ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
バケモノは猫をも喰らう
「はぁっっ!……はぁ…………ッ!!」
「ぜ……ッ!はっ………!」
リョロウとセイは、日が落ちて一寸先も見えない暗闇の森の中を息を荒げながら疾走していた。とは言っても、走っているのは地面ではない。
見上げるほどの大樹の、それ一本だけで家でも立ちそうなほどの梢の間を跳び回っているのだ。梢から梢へ、三次元的に疾走している。
二人は、なぜ呼吸がこれほどまでに乱れているのだろう、と走りながらふと思った。
あまりにリアルだから時々忘れそうになるが、ここはゲームの中なのだ。現実の肉体はアミュスフィアを頭に装着した状態のまま、眠ったようにピクリとも動かない。
つまり、仮想のこの世界でいくら限界異常の運動量をこなしても、現実の肉体にはなんら影響力を及ぼさないわけだ。
ならば、今自分達の口元から出ているお世辞にも整っていない呼吸は何なのだろうか。
そんなのは決まっている。
さっきまで自分達は言わば、獲物を狩る狩人だった。しかし、今はそれがまるっきり反転し、気が付いたら自分達はいつの間にか獲物の方になっていた。
背後から迫る、圧倒的捕食者の気配。
その原始的恐怖は、あらゆる生物の中に存在する。
セイとリョロウは、背後からじわり、じわり、と迫り来る異様なプレッシャーに、その原始的恐怖が呼び起こされたのだ。あごに伝う冷や汗が、その何よりの証拠。
「……ねぇ………、リョロウ……ッ!」
「なんっ………だ!?」
セイは端正な顔を、歪めながら言う。
「こうなったら仕方がない……。《アレ》を使おう」
「それは、…………ッッ!!まさか《アレ》の事か!?」
「あぁ、リョロウは深々度集中を開始しておいて」
「セイはどうするんだ?」
「僕は────」
梢の間を跳びながら、リョロウは問う。
それに、セイは少しだけ首を巡らせて背後を見ながら、彼に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべ
「彼を足止めする」
言った。
レンは走っていなかった。
ただ単に、普通に、歩いていた。
しかし、その双眸はお世辞にも普段の彼のそれとは似ても似つかなかった。
鮮血に染まった瞳もそうだが、二つの双眼に宿る光は《鬼》のようだった。否、《鬼》その物だった。
その小柄な身体からは、心意の過剰光ではなく殺意としか言いようのないナニカが放出されている。
それは獲物ではなく、それを狩る狩人の覇気。
圧倒的な、捕食者のそれ。
とっぷりと日が暮れた古樹の森は、鬱蒼と茂る梢達に阻まれて全く視界が利かない。闇に沈む森の中には、自分の呼吸音しか聞こえない。
新たに追加した心意プログラム《残忍》は、もう発動していない。防御方法を確立した敵にそれ以上同じ攻撃を繰り返すのは無駄なことだからだ。
つまり、レンが学んだのは、気が付いたのはそんな簡単なこと。
いつも開きっ放しにしていた蛇口を、使う時にだけ閉める事を覚えたということ。溢れっ放しにしていた力の、本来の使い方を理解しただけ。
これは単純なことに見えて、この上なく重要なことだ。
どんな者でもガソリンを垂れ流しにしていたら、いつまでも行動ができる訳もない。燃料無しではエンジンは動かないからだ。
全く歩調を乱さずに、レンは歩く。
足元の短い草がさくさくと心地よい音を奏でる。そのサウンドエフェクトを耳で楽しみながら、《冥王》と呼ばれた存在はさて、と呟く。
「追う側と追われる側、これ以上ないくらい大胆に入れ替わっちゃったけど、この状況はどう収拾つけたらいいんだろうねェ………」
────を救うのを邪魔する者には容赦しない。しかし、向かってこない敵にこれ以上かまけているほどの時間も余力もない。
だからこそ、レンはさてはて、と悩む。
自分に敵意を向けたまま逃げる敵を生かすか殺すか、悩む。
その時、空気の質が変わった。
上手く言い表せないが、それは全身に生暖かい風が当たった時のような、全身の産毛が逆立つような感覚。
不快ではない。しかし、一種異様な感覚とでも言えばいいのだろうか。
しかしレンは、その感覚を押し殺して静かに眼を閉じた。
システムに頼った視界認識より、感覚と《超感覚》を使った感覚認識のほうが、いくらか頼りになるからだ。
脳裏に浮かび上がる三次元的なマップ構造。その中でこちらに向けて疾駆する敵は唯一つ。
───この速さから見たらセイにーちゃんか。………リョロウにーちゃんの影が見えないな。囮か?それとも、ただ単に時間稼ぎか?だったら何の時間稼ぎなんだ?
