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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第二十七話 そろそろ先が見えたかな




宇宙暦796年 11月 15日  ハイネセン 最高評議会ビル  ジョアン・レベロ



「撤退するべきだ。既に占領地の住人は五千万人を超え、七千万人に達しようとしている、億を超えるのも間近だろう。遠征軍からは補給が破綻する、いや既に破綻していると悲鳴が上がっているのだ。これ以上帝国領奥深くへ侵攻を続けるのは無理だ!」
私が周囲を見渡すと皆バツが悪そうな表情をした。見返したのはホアンを含め数人だ。

「撤退は出来ん。これは帝国の重圧に苦しむ民衆を救うのが目的の遠征だ。人道上からも飢餓に苦しむ民衆を救うのは当たり前の事だ。それ以上にここで同盟軍が彼らを救えば帝国の民心は帝国政府にではなく同盟に傾くだろう。政治的な意義からも軍の要請に応じて物資を送るべきだ」

出兵賛成派の一人が強気の意見を述べた。もっとも言葉の割には何処となく後ろめたそうな表情をしている。自分の言った事を自分でも信じられずにいるのだろう。馬鹿が、信じてもいない事を口に出すんじゃない! 少し痛めつけてやる!

「自分の言っている事が分かっているのか? 帝国はそれを利用しているのだという事が何故分からない? このまま侵攻を続ければ我々は億を超える飢えた民衆を抱えることになるだろう。その負担に耐えかね力尽きたところを帝国軍に袋叩きにされるのは見えている。敗北した我々に帝国の民衆が一体何を期待するのかね?」
「……」

「当初の予定だけでも必要経費は二千億ディナールを超えている。軍事予算の一割を超えるのだぞ! そのうえ更に七千万近い民衆に食料の供給? 君らは正気か? しかも侵攻を続ければ救済する民衆の数は際限なく増えるのだ。このまま侵攻作戦を続ければ同盟の財政が破綻する事は目に見えている、帝国を打倒する前に同盟が崩壊するだろう」
「……」
「そうなる前に占領地を放棄して撤退すべきだ!」

出兵賛成派が黙り込んだ。コーネリア・ウィンザーは顔を強張らせている。この女が馬鹿な事を言わなければこんな事にならなかった。今では最高評議会では誰も彼女を相手にしない。誰もがこの女の所為で政府が厄介事に巻き込まれたと思っている。出兵賛成派も反対派もだ。蔭では疫病神のような女だと言われている。

馬鹿げている、もっとシトレのいう事に真摯に耳を傾けるべきだったのだ、現状はシトレが警告した通りになっている。だがあの時ハイネセンには帝国軍が辺境星域を放棄した、辺境星域の住人は同盟軍の進攻を待っている、そんな噂が流れた。その言葉に出兵賛成派は酔ってしまった。

挙句にシトレを解任するとは……。遠征軍の中からシトレが侵攻に消極的だという声が上がったらしい。どうやら武勲を上げたいと望む愚か者が艦隊司令官の中に居たようだ。まさかシトレも味方から背中を刺されるとは思わなかっただろう……。

出兵賛成派がシトレの代わりに選んだのがドーソンだ。能力はそれほどでもないが政治家のいう事を良く聞く、それだけで選ばれた。選ばれたドーソンはイゼルローンに到着する前に、いやハイネセンを出立する時には遠征軍に対して積極的に帝国領内へ侵攻するようにと命令を出していた。シトレが消極策で首を斬られたとなればドーソンは嫌でも積極策に出るだろう。まして上の顔色を見る男なら……。

その結果がこの騒ぎだ。案の定、軍は補給が破綻しかかり政府に補給物資の要請をしてきた。そして政府はもう三日も討議を続け、未だに結論を出せずにいる。遠征賛成派も内心では頭を抱えているだろう、だが撤兵を受け入れられない、受け入れれば政治生命が絶たれると恐れている。だから訳の分からない理由を捏ね繰り回している。

シトレが指揮を執っていた時には占領地の民衆は一千万人程度だった。それでも危険だと悟って警告をしてくれた。それがあの馬鹿に代わった途端一カ月もしないうちに補給が破綻すると騒ぎ出した。本人はイゼルローン要塞に着いて一週間も経っていないだろう……。

「レベロ委員長の言う通りだ、ここは撤退すべきだろう。幸いイゼルローン要塞が有る、あれさえ確保していれば帝国の侵攻は防ぐことが出来るのだ。先ずは国内の問題に専念すべきだろう」
「……」

ホアンが私に加勢した。誰も意見を述べようとしない。出兵賛成派は渋い表情で顔を見合わせるだけだ。
「……暫く休憩しよう……」
サンフォード議長が疲れた様な表情と声で休憩を宣言した。

皆が席を立ち思い思いに散らばるとホアンが私に近付いてきた。
「どう思う、連中は諦めるかな? ホアン」
「まだまだだ、そんな甘い連中じゃないさ。ここで撤退を認めたら政治生命は終わりだと考えているはずだ」
思わず舌打ちが出た。

