私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第12話 今度は三人仲良く、だそうですよ?
前書き
第12話を更新します。
次の更新は、
10月9日、『蒼き夢の果てに』第73話。
タイトルは、『湖の住人』です。
先ほどまで神々しいまでの霊気を放っていた自らの妻。シルフリードの傍らに立つリューヴェルト。
流石に今まで生きて来た中で、龍脈の置き換えなどと言う特殊な術式を目にした事は無かった以上、今回の企てに対して最初は少しの疑問を感じて居た彼だったのですが……。
しかし、シルフリードを召喚した瞬間に発生した、この大地全体から湧き上がるかのような龍の気に因って周囲の森。最初にこの龍穴に踏み込んだ時に感じた生命力に満ち溢れた雰囲気が周囲に広がって行くのを感じたのでした。
その時の勢いから推測すると、おそらく、この死の森と呼ばれている森すべてに広がって行き、そのまま森自体の雰囲気を、生命力に溢れたこの森が本来持って居た雰囲気に上書きして行ったと考えても問題ない、と思われる。
そう考えながら、龍穴の中心に立つ自らの妻から、森の奥。そして、木々の切れ間から徐々に明るさ……闇から濃紺、そして、黎明、払暁と呼ばれる色合いへと移り変わりつつ有る蒼穹へと視線を移すリューヴェルト。
そして、誰に見せるでもなく、軽く首肯いて見せる。
そう。これで、今回のこのギフトゲームは終了したと言う事ですから。少なくとも、今、自らの周りを取り囲む雰囲気は、最初にこの森から感じて居た死を連想させる雰囲気からは遠い物に変質して居ます。
後は、自然の導くままに。人と大自然の境界線に位置する当たり前の。しかし、その周囲に住む人々に恵みや憩を与える、当たり前の『里山』としての機能を有する森へと変わって行く事に成るのでしょう。
「流石に彼女の暮らして居た時代の日の国の巫女ですね。色々と特殊な術式を御存じです」
蒼穹から森の奥へと視線を移し、其処から再び、視線を戻した緑の天蓋に覆われた通路の下には、先ほど間違いなくリューヴェルトが両断したはずのバンダナで額を隠した状態の青年が、彼に相応しい東洋的笑みを浮かべた状態で立って居た。
まったくの無傷。最初に顕われた時のままの状態で……。
「彼女の施した術式は、古代の東洋では当たり前に行われて居た術式。それでも、周到な準備の元に為した訳でもなく、殆んど初見に等しい術者の霊気を纏めたのは、流石に三娘さまと言うべきでしょうか」
彼……バンダナの青年が発するのは微妙な気。敵と断ずるには何かが足りない。しかし、味方かと言うと、悪意が少し強すぎる。
「いや、もしかすると、彼女が手を貸したのかも知れませんか」
そんな、リューヴェルトの考えを知ってか、知らずか。独り言を呟きながら、何処か遠い方向に視線を向けるバンダナの青年。
その彼が発するイメージも、矢張り戸惑いを誘うような、正体不明の存在としか認識出来ない相手。
そう。先ほどのリューヴェルトに囁いた内容は、リューヴェルトに取っては、この様な場面。かつての彼が支配した国の民。しかし、現実にはすべて死に絶えた人々の失われた生命を復活させるのと、現在、この世界で生きて暮らしている人々の未来との両天秤。こんなどちらを取っても後悔しか残らないような選択肢しか用意しない存在に、悪意以外が存在しているとは思えない。
ただ、先ほどもそうで有ったように、彼からは一切、リューヴェルトに対する敵意のような物を感じないのも事実。故に、敵と断ずるには少し足りないと言う事。
「何をしに戻って来たのです?」