泡のように浮かんでは弾けて消える、答えのない疑問。
しかし、いくら考えようとも答えは出てこない。ならば取るべき対処など初めから決まっている。
敵対する者には、すべからく死を。
ゴウッ!と黒い獄炎がレンの両手に宿る。
それだけで、周囲の草は悲鳴を上げて、身をよじるようにして消えていく。
魔女狩《拒絶》
ゴッ!!!と天が咆哮したような音が響き渡った。
背後から神速の勢いで飛び出したセイが放った突き攻撃と、レンが後ろすらも見ずに裏拳気味に突き出した獄炎の過剰光を纏わせた左手が衝突した音だ。
隕石の衝突にも似たその激突の余波は、周囲の大木を次々とドミノのように薙ぎ倒した。
渾身の突き攻撃を防がれたセイはコンマ数秒レベルで硬直する。それは、超反応を持つ者同士の戦闘の中ではあまりにも大きな隙だった。
レンは突き出していた左手を引っ込め、身体をねじるようにして遠心力をブースとさせた右ストレートを何の躊躇いもなくクリティカルポイントである心臓めがけて叩き込もうとした。
その直前で硬直が解けたセイは、全力で身体を捻ってダメージを少しでも軽くしようとする。
しかし────
「ぐぁっ…………ッッ!」
奇跡的にレンの拳はヂッ!という音とともに胸部分を掠っただけだったにもかかわらず、セイの体はまるで丸太が真正面からぶつかってきたようなデタラメな衝撃とともに吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたセイは、草地の上を数回バウンドしながら奇跡的に薙ぎ倒されていなかった大木の幹にこれでもかというくらいに背を打ちつけた。
「ご………は……ぁッッ!!」
仮想の肺の中の空気が、丸ごと持っていかれる。
それっきり俯いたセイに、もうレンは関心を払わなかった。おざなりに視線を向け、黙ったまま足を踏み出す。
その足が地面に触れようとしたその瞬間────
「………………………っ」
前方の木立の向こう側に、ねっとりとわだかまる密度の高い闇。その向こう側から突如として桁違いのプレッシャーが迸ってきたのだ。
気のせいではない。
その証拠として、周囲の枝は強風に煽られたようにざわめき、葉ははらはらと舞い落ちる。
煽られる前髪の向こうを透かし見て、レンは必死に闇を見通す。
すると、まさにそれと同時に前方の闇は一人の影を吐き出した。
STR型なのにも拘らず、少し細身な体を漆黒の重鎧に包んだ男。
《宵闇の軍神》リョロウ。
その右手には、愛用の戦戟はなかった。ソレを見、レンは激しく喘いだ。
その手にあったのは、光の塊としか形容できない物だった。
ソレの形から見、先が三つに分かたれた矛………だろうか。
「リョロウ……にーちゃん。………それは……………」
半ば独り言のように呟いたレンの言葉に、《宵闇の軍神》は答えなかった。代わりに
「《洪水》」
静かに呟いた。
判断は一瞬だった。
煉獄の炎を連想する黒き炎にその身をやつした鋼の糸が、縦横無尽にリョロウを襲う。そのどれもが、触れればただでは済まさないという意思を反映しているように黒く、ドス黒い。
だが、それをリョロウの持つ三又矛は何の衝撃音もなくその絶大なる攻撃を防ぎきる。
まるで、広大すぎる海の片隅に小石を投げ捨てたような物。波紋は一瞬だけ立つが、それは全体から見れば取るに足らない小さな事象。
自身の攻撃を全て防がれたことを視認したレンは、素直に腕を振ってワイヤーを袖口の中に納めた。
「まさか……、にーちゃんが《神装》を出せるようになってたとは思わなかった。卿にでも習ったの?」
眼つきを俄かに鋭くしながらレンは静かに言った。しかし、リョロウは軽く肩をすくめただけだった。
「まさか。卿をそんな些末な事で呼び出す訳にはいかないさ」
「てことは自力で、か。凄いねー」
「そりゃドーモ」
そんな気の抜けたような会話の中でも、両者は片時も気を抜いてはいない。じり、と足音を必要以上に鳴らし合い、互いが互いを牽制している。
まぁいいや、とレンは言った。
瞬間、レンの身体を漆黒の過剰光が包み込む。
それを見、リョロウは不敵な笑みを浮かべる。
「おや、無駄遣いは辞めたんじゃないのかい?」
それに、《冥王》と呼ばれた少年も幼い顔一杯に負けじと不敵な笑みを浮かべる。
「出し惜しみは無しだ」
「そりゃ残念」
視線が一瞬交錯する。
視線の中に宿る、戦意もしくは殺意という名の電圧がじわじわと高まり、仮想のスパークがパチッと音を立てて弾けた────その瞬間、ほぼ同時に両者は動き出した。
至近距離での大激突。
しかしそこで膠着せずに、身体を捻って次弾を叩き込もうとする。
リョロウも三つに分かれた先端の刀身部分ではなく、鋭く研磨されたように尖っているもう一方の先端をアッパーカット気味に突き上げてくる。
それを身体を思いっきりエビ反りになりながら避け、その体勢のまま腕を振るい、零距離でのワイヤーの一撃を叩き込む。
だが、ぐるりと手の中で回された三又槍がそれを防ぐ。
今度こそ膠着する両者。
超至近距離で交錯する視線で火花を上げ、再び両腕に力を入れて思いっきり押すように距離を取る。
どちらともつかずにニヤリと笑い、加速する戦闘の最中に突入する。
ザガかギキききキきききギギッッッ──────!!!