「連中の政治生命よりも同盟の政治生命の方が先に尽きてしまうぞ、このままじゃ」
ホアンが肩を竦めた。
「気付いているか、レベロ。トリューニヒトが何も言わない。出兵に反対した癖に今は沈黙している、何を考えているのか……」
「長引けば長引くほど出兵に賛成した連中は深みに嵌る、そう思っているんだろうよ。あのクズが!」
私の悪態にホアンが苦笑を浮かべた。

会議が再開するとサンフォード議長が“聞いて欲しい”と言った。自ら率先して口を開くなど珍しい事だ、嫌な予感がした。
「遠征軍から報告が入っている」
軍から? トリューニヒトを見た。眼を閉じて腕組みしている。

「我が軍将兵に戦死の機会を与えよ、このままでは不名誉なる餓死の危機に直面するのみ」
部屋が凍りついた。トリューニヒトは眼を閉じて腕組みしたままだ。こいつ、知っていたな。いやこいつがサンフォード議長に渡した、説得する道具として……。

「この状況では補給を送らざるを得ないと思うが?」
「そうだ、送るべきだ」
「このままでは遠征軍が崩壊する」
出兵賛成派が補給を送る事を提案した。やはりそうか、軍の報告、いや悲鳴を利用しようと言うのか!

「撤退か侵攻を続けるのかを決めるのが先だ!」
私が言うと皆が顔を見合わせた。
「……軍の行動に掣肘を加えるような事はすべきではないだろう」
「そうだ、まだ何の結果も出ていないし……」
馬鹿な、有耶無耶にする気か……。そうか、こいつら示し合わせてきたな……。トリューニヒトはその材料を与えたわけだ、よりこいつらを深みに嵌める為に……。

会議の結論は前線で何らかの結果が出るまで軍の行動に枠を嵌めるような事はすべきではない、多数決でそういう事になった……。



帝国暦 487年 11月 20日  ヴィーレンシュタイン星域  帝国軍総旗艦ブリュンヒルト   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



同盟は前線に食料を輸送するらしい。シュタインホフ元帥から連絡が有った。まあ焼け石に水だな、同盟軍の占領地の住民は既に七千万を超えている。そして愚かな事に同盟軍は依然として侵攻を止めていない。ドーソンは自分が遠征軍の総司令官になったのは積極的に帝国領へ侵攻する事を期待されての事だと理解している。期待に背けばシトレの様に解任される。おそらくドーソンは食料の輸送が来ると信じて侵攻を続けているのだろう。

こっちもドーソンが遠征軍司令官になったと聞いて艦隊をヴィーレンシュタインまで進めた。同盟軍の崩壊は間近だからな、その機を逃がさずに同盟軍に襲い掛からないと……。さてどうするか……、物資がイゼルローン要塞に届くのは一カ月後だろう、本来ならそいつを叩いて反撃に出る、そんなところなんだが……。

オーディンが大分騒がしくなってきたらしい、となると前倒しで攻めた方が良いかもしれん。同盟軍は補給問題で肉体的にも精神的にもかなり参っているはずだ。前倒しで攻めても充分に勝てるだろう。……それにしても国内問題で軍事作戦が左右されるか、帝国も同盟もやっている事は変わらんな。後継者を決めない皇帝と次期皇帝の座を巡って勢力争いをする貴族、権力維持のために三千万将兵を死地に追い込む政治家、ウンザリする。

オペレーターがオーディンから通信が入っていると言ってきた。シュタインホフ元帥かと思ったが元帥府からだと言う。オーベルシュタイン? 何か起きたな、詰まらん事で連絡をする男じゃない。死んだか、暴発したか、或いは両方か……、良くない事の筈だ。

スクリーンにオーベルシュタインが映った。相変わらず陰気な顔だよ、実物も悪いがスクリーン映りも良くない。
「何か有りましたか、大佐」
『皇帝陛下がお亡くなりになりました』
抑揚のない声だったが艦橋を凍り付かせるには十分なインパクトが有った。お前な、そんな無表情にさらっという事か?