即座に臨戦態勢を整えるような真似などせずに、落ち着いた雰囲気でそう尋ねるリューヴェルト。但し、ウカツにこの青年の支配する領域に入るような事もなく、更に今回はシルフリードが傍に居る以上、余程の事がない限り相手の術中に堕ちる事も考えられない。
まして、この目前の青年に関しては、この森に棲む生命体とは言えないような気配。万が一に戦ったとしてもギフトゲームの勝利条件に抵触する可能性は低い。
「何故、先ほどの僕の誘いに乗らなかったのか、少しお話を聞いてみたいと思いましたから」
相変わらず、ニヤニヤ嗤いを浮かべた状態ながらも、矢張り、敵意を発する事はなく、そう話し掛けて来るバンダナの青年。
果たして本気で問い掛けて来ているのか、それとも、何かの罠なのか判らない雰囲気。
しかし、
「未来を奪われた者たちに再び未来を与える為に、その他の関係のない人々の未来を奪う訳には行きません」
思ったままを口にするリューヴェルト。
確かに、過去に帰ってその未来が訪れない形で過去を改善したとして、それが、自らが護る事が出来なかった民たちに対する贖罪と成る訳ではない。
まして、そんな事をすると、あの時に自らが感じた物や、流した涙がすべて偽りの物と成るような気がしたから。
そう、リューヴェルトは続けた。
目の前の青年が発して居るような、穏やかな雰囲気で。
そうして、
「あなたの方こそ、一体、何の目的が有って、こんな事を為しているのですか?」
逆に青年に対して問い返すリューヴェルト。
その瞬間、本当に楽しそうに青年が嗤う。くつくつと声を上げて。
「僕は、僕に与えられた役割を演じて居るだけですよ。其処に本当の意味での目的など存在しません」
僕は所詮下ッ端。使い走りに過ぎないのですから。
青年は、くつくつと嗤いながらそう答える。その嗤いの中に自嘲と言う雰囲気を内包しながら。
信用は出来ない。しかし、だからと言ってリューヴェルトに対して嘘を言う理由も思い当たらない。
「それなら、今回、わたし達の行い。このギフトゲームの邪魔をしたのは、貴方に命令を下して居る存在からの命令で動いて居ると言う事なのですか?」
どうやら、これ以上、バンダナの青年がこの場で何かを行う心算はないと判断した、リューヴェルトが更に問い掛けを行った。
その問い掛けを、あっさりと首肯して答える青年。そして、
「そう思って貰えても間違いでは有りません」
僕個人としては、皆さんをお慕い申し上げているのですけどね。
……と、薄ら笑いを貼り付けた顔で、やや肩をすくめて見せながら答えた。
この他人を不快にさせる嗤い顔が、この青年を信用に足らない人物として認識させている。そう、リューヴェルトは結論付けた。
口調や態度。話の内容も筋は通って居る。まして、先ほどリューヴェルトに迫った決断についても、何のリスクもなく過去の改変や、平行世界への移動などが為せないと言う事の証で有る可能性も有り、過去を改変するのなら、それに見合うだけの未来を捨てる覚悟を示せ、……と自らに迫った可能性すら存在している。
そのようにリューヴェルトが考えた正に瞬間。
「仕事は終わったのか?」
何の前触れもなく、バンダナの青年の背後の暗闇から現れる青年。
見た目の年齢は最初から居る人物と同じぐらい。背丈に関しては、最初から居るバンダナの青年の方がやや高い印象。容姿に関しても最初から居る青年が王の雰囲気を纏う美青年と言うべき存在に対して、新たに現れた青年は日本の街に出掛けると確実に存在して居る、何ら目立つトコロのない十人並みの容姿の青年。
服装に関しては、バンダナの青年と同じ深い緑色のブレザーに白のシャツ。ワインレッドのタイにスラックスは黒。
まるで何処かの学生のような服装。ただ一点、服装に関して奇異に映るのは、その両手に嵌められた革製の手袋の存在。指の動きを阻害しない為に、指先の部分を露出させた手袋を嵌めた姿は、容姿や服装の点から言うと、その新たに現れた青年の一目で判る特徴と言うべきで有ろうか。
