銀河英雄伝説~悪夢編
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第二十五話 尻を蹴飛ばしてやろう
帝国暦 487年 9月 5日 オーディン グリンメルスハウゼン元帥府 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
グリンメルスハウゼン元帥府の会議室に艦隊司令官達が集められた。メルカッツ、クレメンツ、レンネンカンプ、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラー。このほかに辺境星域で訓練中のケスラー、ケンプが居る。なかなかのものだ。メックリンガー、ルッツ、ワーレン達の顔が無いのが寂しいがいずれはここに顔を並べる事になる。その時が楽しみだ。
「フェザーンのレムシャイド伯爵からの連絡で反乱軍が攻め寄せて来る事が分かった。宇宙艦隊はこれと戦い撃破せよとの勅命が下った」
グリンメルスハウゼン伯爵が告げると会議室がざわめいた。うん、皆やる気満々だな。爺さんが俺を見た、後はお前がやれってことか、楽な司令長官だよな。皆も俺を見ている。挨拶が終わったから早く本当の会議をしよう、そんな感じだ。
「反乱軍の兵力ですが詳細は分かりませんが三千万人を超えるのではないかと思われます」
“三千万”、またざわめきが起きた、興奮しているな。
「詳細については統帥本部に確認をしてもらっていますが反乱軍もかなりの覚悟で臨んでくるはずです、油断は出来ません」
皆が頷いた。
「どのように対応すべきか、遠慮なく意見を述べてください」
俺が促すと早速ミッターマイヤーが口を開いた。
「イゼルローン回廊の出口付近で迎撃してはどうでしょう。戦場を固定できますし回廊から出てくる部隊を順次撃破出来るという利点が有ります……」
まあ出るべき意見ではあるな。
「しかし反乱軍もそれは警戒しているのではないかな。先頭部隊は精鋭を送り込んでくるだろう、簡単にはいかない可能性が有る。それよりは反乱軍を帝国領奥深くに引き摺り込んではどうだろう。三千万人と言えば途方も無い数だ、補給は容易ではあるまい。引き摺り込んで補給を断つ、そうなれば一気に反乱軍は混乱するはずだ、組織だった抵抗など出来まい」
うん、良い事を言うじゃないか、レンネンカンプ。皆も頷いている。
「小官もレンネンカンプ提督の意見に賛成です。しかし問題は時間がかかる事でしょう。反乱軍もそれなりに補給は整えて来る筈です」
「已むを得ぬことだと思うが」
「いやレンネンカンプ提督、我々は軍人だ、それは理解できる。しかし理解できぬ人達が帝国には居るからな、臆病とか騒ぎそうだ」
ロイエンタールの言葉に皆が顔を顰めた。しかしグリンメルスハウゼンの前でそれを言うか、度胸有るよな。もっともかなりソフトな言い方ではある、グリンメルスハウゼンも発言に含まれた毒には気付かなかったようだ。分からない振りをしているのか、本当に分からないのか、こういう時は助かる。
「確かに敵を見て戦わないのは臆病だとか言いそうですね」
「無理に戦わされては堪らん。それなら回廊付近で戦った方がましだ」
「だとすると早急に発たなければなるまい、忙しいな」
皆が口々に話しだした。いかんな、何時の間にか回廊付近での戦いを選択している。
「時間の問題、口出しの問題、その二点を解決できれば反乱軍を引き摺り込んだ上で叩いた方が効果的だと思いますが、どうですか?」
俺が問い掛けると皆が顔を見合わせた。皆を代表する形でメルカッツが答えた。
「それはそうですが、良い手段が有りますか?」
「まあ試してみたい事は有ります。多分上手く行くでしょう」
多分、大丈夫だよな。俺の答えに皆が納得したように頷いた。
「ではケスラー、ケンプの両名をオーディンに戻しましょう」
「いや、それには及びません、クレメンツ提督」
会議室がまたざわめいた。
「あの二人には少々やってもらいたい事が有ります。時間がかかりますからオーディンに戻る余裕は無い、シャンタウ星域辺りで合流する事になるでしょう。早急に出撃準備を整えてください」
全員が頷いた、これで良し。
同盟軍は原作通り帝国領侵攻作戦を実施する事にした。詳細は分からないが動員兵力も原作とほぼ同様だろう。やはり同盟市民は戦争を望んだという事だ。帝国との和平等というのは同盟市民には受け入れられない。百五十年も戦っているんだ、或る意味当たり前だな。
問題はロボスとフォークの馬鹿が居ない事だ。あの二人がいれば何も考えずに占領地を拡大してくれる、打ち破るのも難しくは無い。だが今回はそうは行かない、ヤンとビュコックが遠征軍を率いて来るのだ。あの二人は名将だ、帝国領侵攻が危険な事は十分過ぎるほど分かっているだろう。