一応敬意を払っている事には安心した。“皇帝が死んだ”なんてボロッと言うんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。俺がホッとしている傍でグリンメルスハウゼンが“陛下が、陛下が”と呆然と呟いている。これでこの老人ともお別れか、ようやく御守りから解放されるわけだ、フリードリヒ四世には悪いがもう少し早くても良かったな。

「何時お亡くなりになったのです?」
『昨夜遅くのようです。今朝、お亡くなりになっているのが確認されました。心臓疾患ではないかと……』
昨夜遅く? 今日はもう夕刻だぞ? 何故年寄り共は俺に報せてこない? オーディンは混乱しているのか? 艦橋でもざわめく声が聞こえる、同じ疑問を持ったのだろう。

「大佐は何時知ったのです」
『二時間程前です、事実確認に時間がかかりました。確認先はエーレンベルク元帥です』
緘口令が布かれているのか……。それは理解できるがこっちには報せるべきだろう、何を考えている! 信用していないという事か、或いは俺の事など所詮は道具と見て報せる必要性を認めなかったか……。

「オーディンの状況は?」
『今のところは落ち着いていますが貴族達も疑い始めたようです。この先はどうなるか分かりません』
「分かりました。また何か動きが出たら教えてください」
『はっ』
敬礼をすると通信が切れた。指揮官席ではグリンメルスハウゼンが涙を流している。

急がないといけない。オーディンで貴族達が騒ぎ出す前に同盟軍を叩く。それによって軍の力を帝国全土に知らしめる。そうすれば貴族共も容易には動けないはずだ。
「閣下」
「あ、何かな」
いかん、グリンメルスハウゼンの爺さんは涙だけじゃなくて鼻水まで出している……。やる気が削がれそうだ……。俺の最大の敵は同盟軍よりもこの老人のような気がしてきた。

「これより反乱軍に対して反撃を開始します」
「あ、う、そうか」
「各艦隊司令官を呼んで作戦会議を開きます、閣下にも参加して頂きたいのですが」
「あ、いや、総参謀長に任せる。私は部屋で休ませて欲しい」
「分かりました」

頼むよ、泣くなとは言わない、そこまで俺は人でなしじゃない。でもな、こんな時ぐらい指揮官らしくしてくれ。“陛下の御霊を安んじるため反乱軍を打ち払え”とか檄を飛ばしてくれないか、その一言で味方の士気は上がるんだ……。無理だよな、平々凡々な爺様なんだから。溜息が出そうだ。ま、その方が助かるけどな。

各艦隊司令官は艦橋に集合させた。皆緊張している、突然艦橋に全員集められたのだ、当然だろう。
「これより反乱軍に対して反撃に出ます」
艦隊司令官達が顔を見合わせた。
「皇帝陛下がお亡くなりになりました」
また顔を見合わせた。だが今度は全員が驚愕を表情に浮かべている。

「オーディンではこの事実について緘口令が布かれているようです。しかし何時までも隠し通せるわけではない。貴族達が騒ぎ出す前に、自らの武力を使って皇位争いを始める前に我々が反乱軍を撃破する。宇宙艦隊の実力を帝国全土に知らしめることで貴族達の暴発を防ぐ」
大丈夫だ、皆頷いている。

「メルカッツ提督はリューゲン、クレメンツ提督はボルソルン、レンネンカンプ提督はアルヴィース、ロイエンタール提督はビルロスト、ミッターマイヤー提督はレージング、ミュラー提督はドヴェルグ、ケスラー提督はヴァンステイド、ケンプ提督はヤヴァンハール」
よし、間違わずに言えた。
「直ちにその地に赴き帝国領内に居座る反乱軍を撃破してください」
「はっ」

艦隊司令官達が艦橋を立ち去った。ヤンは居ないが他にも手古摺る相手は居るだろう。第四艦隊のモートンとかしぶとそうだしな。だが全体的にはこちらが優勢を保てるはずだ、取り残されれば袋叩きに合うのだし同盟軍の各艦隊司令官は後退せざるを得ない。

問題はその後だな、この世界でもアムリッツア星域会戦が起きるかどうか……。うーん、拙いな、ゼッフル粒子の発生装置を持って来てない、忘れた。後ろを機雷で塞がれると面白く無いな、正面からの攻撃だけになる。まあそれでも勝てるだろうけど……。

ここで勝てば皇帝が死んだ以上リヒテンラーデ侯が手を組もうと言ってくるのかな。しかしなあ、あの爺さん信用出来ないし……。それに宇宙艦隊司令長官はどうなるんだ? 皇帝が死んだんだからグリンメルスハウゼンはお払い箱だろう。本人も辞めると言うかもしれない。グリンメルスハウゼン元帥府は解散だな、俺も事務局長から解放だ。

後任は誰かな、俺は平民だし精々勲章で終わりだろう。となるとメルカッツという手も有るか……。政治的な面での野心も持たないしリヒテンラーデ侯としては組み易い相手ではある。エーレンベルク、シュタインホフも危険視はしないはずだ。そうなると連中が組むのは俺じゃなくメルカッツか……。メルカッツなら今の艦隊司令官を適正に評価するだろう、問題はない。

俺はどうなるかな、もしかすると総参謀長職から外れるかもしれんな。宇宙艦隊に影響力が有り過ぎるとか警戒されているだろうと思うんだ。貴族嫌いも気になるだろうし……。閑職かな、兵站統括部の部長とか幕僚総監とか……。まあ殺されることは無いだろう。……リップシュタット戦役が終わったら退役しよう。軍人なんて疎まれながらする仕事じゃない。


 
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