但し……。
「えぇ。もう、すべて終わって居ますよ」
但し、彼自身……。リューヴェルト自身が普通の人間ではない故に感じる事が出来た。この新たに現れた青年も、見た目通りの平凡な人間ではないと言う事が……。
そう。其処にふたりが共に在ると、いやが上にも感じる事となる。
このふたりの青年が纏って居る黒い霧に等しい気配。
闇を纏い、死を纏いながら、その場に新たに現れた青年がリューヴェルトの方に視線を向ける。その彼が纏って居る雰囲気に相応しくない、非常にやる気を感じさせない瞳で。
そして、直ぐに興味を失ったかのように視線を逸らし、
「そうしたら帰るか」
……と、表情や、普通の人々が彼に抱くイメージに相応しいやる気を感じさせない。何か、嫌々仕事をやらされている雰囲気で、そう問い掛けた。
但し、彼の纏って居る人ならざる雰囲気を感じ取る事の出来る人間からは、其処に強烈な違和感を覚える事は間違いなし、の雰囲気なのだが……。
その新たに現れた革手袋の青年からの問い掛けに対して、彼に相応しい嗤いを浮かべたまま首肯いて答えるバンダナの青年。
そして、リューヴェルトを振り返り、
「それでは、色々と御引止めして申し訳ありませんでした」
……と、相変わらず誠意をまったく感じさせる事のない口調及び表情でそう告げて来た瞬間――
「空間転移。後から現れた青年の能力が、おそらく移動能力だと思います」
それまで、黙って自らの夫にして契約相手のリューヴェルトと、バンダナの青年のやり取りを見つめるだけで有ったシルフリードがそう話し掛けて来た。
確かに、目の前に居た二人が急に消えて仕舞った瞬間、何らかの魔法が行使された際の、世界に与える歪みを感じられた以上、それは間違いない。
そして、彼女の台詞が発せられた正にその瞬間、自らの身長よりも高い位置。大体、三メートルほど上空の何もない空間から突如現れた縄が、物理法則を無視した形でゆっくりと下降を始め、そして、リューヴェルトの手の中に納まった。
これは、最初にギアスロールが現れた際と同じ現象。ならば、この手の中に納まった黒い縄がギフトゲームに勝利した際に得られるギフトと言う事。
その空中から現れた黒い縄を、自らのギフトカードに納めて見るリューヴェルト。これで、この縄の正体。少なくとも名前ぐらいは判るはずですから。
まして、李伯陽。つまり、太上老君と言う名前の仙人が関わって居るギフトゲームで有る以上、この縄の正体も何らかの宝貝で有る事は想像に難くない。
手の中から消え、カードに納められる黒い縄。そして、カードに現れる『捕仙縄』の文字。
これは、おそらく仙人を捕らえる縄。ただ、捕らえると言っても、自らの手で捕らえた相手に縄を打つのなら、何の魔法も込められていない普通の縄でも出来るので、この縄は、おそらく自動的に相手を追い掛けて捕縛して仕舞う縄だと言う事。
確か、似たような宝貝が、何かの物語の中に登場していたはずですし、宝貝以外でも似たような効果を発揮する魔法のアイテムが登場する伝承は多く存在して居ます。
これにて、今回のギフトゲームも無事に終了。それならば、
これで、この龍穴に留まる理由もなくなった。後は……。
「最後に彼女たち。美月やハクと名乗った少女たちに挨拶をしてから、わたし達のコミュニティに帰りましょうか」
☆★☆★☆
広い浴室……。流石に、このコミュニティのリーダーを務めて来た家柄の邸宅だと言う雰囲気の浴室内は、この世界にハクがやって来た日から毎晩のようにお風呂の用意が為されている。
