ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
劫火の巫女
「《繚炎火乱》」
カグラは、自らの心意技の名を言いながら、ゆっくりと白き太陽の化身と化した大太刀、《冬桜》を正眼に構えた。
これのイメージは他の心意技よりも、限りなくシンプルだ。
すなわち、《どこまでも、限りなく燃え盛れ》という意思。
刀身に炎を纏わせるカグラの心意技《煉王聖火》の基本属性が《真空生成》であったのに対し、本当にシンプルなイメージだ。しかし、それは同時に恐ろしいことでもある。
「眩しいッスねぇ~」
目を細めながら、《夕闇の化神》ウィルヘイムは言った。
それに、涼しい顔でカグラは返す。
「それは当たり前です。何せ、恒星の表面温度くらいの値になっているのですから。これほどの光量は出てくれないと困ります」
「……………えっと、どこからツッコめばいいんスか?」
彼が戸惑うのも無理はないだろう。何せ、それほどにカグラの言った言葉は突拍子もない物だからだ。
ウィルの記憶が正しければ、地球に一番近い恒星である太陽であっても、その表面温度は摂氏約五千度を上回る。そんな温度だったら、人間の肉体は焼ける前に《溶ける》。
しかし、それだけ常識から外れているのに、ウィルはその言葉をすんなりと受け止めることができた。
それほどにこの状態の冬桜は巨大すぎる存在感を放出している。
それに、正眼に構えられているだけの冬桜の刀身からはどれだけ距離を置こうともかなりの熱量を肌で感じるはずだ。肌がヒリつき、喉が水を求めて喘ぐようになる。
「…………………………………」
ついに、ウィルの表情から一欠片ほど残されていた軽薄な表情が消えた。
距離を置いてもはっきりと視認できる。彼のあごに、嫌な汗が伝っていく様を。
それに対し、カグラは眉一つ動かさない。
まるで、この程度で驚くな、とでも言わんばかりに。
一瞬の膠着。
永遠とも思える睨み合い。
そして、最初に動いたのは今度はカグラだった。純白に白熱した刀身を一瞬で鞘に納刀すると、一言。
「《真火・不知火》」
頬に熱感を感じたのは一瞬だった。
次の瞬間、ウィルの視界は白い光に多い尽くされた。目潰し技かと思ったが、直後に即座にその思考をかなぐり捨てる。
それは、炎の津波だった。
空中に浮かぶカグラの少し前方から、噴出するように白い劫火が上がる。それは瞬く間に左右に広がり、高さ三十メートル、横幅五十メートルはあろうかという炎の津波を作り上げる。
「ッッッ!!!嘘………だろ!!?」
喉が異常に渇く。
唇があっという間に乾き、切れたような感じがする。
だが、頭の中は至って冷静だった。
素早く眼前に迫っている炎の壁をチェックする。早くしないと、この壁に飲まれる前に、その周囲の気温だけでダメージを負いそうだ。
一見してほぼ何もできなそうな、天災とも言えるカグラのこの心意技だが、まだ打つ手はある。
大体この手の広範囲重攻撃技の目的は、行使者対多数の場合はもちろん殲滅。しかし、行使者対一の場合は、相手の回避ルートを潰すという目的にすり替わるのだ。
その場合、必然的に発生する弱点というものがある。
それは────
「万物流転水神、万物動止氷神枷受取ッ!!」
身体の前で交差するように構えた二つの青いクナイがひときわ強い輝きを放った。
柄の部分からじょぼり、と溢れ出した水色のせせらぎ。そしてそれは、刀身に宿る青い過剰光に触れた側からパキ、パキという硬質な音とともに凍り付いていった。
たちまち、元の倍ほどにも巨大化していく刀身。
ぐんぐん巨大化し、短剣ほどだったクナイはみる間にタワーシールドかと見まがうほどの氷の巨剣へと成長した。
宵闇の輝きを鏡のように反射する、その巨大な二振りをクロスするように、スプリガンにあるまじきくすんだ金髪を空中に流しながら振り払う。
「おぉォがあああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
雄叫びを上げながらゴウッ!と空気が切断される。
同時に、空間に霜が降りるほどに白く、冷たく凍る。圧倒的な冷気が雪崩のように薙ぎ払い、劫火の炎の津波に襲い掛かる。
そして────
ボッッ!!