幾多の剣戟が応酬され、空間が不気味に軋む。
レンはその最中に、リョロウの背後の大木の幹に人間の等身大ほどの大きさの大きなクレーターができているのを見た。
人外の戦いの最中、レンは不思議とその窪みから目を離せなくなっていた。
───あれは、何でできたんだっけ………?
その答えを脳が吐き出したのは、全てが手遅れになった後だった。
ガサリ、という音が左後方から響き、レンが神速の勢いで振り向いた。
その視界に見えたのは、こちらに向かって猛然とした勢いで突進してくる《暗闇の瞬神》セイ。
両手を身体の後ろに回しているので、得物である片手剣は見えない。
その姿を見た時、一気に時間が緩慢になり、やがて全てが停止したようになった。人の道を外れるほどの超絶な反応力を持った者だけが至ることを赦された、禁断の時間。
その中で、レンは大きく舌打ちした。
吹き飛ばしたまま放って置いたのは、やはりまずかったか。意識を取り戻し、反撃の隙を与えてしまった。
せめてリメインライトを確認するまで攻撃しておくべきだった。
そんな後悔の念が浮かび上がると同時に、レンの目はそれに比例するように冷たく、鋭くなっていく。
それはまるで、一本の刃。
冷たい絶対零度の中で研ぎ澄まされた、美しくも残酷な刃。一片の容赦もない、冷たき刃。
───ならば、今度は欠片も残さず『喰ラッテヤロウ』。
胸中で呟くとともに、時は再びその息吹を吹き返す。
止まっていたセイの身体と、それにタイミングを合わせたリョロウの身体が同時にじりじりと動き始める。
その動きはたちどころに大きくなり、この身体をかき消すほどの剣戟を叩き込むだろう。
だがレンは、己の心意を防御には回さなかった。
ありったけの過剰光を足に集め、さらに意識を集中させる。因果さえも歪める、その力を信じて。
時が再び、動き出す。
元の凄まじい速さで繰り出される二つの攻撃を、しかしレンはそれほど意識に置いてはいなかった。
ただ、スキップするかのように独特なステップを踏む。
瞬間、二人の得物は空しく地面を叩き、絶大な衝撃とともにクレーターを出現させた。
《地走り》
レンが編み出し、今のところレンだけしか習得することを許されていないシステム外スキルである。
リョロウとセイのいる座標から数メートルも離れた場所でゆっくりと立ち上がりながら、レンは油断のない視線で突っ込んできたセイを見、そして喘いだ。
セイの手に握られていたのは彼の愛剣である片手剣《スターチェイサー》ではなかった。
「《撃退》」
過剰光の塊としか形容できない、細長い棒の形をした────
「神装………」
レンは、呆然と呟いた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!2013年最後のそーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「今年ももう終わりか~」
なべさん「そーなんですよねえー。残念ながら」
レン「とか言いつつ本音は?」
なべさん「ふぅー!!年開けるぜぇ!今年は艦これ一色年越しにするぜよ~!!ぜかましいいいぃぃぃ!!(錯乱」
レン「はい、狂った作者は放っといて読者の皆様。新年、2014年も本作品をどうぞよろしくお願いしまーす」
なべさん「北上様ああぁぁぁぁー!!」
レン「うっせぇ!」
──To be continued──
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