先に浴室に浸かり、洗い場で自らの長い烏の濡れ羽色の髪の毛と格闘中の少女の姿を、浴槽の縁に手の平と顎を乗せた状態でぼんやりと見つめている美月。ただ、彼女の手際の悪さに、一昨日のように手伝って上げた方が良いのかな、などと考え始めた時……。
「結構、広いお風呂じゃないの」
良く通る声が壁に、そして床。浴槽に張られたお湯に反射され、再び自らに返って来た声の意外な大きさに形の良い眉根を寄せる破壊神の少女。
但し……。
「何で、アンタまで当たり前のような顔をして、あたしの村にまで着いて来ているのよ?」
半分不機嫌。半分あきらめにも似た表情を浮かべながら、そう尋ねる美月。
そう。森の龍脈を置き換え、死の森から、生命溢れる本来の北の森の姿を取り戻した後に、リューヴェルトとの別れの挨拶。
その後に、当然のように自らがリーダーを務めるコミュニティに戻って来たのですが……。
何故か、その一同の中に当たり前のような顔をしてついて来た少女が一人。
「だって、アンタたちに着いて来た方が面白そうじゃない」
ざぶんっと言う非常にガサツな音を立てて美月の隣に入り、少し勢いを殺しながらも、その場に腰を下ろす。
そして、そのまま両手両足を伸ばし、
「うーん。ちゃんとお風呂に入るのは、一体、何時以来に成るのか判らないぐらい久しぶりの事よね」
どうにも、美少女らしくない台詞を口にする。
但し、見た目は美少女。しかし、中身は破壊神にして創造神。表面上は人間に見えたとしても、人間の常識で当てはめて考えるのは間違い。
まして彼女は、今日の昼間に目を覚ますまで眠り続けて居たのです。
伝説に成るほどの遙か昔から……。
「それなら、名前ぐらい教えてくれても良いんじゃないの。何時までも名無しじゃ問題有るし」
そう問い掛けながら、その破壊神の少女と同じように仰向けに成って僅かに天井に視線を送る。
其処に存在して居たのは……。
その瞬間、湯気となって天井まで昇った水が冷やされ、再び水滴と成って湯船の中に戻って来た。
「冷たッ!」
まるで輪廻転生を続ける魂の如き、永遠に等しい繰り返しを続ける浴室内の水が、美月の隣に並んで座る破壊神の少女の首筋に弾けた。
その様子。水滴が落ちて来て、破壊神の少女の首筋で弾けるまでの一部始終を見届けた美月に、思わず笑みが零れる。
そう。伝説に語られ、妖樹に傅かれ、何もない空間から魔法の弓を取り出すような真似が出来ても、普通の人のように首筋に天井からの雫が当たれば冷たく感じる。
そんな当たり前の反応が、何故か美月には嬉しかったのだ。
「何よ?」
しかし、そんな美月の表情が気に入らなかったのか、少しキツイ瞳で、自らの事を睨み付ける破壊神の少女。こう言う所や、かなりの唯我独尊的な性格が、破壊神と言う伝承を残した可能性は少なくない。
それに……。
「べ~つにぃ」
素直じゃない所なども妙に人間臭くて、好感が持てる。……などと言う事を考えたのはオクビにも出す事はなく、ワザとそう言う口調で答える美月。
そして、更に続けて、
「それで、破壊神さんの事を、アタシは一体、何て呼べば良いのかなぁ?」
再び同じ問いを行う美月。その瞬間に、再び落ちて来た水滴が今度は誰も居ない水面を叩いた。
「あたしの名前ねぇ」
先ほどの美月の笑みに悪意はない、と判断したのか、胸の前で腕を組み少し考える仕草の破壊神の少女……。いや、将来は間違いなく多産系の大地母神と成るべき少女。
そう。鎖骨のラインから続く完璧なそのラインなど見事と言うしかない造形。
どうも、彼女は無意識の内にやって居る行為なのかも知れないが、その胸の前で腕を組むと言う行為が、見た目が同年代に見える以上、同じ女の子として妙な劣等感に似た物を抱かざる得ない状況を作り出して居る。
順番で言うと、破壊神の少女 ⇒ アタシ ⇒ ハクちゃん。この順番かも。
……などと、神様相手に非常に不謹慎な感想を得た美月。
