分からない。
周囲に広がる梢の闇は、広がるばっかりでその深奥をまるでこちらに見せない。虫のさざめきは、度重なる戦闘音にすっかり怯えてなりを潜めていた。
上を見上げると、幾重にも重なった枝葉の隙間から綺麗な星空が垣間見えた。墨汁をぶっかけたような気持ちのいい夜空に、砂粒のような星々が我よ我よと争うように力強く、しかし儚く輝いている。
詰めていた息を一度吐き出して、レンは肩の力をゆっくりと抜いた。
萎えていた手足に力が戻ってくる。報酬を要求していた臓器は、やっと与えられた休息に身をよじるほどの歓喜の声を上げている。
と、レンの種族ケットシーの特性でもある鋭い聴覚が、遠方より響いてきた足音を捉えた。
舌打ちをし、再び四肢に鞭打って立ち上がる。
頭が立ち眩みの時みたいにぐらりとし、鈍痛が走るが、何とか持ち堪えて足をしっかり踏ん張る。
そんな、今にも倒れそうなレンの前には────
「さぁ、レン君。時間だ」
「覚悟はできたかい?」
矛と棍、二つの神の武器を持った英雄達がいた。
静かな夜の闇に呑み込まれた森に、激しい剣戟の音が響き渡る。
レンガはなった二つの鋼糸は、片方はリョロウの三叉の矛に音もなく、衝撃もないままに防がれ、もう片方はセイの持つ棍に轟音とともに防がれる。
いかに六王第三席《冥界の覇王》であっても、《神装》持ち二人がかりはさすがにまずすぎる。
いや、何がまずいと言われれば、それはレン自身のコンディションの問題だ。
テオドラにも言われたが、レンの体はもう限界寸前。言ってみれば、風前の灯も甚だしい状態なのだ。
その状態でこのような超速戦闘が行えること自体、本来はありえない。
そのありえないを、レンは心意の力を使って強引に捻じ曲げる。
今のレンの状態を例えるならそう、壊れた操り人形に糸をつけて強引に動かない関節を動かしている、と言ったらわかりやすいだろうか。
本来は動かないその前提を
因果を
運命を
曲げて、捻じ曲げる。強引に。自身の身体が悲鳴を上げているにもかかわらず。
頭蓋の裏側がきりきりと痛む。
イマジネーションが簡単に揺らぎ、手のひらの中に溜まっていたドス黒い過剰光が苦しげにその身をよじる。
それは、もはや球体ではなかった。長さ四十センチほどの、円錐形の物体。
それはレン自身の身体に纏っている最低限の防御用過剰光さえも吸い取り、刻一刻とその身を大きくしていた。
それに比例するかのように、レンの頭はぱっくり割れるほどの激しい頭痛を訴え、四肢に宿る力は抜けていく。
当然ながら集中力もおろそかになり、リョロウとセイの一撃が身体をかすることが目立ってきた。
二人もそれに薄々気が付いているのか、数分前から徐々に攻撃のペースを上げてきている。
はっきり言って、限界だった。
その時、真正面から繰り出された鋭い突きをステップ回避しようとして踏み込んだ左足がズルリと滑った。目線ががくんと下がり、前のめりになってレンは倒れこんだ。
結果的に避けることができた三叉の刃が、頭頂部上数センチのところを通り過ぎる。
ちりちりと空気が焼けたような灼熱感を頭の天辺で感じながら、レンは一刻も早く体勢を整えるために滑った左足とは逆の右足を力強く踏み込んで、それを支えとして立ち上がろうとする。
しかし、敵は決して一人ではない。
セイの得物、棒状の神装《撃退》が水月に鈍い音とともにめり込んだ。
メキメキ、というとても人体から発せられる音とは思えない音が腹部から響く。
「が………ふ……ぅッ!!」
肺の中身が丸ごと空っぽになるような衝撃。
空気を引き裂きながら、レンの小柄な身体が冗談みたいな勢いで吹き飛ぶ。大木の幹に、またクレーターができる。
いや、それだけではない。レンの体が当たった大木の後ろにある数十本の樹木が、衝撃が透過したようにその幹に亀裂が入る。
ガラゴシャアアアァァァァーッッッ!!!