風船の空気が抜けるような音とともに、炎の壁に直径二メートルほどにもなる穴が開いた。いや、開いたなどと言う低レベルな物ではない。
くり抜かれたのだ。直径二メートルの円となって、白く輝く劫火の津波が。
そこに、ウィルは躊躇なく飛び込む。
そう。これが広範囲技の弱点である。相手の回避ルートを塞ぐことに重点を置いているため、一点への攻撃に弱いのだ。だからこうして、簡単に貫ける。
白き輝きを潜り抜けた先は、もはや安全地帯と言っても差し支えなかった。向こう側で感じた、身体中を絞り尽くされるがごとき熱さは、もう感じない。
カグラの端正な顔が、初めて歪む。そこに現れるのは、驚愕。
───つっても、中、遠距離でバチバチやりあっても、向こうに利があるのは明らかッスね。
ウィルは、背中を震わせながらコンマ一秒下で思考する。
ウィルの心意《付与効果》は、応用形態や適応力ならば右に出る者はいない。がしかし、その分いまひとつパワーに秀でないというウィークポイントが存在する。
それは、この局面ではかなり手痛い弱点だ。
カグラの今までの戦い方を見てみると、彼女の戦法は基本的に一撃必殺を信条としている。手数で相手のHPを削っていくウィルとは、正反対と言ってもいいだろう。
それを撃破、または突破するには、相手以上のパワーで押し切るか、相手の隙を突けばいい。
しかし残念ながら、後者はほとんど不可能と言ってもよい。
まず、乱戦ならばともかく、ここは障害物も何もない空の上で一対一だ。今地上でリョロウとセイが相手をしているレンのシステム外スキル《地走り》でもなければ、とてもじゃないがカグラの背後に回り込むなんて芸当できるわけがない。
ならばどうするか。
───勝てるかどうかわかんないッスけど、接近戦に持ち込むしかない……か。
そんな思考の下、ウィルは一層翅に力を込めて風を切る。そもそも、この空の上での戦闘ですら、いつまで持つか分からない。
アルヴヘイムに存在している全てのプレイヤーについている空へのチケットは、残念ながら有限なのだ。やがて翅は力を失い、ウィルやカグラはどこかの神話に出てくる蛮勇のように、翅をもがれて地に落ちる。
これが最後の一合。
鋭い呼気に全てを乗せ、ウィルは静かに目を閉じる。洗練され、訓練された精神は、すぐさま心の深奥へと潜水していく。
口が動き、言葉を自動的に紡ぐ。
「全光五行集、五行威光我従」
ゴウッッ!と風が吹き荒れ、ふわりと五色にカラーリングされたクナイがウィルの懐から飛び出す。
それらは欠片さえも触っていないのに浮かび上がり、円形の隊列を組んでウィルの周囲を漂う。それらは最初疾走するウィルについて浮遊していただけだったが、次第に中央に向かって回りながら集い始めた。
それぞれが眩いばかりの光を発する。
そしてそれがちょうどウィルの左肩のあたりで溶け合い、融合して────
「シッッ!!」
鋭い呼気とともに、そこに手を突っ込んだウィルの右手に握られていたのは、目も開けていられないほどに発光する光のエネルギーでできた剣だった。
片手用直剣。
それくらいしかわからないほどに、眩い輝きを放っているそれを《夕闇の化神》は一気に抜き払い、呆気に取られていたカグラに猛烈なチャージを敢行した。
ごおおぉぉおおぉぉぉおおおおおぉぉぉーんんんんんんっっっっっ!!!!!!!!