そんな、美月の視線が自らの一点に集中している事に気付きもしない破壊神の少女。
そして、
「そうねぇ。あたしの事はシノブと呼んで頂戴。様も殿もいらないわ。ただのシノブで充分だから」
少し背後の洗い場の方向に視線を送った後に、破壊神の少女はそう答えた。
その行動にどんな意味が有るのかは、今の美月には判らない。それに、今、この少女が口にした名前が本当の名前と言う訳でもない事は間違いない。
何故ならば、本当の名前。真名と言う物をみだりに他人に明かす神格と言う物は存在していないはずですから。
「シノブ……。シノブちゃんか」
少し首を疑問の形で傾げながら、そう呟く美月。
それは、当然、彼女が口にした名前が、その破壊神の少女から一番遠い意味の言葉のような気がしたから。
但し、そんな美月の訝しげな雰囲気など、彼女に取っては関係ない事。
湯船の中から見える、明かり取り用の窓が切り取った小さな夜空の絵にも飽きた彼女が、ぐるりと身体を回してうつ伏せの形に成り、最初に美月がやって居た姿勢。浴槽の縁に手の平と顎を乗せた。
何と言うか、そんな恰好をすると、箱の中の子猫がその箱の縁からちょこんと顔を出して外を見つめて居るような雰囲気を感じさせるので、非常に愛らしいと言えば愛らしいのかも知れない。
何故ならば、今の彼女の瞳は獲物……。オモチャを見つけた子猫の瞳。この目の前に居るネズミでどうやって遊んでやろうか、と考える子猫の瞳でしたから。
そうして、
「ちょっと、あんた。何をもたもたとしているのよ。あたしが手伝って上げるから、そんな事はちゃっちゃと終わらせちゃいなさい」
かなり勝手な事を言いながらも湯船から立ち上がり、ハクの傍らに立つシノブ。
「すみません、シノブさん」
少々立ち過ぎの感の有るシャボンの泡に塗れた向こう側から、そう感謝の言葉を発するハク。
但し、この時の彼女に、上から自らの事を見下ろすシノブと名乗った少女の顔を確認する事が出来たのならば答えも変わって居たであろうし、更に、この直後から始まる事態も少し変わって居たであろう。
そして……。
そして、次の瞬間。其処には哀れな仔羊が一匹と、獲物を狙うオオカミが存在するだけで有った。
☆★☆★☆
何故か、非常に疲れ切った雰囲気で湯船の縁に因り掛かるようにお湯に浸かっているハクと、その隣で妙に爽やかな笑みを漏らすシノブと名乗った少女。
其処には、明らかな勝者と、そして無残な敗者の姿が存在していた。
「大丈夫、ハクちゃん」
心配げに彼女の顔を覗き込み美月。
但し、正にさわらぬ神に祟りなし、の格言通り、ハクの事を見捨てたのも彼女だったりしたのですが……。
もっとも、少々触られるぐらいなので生命の危険が有る訳ではなし、と言う考えで放置したのは間違いないのですが。
「だ、大丈夫ですよ、美月さん」
力のない笑顔でそう答えた後、再び湯船の縁に突っ伏して仕舞うハク。
この様子では……。
「明日は一日お休みかな」
疲れ切った状態のハクを見つめて、そう独り言を呟く美月。それに、彼女がやって来て四日で東から水を得、西からの死の風の元を断ち、北からの森の侵食を防いだのです。一日ぐらい休んだとしても問題ないでしょう。
しかし、
「何を呑気な事を言って居るのよ。休んでいる暇なんてないわよ、美月」
しかし、ハクを挟んだ向こう側の湯船に両足を伸ばした形で浸かって居たシノブが、何故か拳を握りしめながらそう叫ぶ。
そして、言葉の勢いに任せて立ち上がり、一歩前へと大きく踏み出し――
「青春と言う時間は長いようで短い物なの。立ち止まっている暇なんてないわ!」
更にテンションを上げて叫んだ。
まして、その言葉は有る程度、理に適った内容。確かに人間に取って時間は有限の物で有り、それが青春時代と言う色が着いて居る時間ならば尚更。