おそらく無闇に占領地を広げる様な事はしない筈だ。ゆっくりじっくり足元を固めつつ進んでくるだろう。こちらに引き摺り込まれるよりもこちらを引き摺り出そうとするはずだ。そして艦隊決戦を挑む。皆が危惧していた展開に持ち込もうとするだろう。
焦土作戦を展開しても辺境の人間が苦しむだけで終わる可能性も有る、それでは意味が無い。工夫が居るな、ビュコックとヤンに野放図に占領地を拡大させる工夫が……。
四日後、新無憂宮にある国務尚書の執務室で俺はリヒテンラーデ侯、エーレンベルク軍務尚書、シュタインホフ統帥本部総長に迎撃作戦の内容を説明した。グリンメルスハウゼン司令長官には既に説明済みだ。特に何の問題も無かった、“分かった”の一言だったな。本当に分かったのかどうか……。
「反乱軍を帝国領奥深くに引き摺り込むか……」
リヒテンラーデ侯が小首を傾げた。不満かな、帝国領に入れるのは。
「反乱軍は三千万を超える大軍です。消費する補給物資は膨大なものになるでしょう。帝国領奥深くに誘引し補給の負担を増加させる、その上で補給線を断ち反乱軍を撃破する、そう考えています」
俺が説明するとリヒテンラーデ侯はエーレンベルク軍務尚書、シュタインホフ統帥本部総長に説明を求めるかのように視線を向けた。
「総参謀長の作戦案は極めて理に適っていると思います」
「小官も軍務尚書の意見に同意します」
二人の意見を聞いてリヒテンラーデ侯が頷いた。
「暫くの間、軍事行動の拠点をシャンタウ星域に移します。オーディンを長期にわたって留守にする事になりますがその間は辺境星域を哨戒中の艦隊を呼び戻しオーディンに置くべきかと思います」
「なるほど、辺境星域が戦場になる以上、哨戒部隊は邪魔か。であればオーディンの警備にという事だな」
「はい」
俺が軍務尚書に答えると三人が顔を見合わせた。
「良いだろう、そちらから命令を出してくれ」
「はい」
ラインハルトも姉に会えるんだ、喜ぶだろう。問題はシュターデンだな、あいつはフェザーンにでも追い払うか。その方が安全だな。
「こちらからお願いが有ります」
「何かな」
国務尚書が身構えた。露骨に警戒心を出してるよな、俺への信用度はかなり低い、要注意だ。
「反乱軍を帝国領に引き入れる事になります。そうなれば占領される星域もでるでしょう、その事で騒ぎ立てる貴族も出るかと思いますが軍の作戦に関しては小官に一任して頂きたいと思います。指揮系統の混乱は敗北に直結します」
三人が微妙な表情をした。やはり難しいか。
「卿の危惧は尤もとは思うが占領が長期に亘れば貴族達の声を抑え切れなくなるだろうな」
シュタインホフが唸る様な口調で答えた。
「反乱軍の早期撃退を目指し辺境星域で焦土戦術を行う事を考えています」
三人が眼を剥いた。咎める様な視線で俺を見ている。
「実際に食料を奪う事はしません、彼らに隠させます。反乱軍に帝国軍が焦土戦術を行っていると思わせたいのです。それによって彼らの用意した食料を辺境星域の住人に吸収させる。反乱軍の補給計画の早期破綻を図ろうと考えています」
ほうっと息を吐く音が聞こえた。国務尚書だった。他の二人もホッとしたような表情をしている。
「脅かすな、本当に焦土戦術を行うのかと思ったぞ」
エーレンベルクが俺を咎める様な声を出した。悪かったな、脅かして。年寄りの心臓には悪いか、でもラインハルトは本当にやったぞ。
「そういう事ですので国務尚書、辺境星域に対して軍の指示に従うようにと政府から通達を出して頂きたいと思います」
「うむ、分かった」
「それとシュタインホフ元帥、反乱軍の情報を可能な限りこちらに提供して下さい。軍の編成、動員する艦隊、総司令部の陣容……」
「うむ、分かった」
「それと反乱軍の国内の状況もです」
「国内の状況?」
俺の頼みにシュタインホフが訝しげな声を出した。
「反乱軍の補給計画が破綻すれば軍は必ず政府に泣き付きます。それが政府の動きに出る、撤退か或いは物資の追加か……、それが反攻の一つの目処になると思うのです。それを逃したくありません」
「なるほど、分かった。情報部に命じよう」
「国務尚書、フェザーンの弁務官事務所にもお願いします」
「分かった」
老人二人が頷いた。
「それと……」
「まだ有るのか?」
「これが最後です、国務尚書」
俺が宥めるとフンと鼻を鳴らした。貴族らしくない下品さだ。勝ちたくないのか? 戦争なんだ、遊びじゃないんだぞ。
「反乱軍がイゼルローン要塞に集結したらですがフェザーン経由で帝国軍が辺境星域を放棄した、辺境星域の住人は同盟軍の進攻を待っている、そういう噂を流して欲しいのです」
シュタインホフが国務尚書と顔を見合わせ頷いた。
「良いだろう、その方が早期に反乱軍が奥深くまで攻め込む筈だ」