寺の鐘を何倍にも増幅したような音が、激しく耳朶を打つ。激しすぎる衝突の余波だけで、空間が悲鳴を上げている。
互いの鼻が引っ付くような至近距離で、ウィルは静かに、穏やかに言った。
「《大怒》」
それを聞き、カグラは驚愕に息を呑んだ。
「まさか………。なぜあなたがそれを…………」
そしてカグラは
「《神装》を………」
慄きながら、言った。
太陽はすっかり落ち、辺りは暗闇に没しようとしていた。
街中ではないため、BGMは聞こえてこないが、代わりに虫たちのさざめきがそれを補ってくれていた。草木が揺れ、その微かで柔らかな音が伴奏として虫達の鳴き声を後押しする。
だが、生憎ながらもそれらの柔らかなBGMは宙空に舞い散り、踊り狂う剣戟の音に全てが断絶させられていた。
衝突の音が響くたびに、草木は薙ぎ倒され、空間にヒビが入る。
人外のその戦いに、何者も干渉することなどできはしない。ましてや、参戦することなどもってのほかだ。
先程まで劣勢だった金髪のスプリガンは、自身で《大怒》と呼んだあのエネルギーの塊でできたような剣を発現させてから、一転して優勢となっていた。
カグラの巫女装束はあちこちが擦り切れ、白衣に至っては左肩のところが血に染まっていたり、土埃だらけだったりと、とにかく見るも無残なことになっていた。
端正な顔は、額を切ったのか、頭部からだらだらと鮮血が流れ出していて、闇妖精特有の白すぎる肌を目も眩むような赤に染めていた。
周囲の宙空には、激突の時にカグラの心意技《繚炎火乱》が悲鳴のように吐き出した火の粉がゆっくりと漂い落ちて行っており、一種幻想的な光景を生み出していた。
ペッ、と口内にあった血液を唾液とともに吐き捨てながら、カグラはいまだに衰えなく白く燃え続ける大太刀を、静かに正眼に構える。
「……まさかあなたが《神装》を習得していようとは、夢にも思いませんでした」
相対する《夕闇の化神》は、いつものようにヘラヘラとした笑いを顔に貼り付けながら言う。
「あの城の最後の時に、我等がマスターが発現させたのを見て、これだー!って思ったんスよ。パワー不足の《付与効果師》である俺にもできそうな、一撃で相手を葬ることができそうな必殺技………。ま、それでも修行は辛かったッスけどね」
カグラは軽い言葉に一瞬眉をひそめたが、彼の言葉に得心したとでも言うように首を縦に振る。
「なるほど。確かにあなたの主は発現させていましたね。たしか……《破壊》、でしたか…?」
「その通りッスよ。閣下には少しだけ教わったんスけどねぇ。いやー、何しろあの人、人に物を教えるってのが下手で下手で…………。これでも、かな~り苦労したんスよ?」
かなりと言う割りに、全く苦労してなさそうなヘラヘラ笑いを引っ込めないウィルに、カグラは再度優美な眉丘を寄せるが
「…………………………」
深呼吸をし、持っていかれそうになるペースを引き戻す。
柄をきつく握り直したカグラを見、ウィルはニヤッと不敵に笑うと、両手で持っていた《大怒》をポーンと空中に放り投げる。
いぶかしむカグラの視線の先で、ウィルは回転しながら落下してきたそれを、今度は裏手でキャッチした。
それだけで、ウィルの全身を包む空気が一変した。
これまでのどこか気の抜けたそれから、獰猛な肉食獣へと。気のせいか、それによって剣の輝きが増したような気さえする。
「次で決めるッスよ」
「その言葉、そのままお返ししましょう」
短い言葉の応酬。
両者の間の空間に、にわかに火花が散る。ヒビが入り、傷ついた空間が悲鳴を上げていく。
神経が異常にアクセラレートしていき、舞い落ちる火花の動きすらもゆっくりになる。それらの中の一つが、両者の交差する視線の間をゆっくりと横切り、そして────
「────────ッッッ!!」
「────────ッッッ!!」
両者の体が弾丸のように動き、それぞれの髪が風になびく。
カグラは力強く踏み込み、相手を《神装》ごと切断せんと大上段から振り下ろす。
ウィルは敢えて踏み込まず、助走の全エネルギーを己の《神装》に乗せ、低い体勢からカグラのガラ空きの胴体を狙う。
両者の動きは映画のコマ送りのようにゆっくりとなり、互いの得物はまるで引き合うように近付いていって────
衝撃が、身体を揺さぶった。
金属バットでタコ殴りにされたような衝撃が、身体全体を包む。もはや音ではない。
純粋な衝撃。
至近距離で、互いの視線が交錯する。
ウィルの瞳には、もはやヘラヘラとした笑いなど欠片もなかった。ただ、相手を喰い殺すという猛獣のような激烈な光が宿っていた。
カグラの瞳には、何の感情もなかった。ただ、行く手を塞ぐ岩を作業的に取り除くような、そんな無機質で事務的な光が宿っていた。
ゾグッ、とウィルの背筋に冷たいものが走る。
それを感じたのも束の間だった。交錯する視界の上から、小さな物がゆっくりと落下してきたのが知覚できた。それにウィルが焦点をフォーカスさせると、それは激突の際にカグラの大太刀から散った火の粉の一つだった。