但し……。
但し、そう叫んだ本人が、ほぼ永遠に等しい青春時代を謳歌している存在なので、説得力と言う物がまったくと言って良いほど無かったのですが。
正に、見た目年齢が永遠の十六歳と言う美少女でしたから。
そうして……。
そうして、むせ返るような湯気に包まれた浴室内に、奇妙な空白の時間が訪れる。
天井から落ちて来る雫の立てる水音のみが響く、非常に落ち着いた雰囲気の室内と成って居た。
「こんな、年中お祭り騒ぎの破壊神は無視して構わないからね、ハクちゃん」
未だ立ち上がった状態で、こちらに綺麗な背中と形の良いおしりの部分を見せて居る破壊神の少女シノブを無視して、湯船の縁にしなだれ掛かる仕草が妙な色気に似た雰囲気を発して居るハクに告げた。
それに、この短い付き合いから判った事は、このシノブと名乗った少女は騒動屋。
それも、どうやら自らが事件の中心に居なければ気が済まない性質がプンプンと臭って来る相手でも有る。
こう言うタイプの人間の思うままに場を支配されたなら、厄介事に向かって頭から突っ込んで行く事に成るのは間違い有りませんから。
しかし……。
「明日は南で雨乞いを行う心算です」
美月の右横から、少し体力が回復したのか身体をクルリと裏返し、湯船の縁に今度は背中を預けた形に成ったハクがそう言った。
ただ、未だ疲労の色は濃い。
もっとも、無暗矢鱈と身体中を触りに行く破壊神の少女シノブの方にも問題が有ったのは確かですが、無駄に体力を消耗する形で抵抗を続けたハクの方にも、まったく問題が無かった訳では有りません。
ただ……。
「雨乞い?」
少し……。いや、かなり大きな声でオウム返しに問い返す美月。その声が、狭い浴室内に反射して、妙に響きの良くない声として発した本人の耳に返って来る。
対して、
「雨乞い? 何か地味ね」
こちらはかなり勝手な感想を口にする破壊神の少女シノブ。何時の間にか一歩前に出た位置で振り返り、再び湯船に腰を下ろした形と成って、美月やハクの方向に顔を向けている。
「はい。村の子供たちに聞きました。この村はここ数年の間、異常な小雨の状態が続いて居ると言う事ですよね、美月さん」
確かにそれは事実。もっとも、ハクと白娘子のギフトゲームの結果、水。特に、飲み水などの生活に関係した水に関しては既に問題が無く成って居る。
それに農業に関しても、元々有った水路の改修を先々に行えば、農業に関しての問題は無くなると考えていた彼女だったのですが……。
ただ……。
ただ、ここは神が転生者たちのスキルアップを行う為に用意した世界。
そして、今までにこのコミュニティを取り巻いて居た厄介事は、最終的にはすべてギフトゲームによって解決されて来ました。
つまり、この付近に雨が降り難い状態が続いて居るのも、何らかのギフトゲームが行われる予兆と考えるのならば……。
それでも、
「確かに、ハクちゃんがやって来てからの流れで考えたら、南に向かってウカツに水路の整備を行うよりは先に何かを行って置く方が良いとは思うけど……」
それでも、そんなに急がなくても、一日や二日は休んでも問題ないと――――
そう思い、続きを口にしようと思った美月。
しかし、
「そいつに、そんな当たり前の方法で説得しても無駄だって事は、あんたも判って居るんじゃないの、美月」
後書き
これを書き上げたのは八月の頭だったような記憶が……。
七月の末の可能性も……。
それに、入浴シーンは食事のシーンよりも難しいな。
それでは、次回タイトルは『現われたのは炎の邪鳥ですよ?』です。
当然、一筋縄で行く訳は有りませんからね。
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