ビュコックもヤンも帝国領奥深くに侵攻するのは危険だと思うだろう。だから二人の尻を政府に蹴飛ばさせよう。嫌でも前に行かせるようにする。あの二人は涙目かもしれんが馬鹿共は大喜びの筈だ。俺は親切な男なのだ、最低でも一回ぐらいは喜ばせてやる。二回は無いけどな。
「ここまで協力を求めるのだ、勝てるのであろうな」
「勝つために尽力は致しますが御約束は出来ません。多少有利かとも思いますが……」
「頼りないの」
国務尚書リヒテンラーデ侯がまた鼻を鳴らした。文句有るのか? お前は分からないだろうがビュコックやヤンと戦うんだぞ。甘い相手でもなければ柔な相手でも無いんだ。
「場合によっては反乱軍は不利を悟り早期に撤退する可能性も有ります。その時は戦闘が起きる事無く戦争は終結するでしょう」
「……」
「戦う事無く反乱軍を撤退させたのです。犠牲無しで勝利を得た、御理解頂きたいと思います」
不満そうだな、爺さん。しかし一番可能性が有ると俺は思っている。
「分かった、反乱軍が撤退する、つまり敵わぬと見て退くのであろう、ならば問題はない」
「有難うございます」
「何時オーディンを発つ」
「一週間後には」
三人が頷いた。
シャンタウ星域で同盟軍が飢えるのを待つ、そしてシャンタウならオーディンからも近い。貴族共に対する抑えになるだろう。その内にラインハルト達がオーディンに到着する。その頃には同盟軍は飢え始めるはずだ……。
帝国暦 487年 9月 16日 オーディン アンネローゼ・ヴァレンシュタイン
目の前で夫になった男性が夕食を摂っている。ザウアーブラーテンとフラムクーヘン。ザウアーブラーテンは本当なら馬肉を使う。でも今日は牛肉を代用した。料理の本を読みながら作ったのだけれど上手く出来た方だと思う。十年近く料理を作ることなく過ごしてきた私には毎日が練習のようなものだ。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、私の夫……。私より三歳年下の二十二歳でありながら階級は帝国軍上級大将、宇宙艦隊総参謀長の職にある。若くして軍高官になったにもかかわらず武ばったところ、荒々しいところはない。華奢で物静かな所は学究の徒と言われれば皆が納得するだろう。
夫は仕事の内容、宮中での事などを家では一切口にしたことは無い。夜は別々に休んでいるがそれに不満を表す事も無い。あの事件で大怪我をしたがその事で私を責める事も無い。私の事を嫌っているのか、関心が無いのかと思う時も有るが仕事から帰ってくれば“困った事は無いか”、“分からない事は無いか”と訊ねてくる。私にはまだこの夫がよく分からずにいる……。
食事が終わりかけた時だった。ジンジャーエールを飲んでいた夫が話しかけてきた。
「アンネローゼ、先日も話したが明日、出撃する」
「はい」
「年内には帰って来られると思う」
「はい」
反乱軍が攻めてくる、兵力は三千万を超えるのだと言う。イゼルローン要塞が落ちた所為だと皆が言っている……。
「勝つための手は打った。多分勝てるとは思うが万一の事も有る」
「万一?」
「私が戦死する事だ」
平然とした口調だった。表情も全く変わっていない、まるで他人の事を話している様だ。
「ゲラー法律事務所にハインツ・ゲラーという弁護士が居る。私の父と親しかった人だ。その人に私の遺言書を預けてある」
「遺言書ですか……」
「そう、その人に相談しなさい」
「はい」
「心配はいらない、これからの生活に困ることは無い。それだけの蓄えは有る」
「はい」
何てもどかしいのだろう、ただ“はい”と答える事しかできない。夫は私の事をどう思っているのか……。
「一カ月もすればミューゼル少将がオーディンに戻って来るだろう」
「ラインハルトが……」
ラインハルトが戻って来る? ではジークも?
「キルヒアイス少佐も一緒だ。会うのは久しぶりだろう、楽しみなさい」
夫が私を見ていた。感情の見えない眼だった。思わず眼を伏せて“はい”と答えた。時々夫はそんな眼をする、決まって私が感情を読まれたくない、そう思う時だ。偶然だろうか……。
「あ、あの、今夜は」
「?」
「今夜は私の所でお休みになりますか?」
思わず口走っていた、顔から火が出る思いだ。夫がじっと私を見ている。恥ずかしくて顔を伏せようとした時だった。
「その必要はない、私は帰ってくる」
「……はい」
私は一体何を言っているのだろう? 夫には私が自分が帰ってこないと思い込んでいる妻のように見えたに違いない。縁起でもない、とんでもない女、そう思ったかもしれない。今度こそ恥ずかしさに顔を伏せた……。
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