轟音とともに崩れ落ちる樹齢何千年と知れない大木達。それによって巻き起こった土埃が夜の闇を白く染め上げ、全ての生き物の視界を塞ぐ。
口元を右腕で覆い隠しながら、《宵闇の軍神》は傍らの《暗闇の瞬神》に言う。
「やった………か?」
「………わからない」
土煙は思ったより濃く、なかなか白き闇は晴れてくれない。その向こう側にうずくまって動いていないはずの少年の姿もまた、見えない。
「リョロウ、《神装》はあとどのくらい持ちそう?」
「あと……三分ほど、かな。君はどうだい?セイ」
「僕も同じようなものかな………」
ちらり、と二人はそれぞれの手元を見る。
二つの神の武器の輝きは、初めのうちほど闇を切り裂いていない。
ははは、とセイは苦笑した。
「かなり持続時間は延びたはずなんだけど、やっぱり卿ほどじゃないね。持続時間もだけど、なにより威力が、ね」
「確かになぁ。ま、アレと比べること自体がおこがましいのかもね」
はっはっは、と笑う二人。
しかしその笑顔は、土埃の白き闇の向こうからゆっくりと表れたシルエットに凍りつく。
その人影は幼さが残る顔を深く深く俯かせていた。長めの前髪の奥から、二つの真紅の輝きがこちらに向けられている。
ソレを見たとき、リョロウとセイの体に激甚な恐怖が湧き上がった。
それは原始の昔から遺伝子の中に組み込まれている、本能的な恐怖。例えば、沸騰した熱湯に触れた手を咄嗟に引っ込めてしまうような、そんな本能レベルの反応。
土埃の中から現れたレンが握っていたのは、背の高いリョロウよりもなお高い漆黒の両手槍だった。その材質は木でも、はたまた鉱石で作られた物でもない。
闇よりもなお黒い、過剰光の塊としか形容できないモノ。
「しん……そう…………」
リョロウの口から漏れた震える声に、答えるようにレンは────
《冥界の覇王》は────
「《穿孔》」
言った。
空気が、ミシミシと悲鳴を上げる。
レンと、リョロウとセイの間の空気が、帯電したようにパチパチと火花が散る。
空間が、軋む。軋みきる。
最初に動いたのは、レンだった。
ゆらり、と。非常に緩慢な動きで、手の中にある黒い槍を肩に担ぐように構える。
それが緩慢すぎたからこそ二人は、リョロウとセイは動くことができなかった。今まで超速の戦闘に慣れきっていた二人だから、だからこそ動けなかった。
動くことなんて、できなかった。
しかし、レンのやった事と言ったら非常に馬鹿馬鹿しく、そして非常に単純なことだった。
届くはずもない二人に向かって切っ先を向かって、これまた緩い動作で突くような動作をしてみただけ。ような、という言葉から分かるとおり、ただのお遊び、おままごと。
その行動に、やっと己の時を取り戻した二人が眉をひそめる。
しかしその内の一人、リョロウの眼が一杯に見開かれる。
隣のセイが、怪訝そうにこちらを見るが、その眼もまた同じように見開かれる。
リョロウの目線は、ゆっくりとレンから離れて下に行き、そして────自分の体を見た。
「……………な」
リョロウの目は捉える。はっきりと、これ以上ない真実を見る。
自分の髪、鼻、口、あご、首、胸元、そして────
何も無かった。
リョロウの胸元から下は、初めからそこに何もなかったかのように何もなかった。
痛みを伝える神経までごっそりとなくなっているので、異常な喪失感がリョロウの脳裏を支配する。
これ以上いくと零化現象が起こる、というところで突如、リョロウの身体をどこからともなく現れた水しぶきが覆った。
駆け寄ろうとしていたセイが、すんでのところで急制動をかける。
水しぶきは一瞬で消え去り、後に残されたのは薄い水色をした青い炎。
命の残り火
煌々と燃えるそれを数秒間放心したように眺めていたセイは、ゆっくりと、言葉を切りながらこちらを向いた。
「それが……、君の《神装》かい?レン君」
それを聞き、レンは笑う。
残酷に
凄惨に
焼け爛れたように、嗤う。
「先に言っておくよ、セイにーちゃん」
「…………何?」
「コレの攻撃は、セイにーちゃんには止められない」
「……だろうね」
「避けられもしない」
「だろうね」
そんな会話をしながら、セイは見る。今も漂うリョロウのリメインライトのすぐ後ろ。
大木が密集するそこに、絶対に先刻まではなかった大きな穴が口を開けていた。見たところ直系五メートルと言ったところか。
今だからわかる。リョロウを襲った攻撃は、ソレのたった一部分だったということが。
「切っ先の延長線上に存在する何物をも関係なく《貫く》。………いや、違うか。《喰らう》かな?」
セイのその質問に、レンは答えない。
答える必要など、ないと言わんばかりに。
その代わり、短い一言を言う。
「それじゃあね」
それに、セイも短く返す。
「うん」
その顔に、身体に、レンは切っ先を向ける。
そして──────
英雄達は、静かに散った。
後書き
なべさん「はっぴーにゅーいやー!始まりました!新年一発目のそーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「2014年になったねー」
なべさん「いやーホント、なっちまいましたねー!2013年ぐっばい!うぇるかむ2014ねーん!!」
レン「なんでそんなにテンション高いのさ」
なべさん「寝てないからデース!追い上げ執筆&艦これやってたら朝の五時☆」
レン「早寝早起きは言うけど、お前のは朝寝朝起きだ 」
なべさん「時は金なりって言うジャナイ」
レン「言うけど、この場合は言わねぇ」
なべさん「さて読者の皆様!ALO編も順調に回を重ねております。こちらの予定としましては、このあと番外編であるOVA編を挟みつつのGGO編を目指す予定であります」
レン「OVAかー。ネタあんの?」
なべさん「もちろんですとも!まぁとはいっても、その前にコラボでもしよっかななんて思ってたり思ってなかったり………」
レン「どっちだよ」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!!」
──To be continued & Happy new year!──
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