それは見ているこっちがやきもきさせるほどのスローペースで視界をゆっくりと横切り、カグラと今まさに根競べをしている己の得物を支える右手の上にふわりと音もなく乗り────
しゅっというささやかな効果音とともに、右腕を突き抜けた。
「ご………ぁっ………………ッッッ!!」
決して右腕に防護装備を装備していなかったわけではない。
ド派手なオレンジ色の鎧は、左腕全体をきっちり覆っていた。鎧の弱点になりやすくなる関節部分にも、肘当てを付けているくらいだ。
いくら軽鎧とは言え、火の粉ごときダメージのダの字すらも発生しない。しかし、単なるダメージならともかく、左腕を苦もなく貫通するというのは尋常ではない。
そこまで思い、ウィルは見た。
宙を舞う火の粉の色が、あらゆる色を跳ね返す白であることを。
「…………………ッッ!!」
そこまで思考したとき、ウィルは腹部に激しい衝撃を感じた。
カグラに蹴られた、と感じたのは随分後だった。
必死に翅を広げて制動を掛ける。ようやくスピードが緩まったところで、ウィルは再度のチャージを敢行しようと上手く焦点が合わなくなってきている視線を上げた。利き腕である右腕を潰されたことは痛いが、まだ左がある。
だが、視線の先で血塗れの巫女は白く燃え盛る大太刀とは反対の手、左手をゆっくりと上に上げる。その人差し指は、真っ直ぐ二人の上空を指している。
つられるように目線を巡らすと、そこには────
「………………な……」
幾千もの火の粉が、不規則な軌道を描きつつも豪雨ごとき様相で落下してきているところだった。
一瞬頭によぎる、絶望の色。
しかし、ウィルは直前でそれを頭から叩き出した。相手は刀などの明確な武器ではない。ただの火の粉なのだ。
あれだけ不規則な軌道を描くのならば、つまりそれは見た目通りの質量を持っているということなのだ。すなわちそれは、息でも吹けば簡単に吹き飛ばせるということ。
すぐさま集中しようとしたウィルは唐突に────
見た。
視界の端で、カグラの口角が優美に持ち上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべるのを。
「ま………さか……………」
呆然と行ったウィルの視線の先で、カグラは持ち上がった口角の隙間から密やかな声を発した。
それは凛と張っていて、力のある声だった。
「《真火・百花繚炎火乱》」
瞬間。
ウィルの上空に舞っている火の粉の一つ一つが、ぐぐっとその純白の姿を歪めた。それはまるで、寸前まで空気を入れた風船を無理やりに小さくさせようとするような。
そして────
────────────────────ッッッッッッッ!!!!!!!!
この世の音を丸ごと詰め込んだような爆発音が響き渡り、上空にあった火の粉が全てそんじょそこらの火炎魔法が爆竹に思えるほどの爆発を起こした。
さきほどの炎の津波とは桁違いのスピードで迫り来る、灼熱の劫火にウィルはもはや何の感慨も起きなかった。
ただ、一言。ああ、と思った。
そして、ウィルは真っ白な炎の中に身を任せた。
真っ白な劫火でできた爆炎の豪雨が空中に溶け去るように消えた後に残っていたのは、影妖精のシンボルカラーであるダークグレーの命の残り火たった一つだけだった。
先刻までの戦闘の余韻が醒めてしまうほどにちっぽけなそれをカグラはちらりと一瞥し、完全にこの戦闘に勝利したことを確信した。
白くなるほどに握り締めていた手をゆっくりと解きほぐす。
《冬桜》の刀身の色が、みるみる白からもとの鋼色に戻ってくる。
それを静かに鞘に収めながら、カグラは誰ともなく呟くように言った。
否、その言葉は今地上で一人で二人の強敵と相対する己が剣を捧げた主に向けられた物かもしれない。
「こちらは済みました。後は………あなた次第です」
そう言ってカグラは、短く、身体を震わせるように背に輝く翅を振動させた。
後書き
なべさん「はいはーい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「今回はまた………長いね」
なべさん「渾身の一発だよ。ただの中ボス戦的な戦闘なのに」
レン「まったくだ。それにしてもカグラが某死神バトル漫画みたいになっているのが気になる」
なべさん「ああ、ブ〇ーチか」
レン「言うなよ。オブラートに包んだのに」
なべさん「〇を付けたじゃん」
レン「それですべてが許されると思うな」
なべさん「さて、カグラさんがどんどんチートに染まっていく今回ですが、まぁお気になさらないで下さい(笑)」
レン「気にしろよ。というか気にかけろよ」
なべさん「ぶっちゃけ君に付いてけるような奴はチートにならざるをえない」
レン「かもナー」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー!」
──To be continued──
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